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第48話 医療・救急との接点


「リリアーナ様、王都医師ギルドの方がお見えです」


旗艦店オープンから2週間、順調な経営が続く中、エリックが少し緊張した様子で報告してきた。医師ギルド?一体何の用事かしら。


「こちらにお通しして」


現れたのは、白衣を着た初老の男性。威厳があり、知的な雰囲気を漂わせている。


「はじめまして、王都医師ギルド理事長のアルベルト・シュタインと申します」


「リリアーナ・フィオーレです。お忙しい中、わざわざありがとうございます」


「実は、重要なご相談があって参りました」


アルベルト理事長の表情は真剣そのもの。何か深刻な問題があるのかしら。


「夜間医療へのアクセス改善について、協力していただけないでしょうか」


「夜間医療?」


「はい。王都では夜間の医療事故が多発しているのですが、応急処置用品を入手できる場所がないのが深刻な問題となっています」


なるほど、確かに夜中に怪我をした時、薬や包帯を買える場所がないのは困るわね。


「具体的には、どのような協力を?」


「夜間でも購入できる救急医療セットの販売をお願いしたいのです」


◇◇◇


アルベルト理事長の説明によると、王都の夜間医療の現状は深刻だった。


「昨年だけで、夜間の事故による死者が200名を超えています」


「そんなに...」


「その多くが、適切な応急処置があれば救えた命でした」


重い現実に、胸が痛む。


「問題は、夜間に医療用品を入手する手段がないこと。薬局は全て閉まっているし、医師を呼ぶにも時間がかかる」


「確かに、そうですね」


「そこで、24時間営業の貴店に、救急医療セットの販売をお願いしたいのです」


命に関わる重要な提案ね。でも、医療用品の販売は専門知識が必要。素人が扱って良いものなのかしら。


「でも、私たちは医療の専門家ではありません。安全性の問題は?」


「もちろん、その点は配慮しています」


アルベルト理事長が資料を取り出した。


「扱っていただくのは、基本的な応急処置用品のみです。包帯、消毒薬、止血剤など、一般的なもので、危険性の低いものに限定します」


「なるほど」


「それに、医師ギルドが全面的にサポートします。商品の選定、使用方法の説明書作成、定期的な安全確認まで、すべて我々が責任を持ちます」


専門家のバックアップがあるなら安心ね。


「社会的な意義も大きいです」


アルベルト理事長の声に熱がこもる。


「一人でも多くの命を救うことができれば、それは素晴らしいことです」


◇◇◇


「分かりました。協力させていただきます」


私の返事に、アルベルト理事長の顔がパッと明るくなった。


「ありがとうございます!これで多くの命が救われるでしょう」


「ただし、条件があります」


「どのような?」


「完璧な安全性を確保すること。誤用による事故は絶対に起こしてはいけません」


「もちろんです」


「それから、使用方法の説明を分かりやすくすること。緊急時でもパニックにならずに使えるように」


「承知いたします」


「最後に、定期的な研修を受けさせてください。スタッフが正しい知識を持っていることが重要です」


「素晴らしい提案です。医師ギルドとして全面的にサポートいたします」


◇◇◇


1週間後、救急医療セットの開発が始まった。


「まず、基本セットから作りましょう」


医師ギルドの専門医、ドクター・ハンスが説明してくれる。


「包帯、消毒薬、止血剤、体温計、それから痛み止めの薬草」


「これらがあれば、一般的な怪我や急病に対応できますね」


「はい。ただし、重要なのは使用方法です」


ドクター・ハンスが使用方法の図解を見せてくれる。


「緊急時でも分かりやすいように、図解を多用しました」


確かに、文字が読めない人でも理解できるよう、詳細なイラストが描かれている。


「出血時の止血方法、消毒の手順、包帯の巻き方...全て段階的に説明しています」


「素晴らしいですね」


「それから、『やってはいけないこと』も明記しています」


間違った処置による二次被害を防ぐための配慮。さすが専門家。


「パッケージにも工夫を凝らしました」


緊急時にすぐ見つけられるよう、鮮やかな赤色のパッケージ。中身も用途別に色分けされている。


◇◇◇


救急セットの販売開始から3日目の夜、その威力を実感する出来事が起こった。


「大変です!工事現場で事故が!」


深夜2時、血まみれの男性が駆け込んできた。


「落ち着いて。何があったんですか?」


「仲間が足場から落ちて、頭を打って血が止まらないんです!」


これは救急セットの出番ね。


「救急セット、お渡しします」


エリックが手際よく救急セットを準備。


「使い方は分かりますか?」


「いえ、初めてで...」


「大丈夫です。説明書を一緒にお渡しします。図解で分かりやすくなっています」


「ありがとうございます!」


男性が急いで現場に戻っていく。


◇◇◇


翌日、その男性が再び店を訪れた。


「昨夜はありがとうございました!」


今度は明るい表情。


「仲間は無事でしたか?」


「はい!説明書の通りに応急処置をして、その後医師に診てもらいましたが、『完璧な処置だった』と褒められました」


「良かった...」


「医師からも、『もし応急処置が遅れていたら、命に関わっていた』と言われました」


命を救うことができた。その実感に、深い感動を覚える。


「本当にありがとうございました。あの救急セットがなかったら...」


男性の目に涙が浮かんでいる。


「いえ、お役に立てて良かったです」


「この話、工事現場の仲間にも伝えます。みんな、あなたたちのことを『命の恩人』だと言っています」


命の恩人...そんな風に言ってもらえるなんて。


◇◇◇


救急セットの評判は口コミで広がり、1週間で王都中の話題になった。


「夜間の事故件数が明らかに減少しています」


アルベルト理事長が嬉しそうに報告してくれる。


「それに、応急処置の質も向上している。説明書の効果ですね」


「数字で見ると、どうでしょうか?」


「夜間の医療事故による死者が、前月比で40%減少しました」


40%!それは驚異的な数字ね。


「救急搬送される患者の容態も、明らかに安定している。適切な応急処置のおかげです」


「素晴らしい成果ですね」


「医師ギルドとしても、正式に支持を表明したいと思います」


「支持表明?」


「貴店の救急医療事業は、社会に必要不可欠な事業であると認定します」


公式な認定。これは大きな意味を持つ。


「それから、他の都市の医師ギルドからも問い合わせが来ています」


「他の都市からも?」


「同様のシステムを導入したいと。全国的な展開も可能でしょう」


◇◇◇


その夜、一人で店内を見回しながら、新しい使命感を感じていた。


店の一角に設置された救急セットコーナー。赤いパッケージが、まるで命を守る砦のように見える。


「単なる商店ではなくなったのね」


もう私たちは、ただの夜営業店ではない。社会インフラとしての役割を担っている。


「命を救う責任...」


重い責任だけれど、やりがいもある。お金を稼ぐことよりも、人の役に立つことの方が、はるかに価値がある。


「商売を超えた社会貢献」


これが、新しい目標。利益も大切だけれど、それ以上に社会への貢献を重視したい。


窓の外を見ると、夜勤の医師が救急セットを買いに来る姿が見える。きっと、どこかで困っている人を助けるために。


「私たちも、医療の一翼を担っているのね」


直接治療はできないけれど、応急処置用品を提供することで、医療に貢献している。


◇◇◇


翌週、王都新聞に大きな記事が掲載された。


『夜営業店、命を救う社会インフラに』

『救急医療セット導入で死者40%減』

『医師ギルド「社会に必要不可欠」と認定』


記事では、私たちの取り組みを高く評価し、「新しい社会システムの成功例」として紹介している。


「これで、もう誰も私たちを『ただの商店』とは見ないでしょうね」


エリックが誇らしそうに言う。


「社会インフラとしての地位を確立しましたね」


セリーナも満足そう。


確かに、もう私たちは商店を超えた存在。人々の生命と安全を守る、重要な社会システムの一部。


「でも、責任も重くなりました」


「そうですね。でも、やりがいもあります」


「命を救うことができるなんて、こんな素晴らしい仕事はありません」


二人の言葉に、深く共感する。


◇◇◇


その日の夕方、驚くべき来客があった。


「宮内省のエドワード次官です」


あの王室御用達契約を結んだ次官が、なぜ?


「リリアーナ様、素晴らしい取り組みですね」


「ありがとうございます」


「実は、王室としても救急医療事業を支援したいと考えています」


「支援?」


「資金援助と、全国展開への協力です」


破格の条件ね。でも、何か条件がありそう。


「条件は?」


「条件はありません。純粋に社会貢献事業として支援したいのです」


「本当に?」


「はい。命を救う事業に、見返りを求めるのは適切ではありません」


エドワード次官の表情は真剣そのもの。


「王室としても、国民の生命を守ることは重要な責務です」


「ありがとうございます」


「それから、他国からも問い合わせが来ています」


「他国からも?」


「隣国の医師団が、システム導入を希望しています。国際的な展開も可能でしょう」


◇◇◇


その夜、一人で救急セットコーナーを眺めながら、深い満足感に包まれていた。


追放された王女から始まった物語が、ついに人命救助にまで発展した。お金や名誉よりも、はるかに価値のある成果。


「これが本当の成功なのかもしれない」


利益を上げることも大切だけれど、人の役に立つことの方がもっと大切。


「命を救う...」


こんな重要な役割を担えるなんて、1年前には想像もできなかった。


でも、これで満足してはいけない。もっと多くの命を救うために、全国に、そして世界中にこのシステムを広げたい。


「便利は正義、そして命を救うことは最高の正義」


新しい理念が、心の中に確立された。


窓の外では、救急セットを手にした人が急ぎ足で去っていく。きっと、どこかで困っている人を助けるために。


その姿を見送りながら、使命感に燃える夜だった。


◇◇◇


翌朝、嬉しいニュースが飛び込んできた。


「リリアーナ様、昨夜また命が救われました!」


エリックが興奮して報告する。


「貴族の御婦人が夜中に心臓発作を起こしたんですが、執事が当店の救急セットで応急処置をして、一命を取り留めたそうです」


「それは良かった」


「御婦人のご家族から、正式な感謝状が届いています」


美しい便箋に書かれた感謝の言葉。涙が出そうになる。


「それから、医師ギルドからも正式な要請が来ています」


「要請?」


「救急医療システムを、王国全土に展開してほしいと」


ついに全国展開の話が現実になった。


「受けましょう」


即答する私に、エリックとセリーナが驚いている。


「でも、大変な事業になりますよ」


「構いません。一人でも多くの命を救えるなら」


これが、私たちの新しい使命。利益を超えた、もっと大きな目標。


夜営業から始まった小さな店が、ついに国家レベルの医療インフラになる日が来るなんて。


でも、これもまだ始まり。世界中の人々の命を守るまで、私たちの挑戦は続く。

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