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第70話 三者会談、場所はイートイン


「リリアーナ様、とんでもない要請が届きました!」


アンナが震え声で報告してくる。その手には三つの公印が押された書状があった。


「人間王国、魔族国、そして...東方商業連合から同時に」


「同時に?」


私は首をひねる。この三つの勢力が同時に何かを要請してくるなんて...


「三者会談の開催場所として、我々の店を指定してきました」


「えぇぇぇ!?」


思わず変な声が出た。王国の政争仲裁だけでも大変だったのに、今度は国際会談?


「でも、なんで我々の店が?」


「『政治的に完全中立』『実績ある会談場所』『リラックスできる雰囲気』『誰の領土でもない特殊な立地』...理由がずらりと書いてあります」


確かに、国境店舗は人間国でも魔族国でもない微妙な位置にある。そして最近の外交実績も評価されているのね。


「でも、三者会談って何を話し合うの?」


◇◇◇


翌日、詳細な資料が届いた。


「大陸東部通商協定の締結についてですね」


ゼルドが資料を読み上げる。


「三勢力による経済圏構築、関税撤廃、物流効率化...」


「すごいスケールの話ね」


これが実現すれば、大陸東部の経済構造が根本的に変わる。


「でも、これまで三者はそれぞれ対立していたのでは?」


「だからこそ、中立的な場所での会談が必要なんでしょう」


なるほど、どこかの勢力に有利な場所では公平な議論ができない。


「我々の店なら確かに中立的ね」


しかも、最近の外交実績で信頼も得ている。


「お引き受けしましょう」


◇◇◇


会談準備が始まると、その重要性が身に染みて分かった。


「警備はどうします?」


マルクが心配そうに聞く。


「三国それぞれから護衛が来るでしょうが、店内は平和的な雰囲気を保ちたいわ」


「座席配置はどうしましょう?」


ザインが図面を持参する。


「正三角形に配置して、誰も上座下座にならないように」


この辺りは現代の外交プロトコルの知識が活かせる。


「料理は何を?」


「全員が同じものを食べられるメニューを用意しましょう。対等な立場を演出するの」


◇◇◇


会談当日の朝、店の前には各国のメディアが殺到していた。


「すごい数の記者ですね」


リリスが窓から外を覗く。


「『歴史的三者会談』って各紙が報じてますからね」


確かに、この三勢力が一堂に会するのは史上初のことらしい。


「でも、我々はいつも通り。普通にお客様をお迎えするだけよ」


特別扱いはしない、これが我々の方針。


「それが一番ですね」


◇◇◇


午後2時、まず人間王国の代表団が到着した。


外務大臣エリクソン・ブルーム、60代の老練な外交官。


「リリアーナ様、この度は素晴らしい場を提供していただき、ありがとうございます」


「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」


私は普通に接客する。特別な敬語は使わない。


「こちらがお席です」


イートインスペースの一角に設けた特別テーブル。正三角形の配置で、どの席も平等だ。


「素晴らしい配慮ですね」


エリクソンが感心する。


◇◇◇


続いて魔族国の代表団が到着。


外交長官アークデーモン・ヴラド、威圧的な見た目だが知性的な瞳をしている。


「リリアーナ殿、この度はお世話になります」


「いらっしゃいませ。エリクソン様がお待ちです」


両者の顔合わせ。緊張が走る瞬間だったが...


「お久しぶりです、ヴラド長官」


「こちらこそ、エリクソン大臣」


意外にも、両者は旧知の仲のようだった。


「以前から知り合いだったんですね」


「ええ、若い頃に外交研修で一緒だったんです」


これは幸先が良い。


◇◇◇


最後に東方商業連合の代表が到着。


商業評議会議長リン・ファン、40代の女性実業家。東方系の美しい顔立ちだ。


「リリアーナ様、お噂はかねがね伺っております」


「こちらこそ、東方での事業展開でお世話になっております」


実は、彼女とは以前から商業的な関係があった。


「それでは、三者揃いましたね」


歴史的な瞬間が始まる。


「まず、お食事をいかがですか?」


私は三人に同じメニューを提供する。


『三者和合セット』:人間国の肉まん、魔族国のスパイス料理、東方の茶を組み合わせた特別メニュー。


「これは...象徴的ですね」


リン議長が感心する。


「三つの文化が一つの皿に調和している」


◇◇◇


食事をしながらの会談が始まった。


「さて、大陸東部通商協定についてですが」


エリクソンが切り出す。


「我が国としては、関税撤廃に前向きです」


「魔族国も同様です」


ヴラドが応答する。


「ただし、農業保護の観点から段階的な実施を希望します」


「東方商業連合としては、物流効率化を最優先に考えたいと思います」


リン議長も意見を述べる。


三者の利害が異なるのは当然だが、対立的な雰囲気はない。


「この肉まん、本当に美味しいですね」


ヴラドが笑顔で言う。


「リラックスした雰囲気で議論できるのは素晴らしいことです」


食事の効果は絶大ね。


◇◇◇


「具体的な数字を見てみましょう」


リン議長が資料を広げる。


「現在の三者間貿易額は年間5000万金貨。これを協定により3倍に拡大できます」


「1億5000万金貨...」


エリクソンが目を見張る。


「我が国の総貿易額の30%に相当します」


「魔族国にとっても大きな経済効果ですね」


ヴラドも計算している。


「雇用創出効果も期待できます」


数字で示すと、協定の価値がより明確になる。


「でも、課題もありますね」


私が指摘する。


「物流インフラの整備、通貨制度の統一、法的枠組みの調整...」


「さすが、実業家としての視点ですね」


リン議長が感心する。


「これらの課題解決には、我々の協力が不可欠です」


◇◇◇


「それでは、段階的な実施計画を作成しませんか?」


エリクソンが提案する。


「第一段階:物流協力の開始」


「第二段階:関税の段階的削減」


「第三段階:通貨制度の統一検討」


「第四段階:完全な経済統合」


ヴラドが続ける。


「時間軸はどの程度で?」


リン議長が質問する。


「5年計画というのはどうでしょう?」


私が提案すると、三者とも納得した。


「現実的なスケジュールですね」


「無理のない範囲で着実に進めましょう」


◇◇◇


会談が進むにつれて、三者の協力関係が明確になってきた。


「実は、以前から三者協力の必要性は感じていました」


エリクソンが本音を語る。


「個別に対応するよりも、連携した方が効率的です」


「同感です」


ヴラドも同意する。


「特に、リリアーナ様の店舗展開を見ていて、国際協力の重要性を実感しました」


「私たちの事業が参考になったなんて光栄です」


「いえいえ、実際に国境を越えた成功事例を示していただいたおかげです」


リン議長も評価してくれる。


「商売には国境がない、それを証明してくださいました」


◇◇◇


午後6時、ついに歴史的な合意が成立した。


「大陸東部通商協定、基本合意書」


三者が署名する瞬間は、まさに歴史的だった。


「これで大陸東部の新時代が始まります」


エリクソンが感慨深げに言う。


「経済発展だけでなく、平和構築にも寄与するでしょう」


ヴラドも満足そうだ。


「そして、この協定の中心には常に『夜明けの星』がある」


リン議長が私たちを称賛する。


「物流の要所として、情報交換の場として、友好の象徴として」


「ありがとうございます」


私は感激した。まさか我々の店が国際協定の中核になるなんて。


◇◇◇


署名式の後、三者は記念撮影を行った。


場所は、イートインテーブルで『三者和合セット』を囲んで。


「この写真は歴史に残りますね」


カメラマンが興奮している。


「『便利の場で歴史が動いた』...明日の見出しが決まりました」


新聞記者も満足そうだ。


「食事を共にしながらの外交、新しいスタイルですね」


「これからの外交の常識を変えるかもしれません」


メディアの反応も上々だった。


◇◇◇


三者が帰った後、私たちは会談の成功を振り返った。


「すごいことになりましたね」


ザインが興奮している。


「我々の店で歴史的協定が成立するなんて」


「でも、これが最終目標じゃないわ」


私は窓の外を見る。


「協定は成立したけれど、実際に運用していくのはこれから」


「そして、その中心的役割を我々が担うことになる」


責任重大だが、やりがいもある。


「頑張りましょう!」


スタッフ全員が意気込んでいる。


◇◇◇


翌朝の新聞各紙は、すべて三者会談を一面トップで報じていた。


「『便利の場が歴史を作る』歴史的三者協定成立」


「『夜明けの星』で動いた大陸東部の運命」


「イートインスペースで握手した未来」


どの新聞も我々の店の役割を大きく評価している。


「国際的な地位がさらに向上しましたね」


アンナが嬉しそうに言う。


「でも、これでプレッシャーも大きくなったわね」


実際、今後は国際協定の運用を支える重要なインフラとしての役割を担うことになる。


「責任重大だけど、やりがいがある仕事よ」


◇◇◇


一週間後、協定の詳細が発表された。


「物流ハブとしての『夜明けの星』」


「三国間情報交換センター機能」


「友好親善活動の拠点」


「紛争調停機能」


我々の店に期待される役割は多岐にわたっていた。


「まるで国際機関みたいですね」


ミアが苦笑いする。


「でも、基本は変わらないわ。美味しい食事と心のこもった接客を提供するだけ」


「それが結果的に国際平和に貢献するなら、これほど誇らしいことはないわね」


◇◇◇


その夜、私は店の屋上テラスで三者会談を振り返っていた。


「まさか、イートインスペースで歴史が動くなんて...」


前世でコンビニのイートインコーナーを利用していた時は、こんなことになるなんて想像もしなかった。


「でも、考えてみれば当然かも」


イートインって、誰でも気軽に利用できる平等な空間。立場や身分に関係なく、同じテーブルに座れる。


「それが外交の場として最適だったのね」


豪華な宮殿や厳格な会議室よりも、気軽に利用できる店の方が本音の議論ができる。


「便利の場が歴史を作る」


この言葉の意味を、私は今夜、深く理解した。


◇◇◇


一ヶ月後、協定の効果が早くも現れ始めた。


「三国間の貿易量が20%増加しました」


ゼルドが嬉しそうに報告する。


「物流効率化の効果が予想以上です」


「我々の店の利用者も国際色豊かになりましたね」


確かに、最近は三国の商人や外交官が日常的に利用するようになった。


「自然な国際交流の場になっているわね」


これこそが、真の国際化の姿かもしれない。


「政治的な協定も大切だけど、日常的な交流がもっと大切」


人と人とのつながりこそが、真の平和の基盤なのだ。


◇◇◇


その後も、我々の店では様々な国際会議が開催されるようになった。


でも、どの会議でも基本は同じ。


美味しい食事、リラックスした雰囲気、そして平等な関係。


それが結果的に建設的な議論と合意形成を促進する。


「食事外交」という新しい概念が、この世界に根付き始めていた。


そして、その発祥地として我々の店が認知されている。


「便利の場が歴史を作る」


この言葉は、もはや単なるキャッチフレーズではなく、現実となった。


小さなイートインスペースから始まった変革が、今では大陸全体の平和と繁栄を支えている。


これほど誇らしく、やりがいのある仕事は他にないだろう。


明日からも、変わらず美味しい食事と心のこもった接客を提供し続けよう。


それが、世界平和への最大の貢献なのだから。

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