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第64話 魔法冷蔵の共同特許


「リリアーナ様、本日の冷蔵魔道具の効果測定結果をお持ちしました」


魔術師ギルドの研究員エルデンがレポートを差し出す。分厚い羊皮紙の束には、この半年間の共同研究成果がびっしりと記録されていた。


「...すごいじゃない」


私は目を丸くする。冷却持続時間が従来の5倍、消費魔力は3分の1という驚異的な数値が並んでいた。


「前世のエアコンの仕組みを参考にした圧縮循環システムが功を奏しているようですね」


心の中でニヤリ。この世界の魔法と現代知識のコラボレーション、恐るべし。


◇◇◇


「それで、この技術をどうされるおつもりで?」


魔術師ギルド長のマーリンが興味深そうに聞く。白い髭をさすりながら、彼の瞳は期待に輝いていた。


「もちろん、特許申請よ」


「とっ、特許?」


研究員たちがざわめく。そりゃそうよね、この世界に特許という概念はまだないもの。


「知的財産を保護する制度よ。技術を考案した人が、一定期間その技術を独占的に使える権利を法的に保証するの」


私は手に持ったリンゴを例に挙げる。


「このリンゴを作った農家さんは、一度売ったらそれで終わり。でも技術は違う。同じ技術を何度でも使って利益を生み出せる。だからこそ、最初に考えた人の権利を守る必要があるの」


「なるほど...」マーリンが頷く。「それは理にかなっている」


「でも申請はギルドと私の共同名義にしたいの。研究も資金も、みんなで協力したからこその成果だもの」


研究員たちの顔がぱっと明るくなる。お金の話ではなく、名誉と功績をちゃんと評価してくれることが嬉しいのだろう。


◇◇◇


一週間後、王都の特許庁――いや、私が新設提案した「技術保護庁」の前に立っていた。


「ほんとに役所を作っちゃうなんて...」


アンナが呟く。私が王室御用達商人としての影響力を使って、技術保護制度を政府に提案したのが先月のこと。まさか本当に役所ができるとは思わなかった。


「技術立国を目指すなら必要不可欠よ。この制度があれば、発明家や研究者がもっと積極的に技術開発に取り組むようになる」


受付で申請書類を提出する。分厚い技術仕様書、効果測定データ、実用化計画書...現代的な特許申請フォーマットを異世界に持ち込んだのだ。


「魔法冷蔵循環システム...面白い技術ですな」


審査官が書類をめくりながら感心する。


「従来技術との差別化も明確ですし、産業への影響も大きそうです。これは承認される可能性が高いですぞ」


やった!と心の中でガッツポーズ。


◇◇◇


特許申請から1ヶ月。承認の知らせが届いた日、私たちは次のステップに取り掛かっていた。


「業界標準規格の制定ね」


魔術師ギルド、物流業者組合、商業ギルドの代表者が一堂に会している。圧巻の光景だった。


「標準規格?」物流組合長のゼラルドが首をひねる。


「みんなが同じ基準で技術を使えるようにするのよ。たとえば、冷蔵魔道具のサイズや性能を統一すれば、どこのメーカーの商品でも互換性が保てる」


実際、現代のUSBや電源プラグがそうだった。標準規格があるからこそ、どのメーカーの製品でも組み合わせて使える。


「それは...革命的ですな」商業ギルド長のパトリックが目を輝かせる。


「冷蔵車も、倉庫も、店舗も、すべて同じ基準の魔道具が使えれば...」


「物流全体の効率が劇的に向上する」私が続ける。「そして、その基準となる基本技術を我々が持っている」


にやり、と笑う。これが狙いよ。標準規格を握った者が業界を制するのは、現代でも変わらない鉄則だ。


◇◇◇


「でも、その技術を他社に提供するんですか?」


ミアが心配そうに聞く。確かに、せっかくの独自技術を教えるなんて、一見バカげているかもしれない。


「適正価格でライセンス提供するの。技術を使いたい業者は、ライセンス料を払って正式に使用する」


現代で言うフランチャイズシステムみたいなものね。


「すると...」アンナが計算し始める。「業界全体でこの技術が使われれば...」


「そう、継続的な収入になる。一回売って終わりじゃなく、使い続ける限りずっと利益が入ってくる」


いわゆるサブスクリプションモデルの走りよ。


「ずる賢い...」ロウが感心したような、呆れたような声を出す。


「ずる賢いなんて失礼ね。これは正当な対価よ。技術開発には時間もお金もかかったんだから」


◇◇◇


そして2ヶ月後、最初のライセンス契約が成立した。


「ヴェルナー物流が我々の技術採用を決定したようですね」


エルデンが報告書を持参する。なんと、あの因縁のヴェルナー商会が技術的優位を認めて頭を下げてきたのだ。


「時代の流れは止められませんからね」


私は満足げに微笑む。価格競争や風評被害では勝てないと悟ったヴェルナーが、技術で勝負することにしたらしい。


「しかし、商売敵に技術を提供して大丈夫なんですか?」


「むしろ好都合よ。競合他社が我々の技術を使えば使うほど、我々の技術が業界標準として定着する。そうなれば、もう誰も我々を無視できなくなる」


完全に囲い込み成功ね。


◇◇◇


「リリアーナ様、各社からの契約申し込みが殺到しています」


アンナが嬉しそうに報告する。契約書の束が山積みになっていた。


「大手商会3社、中堅物流業者7社、新興の運送組合5社...これだけでも月間200万金貨のライセンス収入になります」


「すごいじゃない!」


私も興奮する。店舗での直接売上以外に、こんな大きな収入源ができるなんて。


「技術が競争力の源泉」って本当ね。


「でも、これで満足しちゃダメよ」私は気を引き締める。「技術革新は継続しなきゃ。次の技術、次の特許を考えましょう」


「もう次ですか...」ミアが苦笑い。


「そうよ。立ち止まったら負けなの。常に一歩先を行くのが勝者の条件よ」


◇◇◇


その夜、魔術師ギルドで開かれた祝賀会。


「リリアーナ様のおかげで、我がギルドの地位も向上しました」


マーリンが杯を掲げる。


「今まで魔術師は『学者』扱いでしたが、今回の件で『技術開発者』としての価値を認めてもらえました」


「それは良かった。でも、これはまだ始まりよ」


私も杯を掲げる。


「これから魔法と技術を組み合わせて、この世界をもっと便利にしていきましょう。みんなで一緒に」


「おぉー!」


研究員たちの歓声が響く。


◇◇◇


帰りの馬車の中で、アンナが感慨深げに言う。


「半年前までただの追放王女だった方が、今や業界を動かす技術リーダーですものね」


「まだまだよ。これから世界規模で展開するんだから」


私は星空を見上げる。


「世界中の物流業界が我々の技術を使う日が来るかもしれない。そんな日を想像すると、ワクワクしない?」


「リリアーナ様の野望は果てしないですね」


「野望じゃないわ、夢よ。世界中の人々の生活を便利にするという、正義の夢」


◇◇◇


次の日の朝、スノーベル村の1号店に顔を出すと、ミアが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「リリアーナ様!昨日の新聞見ました?」


差し出された新聞の見出しは『追放王女、業界標準を制す』だった。


「記事によると、今回の特許制度は他の業界にも広がる可能性があるって書いてありますよ」


「そうなったら面白いわね。この世界の技術発展が一気に加速するかもしれない」


私は記事を読みながら満足げに頷く。


「でも、うちの店の営業にも集中しなきゃね。技術で稼ぐのも大事だけど、お客様第一は忘れちゃダメよ」


「はい!今日も頑張ります!」


◇◇◇


昼過ぎ、物流センターからゼルドが報告に来た。


「新しい冷蔵システムの効果は抜群ですね。食材の廃棄率が90%削減されました」


「すごいじゃない。コストダウン効果も大きいわね」


「はい。おかげで仕入れ価格を下げても利益率は向上しています」


技術革新が経営にもプラス効果をもたらしている。これぞイノベーションの真価ね。


「それと、新しい技術開発の提案があるんですが...」


「どんな?」


「調理を自動化する魔法システムです。一定の温度と時間で、誰でも同じ品質の料理が作れる」


「それは面白そう!現代で言うオーブンレンジみたいなものね」


また新しい特許技術の予感。私の心は再び燃え上がった。


◇◇◇


夕方、王都旗艦店から連絡が入った。


「リリアーナ様、大手商会の幹部が視察に来るそうです」


エリックの声は緊張している。


「どこの商会?」


「グランヴィル、ロイヤルトレード、そして...ヴェルナーです」


「あら、ヴェルナーも来るの?面白いじゃない」


きっと、ライセンス契約を結んだ手前、実際の運用状況を確認したいのだろう。


「どう接客したらいいでしょうか?」


「いつも通りよ。特別扱いは必要ない。でも、我々の技術力の高さはしっかりアピールしなさい」


「承知いたしました」


◇◇◇


その夜、王都旗艦店の視察結果がすぐに報告された。


「皆さん、とても感動されていました。特にヴェルナー商会の方は『これが技術力の差か』と呟いていたそうです」


セリーナが嬉しそうに報告する。


「冷蔵設備の効率性、温度管理の精密さ、食材の鮮度維持技術...すべてにおいて他社の追随を許さないレベルだと評価されました」


「当然よ。我々は技術開発に本気で取り組んでるもの」


でも、競合他社に技術力を認められるのは気分がいいものね。


◇◇◇


深夜、私は一人で事務室にいた。今日一日の出来事を振り返りながら、今後の戦略を考える。


「特許制度の導入、業界標準の制定、ライセンス事業の立ち上げ...順調すぎるくらい順調ね」


でも、これで満足してはいけない。技術開発競争はこれからも続く。


「次は調理自動化システム、その次は配送最適化AI、そして店舗管理統合システム...」


やりたいことがどんどん湧いてくる。前世の知識と魔法技術の組み合わせは、無限の可能性を秘めている。


「よし、明日はまた新しいプロジェクトを始めましょう」


私は明日の予定を手帳に書き込んだ。技術革新に終わりはない。常に進化し続けることが、この競争社会で生き残る唯一の道なのだ。


◇◇◇


翌朝、魔術師ギルドから興味深い知らせが届いた。


「リリアーナ様、他国からも技術提供の要請が来ているそうです」


エルデンが興奮気味に報告する。


「エルドリア帝国、南方大陸連合、そして東方諸島連邦からも打診が...」


「あら、国際的な注目を集めているのね」


これは予想以上の展開だった。国内だけでなく、海外市場への展開可能性も見えてきた。


「でも、技術移転は慎重に進めましょう。我々の優位性を保ちつつ、適正な対価を得る必要があるわ」


技術立国への道筋が、いよいよ現実味を帯びてきた。


「技術が競争力の源泉」


この言葉の意味を、私は今、心の底から実感していた。魔法冷蔵の共同特許は、単なる技術開発以上の意味を持つ。それは、この世界の産業構造を根本から変える革命の始まりなのだから。


そして、その革命の中心に私たちがいる。追放された王女は、今や技術革新のリーダーとして、世界の注目を集める存在になっていた。


「面白くなってきたじゃない」


私は窓の外の青空を見上げながら、次なる挑戦への意欲を燃やしていた。

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