35話『毒液の共鳴:捕食同位体』
カチャリ。
鉄格子が開く音は、開始の合図だった。
「があああああッ!!」
ダリストは飛び出す。
咆哮と同時に、牙がムカデの仮面へと突き刺さる軌道を描く。
だが。
「やはり“野良”か」
冷たい声。
次の瞬間――世界が“拘束”された。
数百の手足。
それは捕縛ではない。
空間そのものの制御だった。
逃げるという概念ごと、削り取られる。
ダリストの四肢、翼、首。
すべてが“同時に固定”される。
空中で停止。
完全停止。
「躾が必要だな」
ムカデの腹部が開く。
そこから落ちたのは、粘性の高い黒緑の毒。
回避不能。
触れた瞬間に“存在を解体する液体”。
だが――
ダリストは飲んだ。
「……がぁあああああッ!!」
喉が焼ける。
内臓が崩れる。
神経が“拒絶”を叫ぶ。
だが。
(違う)
(これは毒じゃない)
(素材だ)
瞬間。
毒の意味が反転する。
拒絶が消える。
代わりに起動するのは――変換。
赤(破壊)
青(拒絶)
緑(統合)
そこへムカデの毒が割り込む。
衝突ではない。
融合でもない。
“再定義”
「……毒を取り込んだだと?」
初めて、ムカデの声が揺れる。
拘束の隙間で、ダリストの指が動く。
その指先が――緑でも黒でもない、新しい濁りへと変質していく。
「汚染の上書き……いや」
ムカデが一歩引く。
「“汚染の再利用”か」
ダリストの腕が変わる。
毒の色。
緑ではない。
より深い――“循環し続ける腐食色”。
拘束が、崩れ始める。
数百の手足が溶ける。
「……っ、酸化転換か!!」
ムカデが距離を取ろうとする。
遅い。
ダリストの拳が仮面を撃ち抜く。
パキィィィッ!!
白い仮面が割れる。
その奥。
“研究者の顔”が露出する。
だがそれは人間ではない。
皮膚の下に、別の神経系が走っている。
「まだ解析中だぞ、この個体は……!」
怒りではない。
焦り。
ムカデは牙を伸ばす。
空間を裂く速度。
回避不能。
ズブリ。
胸を貫く。
肺が潰れる。
呼吸系統が破壊される。
だが。
ダリストは止まらない。
(死ぬのは)
(俺じゃない)
潰れた肺を“器”として使う。
毒を溜める。
圧縮。
変換。
そして――
吐く。
それは呼吸ではない。
“構造崩壊の吐息”だった
至近距離。
回避不能。
「あああああああッ!!」
ムカデの身体が崩れる。
だがその崩壊は“死”ではない。
分解されながら、逆に“解析”されていく。
「これは……学習型侵食……!」
遅い。
すでに肺は第二の器官になっている。
毒ではない。
捕食の変換炉。
ダリストは膝をつく。
だが視線は落ちない。
赤い瞳だけが、静かに揺れていた。
そして――
ムカデの崩れた肉体の奥で、まだ“動く神経束”がわずかに蠢いた。
それは死ではない。
“次の侵食の起動シグナル”だった。




