梅ジャム
少々時季外れですが…
「はい」
と、環は瑠菜にラップのかかったプラスチックのカップを差し出した。
薄いオレンジ色の半透明の何かが入っている。ご丁寧に、プラスチックのスプーンまでつけてあった。
「?」
「梅ジャム羊羹。……ってうちの母は名付けてたけど、餡子の代わりに梅ジャムを使った水羊羹なの」
「………へえ」
説明されても、食べ物である、ということくらいしか判らない。が、きっと美味しいのだろうと、瑠菜は判断した。
「夏にね、ひんやりして美味しいの」
いつものコーヒー屋さんで、カフェオレを頼んだ直後だ。だいたいは焼き菓子だが、たまにプリンとかも出てくる。簡易クーラーも用意してるのを見ると、そこまでしなくてもと思わないでもないが、美味しいものをいただいているので、瑠菜は文句は言わないことにしているのだ。
「コーヒーにはあんまり合わないけどねー」
言いながら、環はさっさとラップを外してスプーンで掬って食べている。
「じゃあ、いただきます」
「はい、どうぞー」
これは一体誰の作なんだろう、と思いながら、瑠菜もスプーンをオレンジの物体に突き刺した。
と、予想していたような弾力はない。するすると入っていく感じは確かに水羊羹に似ている。いや、それよりも少し柔らかいか。
掬ったあとも、ゼリーのようなぷるぷる感はないし、寒天寄せのようなしゃきっとした感じもない。つるん、とろん、というにはあっさりしていて、なんだか勝手が違う。
そっと口に含むと、それは爽やかな酸味と甘み、そして梅の風味を口の中に広がらせて溶けていった。
「……美味しい」
「でしょー」
もうひと掬い、口に入れる。するんと胃の中に入っていく。
繰り返しているうちにカップが空になった。
「…びっくりした」
「うん。これは美味しいのよ」
環は胸を張るが、これにはそれだけの価値がちゃんとある、と瑠菜も思った。
「……これは、円さん?」
環の次兄の名を挙げてみれば、彼女は首を横に振った。
「これは、私が作ったの。…って言っても、みんな作るけどね」
「あ、洋菓子ではないから?」
環の次兄の円は菓子作りが得意だ。
「んー? なんでだろうね? とにかくこれは、こだわってないよ。きっと簡単にできるからじゃない?」
そういう理由もいまいち理解できないが、瑠菜は頷くことにした。
「簡単なの?」
「うん。水に粉寒天と砂糖を入れて煮溶かして、そこに梅ジャムを入れて溶かして、最後に水溶きくず粉を入れてひと煮立ちさせてから火を止めて、粗熱をとって器に入れて冷やすだけ。梅ジャムのほかはあんずジャムが合うかな。ほかは試してないけど」
そこで瑠菜はふと気づいた。
「梅ジャムって、そういえばこれ、薄いオレンジだけど」
梅といえば青いイメージだ。そして梅独特のえぐ味が感じられない。
「うん。完熟の梅でジャムを作ってるから。それは、悠ちゃんのお仕事ね」
と、環は長兄の名を出した。
「去年作ってたのがまだ余ってるの。まだ食べられるけど、そのまま他人にはあげにくいから、加工して食べちゃえってことになったんだ」
「こんな色なの?」
「うん。…あ、ちょっと待ってね」
と、環はごそごそと携帯電話を取り出して操作した。
「これが梅ジャムね。水とかくず粉とか入れるから薄くなってるんだよね、梅ジャム羊羹は」
見せられたのは、鮮やかなオレンジ色。透明感のある美しいオレンジが、瓶に収まっている。
「こんなに、きれいな色なの」
「うん。実は、もっと薄い黄色なんだけど、煮詰めてアクを掬うと透明感のある色に変わるんだよね。悠ちゃんは味よりもこの色が見たくて毎年ジャム作ってるよ」
「……うん」
画面の中のオレンジは、光にキラキラ輝いている。それはとても美しくて、梅からは想像できない色だ。
「梅酒もサワー漬けも、青梅を使うから、完熟の梅って馴染みがないんだよね。でも、あの梅の実には、こんな色が隠れてたんだと思うと、幸せな気持ちになるよね」
「うん」
「良かった。気に入ってもらえて。……あ、今度の土曜日に梅ジャム作るらしいけど、いる?」
「え? 本当? 欲しい!」
瑠菜が勢い込んで言うと、環はくすくす笑った。
「あ、あのね。邪魔じゃないなら、お手伝いしたい」
キラキラのオレンジが生み出される瞬間を、この目で見てみたい。
瑠菜がそんな気持ちで言うと、環はにっこり笑って大きく頷いたのだった。
「うん。悠ちゃんもきっと喜ぶよ」




