円とおから その2
「ねえねえ、まだ、おからとの闘いは続いてるの?」
台所をチラリと見て環は長兄に小声で聞いた。
「ひと袋を使い切りたいみたいだね」
悠も台所を一瞥して苦笑する。
「何作ったっけ…」
さつまいものパウンドケーキ、チョコケーキ、スコーン……指折り数えて環はため息をつく。もう充分ではないかと思うのだが、次兄の円はまだごそごそしている。
「ひと袋がだいたい二〇〇グラムから三〇〇グラムだからね。一ホールで一〇〇グラムがいいところらしいから、ケーキを三ホールくらい作らないと無くならないっていうのが気になるみたいだよね」
説明をしながらも、悠は膝に載せた黒子のブラッシングの手を止めない。時折撫でながら、毛のほつれを解くように、丁寧に丁寧にコームを通していく。
「え? でもだいたい料理に使った残りなら、二ホールくらいでおさまるんじゃないの?」
環は悠の隣に座った。開けたままの目をキョロリと動かして、黒子が環を見る。
「ブラッシングいいねえ」
言いながら、背中をそっと撫でる。黒子は大きくあくびをして、フンっと鼻息を漏らすと目を閉じた。かなり飽きてきているらしい。だが、状況に馴れてきてもいた。
「一〇〇グラムのを二個作ればね。今のところ、パウンド系とチョコケーキがそれくらい作るものだけど、どっちもそこそこ手間がかかるのも気になるみたいで」
「まあ、手軽に作れないと一度に消費はできないけどね」
おからの足は早い。買ってきた翌々日にはもう消費期限が切れてしまう。一日くらい過ぎても味が変わってなければ食べてしまうこともあるが、それでも食べきれないのが現状だ。結局、買ってきたその日に小分けして冷凍するが、自然解凍には時間がかかるし、電子レンジを使うと温められてしまうのですぐに使えないことも多い。小分けにすると、使いたい分量が合わないことも、問題だ。……と、悠と円は言う。
「おからスコーンって、六〇グラムくらいでしょ? 三回で一八〇グラムなら、それでいいんじゃないの?」
円はテレビ番組で紹介していたものをアレンジして、いろんな種類のものを作っている。チョコを刻んで入れたり、ナッツ類を入れたり、砂糖の代わりにマーマレードを入れたり、合いそうだと思うものを全部入れたり。材料を計りながら一つのボウルに入れていって混ぜて焼くだけ、みたいな簡単な手順だ。正確にはボウルを二つ使うが、簡単であることには違いが無い。
「あれ、湿気ると食感が変わるのが嫌みたいだよ」
「まあ、サクってのが美味しいけどねえ」
環は案外、湿気ってふわふわになったのも嫌いではない。
「でも、瓶詰めにしたのとか、結構サクサクのままもつじゃない」
「一度開けるとダメみたいだね」
悠は肩をすくめた。その動きに黒子が目を開ける。環は気付かないふりをしながら背中を撫で続け、目を閉じるのを確認すると手を離した。
「なんにしろ、こだわるよね…」
ため息をつきつつ言い、ふと首を傾げた。
「でもさ、パウンドケーキとチョコケーキ以外は卵使ってないよね? 別におからの量に合わせて他の分量を変えてもいいんじゃないの?」
卵の重さは、一つ一つ結構違う。Lサイズを買ってきても、計ってみると五グラム~一〇グラムくらい違ったりする。同じ味を目指すのなら、卵の重さも統一したほうが良い。が、家用では円もそこまでは拘らない。卵の個数に他の分量を合わせている。でも、そもそも卵を使っていないものなら、おからの分量に合せて他を増やすなり減らすなりすれば良いのではないか。多少計算は面倒になるかもしれないが。
「なるほど。……ところで、食べる?」
突然聞こえてきた声に環は飛び上がって振り返った。
「ま、円ちゃん…」
妙に真面目な顔をして円が立っていた。手にはマグカップとなにやらケーキの載ったトレイがある。
「スコーンと、これには使えそうだから考えてみるわ」
中に入ってきた円は、ミニテーブルに近づくと座りながらトレイを載せる。
三人分のコーヒーの入ったマグカップと、三センチ角くらいに切り分けられた、小さなつぶつぶのたくさんついているクッキーのようなもの。何かフルーツの煮たものが挟まれている。
「クランブル?」
「そ。味見してOKなら、間に挟むものだけ変えて応用がきくし、見た目もちょっと面白いかなって思って。…まあ、アーモンドプードルを使うお菓子をかたっぱしから試してるだけだけどね」
そっと手にとると、小さな塊がボロリと落ちる。左手を添えながら口に入れると、サックリとした歯ごたえと、甘酸っぱいリンゴの味と、シナモンの風味がした。実際のクランブルと比べれば甘さは足りないが、これはこれで美味しい。足りないとすれば、バターの味か。
「なんでおからだとバターを使わないの…」
どうやらそこも妙なこだわりらしく、円はおからのお菓子の時には頑なにバターを使いたがらない。
「使ってるのもあるけどねえ、……まあ、気分の問題?」
そう言いながら円も手を伸ばす。リンゴはおそらく瓶詰めにしてあった砂糖煮のものだろう。
「乳製品が嫌なわけじゃないんでしょ? 牛乳は使ってるんだし」
探るように考えるように咀嚼していた円は、環の問いに少し首を傾けて考えるそぶりを見せた。
「どっちかっていうと、いつでもどこでもそこにあるもの、って感じかなあ…」
「あ、なるほどね」
肯いたのは悠だ。
「これ、いいんじゃない? このままサクサクが続くなら」
「それなんだよね。一応こぼれたのを食べてサクサクなのは確認したんだけど、おからスコーンの例があるから、いつまで続くか判らないんだよ。間に挟んでるのも水分持ってるし」
「バターはね、有塩のを使うってテもあるけど、豆乳は、このためだけに買うとなると、おからと同じ目にあってしまうからね。そのまま飲む家なら別に豆乳でもいいんだけどさ」
説明されて環も納得した。お菓子をよく作る家ならともかく、一般家庭なら無塩のバターなどは余った場合にわざわざ塩を足して使うか、何か別のものを作る際までとっておくかという状態になる。もちろん何にでも使えるが、ケーキを作るのでもない限り、大量には使わないうえに、消費期限もある。もとが、余ってしまう食材を使うところから始めているから、使う食材も一般家庭で普通に用意されているもの、と考えたのだろう。
ということは。
「そっか。ってことは、おからシリーズはどっかに公開するの?」
有名なレシピサイトとか、と環はたまに見るサイトトップをなんとなく思い出す。
「そ。奥さんがね、丁度いいって」
奥さんとは、円のバイト先の喫茶店の店長さんの奥さんだ。
「え? 結構、こってり系が好きな人かなって思ってたけど」
円の作る洋菓子はだいたい好きらしいというウワサを聞いている。
「おくさんはね、バターどーん、砂糖どーん、ってのが好きだけど、その知り合いの人たちが、ダイエットになるお菓子がいいって言うんだって」
「ナルホド」
ほとんど棒読みで答えてから環は肩をすくめた。いくら、似たような姿のお菓子と比べてカロリーが低くて食物繊維があっても、大量に食べれば意味が無い。一個なら一個で済ませることが大切なのだ。
「ちなみに、おからを使わなかった時のカロリーと比べてないので、どれくらい減るかは判りません」
おどけていう円に思わず笑って、コーヒーを一口飲んだ。バターを使っていたら環は紅茶がいいと言っただろうが、コーヒーでも悪くない。そんな感想を持ってもうひとカケ口に入れた。




