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円とおから

 うーん、とたまきは心の中で唸る。

 原因は次兄のまどかだ。

 おからパウンドケーキ以来、どうやらおからにはまってしまったようで、いろいろ試している。今は、アーモンドプードル代わりに使えないかと考えているらしい。というか、本人の中ではほぼ決定のようだ。

 おからをポテトサラダのポテト代わりに使うのも、お菓子の時に粉に混ぜて使うのも、わりと美味しいと環は思う。おからのスコーンは美味しいし、パウンドケーキもカロリーが低くて瑠菜のウケもいい。

 でも、アーモンドクリームのアーモンドプードル代わりに使うのはどうかと思うのだ。アーモンドクリームは、アーモンドが入ってるからこそのアーモンドクリームなんじゃないのか? それに、おからの歯ごたえからすると、アーモンドプードルの代わりにはならないのではと環は思う。

 だが、円は本気だ。すでにノートに分量を書き出してレシピをまとめている。

「円ちゃん、ちょっとだけ作ろうよ。まずかったらいっぱい残るんだよー?」

「いやいや、一応レシピサイトで検索したんだよ。そしたらレシピアップしてる人がいてね。ちゃんと美味しいって書いてあったから大丈夫」

「あのさ、味覚ってのは好みがあってね」

「おからパウンドだってアーモンドプードル代わりで始めたんだから、大丈夫だって」

「それは食感の話だよね? 風味の問題は? おからって結構大豆のニオイするじゃない」

「や、それはリキュールを使おうと思ってるから大丈夫」

 そこまで言って、円は環をじっと見てきた。

「にーちゃんの勘を信じなさい」

「コトと次第に寄ります!」

「まあ、不味かったら自分で始末するからさ」

 よし、と鉛筆を置いて立ち上がると、材料を用意し始める。

 もう止めようはないらしい。環は頬杖をついたまま円の動きを目で追った。



 卵とバターと砂糖とおからとラム酒がカウンターテーブルの上に出される。砂糖はきび砂糖だ。横目でレシピノートを見ると、あんずのラム酒漬けも書いてある。

 少し前に円が干しあんずをラム酒に漬けていたのだが、それを使うらしい。ちょっともったいないと思うのは仕方のないことなのか。パウンドケーキに入れたほうが美味しいのに、と心の中でぐじぐじ言う。未練たらしいとは思うのだが、円はチャレンジャーにもほどがある。

 というか、こういう母譲りの冒険は勘弁して欲しいのだ。

 おからパウンドの時だって、何度同じものを食べさせられたか。下手に光明が見えたら、しばらくは同じものを作り続けるのだ。別のものが食べたいのに、円の気持ちがよそに向くまでは、家族にもどうしようもない。

 おからは耐熱容器に入れて電子レンジにかける。バターは軽く湯煎に。

「お砂糖はきび砂糖にしたんだ」

「うん。やっぱりおから自体に味わいは少ないからね」

 電子レンジが止まったところで取り出して、ラム酒を振りかけてよく混ぜる。

「ラム酒にしたのは?」

「あんずがラム酒漬けだからかな。コーヒーリキュールもありだと思ってるけど。中に入れるものによって変えるのがいいと思うんだよね」

 ほどよく柔らかくなったバターに砂糖を入れてよく混ぜる。それから、溶き卵を少しずつ入れてしっかりと混ぜていく。ちょっとずつ入れてしっかりと混ぜないと分離してしまうので、ここの作業は丁寧だ。

 丁寧に混ぜ終わったあと、おからを投入。とうとう豆乳、と頭の中で変な変換をしてしまうのは、未練があるからか。

 指先にちょっとだけつけて味見をした円は、そこで一旦ボウルを横に置き、再び材料を集め始める。

「私も味見させてー」

「おー」

 道具類も用意しながらの返事を聞いて、環は立ち上がってボウルに手を伸ばした。指先につけて口に含む。ラム酒の香りが口の中に広がり、次にバターと砂糖の甘さ。とりあえず不味くはないが、そのまま口の中で溶けてはいかないおからを噛むとキシキシという歯ごたえがある。思った通りだ。

「アーモンドクリームと違って、このままじゃ使えないね」

「だね」

 薄力粉と強力粉とベーキングパウダーと砂糖と塩、そしてサラダ油と水。

「あ、パイにするんだね」

「タルトはこれで味見してから考える」

 粉類を混ぜて、サラダ油を入れてサラサラに。水を入れて混ぜてまとめて伸ばしてパイ皿に敷く。タルト生地みたいなパイ生地だ。折らずに作るので手軽にできるが、ざくざくとした歯ごたえは結構楽しい。サラダ油をバターにしても良いが、中のクリームにバターを使うので変えたのだろう。と思って訊いてみたら、バターが残り少ないからだと返事が返ってきた。

「え、珍しいね」

 お菓子の材料はめったに切らさないのが円だ。バイト代もほとんどが材料費になるらしい。

「この間ちょっと大量に使って。買い足すのも忘れてて。あと、サラダ油使う方に凝ってたせいもある」

 言われて思い出すと確かに最近はバターを使うお菓子は食べていない。

 それなのに、ひさびさのバターが、美味しくなるか判らないものに使われると思うと少し哀しくなる環だった。

 生地を敷いたパイ皿に、先程のおからクリームを載せていく。さらに、ラム酒漬けの干しあんずを並べて、いつの間にか温めておいたオーブンへ。

「よし、じゃあついでに鉄子のオヤツも作っておこうか」

「やったー!」

 鉄子のオヤツはそれこそおからを使ったクッキーだ。これはこれで素朴で美味しいので環も楽しみにしている。甘さは控えめだが、味わい深いのだ。

「ところでさ、なんでそんなにおからにハマったの?」

「ん? 結構面白いじゃない」

 ふと思った疑問をぶつけてみたら、至極当たり前みたいな顔で返された。

「え? そんな理由?」

「うん。安いってのもだけど、カロリーが低いのも面白いよね。代用品みたいに使うのはちょっと違うかなと思うんだけど、使い道の幅が広がるのはそれだけで楽しいよね」

「カロリー、そんなに違うの?」

 確かに、おからのカロリーは低いとは聞くが、環は数字で覚えているわけじゃないので、ぴんとはこない。

「違う違う。ちなみに、今回のクレームダマンドもどきはアーモンドプードルの代わりにしてるじゃない? これで比較すると、アーモンドプードルのカロリーはだいたい五六〇キロカロリー。おからは一一〇キロカロリー」

「え、そんなに違うの?」

「うん。小麦粉なら三七〇キロカロリーくらい。同量で代用できるなら、すごいカロリーダウンだよね。しかも食物繊維つき」

「うーわー」

「まあ、カロリーが低くなるからとか健康に良いとかって理由で使うのは本当に嫌なんだけど」

 どうやら円的にはものすごくこだわりたい部分らしいと察して、環は質問してみることにした。

「代用品的に使うのって嫌なんだ?」

 言いながら、自分もあんまり好きじゃないと思ったりもする環だ。

「だって、おからはおからだよね。おからの美味しさとか特性を活かさないと、おからが可哀相だよね」

「なら、どうしてアーモンドプードルの代わりになんて使ってるの」

 まだオーブンの中で焼かれているブツに軽く視線を向けて、しつこいと思いつつも言ってみる。

「可能性を探っているところ。いろいろやっていくと、いろんな用法を試せるでしょ」

「なるほど」

 でも、美味しいものを食べたいなー、と思ってしまうのは仕方のないことだと、環は心の中で主張してみるのだった。

 そうこうしているうちに円は、天板に、オーブンシートの上で伸ばして切れ目を入れた生地を乗せる。切れ目を入れておけば焼きあがった時にきれいに割ることができるのだ。

「まあ、大丈夫だって。ちゃんと美味しいから」

「なんでそんなに自信があるのかが判らないんだけどー」

 おからのスコーンはさくさく美味しいが、おからサラダはかすかにおからな歯ごたえが残っている。先程たべたできたばかりのおからクリームもそれを思い出す歯ごたえが残っていた。どうしてもそのイメージが先行してしまうのだ。おから自身がいろんな味になれるのだから味そのものには心配はしていない。問題は歯ごたえなのだ。

「長年の勘」

 円は胸を張る。信じるしかないのか、と環は内心ため息をついた。



 そして、焼けた。冷めた。その間に、環は鉄子と散歩をしてきて、帰ってきた。

 円は既に六等分していて、お湯を沸かして待っていた。

「これは、紅茶だね」

「うん。クレームダマンドなら紅茶だと思う。……バターを使ってるならまあいいか」

 バタークッキーとかパウンドケーキは、紅茶に実に合う。と環は思っている。というか、母に言い聞かせられた。

「警戒してるねえ」

 円は苦笑する。

「するよ! ってか六等分って大きいよ」

「大丈夫だって」

 言いながら紅茶の用意をする。が、円は紅茶は茶葉からは入れない。どうしても長兄のはるかが淹れたように美味しくならないからだ。ティーポットとティーバッグをテーブルに出して、カタカタと沸き始めたお湯をポットにそそぐ。そして、そこにティーバッグを入れて蓋をして蒸らす。

 その様子を見て、環は仕方なくクレームダマンドもどきに手を伸ばした。おそるおそるほんの一センチほど口に入れて齧った。

 簡単パイ生地はざくっと割れた。その時点でおからの歯ごたえはない。そのまま咀嚼すると、ラム酒の香りが口の中に広がる。……が。

「おいしいかも…」

 おからな感触がしない。パイ生地のざくざくもいい。そのまま食べ進めると干しあんずに行き当たり、これは少し硬くて問題だったが、酸味は良いアクセントになっていた。

「ほら」

 円は満足そうに微笑み、自分も手を伸ばして、いつの間にかカップに注いでいた紅茶を差し出してきた。

「お」

 一口含んで、感嘆の声を上げ、同じようにぱくぱくと食べ終わり、腕組みをする。

 環は落ち着いて紅茶を流し込み、はあ、とため息をついた。

「……まるで詐欺…」

「あんずがなあ…」

 円は唸る。

「一度煮たほうがいいかなあ…」

 悩むのは円にまかせて、環は残った四切れを睨む。もうひと切れ食べるには少し大きいのだ。

「とりあえず今度は煮てみたら? で、これ、半分こしよ?」

 あーでもないこーでもないとブツブツ言っている兄に提案してみる。

「あんなに嫌がってたのにさ」

「大丈夫、もう、おからの可能性を疑ったりしないからさ!」

 環の言葉に苦笑しながらも包丁を取り出す円。

 半分に切られていくクレームダマンドもどきの表面を見ていたら彼女はふと思いついた。

「ね、これ、クランブルに似てない?」

「あー、いいかもね」

 確かクランブルもアーモンドプードルを使ったりするはずだ。……やはりここでも代用品か。

 と、円が首を捻りながら考え込む様子を見せる。

「味を染み込ませて、そこから高温で焼き上げるとサクっとした食感になって、元々の食感から変わるのかな、もしかして」

「歯ごたえがなくなれば、ふわふわでもさくさくでも美味しいよね。おからスコーンは粉さっくりしてるけど、パウンドはふわふわだもん」

 思わず言った後で後悔をした。

 別に自分はおから生活に入りたいとは思っていないことを思い出したのだ。田崎家の食事内容は、食物繊維も普通にちゃんと摂れるよう考えられたものだからだ。

 これでまたしばらく円のおからへの挑戦が始まることは決定だ。

「いい妹を持ったもんだ」

 彼女は、満足そうにうなずく兄に恨めしそうな眼差しを向けて、クレームダマンドもどきを口に入れたのだった。

 

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