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第63話 異文化メニュー研究所


「これは...想像以上に複雑ですね」


アンナが分厚い資料の山を前に、困惑した表情を浮かべていた。国際見本市での成功を受けて、12カ国からの契約申し込みに対応するため、各国の食文化調査を開始したのだが、その多様性と複雑さは予想をはるかに上回っていた。


「エルドリア帝国だけでも、5つの主要宗教があって、それぞれ異なる食の禁忌がある」


「ドラゴン諸島は島ごとに食習慣が違うし、南方大陸は部族ごとに神聖視する食材がある」


リリアーナも頭を抱えていた。


「これまでは人間と魔族の2つの文化だけだったけど、今度は世界規模よね」


「単純に既存メニューを持っていくだけじゃダメということですね」ミアが冷静に分析する。


「そうよ。真の国際化には、現地の文化への深い理解と配慮が必要」


そこで、リリアーナは大胆な決断を下した。


「異文化メニュー研究所を設立しましょう」


「研究所?」


「はい。各国の食文化を本格的に研究して、現地対応メニューを開発する専門機関よ」


王都郊外の静かな場所に、新しい施設を建設することになった。研修センターに隣接する形で、文化研究と商品開発を行う複合施設だ。


◇◇◇


研究所の設立にあたって、まず人材の確保が重要だった。


「各国出身の研究者や文化顧問が必要ですね」ゼルドが人材リストを作成している。


「どんな人たちですか?」


「まず、エルドリア帝国出身のアレクサンドラ博士。帝国文化研究の第一人者です」


「それから、ドラゴン諸島の古老マオ・チェン氏。島嶼文化の生き字引として有名」


「南方大陸からは、部族間外交官のアイーシャ女史」


「東方諸国連合からは、宮廷料理研究家のタン・ウェイ氏」


錚々たるメンバーが集められた。


「皆さん、引き受けてくださるでしょうか?」


「実は、全員から内諾をいただいています」ゼルドが嬉しそうに報告する。


「国際見本市での私たちの理念に共感してくださったそうです」


「それは心強いわ」


一週間後、研究所に各国の専門家が集まった。


「皆さん、遠路はるばるありがとうございます」


リリアーナが一同を前に挨拶する。


「私たちの目標は、世界中の人々に愛される食を提供することです」


「そのためには、各地の文化を深く理解し、尊重することが不可欠」


「皆さんのお力をお借りして、真の国際化を実現したいと思います」


◇◇◇


最初に取り組んだのは、宗教的禁忌の詳細な調査だった。


「エルドリア帝国の主要宗教の一つ、光明教では豚肉が禁止されています」


アレクサンドラ博士が説明を始める。金髪に青い瞳の40代女性で、学者らしい知的な印象だ。


「また、大地教では根菜類の一部が神聖視されており、食用は避けるべきとされています」


「太陽教では日没後の食事に制限があり、特定の時間帯には温かい食べ物のみ許可されています」


「そして海神教では、月の満ち欠けに応じて魚の種類を選ぶ必要があります」


「最後に星辰教では、金属製の調理器具で作った食べ物を避ける習慣があります」


「これは...複雑ですね」ミアが唸る。


「一つの国の中で、これだけ異なる制約があるなんて」


「しかも、これは主要宗教だけです」アレクサンドラ博士が付け加える。


「地域的な慣習や、個人的な信条もあります」


次に、ドラゴン諸島のマオ・チェン氏が説明を始めた。


「島嶼部では、各島の守護霊に捧げる食材があります」


白髪白髭の老人だが、声は力強く、島の長老としての威厳を感じさせる。


「火の島では赤い食材が神聖視され、水の島では青い食材が重要視されます」


「また、島民は先祖代々の漁法で獲れた魚のみを食べる伝統があります」


「外来の食材に対しては、慎重な儀式を経て受け入れの可否を決定します」


「なるほど...島ごとに違うということですね」


「その通りです。しかし、共通点もあります」


マオ・チェン氏が微笑む。


「全ての島民は、海の恵みに感謝し、無駄を嫌います」


「また、来客には最高のもてなしをする文化があります」


◇◇◇


南方大陸のアイーシャ女史は、部族文化の複雑さを説明した。


「私たちの大陸には、300を超える部族があります」


褐色の肌に美しい民族衣装を身に纏った女性で、外交官らしい洗練された話し方をする。


「各部族には独自のトーテム動物があり、その動物の肉は絶対に食べません」


「例えば、鷹部族は鳥類全般、豹部族は肉食動物、象部族は大型哺乳類を避けます」


「また、季節ごとに異なる食材を選ぶ習慣があります」


「雨季には水の恵みを、乾季には大地の恵みを重視します」


「それに加えて、年齢や性別による食の制約もあります」


「戦士は狩りの前後で食べるものが変わり、長老は特別な薬草を必要とします」


東方諸国連合のタン・ウェイ氏も、宮廷料理の観点から文化的配慮の重要性を語った。


「東方では、料理は芸術であり、同時に医学でもあります」


中年の男性で、料理人らしい繊細な手をしている。


「五行思想に基づき、木・火・土・金・水の要素を料理で表現します」


「また、陰陽のバランスを重視し、体調や季節に応じて食材を選択します」


「香辛料の使い方も、単なる味付けではなく、体の調和を整える目的があります」


「そして、食事の順序や食器の選択にも、深い意味が込められています」


これらの説明を聞いて、リリアーナは改めて国際展開の困難さを実感した。


(これは、単なるメニューの翻訳じゃ済まないわね。根本的に新しいアプローチが必要)


◇◇◇


文化調査の次は、実際のメニュー開発に取り掛かった。


「まず、各地の香辛料を集めましょう」


研究所の一角に、世界各地の香辛料を展示したコーナーが設置された。


「エルドリア帝国の『陽光ペッパー』は、太陽教徒に好まれる温かい辛味があります」


「ドラゴン諸島の『海風ハーブ』は、潮の香りがする独特の風味」


「南方大陸の『砂漠の星』は、星辰教の聖なる香辛料として重宝されています」


「東方の『調和の実』は、五行のバランスを整える効果があるとされています」


それぞれの香辛料を使って、現地対応メニューの試作が始まった。


「エルドリア帝国向けには、豚肉の代わりに鶏肉と野菜を使ったおにぎりを」


「ドラゴン諸島向けには、各島の守護色に合わせた彩りのメニューを」


「南方大陸向けには、部族のトーテムを考慮した動物性蛋白質の選択を」


「東方向けには、五行と陰陽のバランスを考慮した組み合わせを」


試作品ができあがると、各地出身者による試食会が開催された。


「これは...故郷の味に近いですね」


エルドリア帝国出身の研究助手が感動している。


「陽光ペッパーの使い方が絶妙です」


「香りも懐かしい」


ドラゴン諸島出身の船員も満足そうだ。


「海風ハーブの効果で、まるで島にいるような気分になります」


「色合いも、我が島の守護色に合っています」


南方大陸の商人は、より詳細な感想を述べた。


「部族の食文化への配慮が感じられます」


「トーテム動物を避けた蛋白質選択も適切です」


「これなら、どの部族の人でも安心して食べられるでしょう」


東方の料理研究家は、専門的な評価をした。


「五行のバランスが良く取れています」


「陰陽の調和も感じられます」


「これは、単なる外国料理ではなく、東方の食文化を理解した料理ですね」


◇◇◇


試食会での好評を受けて、次は宗教指導者からの承認を得る段階に進んだ。


各宗教の代表者を招いて、宗教的な観点からのメニュー検証を行う。


「光明教の教義に照らして検証いたします」


光明教の神官が厳格な表情でメニューを確認する。


「豚肉は一切使用されていませんね」


「調理方法も、教義に反する要素はありません」


「これなら、信者の皆さんも安心して召し上がれるでしょう」


「承認の印を押させていただきます」


大地教、太陽教、海神教、星辰教の代表者も、それぞれの教義に基づいて検証を行い、全て承認を得ることができた。


「これで、エルドリア帝国での展開が可能になりました」アレクサンドラ博士が喜んでいる。


ドラゴン諸島、南方大陸、東方諸国についても、同様の承認プロセスを経て、現地対応メニューの開発が完了した。


「各地の文化的配慮を完璧に満たしたメニュー体系の完成ですね」


ゼルドが設計図を見ながら感慨深そうに言う。


「地域別カスタマイズ・システムの構築」


「宗教的禁忌の完全回避」


「現地食材の積極的活用」


「文化的意味の尊重」


「これらを全て満たした、真の国際対応メニューです」


◇◇◇


研究所での成果発表会が開催された。各国の関係者、宗教指導者、文化研究者が集まって、開発されたメニューを試食する。


「素晴らしい成果ですね」


エルドリア帝国の商務担当官が感嘆している。


「これなら、我が国でも確実に受け入れられるでしょう」


「文化への配慮が行き届いています」


ドラゴン諸島の文化庁長官も満足そうだ。


「島民の心を理解した料理になっています」


南方大陸の部族連合代表も高く評価した。


「300の部族全てに対応したメニュー開発は、前例がありません」


「これは歴史的な成果です」


東方諸国連合の文化大臣は、より深い感想を述べた。


「単なる現地対応を超えて、文化的価値の創造まで達成されています」


「これは、真の文化交流と呼べるでしょう」


最後に、リリアーナが締めくくりの挨拶をした。


「皆さんのおかげで、文化の壁を食で越えることができました」


「私たちの理念『便利は正義』は、文化を尊重してこそ実現されるものだと改めて確信しました」


「今後も、世界中の文化に敬意を払いながら、真の国際化を進めていきます」


会場から大きな拍手が起こった。


「異文化メニュー研究所の成果により、12カ国での展開準備が整いました」


アンナが最終報告を行う。


「各国の文化顧問との連携体制も確立」


「宗教指導者からの公式承認も取得」


「現地食材の調達ルートも開拓完了」


「研修プログラムの多言語対応も実現」


全ての準備が整った。


◇◇◇


その夜、研究所のスタッフ全員で慰労会が開かれた。


「最初は不安でしたが、本当に素晴らしいプロジェクトでした」


アレクサンドラ博士が感慨深そうに言う。


「異なる文化の専門家が協力して、新しい価値を創造する」


「これは、学術的にも非常に意義深い取り組みでした」


マオ・チェン氏も満足そうだ。


「島の伝統を大切にしながら、新しい可能性を開拓できました」


「老体に鞭打って参加した甲斐がありました」


アイーシャ女史は、外交官らしい視点から評価した。


「文化間の相互理解と尊重を実現するモデルケースとなりました」


「これは、世界平和にも貢献する取り組みです」


タン・ウェイ氏は、料理人としての感想を述べた。


「料理の持つ文化的力を再認識しました」


「食は、人と人、文化と文化を結ぶ最高の媒体ですね」


リリアーナは、一人一人に感謝を述べた。


「皆さんのおかげで、真の国際化への道筋が見えました」


「これからも、文化顧問として末永くお付き合いください」


「もちろんです」全員が快く応じてくれた。


翌朝、研究所からは新しい挑戦が始まった。


各国への技術移転、現地スタッフの研修、文化的配慮の実践...


「世界中の人々に愛される店を作るために」


リリアーナが決意を新たにする。


「文化の多様性を尊重し、それぞれの土地に根ざした店作りを」


『夜明けの星』は今、真の国際企業への道を歩み始めていた。


文化の壁を食で越える。


その理想が、現実のものとなろうとしている。


世界は一つではない。だからこそ、それぞれの文化を大切にしながら、共通の価値を見つけていく。


それが、真の国際化なのだ。

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