第46話 仕入れ封鎖を突破
「仕入れ先から、五通です」
ゼルドが並べた封書は、同じ日に届いたとは思えないほど文面が違っていた。
三社は次回納品の停止。二社は供給枠と価格の見直し。
五通。
一通でも胃に悪い通知が、仲良く五通並んでいる。
「悪評が一段落した翌日に、仕入れ停止キター! ……って、来なくていいのよ、こういうのは! 敵側の連続攻撃に待ち時間はないの!?」
私は封書へ向かって本気で文句を言った。
「封書へ訴えても回答はございません」
アンナの正論が今日も冷たい。
「分かってるわよ。でも今だけは言わせて。こっちは昨日、噂の説明棚を作り終えたばかりなの! 一晩くらい『やりきったわね』って温かいお茶を飲ませてよ!」
「お茶でしたら、今お淹れします」
「そういう意味じゃない!」
ミアが噴き出しかけ、すぐ在庫表を見て表情を引き締めた。
理由には、上位集荷所との契約変更、輸送馬車の不足、王室御用達店との取引に伴う再審査とある。
「全部、止まるんですか?」
ミアの声がかすれた。
「全部ではありません」
ゼルドが在庫表を広げる。
「その『全部ではない』、安心していい言い方?」
「半分安心し、半分急いでください」
「一番落ち着かない答えね!」
「直接契約と、以前からの共同購入分は残っています。ただ、王都経由の肉と乳製品への影響が大きい。今の販売数なら生肉は三日、乳製品は四日、粉は六日。乾物と塩は二週間以上です」
三日という数字だけを叫べば、明日にでも店が空になるように聞こえる。
それでも、生肉三日という欄から目が離れない。
三日後、肉まんの蒸籠が空になる。常連がいつもの注文を口にした後で、売れませんと謝る。王宮分を守れば一般客が、一般客へ回せば王宮契約が崩れる。
想像するだけで、胸の奥がギュウッと縮んだ。
実際は、品によって止まる日が違う。代えられるものと、代えられないものもある。
「すぐ生産者と直接契約しましょう」
私は言いかけて、口を閉じた。
以前なら、ここで「危機は好機」と皆を励ましたかもしれない。
けれど、仕入れの切替には時間がかかる。商品を減らせば、客が困る。勤務を縮めれば、働く人の賃金が減る。急な注文を受ける生産者にも無理をさせる。
「先に、今日できることを決めましょう」
「チャンスじゃ、ないんですか?」
ロウが私の顔を覗き込んだ。
「前のリリアーナさんなら、『仕入れ封鎖? なら直接契約よ! ピンチはチャンス!』って、もう立ち上がってた気がするっす」
「言いたいわよ。すごく。言えば皆も安心するし、私も格好いいもの」
私は生肉の札を指で押さえた。
「でも、チャンスと言われたって、楽しみにしていた菓子がなくなる人はうれしくない。売上が減って勤務を削られる人も、生産者も。今はまず危機よ。好機だったかどうかは、越えた後で決める」
ロウはゆっくり頷いた。
「じゃあ俺、今日は無理に元気な顔しなくていいっすか」
「いいわ。私も今、封書を鍋へ放り込みたい顔をしているもの」
「煮ても在庫は増えません」
ゼルドまで正論側へ回った。味方がいない。
肉まんは一日当たりの販売上限を下げる。乳製品を使う菓子は一時休止。代替できる商品を前へ出し、欠品予定日を二店舗に掲示する。
王宮納品用として契約上確保した材料は、一般販売へ流用しない。反対に、店の在庫を勝手に王宮分へ移すこともしない。
その夜、乳製品を使う菓子を目当てに来た染物職人の女性が、休止札の前で足を止めた。
「夜番の途中に、これを半分ずつ食べるのが楽しみだったんだけどね」
「相方と、ですか?」
「ああ。甘い方を大きく割ったって、毎回けんかするんだよ。くだらないけど、それが夜番の真ん中の楽しみでね」
女性は笑ったが、休止札を見る目は寂しそうだった。
乳製品一品。帳簿では一行。でもその一行に、二人の小さなけんかと笑いが乗っていた。
私は、代わりの商品を急いで勧めそうになった。
「申し訳ありません。再開日は、まだ約束できません。乳製品を使わない焼き菓子ならありますが、お好みに合うかは別です」
女性は少し考え、今日は温かい茶だけを買った。
「何もなくなるよりは助かるよ。でも、あれが戻ったら札を出しておくれ」
一品減らすとは、帳簿の行を消すことではない。誰かの夜の小さな楽しみを、一つ減らすことなのだ。
再開希望を記録し、仕入れが戻った時に知らせる掲示欄を作った。
「お客さんに、買い占められませんか」
「『残りわずか、急げ!』なんて書いたら、むしろ私が煽ることになるわね」
「でも、本当に少ないのを隠すのも違いますよね」
「ええ。残数と一人の上限を淡々と出す。怖がらせる言葉は足さない」
「肉まん、最後の一個を取り合いになったらどうします?」
「先着順」
「半分に?」
「勝手に割って売らない」
「じゃんけん?」
「店が娯楽を追加しないの」
ミアの案がどんどん祭りになり、アンナが販売上限札を無言で渡した。まず札を書くべきらしい。
「在庫が少ないと煽る書き方はしないわ。販売数を調整し、予約の上限を一人ごとに決める」
アンナは、各人の勤務予定も見直した。
商品を減らした時間に研修と設備点検を入れ、希望しない無給休業をできるだけ出さない。それでも売上が落ちれば、長くは守れない。
危機を好機に変える話は、生き延びてからでよい。
◇◇◇
五社へ、一社ずつ確認を取った。
契約上、一週間前の通知が必要なのに二日前だった会社。代替品を提示する義務がある会社。反対に、輸送枠が天候で減った場合は数量を見直せる契約もあった。
すべてを同じ「封鎖」と呼べば、こちらが履行を求められる権利まで見失う。
一社は、橋の補修で馬車が半分しか動かせないという。確認すると、確かに街道管理所から通行制限が出ていた。
別の二社は「上位集荷所から、夜明けの星向けの枠を外すよう言われた」と認めたが、誰の指示かは答えなかった。
「ヴェルナー商会が枠を押さえたんでしょうか」
ロウが歯を食いしばる。
「考えられる。でも、契約書と通知を商業ギルドへ出すところまでよ」
「腹が立ちませんか?」
ロウの拳は白くなるほど握られていた。
「立つわ。もし本当に同じ相手が糸を引いているなら、机ごとひっくり返したいくらい」
「なら――」
「でも、怒りで名前を決めたら、私たちが昨日まで否定していた噂と同じになる。悔しいけれど、証拠が追いつくまで待つ」
「待ってる間に、商品はなくなるっす」
「だから犯人探しと仕入れ探しを分ける。怒る手は商業ギルドへ資料を出す。働く手は別の道を探す。両方使いましょう」
ロウは拳をほどき、共同購入名簿を取った。
「了解っす。殴るより、そっちの方が俺にも向いてる」
先日広まった悪評も、まだ調査中だ。
点と点を怒りで結べば、もっともらしい線は引ける。必要なのは、消えない証拠で引かれた線だった。
契約違反の可能性がある一社には、アンナが書面で代替履行を求めた。橋の制限が理由の会社とは、遅配を受け入れる代わりに数量を確保する。
残る不足分を、以前に整えた共同購入名簿と生産者連絡先から探す。
「新しい仕組みを一日で作るのではありません」
ゼルドが地図に既存経路を描いた。
「細かった道を、二店舗と王都納品に耐える太さへ変えます」
◇◇◇
最初に訪ねたのは、ミアの父ロバートだった。
畑の畝には、収穫を待つ根菜が並んでいる。
「助けたいよ。ミアが働く店だ」
事情を聞いたロバートは、すぐそう言った。
「お父さん、お願いします!」
ミアが身を乗り出すと、ロバートは苦い顔をした。
「ミア。お前が困っているなら、うちの根菜は出せる。だが隣の畑まで、お前の顔で頼むわけにはいかん」
「でも、店が止まったら……」
「隣の家にも、冬を越す子どもがいる。昔から買ってくれる食堂もある。うちの娘を助けるために、そっちを困らせろとは言えん」
ミアの肩が落ちた。
父親なら無条件で助けてくれる。どこかで、私もそう期待していた。
けれどロバートは、娘を大切にするからこそ、他の家の暮らしも同じ重さで見ていた。
「お父さん、ごめんなさい。わたし、店のことしか見えてなかった」
「謝るな。困れば狭くなる。だから、皆で広く見るんだ」
その言葉に、私まで背筋を正した。
「だが、近所の農家へ『王室御用達の店が困っているから出せ』とは言えない。皆、冬に残す分と、昔からの売り先がある」
善意で断れなくさせれば、それも別の圧力になる。
「お願いしたいのは、寄付ではありません。出せる量、出せない時の条件、価格を一緒に決めることです」
ロバートの納屋で、四軒の農家と話した。
一律に市場価格の一・二倍を提示することはしない。作物ごとに選別、運搬、保管の手間が違うからだ。
根菜は収穫時の市場基準を土台に、規格ごとの価格を決める。粉は最低購入量を約束する代わりに、豊作でも値切らない。葉物は不作時の数量不足を違約にせず、前日までの連絡を条件にする。
「形の悪い物も、刻む料理なら使えますか」
農家のヨハンが尋ねた。
「傷みがなく、味と安全の基準を満たせば。ただし『何でも買う』とは約束できません」
「余った時に全部押しつける契約じゃない、と」
「ええ。こちらも、売れない時に突然ゼロにはしない。最低量と上限を決めましょう」
ロバートは、娘と私を交互に見た。
「ミアが世話になっているから安くする、というのはなしだぞ」
「もちろんです」
「それを聞いて安心した」
父親の顔と、生産者の顔。その両方で彼は契約書を読んだ。
その日決まったのは、必要量のすべてではない。根菜の半分と粉の三割、来週から試すという約束だけだった。
けれど、無理な満額回答より、守れる小さな契約の方が長く続く。
◇◇◇
次の問題は、集荷だった。
四軒を毎回別々に回れば、価格が下がっても輸送費が増える。農家側が店まで運べば、畑仕事の時間を奪う。
「共同集荷所を使いましょう」
ゼルドが提案したのは、共同購入品を以前一時保管した、村中央の石造り倉庫だった。
ただし、空いているから箱を置けばよいわけではない。
屋根の漏れ、鼠よけ、床の高さ、鍵、夜間の責任者を確認する。冷蔵品と乾物を同じ場所には置けない。受取時の重量差、破損、盗難が起きた時、誰が負担するかも決める。
参加農家と店の代表で、二週間だけの試行規約を作った。
持込みは週三回、日の出から二時間。検品は農家と店が立ち会い、受領票を双方が一枚ずつ持つ。倉庫費と集荷馬車代は、重量だけでなく利用回数も考えて配分する。参加をやめる時は、次の収穫分を拘束しない。
「規則ばかりで、始める前から疲れますね」
ロウが鍵札を並べながら笑う。
「共同集荷、キター! 皆で運べば安くて速い! ……の後ろに、鍵、鼠、秤、破損、費用、責任者。なんで夢の後ろには書類が行列するのかしら」
「夢だけ先に走るからです」
アンナがまた一枚、規約案を置いた。
「書類の方が、私より足が速くない?」
「リリアーナ様が増やしておられます」
自業自得だった。
「何も起きていない時に決めるから、話し合えるのよ」
初回の集荷では、根菜箱が一つ受領票より軽かった。
盗難かと緊張したが、農家側の秤と倉庫の秤に差があると分かった。基準の重りで二台を合わせ、差額を訂正する。
小さな仕組みは、小さな間違いから始まった。
だからこそ、誰かを疑う前に直せた。
◇◇◇
川沿いの漁師組合にも相談した。
「魚は、根菜のようにはいかないぞ」
組合長は、オルフの冷却箱を叩いた。
「氷が冷たいから安全、とはならん。獲った時から店まで、一度でも温まれば傷む」
「小量で輸送試験をさせてください」
朝の水揚げから選別、箱詰め、集荷、店の受入まで、時刻と箱内温度を記録する。氷の魔道具が切れた場合の予備箱も用意し、基準を外れた魚は安く買うのではなく受入れない。
「受入れを断られた魚は、誰の損になる」
「輸送中の管理が店側なら店が負担します。水揚げ時点の状態なら組合側。判断が割れた時の確認者も決めましょう」
三回の試験のうち、二回目は街道で車輪が外れ、温度が基準へ近づいた。
販売用にはせず、原因を調べる。冷却箱を一台に積みすぎて、交換に時間がかかったのだ。
箱を二便へ分けた三回目で、ようやく受入基準を満たした。
魚を常設商品にするのではなく、まず週一回、数量限定で始める。
「最短二時間」より大切なのは、遅れた二時間半でも危険を見逃さないことだった。
◇◇◇
供給見直し通知から十日。
二店舗は商品数を減らしたまま、一日も完全休業せずに営業を続けた。肉まんは二夜、早い時間に売り切れた。乳製品を使う菓子は、まだ休止中だ。
新しい直接契約で、ある根菜の仕入れ単価は、以前の中継価格より二五パーセント下がった。
「試算どおり、25%の削減ですね」
ロウが計算板を見て喜ぶ。
「その品だけなら、ね」
ゼルドは集荷馬車、倉庫、検品、冷却箱の費用を書き足した。
仕入れ全体では四パーセントほどの改善。魚の試験費まで含めれば、今月はほとんど変わらない。
「中間業者が取っていたお金が、全部無駄だったわけではないのね」
ミアが言う。
「集める、選ぶ、運ぶ、足りない時に探す。その仕事にも値段があるわ」
直接取引の利点は、安さだけではなかった。
客から「この根菜は煮崩れしにくい」と言われた翌日、その声をロバートたちへ返せる。農家から「雨の後は水分が多い」と届けば、調理時間を変えられる。
品質の理由と責任が、以前より近くなった。
休止中の菓子はまだ戻せなかったが、商品を減らした理由と再開条件を毎夜掲示した。分からないまま待たせないことも、供給の一部だと私は思うようになっていた。
◇◇◇
そんな頃、元の仕入れ業者マーチンが店を訪ねてきた。
「取引を、再開していただけないでしょうか」
彼は頭を下げたまま、帽子を強く握っていた。
「止められた時、正直、裏切られたと思いました」
私はきれいな経営者の顔を作らず言った。
「相談もなく、二日前の通知。こちらは客へ頭を下げ、商品を減らした。今さら戻りたいと言われて、『はい、元どおり』とは言えません」
「承知しています」
マーチンの声が掠れた。
「私も怖かった。上位集荷所に逆らえば、うちの六人だけでなく、その家族まで路頭に迷う。だから御店を切りました。正しかったとは申しません。でも、あの時は自分の人間を守ることしか考えられなかった」
怒りは消えない。
ただ、彼の背後にも給金を待つ六人がいると知れば、「臆病者」と切り捨てる言葉は喉で止まった。
「上位集荷所から枠を外されると言われ、御店への納品を止めました。うちには御者が六人います。逆らって全路線を失えば、彼らの給金も払えなかった」
「止める前に、相談してほしかったです」
ゼルドの声は硬い。
「その通りです。申し訳ない」
彼の事情は、私たちが受けた損害を消さない。
けれど、一度断った相手を永遠に外せば、供給路を複数持つという目的にも反する。
「以前と同じ主力契約には、すぐ戻せません」
私は言った。
「ただ、橋の制限時や不足品の予備輸送について、数量限定で見積りをください。停止条件と通知期限も、前より細かく決めます」
マーチンは、断られなかったことへ安堵しながらも、簡単に信用が戻らないことを理解した顔でうなずいた。
再開は恩赦ではない。
互いが次に何を守れるかを、契約へ書き直す作業だった。
◇◇◇
共同集荷の話を聞き、近隣のパン屋と食堂から参加相談が来た。
「荷が増えれば、一台当たりの輸送費は下げられます」
ゼルドは期待を口にした後、すぐ条件を加えた。
「でも、今の倉庫と検品人数で受けられるのは二店までです」
まずパン屋一軒だけ、乾物に限って二週間の試行へ加える。夜明けの星が配送網の所有者として利益を取るのではなく、参加者が費用と規則を共同で決める会合を作った。
新聞記者から取材の申し込みもあった。
私は「物流革命」という見出しは早すぎると伝えた。記事は小さく、『供給停止を受け、村の共同集荷を試行』と載った。
封鎖を完全に破ったわけではない。
乳製品の供給はまだ不安定で、魚は週一回。倉庫の責任者が病気になれば、代わりも一人しかいない。
それでも、一本を止められたら店ごと止まる状態から、細い道を選び直せる状態にはなった。
その週の終わり、王宮への三十日試行も監査日を迎えた。
納品遅延一回、温度逸脱による自主廃棄一箱。隠さず報告し、代替食を王宮厨房が出した。残る納品は検品を通り、一般二店舗の営業も継続できた。
監査官は、完璧とは書かなかった。
『停止と代替を含む手順は機能した。供給能力の拡張は段階的に行うこと』
その報告に添えて、王都商業ギルドから一枚の提案書が届いた。
実証区画から二本南、運送路と職人街の間にある空き店舗。営業時間、騒音、警備、食品取扱数を制限したうえで、三か月の常設営業を審査するという。
「王都店……」
ミアが息をのむ。
王都店。
その三文字だけで、疲れていた心がパァッと跳ねた。
常設店候補、キターーー!
仕入れ封鎖を越えたら、王都の扉が開く。なんて爽快な流れ! さあ物件を押さえて、明日から看板を――
「まだ、店ではないわ」
自分で自分へ言い聞かせる声が、少し遅れた。
「リリアーナ様、今、心はもう開店してませんでした?」
ミアに見抜かれた。
「看板を掛ける寸前までは」
「建物検査が先です」
アンナが提案書をこちらへ引き戻す。夢の看板がガタン! と現実の床へ下りた。
私は提案書の条件をめくった。
建物検査、人員採用、夜間避難訓練、供給計画、近隣説明。越えるべき項目が並んでいる。
仕入れの道をつなぎ直した先に、ようやく新しい扉の候補が現れた。
開けられるかどうかは、これからだった。
「王都店……」
今度は私まで同じ言葉を漏らした。
アンナが提案書を指でなぞる。
「現在は『空き店舗の常設営業審査候補』です」
「名前が長い!」
「条件も長うございます」
めくっても、めくっても、まだ条件。
新しい扉には、鍵穴が十個くらいついているらしい。
私は一番上の建物検査から、順番に丸をつけ始めた。




