第65話 夜間大型センター、稼働開始
「うわぁ...これ、本当に我々の物流センターなんですか?」
ゼルドが目を見張って呟く。私たちの前に聳え立つ建物は、この世界では見たこともないほど巨大で近未来的だった。
「まあ、現代のアマゾン倉庫には負けるけどね」
心の中で苦笑い。でも、この異世界では確実に革命的なレベルの施設よ。
「リリアーナ様、建設関係者がお待ちです」
アンナが慌てて駆け寄る。今日はついに、半年間の建設を経た夜間大型物流センターの稼働開始日だった。
◇◇◇
「皆さん、お疲れ様でした」
建設チームのリーダー、魔導建築師のマックスが深々と頭を下げる。
「正直、最初は『こんな建物本当に作れるのか』と思いました。でも...」
彼は誇らしげに建物を見上げる。
「完成してみると、これまでの常識を覆す素晴らしい施設になりました」
「ありがとう。でも、建物はただの箱よ。本当の勝負はこれからのシステム運用」
私はドアに手をかける。
「さあ、世界最先端の物流センターを見てもらいましょう」
◇◇◇
扉が開いた瞬間、見学者たちから感嘆の声が上がった。
「これは...まるで魔法都市みたい!」
確かに、天井まで届く巨大な棚、宙に浮かぶ魔法カート、床に描かれた光る導線...現代の自動化倉庫を魔法でアレンジした光景は圧巻だった。
「あの光っている線は何ですか?」
物流業者組合のゼラルドが指差す。
「ピッキングルートよ。商品を取りに行く最適な経路を魔法で表示してるの」
実際、床に青い光の線が複雑に走り、作業員がその線に沿って移動している。
「従来のようにリストを見ながら探し回る必要がないの。必要な商品がある場所まで光の道案内をしてくれる」
「なんと効率的な...」
◇◇◇
「それでは、実際のピッキング作業をご覧ください」
私は手を叩く。すると、センターのスタッフが動き出した。
「今から王都旗艦店への配送分をピッキングします」
作業員のトーマス(ミアの父親の弟)が魔法端末を起動すると、床に光のルートが現れた。
「すげぇ...道が光ってる」
見学者の一人が感動する。
トーマスは光の線に沿って移動し、指定された棚の前で止まる。すると、該当する商品の場所が黄色く光った。
「肉まん20個、おにぎり50個、スープ30個...」
商品を取ると、自動的にカウントされる。魔法センサーが数量を正確に把握し、取り間違いを防ぐシステムだ。
「人的ミスがほぼゼロになります」
私が説明すると、見学者たちがどよめく。
◇◇◇
「次は積載最適化システムをお見せします」
ピッキングが完了した商品が、ベルトコンベア(魔法版)で積載エリアに運ばれてくる。
「配送トラックの容量と形状をシステムが把握して、最も効率的な積み方を計算します」
大型の魔法スクリーンに、トラックの3D映像と積載シミュレーションが表示される。
「おぉ...まるで立体パズルみたいですね」
商業ギルド長のパトリックが感心する。
実際の積載作業では、スクリーンの指示通りに荷物を配置していく。重い物は下、軽い物は上、形状を考慮した隙間の活用...
「これで従来の2倍の荷物を1台で運べます」
「2倍!?」
見学者たちが驚愕する。
「配送コストが半分になるということですか?」
「そういうことね。効率化は直接的な利益向上に繋がるの」
◇◇◇
そして、今回のシステムの真骨頂。
「こちらが可視化ボードです」
センターの中央に設置された巨大なスクリーンを指し示す。そこには...
「全店舗の在庫状況、配送トラックの現在位置、予想到着時間、天気予報による遅延リスク...すべてがリアルタイムで表示されています」
「これは...神の視点ですね」
ゼラルドが息を呑む。
「スノーベル村1号店、在庫充足率98%、配送予定時刻まで2時間15分」
「王都旗艦店、在庫充足率95%、配送中、予定通り到着」
「リバーサイド村2号店、在庫充足率100%、配送完了」
すべての情報が一目瞭然。まさに全体最適化の極致よ。
◇◇◇
「すげぇなこりゃ...」
ロウが感動で声を震わせる。
「これで遅延って起こるんですか?」
「理論上はゼロよ。天候による遅延も事前に予測してルート変更するし、トラブルが発生したら即座に代替案を提示する」
実際、過去1ヶ月のテスト運用では遅延ゼロを達成していた。
「でも、これだけのシステム、維持費がかかるでしょう?」
鋭い質問をしたのは、新しく入った見学者。ヴェルナー商会の幹部だった。
「確かに初期投資と維持費はかかります。でも、効率化による利益の方が圧倒的に大きい」
私は数字を示す。
「配送コスト60%削減、在庫管理費50%削減、人件費40%削減。年間で2000万金貨の経費削減効果があります」
「2000万...」
ヴェルナーの幹部が絶句する。彼らの年商を知っているだけに、この数字のインパクトは大きいはず。
◇◇◇
「それでは、実際の配送準備をご覧ください」
午後8時。夜営業開始の時間に合わせて、各店舗への配送が始まる。
「王都旗艦店向け配送、出発!」
最新の冷蔵トラックが静かに出発していく。GPS追跡(魔法版)により、リアルタイムで位置を把握できる。
「スノーベル村1号店向け配送、出発!」
「リバーサイド村2号店向け配送、出発!」
次々と配送トラックが出発する様子は、まるで軍事作戦のような精密さだった。
「完璧なタイミングですね」
見学者の一人が感心する。
「各店舗の営業開始時刻に合わせて、商品が到着するように逆算してあるの」
「こんな精密な配送システム、見たことありません」
◇◇◇
一時間後、最初の配送完了報告が入った。
「王都旗艦店、配送完了。予定時刻ちょうどです」
可視化ボードの表示が更新される。
「在庫充足率100%。商品陳列完了」
続々と報告が入る。
「スノーベル村1号店、配送完了。予定より3分早着」
「リバーサイド村2号店、配送完了。問題なし」
すべて予定通り、いや予定以上の結果だった。
「遅延ゼロ達成ですね」
ゼルドが嬉しそうに報告する。
◇◇◇
「これで全店舗の商品切れが完全になくなりますね」
ミアが感動している。
「そうよ。お客様が『あれが欲しい』と思ったとき、『申し訳ございません、切らしております』と言わずに済む」
これこそが、真の顧客満足度向上だった。
「でも、これだけのシステム、他の商会も真似しようとするのでは?」
エリックが心配そうに聞く。
「もちろん真似しようとするでしょうね。でも...」
私はニヤリと笑う。
「このシステムの核となる技術は我々の特許よ。簡単には真似できない」
「さすがリリアーナ様...」
皆が感心する。技術的優位性を特許で保護する戦略、完璧じゃない?
◇◇◇
その夜、物流センターの管制室で最終チェックを行った。
「本日の配送実績、遅延ゼロ、配送ミスゼロ、在庫差異ゼロ」
ゼルドが誇らしげに報告する。
「完璧じゃない」
私も満足だった。
「でも、これで満足しちゃダメよ。明日はもっと良くできるはず」
「はい!」
スタッフたちが元気よく返事する。
「それと、データ分析も忘れずに。どの商品がどの時間帯によく売れるか、天候と売上の関係、客層と購買パターン...」
現代のビッグデータ分析手法を、この世界に持ち込む時が来た。
◇◇◇
翌朝、各店舗からの報告が次々と届いた。
「昨夜の売上、スノーベル村は過去最高でした!」
「王都旗艦店も大好評です。『いつ来ても欲しい商品がある』とお客様が喜んでいます」
「リバーサイド村でも『品揃えが安定した』という声をたくさんいただきました」
全店舗で顧客満足度が大幅に向上していた。
「やったじゃない!」
私は嬉しくて飛び跳ねる。
「これが物流革命の威力よ。単に商品を運ぶだけじゃない、お客様の『欲しい』に確実に応える仕組み」
◇◇◇
午後、王都商業ギルドから緊急の視察要請が来た。
「大手商会数社から、同様のシステム導入についての相談が殺到しているそうです」
アンナが報告する。
「でしょうね。この効果を見たら、誰だって欲しくなるもの」
「でも、技術供与はどうされますか?」
「もちろん、適正な対価をいただいて技術指導はします。でも...」
私は意地悪く笑う。
「コア技術は特許で保護されてるから、完全に同じシステムは作れないのよね」
競合他社は我々の劣化版しか作れない。技術的優位性、万歳!
◇◇◇
その夜、ヴェルナー商会から思いがけない連絡が入った。
「リリアーナ様、ヴェルナー商会から正式な技術提携の申し出です」
アンナが驚いた表情で報告する。
「あの頑固なヴェルナーが?」
「『我が社の物流システムを根本的に見直したい。つきましては、貴社の技術指導をお願いしたい』とのことです」
ついに、因縁の相手が完全に白旗を上げたのね。
「面白いじゃない。でも、指導料はきちんといただくわよ」
「金額はいくらで?」
「そうね...年間500万金貨で技術指導、それとは別に特許使用料が月50万金貨」
「高額ですね...」
「でも、それ以上の効果があることは今日証明されたじゃない」
実際、我々のシステムなら年間2000万金貨の経費削減が可能なのだから、むしろ安いくらいよ。
◇◇◇
深夜、私は一人で物流センターの屋上に立っていた。
眼下には、24時間稼働する最新鋭の物流システム。光る搬送ライン、動き回る魔法カート、リアルタイムで更新される巨大スクリーン...
「ここまで来たのね」
半年前、ただの追放王女だった私が、今や業界の技術革新をリードしている。
「でも、これもまだ始まり」
現代の物流技術には、まだまだ応用できる要素がある。ドローン配送、AI予測、ロボット化...
「次は何を導入しようかしら」
星空を見上げながら、私は次なる革新を夢見ていた。
◇◇◇
翌朝、センターには業界関係者の視察が殺到していた。
「すごい人ですね」
ゼルドが苦笑いする。駐車場には高級馬車がずらりと並んでいる。
「まあ、話題になるのは悪いことじゃないわ」
私は余裕の表情。
「でも、見学は有料にしましょうか。1人10金貨で」
「え?見学料を取るんですか?」
「当然よ。これだけのシステム、タダで見せる義理はないもの」
さらに、技術的な質問には別途コンサルティング料も設定しよう。情報にも適正な価格をつけるのが正しいビジネスよ。
◇◇◇
その後も連日、視察者が絶えなかった。王国内の商会はもちろん、他国の商人まで見学に来る始末。
「リリアーナ様の物流センターが観光名所になってますね」
ミアが面白そうに言う。
「『王都に来たら夜明けの星の物流センターを見よ』って、旅行ガイドに載ったらしいですよ」
「まさか物流施設が観光名所になるなんて...」
でも悪い気はしない。技術力を認められるのは嬉しいものよ。
◇◇◇
そして1ヶ月後、驚異的な数字が出た。
「全店舗の売上が平均30%向上しました」
ゼルドが興奮して報告する。
「在庫切れによる機会損失がゼロになった効果ですね」
「さらに、配送コストの削減により利益率も20%向上しています」
まさに一石二鳥。いや、一石三鳥かしら。
「物流が競争力の源泉」
この言葉の意味を、私は今、完全に理解していた。
◇◇◇
夜、スノーベル村の1号店を訪れた。
「リリアーナ様!」
ミアが嬉しそうに駆け寄る。
「今日も商品切れゼロでした。お客様皆さん満足そうでしたよ」
「それは良かった。でも、これが当たり前の状態になったのよ」
「そうですね。もう『申し訳ございません、売り切れです』って言わなくて済みます」
私たちが目指していた「いつでも、欲しいものが手に入る店」。それがついに実現した。
「でも、物流だけじゃまだまだよ。次は商品開発、その次は店舗システム、もっともっと便利にしていくの」
「リリアーナ様のチャレンジは止まりませんね」
「当然よ。お客様の『もっと便利に』という期待に応え続けるのが、我々の使命なんだから」
◇◇◇
その夜、物流センターの管制室で、私は最後のチェックを行った。
画面には今日の実績が表示されている。配送完了率100%、遅延ゼロ、在庫精度99.9%...完璧な数字が並ぶ。
「これが、新しいスタンダードね」
私は満足げに頷く。
「明日からも、この品質を維持していきましょう」
夜間大型センターは、24時間体制で王国の物流革命を支え続ける。そして私たちは、さらなる高みを目指して歩み続ける。
技術革新に終わりはない。常に進化し続けること、それが勝者であり続ける唯一の道なのだから。
画面の向こうで、光る搬送ラインが静かに動き続けていた。まるで血管のように、王国中に商品と満足を運び続けて...