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第68話 和平の種は湯気の向こうに


「リリアーナ様、フェアの準備が整いました!」


ザインが興奮気味に報告してくる。今日は人間・魔族共同フェア『和平の食卓』の開催日。両国の食文化を紹介し、相互理解を深めるという史上初のイベントだった。


「すごい人だかりね...」


国境店舗の前には、既に長蛇の列ができている。人間も魔族も、そして他国からの観光客まで混在した前代未聞の光景だった。


「メディアの数もすごいですよ」


リリスが窓から外を指差す。新聞社、魔法通信社、絵画記録師...まさにメディア総出といった様相だ。


「まさか、こんなに注目されるなんて...」


心の中で呟く。でも、これが成功すれば両国関係に大きなインパクトを与えられるはず。


「よし、頑張りましょう!」


◇◇◇


午前10時、フェア開始の合図と共に、会場(国境店舗の特設屋外エリア)に活気が溢れ出した。


「いらっしゃいませ!人間国の伝統料理コーナーです!」


マルクが元気よく客を呼び込む。彼の前には、王都の宮廷料理人が作った上品なパンやスープが並んでいる。


「こちらは魔族国の伝統料理です!辛くて美味しいですよ!」


ザインも負けじと宣伝する。激辛肉料理、スパイシーな煮込み、そして例の「闇菓子」も並んでいる。


「どちらも美味しそう...でも、どれから試そうかしら?」


人間の主婦が悩んでいる。


「それでしたら、こちらはいかがですか?」


私が提案したのは、今回の目玉商品『融合メニュー』だった。


◇◇◇


「これが噂の融合メニューですか!」


魔族の若い冒険者が目を輝かせる。


「はい。人間国の肉まんに魔族国のスパイスを効かせた『友好肉まん』です」


実際、人間にも魔族にも食べやすいよう、絶妙な辛さに調整してある。


「うまい!これは革命的だ!」


一口食べた瞬間、彼の表情がぱっと明るくなった。


「人間の優しい味に、我々のスパイスの刺激が加わって...完璧な調和ですね」


近くにいた人間の商人も試食して感動している。


「これこそ、両国の友好の象徴ね」


私は満足げに頷く。料理に国境はない、まさにそれを体現した一品よ。


◇◇◇


「こちらでは料理教室も開催中です!」


リリスが案内する先では、両国の料理人が互いの技術を教え合っていた。


「魔族の皆様、人間国の『優しい煮込み』の作り方をお教えします」


人間国の老練な料理人ハンス・シュミットが、魔族の主婦たちに丁寧に説明している。


「ポイントは弱火でじっくり...決して急いではいけません」


「なるほど、我々はいつも強火で一気に調理していました」


魔族の主婦が感心する。


「それはそれで美味しいのですが、こちらの方法だと素材の味が深く出ますよ」


逆のコーナーでは...


「人間の皆様、こちらが魔族秘伝のスパイス調合です!」


魔族の料理人モルガナが、人間たちにスパイスの配合を教えている。


「辛さだけではありません。香りと深みが重要なのです」


「わぁ、いい香り!こんなに複雑な味が作れるなんて」


人間の若い女性が感動している。


◇◇◇


午後2時頃、フェア会場に思いがけない来客が現れた。


「あ、エドワード次官!」


そして後ろには、ガルマ副長官の巨大な姿も。


「素晴らしいイベントですね」


エドワードが会場を見回す。


「これほど自然に両国民が交流している光景は、歴史上初めてでしょう」


「まさに民間外交の成功例です」


ガルマも満足そうだ。


「お二人も、ぜひ融合メニューを」


私が『友好肉まん』を差し出すと、二人は喜んで受け取った。


「うん、これは確かに『友好』の味ですね」


エドワードが笑顔で頬張る。


「我々が目指している両国関係の象徴のようです」


ガルマも同意する。


「政治的な協議も大切ですが、こうした文化交流こそが真の平和の基盤なのかもしれません」


◇◇◇


その時、会場の一角で微笑ましい光景を目撃した。


人間の老婆と魔族の老婆が、同じテーブルで食事をしているのだ。


「あなたの作った煮込み、とても美味しかったわ」


人間の老婆が言う。


「こちらこそ、あなたのパンのレシピを教えてくださって」


魔族の老婆が答える。


「今度、お互いの村を訪ねましょうね」


「ぜひ!夫にもあなたの料理を食べさせたいわ」


二人は手を取り合って笑い合っている。


「これよ、これが見たかった光景」


私は胸が熱くなった。政治や外交を超えた、人と人との純粋な交流。


◇◇◇


「すごいですね、あの写真」


ミアが新聞記者の取材を受けながら言う。


記者のカメラが捉えていたのは、人間の子供と魔族の子供が同じ『友好肉まん』を分け合って食べている瞬間だった。


「これは間違いなく明日の一面ですね」


記者が興奮している。


「『和平の種は湯気の向こうに』...見出しはこれで決まりです」


確かに、湯気の向こうで微笑み合う子供たちの写真は、希望に満ちていた。


「この写真が、両国関係の新たなシンボルになりそうですね」


アンナも感動している。


「写真は言葉よりも雄弁」って本当ね。この一枚が、どんな政治演説よりも平和の価値を伝えている。


◇◇◇


夕方、フェアの締めくくりとして特別イベントを開催した。


「それでは、両国料理人による『友好料理対決』を開始します!」


私が司会として宣言する。


人間側:宮廷料理人ハンス・シュミット


魔族側:伝統料理人モルガナ・ダークフレイム


テーマ:「友情を表現した創作料理」


制限時間:1時間


「これは面白そう!」


観客からも期待の声が上がる。


◇◇◇


料理対決が始まると、両者の技術の高さに観客は釘付けになった。


ハンスは人間国の伝統的な調理法をベースに、魔族のスパイスを効果的に取り入れている。


「素材の味を活かしつつ、異国の香りを加える...これは高度な技術ですね」


観客の料理人が感心する。


一方のモルガナは、魔族の豪快な調理法に人間国の繊細さを融合させていく。


「見た目は魔族料理だけど、味は優しそう...」


人間の観客が期待を込めて見つめる。


制限時間終了のベルが鳴ると、二人は同時に手を止めた。


◇◇◇


「それでは、審査をお願いします!」


審査員は観客全員。人間も魔族も、みんなで両方の料理を試食する。


ハンスの作品:『融和のシチュー』


見た目は人間国の伝統的なシチューだが、魔族のスパイスが絶妙なアクセントを添えている。


「うまい!優しい味の中に、確かに魔族の情熱を感じる」


魔族の審査員が感動する。


「これなら子供でも食べられるのに、大人も満足できる深い味わい」


人間の審査員も絶賛だ。


モルガナの作品:『友情の炎鍋』


見た目は魔族らしい真っ赤な鍋だが、人間向けにマイルドに調整されている。


「辛いけど痛くない。温かくて心が和む辛さ」


人間の審査員が驚く。


「我々が普段食べる激辛料理とは違う。これは...愛情の辛さですね」


魔族の審査員も納得している。


◇◇◇


結果発表の時間が来た。


「審査の結果...」


私は会場を見回す。みんなの期待に満ちた視線が集まっている。


「同点優勝!」


「えぇっ!」


観客がどよめく。


「どちらの料理も、それぞれ違った方法で『友情』を表現していました。順位をつけることはできません」


実際、どちらも甲乙つけがたい素晴らしい出来だった。


「これこそ、真の友情の在り方ですね」


ハンスとモルガナが握手を交わす。


「お互いを尊重し、学び合う。これが料理の、そして友情の本質だと思います」


会場からは盛大な拍手が響いた。


◇◇◇


フェア終了後、予想以上の反響が待っていた。


「リリアーナ様、各国のメディアから取材申し込みが殺到しています」


アンナが報告書を抱えて駆け込んでくる。


「エルドリア帝国の宮廷新聞、東方諸島の魔法通信、南方大陸の民族新聞...」


「そんなに注目されてるの?」


「今日の写真が各国で話題になっているそうです。『食文化外交の新時代』って」


確かに、今日の成功は単なるイベントを超えた意味を持っているかもしれない。


◇◇◇


その夜、私は一人でフェア会場の片付けを手伝っていた。


「今日は本当に素晴らしい一日だったわ」


心の中で振り返る。朝から夕方まで、笑顔と感動の連続だった。


「料理って、本当にすごい力を持ってるのね」


言葉の壁、文化の違い、政治的な対立...すべてを乗り越えて人々を繋ぐ力。


「これが真のソフトパワーか」


軍事力や経済力ではない、文化の力で世界を変える。現代日本が得意としていた手法を、この異世界でも応用できるなんて。


◇◇◇


翌朝、新聞各紙が一斉にフェアを報道した。


『和平の種は湯気の向こうに 歴史的な食文化交流実現』


『子供たちの笑顔が国境を溶かす 人間・魔族友好フェア大成功』


『料理が繋ぐ平和の絆 民間外交の新たな可能性』


どの新聞も一面トップ扱いだった。


「すごい反響ですね」


ザインが興奮している。


「魔族国の新聞でも同じように大きく取り上げられています」


「政治的な効果も期待できそうですね」


実際、記事によると両国政府内でも「文化交流の重要性」について議論が活発化しているらしい。


◇◇◇


一週間後、予想を超える展開が訪れた。


「リリアーナ様、両国政府から正式な表彰状が届きました」


アンナが興奮して報告する。


「人間国からは『文化親善大使』の称号、魔族国からは『平和友好賞』をいただきました」


「そんな大げさな...」


でも、確かに今回のフェアは両国関係に大きなインパクトを与えたようだ。


「さらに、他国からも同様のフェア開催依頼が来ています」


「どこから?」


「エルドリア帝国、東方諸島連邦、南方大陸連合...」


「世界規模になってきたわね」


これは想像以上の発展だった。


◇◇◇


その夜、国境店舗のテラスで星空を眺めていると、エドワードとガルマがひょっこり現れた。


「今夜も非公式懇談ですか?」


私が聞くと、二人は笑った。


「今日は純粋に『友好肉まん』が食べたくて来ました」


エドワードが言う。


「フェアの成功で、両国内の世論が大きく変わりました」


ガルマが報告する。


「『魔族との共存は可能』という声が人間国で急増しています」


「こちらでも『人間との友好は利益になる』という意見が主流になりました」


二人とも満足そうだ。


「でも、一番の成果は市民レベルの意識変化です」


エドワードが続ける。


「政治的な合意より、人々の心の変化の方が重要ですからね」


「その通りです。真の平和は、市民一人一人の心から始まる」


ガルマも同意する。


◇◇◇


「それにしても、食文化の力は侮れませんね」


エドワードが『友好肉まん』を頬張りながら言う。


「どんな政治演説より、一つの美味しい料理の方が人の心を動かす」


「ソフトパワーの典型例ですね」


ガルマも感心している。


「リリアーナ様のアイデアは、外交の常識を覆しました」


「いえいえ、私はただ美味しいものを作って、みんなに喜んでもらいたかっただけよ」


でも、内心では誇らしかった。現代の「食文化外交」の概念を、この世界に持ち込むことができた。


◇◇◇


一ヶ月後、さらなる発展があった。


「リリアーナ様、『国際食文化交流協会』の設立要請が来ています」


アンナが新たな書類を持参する。


「複数国による食文化交流の常設組織を作りたいそうです」


「そして、その初代会長にリリアーナ様を推薦したいと」


「え?私が会長?」


「はい。『食文化外交の先駆者』として、各国が全会一致で推薦しています」


これは予想外の展開だった。でも、断る理由もない。


「お引き受けします。世界平和のために」


◇◇◇


その後も、我々の食文化交流活動は世界各地に広がっていった。


各国で『友好フェア』が開催され、料理を通じた国際理解が促進される。


「食文化が外交を動かす」


この言葉が現実のものとなり、新しい外交手法として確立されていく。


そして、その中心には常に我々の店があった。小さな国境の店が、世界平和の象徴として認識されるようになったのだ。


「湯気の向こうに見える平和」


それは、もはや夢ではなく、確実に実現しつつある現実だった。料理という共通言語で、世界中の人々が理解し合える日が来る。その日を目指して、私たちの挑戦は続いていく。

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