episode7 筋肉達磨と道化
冒険者ギルドの中に入ると、広い空間が広がっている。
受付と思われるカウンターでは、受付嬢が忙しなく動きながら冒険者達の相手をしている。
掲示板のような所では、人が集まり何かが書かれた紙を眺めながら話したりするなどギルドの中は活気に溢れている。
その活気にも、静寂が訪れる。皆の視線が、こちらに向いているのを嫌でも理解出来る。
忙しなく働いていた受付嬢は止まって、騒いでいた冒険者達もこちらを見たあと小声で話し合っている。
この反応には、相変わらず慣れないな。
静寂の中、ゆっくりと空いている受付のカウンターへ向かう。
動くたび視線も注がれるが、特に何かされる訳では無いので、気にせず受付嬢の前に行く。
「身分証の発行をお願いしたいのですが?」
その言葉に受付嬢は、仕事を思い出したようで作ったような無理矢理な笑顔を向けてくる。
「冒険者ギルドへようこそ。冒険者登録でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「それでは、こちらの紙に名前、種族、年齢を書いてください」
「それだけですか?」
「はい。その三点だけで問題ありません」
受付嬢から差し出されたのは、何の変てつもない普通の紙。
そこに、言われた事を書こうとするのだが、この世界の文字など知らないので書けるか不安になったが問題なく書けるようだ。
紙に書いている間に、受付嬢は仕事に戻り始め、冒険者達も話出し始めて静寂は無くなっていく。先程と同じような活気が戻って来てはいるが、注がれる視線は変わらない。
「これでいいですか?」
「はい、問題ありません。それと登録の際に顔を確認させて頂きたいのです。顔がわかりませんと本人確認が出来ませんので」
「確かにそうですね。失礼しました」
必要事項を書いた紙を受付嬢に渡し、そのまま着けている仮面を外す。
忙しなく働き始めた受付嬢達は、こちらを見て動きが止まる。また仕事を忘れたように立ち止まり、皆こちらをぼーっと眺めている。
冒険者達には見えていないが、受付にいる女性達は素顔が見える位置にいるので、こちらも全員の表情が見える。
ここでも同じ反応をされているので、自分でも今どのような顔なのかが凄い気になってきた。
「これで、よろしいですか?」
「...っ!!ひゃい!ありがとうございます!」
「それで、どれくらいで身分証は出来ますか?」
「しゅ、しゅぐに出来ますのでお待ちください!」
先程まで饒舌だった受付嬢が、カミカミで話しているのは聞かなかった事にしてあげるべきと思いながら、仮面を着ける。
顔を真っ赤にしながら、奥に歩いていく受付嬢を見送り、何をするか考える。
待っている間どうすればよいのか?すぐに出来るのならばここで待っていれば良い事か。
「おい仮面野郎」
やはり情報か。
冒険者と言うのは、魔物と戦って金銭を稼ぐのだからその金銭の価値も知りたい。
「聞こえてんだろ仮面野郎!」
そして、魔物というのがどんな生物なのかも調べなくては。
戦うのなら情報というのは、大事になってくる。
「無視してんじゃねぇぞ!てめぇ!!」
いつの間にか思考の海へと沈んでいたようで、隣からの声が自分に向いているとは思ってもいなかった。この声が自分に向けられているようなので顔を上げる。
目の前でガタイの良い禿頭の男が、顔を真っ赤に染めながら叫んでいる。
何やら怒っているようで、とても鼻息が荒い。
「失礼。何か用ですか?そんなに怒ってどうかしましたか?」
「あぁあ!?てめぇがさっきから無視してるから怒ってんだろ!バカにしてんのか!」
どうやらこの男が、話し掛けて来たようなのだが、考え事に夢中で聞いておらず返事もしなかった事に対して怒っているようだ。
「それは、失礼しました。考え事をしている時に、煩わしいと思っていたのですが、貴方が叫んでいたからだったのですか」
「俺が誰だか知っててその態度とるたぁいい度胸してるじゃねぇか!あぁ!?」
「いえ。あなたの事など知りませんよ?知りたくもありませんし」
「て、てめぇぇぇ!」
何を言っても突っ掛かってくる禿頭の男。
無視した自分に非があるのだが、この男から良い感情が見られない。恐らく、こちらに挨拶やら何やらと理由を付けて金銭を要求するような感じがしたので、無意識に言葉に棘が混ざってしまう。
禿頭の男は、今すぐにでも殴りかかって来そうな雰囲気を出している。
だが、そんな事気にしないで、先程から受付をうろうろしている受付嬢を見る。
受付嬢の手には、銅のような物で出来ていると思われるプレートのような物がある。おそらくギルドカードと言われる身分証なのだろう。
「あ、あのぅギルドカードが出来たのですが、お取り込みのようなので後にしますね」
「大丈夫ですよ。今受けとりますから」
受付嬢からギルドカードを貰おうとしたのだが、禿頭の男が割って入ってくる。
「いい加減にしろよ仮面野郎……!ここまで馬鹿にされたんだ許さねぇ」
「許さなくて結構ですよ?頼んでもいませんから」
「俺と決闘しやがれ仮面野郎!逃げる何て事しねぇよな?」
割って入って来た禿頭の男が、怒りでブルブルと体を震わせながら決闘を申し込んでくる。
受付嬢は、その言葉に溜め息を吐くと共に頭を押さえる。その反面、冒険者達は一気に騒がしくなる。
「決闘というのは、そのままの意味ですか?」
「決闘というのは、国とギルドが公認しているモノで、両者が納得のうえで行われる行為になります」
「それは、どちらかが死ぬまで終わらないのですか?」
「相手が戦闘不能。もしくは敗けを宣言すれば終了です。敗けた場合は、自らの全財産を相手に取られ、そのまま奴隷落ちとなります」
「奴隷……ですか」
決闘で負けたら、勝者に全てを奪われる。
決闘は、弱肉強食を具現化したかのような物であるのか。
それを、国やギルドすらも認めているのだ。力あるものが、弱き者から搾取するというのはどこの世界でも変わらないな。
「あの男は、豪斧のダグラスと言う結構腕の立つ冒険者です。ギルドに顔を出す度に、登録したての新人冒険者に絡んで決闘を申し込むんです。決闘を断れば、弱者として周りに見られて嘗められてしまうのですよ。冒険者は、評判も重要になりますから新人の方も断れずに受けてしまって、奴隷落ちしてしまうのです。中に決闘の最中に命を落としてしまう方もいるんです」
「殺した場合は、罪にならないのですか?」
「えぇ決闘での死亡は、戦死扱いになるので罪にはなりません。決闘という形式で行われている以上、ギルド側も警告を出せずにいるんです」
「なるほど。よくわかりました」
「もし、受けるのなら気を付けてくださいね」
受付嬢から説明を聞いた。やはりこの男は最初から理由を付けては、こちらに決闘を申し込み全てを奪うつもりだったらしい。冒険者は面子も命ということで、私が必ず受けると踏んだのだろう
冒険者達に囲まれて持て囃されてる禿頭の男を見る。あの男が人気というよりは、この決闘という行為冒険者達も熱くなっているようだ。向こうも丁度こちらを見て、にやりと気持ち悪い笑みを浮かべながら近づいてくる。
その姿を見て、先程の受付嬢の言葉を思い出す。
新人冒険者に決闘を挑み、全てを奪っていく男。
そう思うと、あの黒い感情が体に流れだすのを感じる。
しかし、衝動に変わる事はなかったので、体を支配される事も無い。
「ガハハッ!説明聞いてビビっちまったか? 仮面野郎?」
「決闘受けますよ。早くやりましょうか、筋肉達磨さん?」
「誰が筋肉……ちっ!そのでけぇ口を二度と叩けねぇ程に痛め付けてやるよ」
ダグラスは、背中を向けて歩きだす。それに付いていくように歩いていく。
その後ろから、野次馬と化した冒険者達もついてきているようで、騒がしい。
何やら、どちらが勝つのかの賭け事をしているようで、ダグラスに堅実狙いで賭けている冒険者達。
その中で、大穴中の大穴として私に賭けている者が数人いるらしい。
そのまま歩き続けると、下に降りる階段がありその階段を降りると、地下空間が広がっている。
闘技場のようになっているようで、戦うには十分な広さを持っている。ダグラスと共に、中央まで歩いて距離を開けてから向き合う。
「謝るんなら今の内だぜ。泣きながら地面に頭擦り付けて命乞いするんなら許してやるよ」
「貴方に土下座するぐらいなら、奴隷になる事を選びますよ」
「だったら、望み通り奴隷にしてやるよ!」
ダグラスが、背負っている斧を取ってから構える。
それを見て、棒となった自分の武器を見る。戻れと念じると刃が飛び出して、漆黒の大鎌となる。
それを見計らったかのようにダグラスと私の間に、ギルドの制服を着た男が駆け寄る。
「ダグラス対クラウンの決闘が受理されました」
ギルドの男が手を挙げる。
「それでは、始め!」
ギルドの男の掛け声と共に手が振り下ろされる。
戦いの火蓋が切って落とされた。