第46話 仕入れ封鎖を突破
「リリアーナ様、緊急事態です!」
朝一番、ゼルドが青ざめた顔で駆け込んできた。透明性戦略で情報戦に勝利してほっとしていたのに、今度は何?
「どうしたの?」
「仕入れ業者が...軒並み取引停止を通告してきました」
「え?全部?」
「はい。メインの3社、サブの2社、すべてです」
そんな...一斉に取引停止なんて、明らかに組織的な圧力ね。
「理由は?」
「『上からの指示で』『申し訳ないが仕方がない』『会社の方針として』...みんな歯切れが悪くて」
やっぱりヴェルナー商会の仕業ね。情報戦で敗北したから、今度は物流を止めて兵糧攻めにするつもりでしょう。
「在庫はどのくらい持つ?」
「現在の売上ペースだと、3日が限界です」
3日!?それは深刻な事態よ。
「このままでは営業できなくなってしまいます...」
ミアが不安そうに言う。確かに、商品がなければ店は開けられない。
でも、ちょっと待って。これは本当にピンチなのかしら?
◇◇◇
「みんな、落ち着いて考えてみましょう」
私はスタッフを集めて緊急会議を開いた。
「確かに仕入れルートが断たれたのは事実。でも、これは逆にチャンスかもしれないわ」
「チャンス?」
ロウが首をかしげる。
「そう。今まで中間業者に頼り切っていたけれど、この機会に生産者と直接契約してみない?」
実は以前から考えていたアイデア。中間業者を通すと、どうしてもマージンが発生して価格が高くなる。生産者と直接取引できれば、コストダウンできるはず。
「でも、個別に契約するのは大変ですよ」
ゼルドが心配そうに言う。
「確かに手間はかかるけれど、長期的には絶対にメリットがある」
前世の記憶では、大手スーパーなどは生産者直契約で大幅なコストダウンを実現していた。
「それに、生産者との距離が近くなれば、品質向上も期待できるわ」
「なるほど...」
「ミアの父親のトーマスさんとは既に契約しているし、成功事例もある」
そうよ、すでに基盤はあるのよ。これを拡大すればいい。
「よし、やってみましょう!」
◇◇◇
まず手始めに、近隣の農家を回ることにした。
「トーマスさん、お忙しいところすみません」
ミアの父親の畑を訪問。
「おお、リリアーナさん。どうしたんだい?」
「実は、直接契約を拡大したくて。他の農家さんにも声をかけたいのですが、紹介していただけませんか?」
「それはいいアイデアだね。中間業者を通すより、お互いにとって良いはずだ」
トーマスさんが快く協力してくれる。やはり、生産者にとっても直接取引はメリットが大きいのね。
「じゃあ、まずはヨハンさんのところに行ってみよう」
◇◇◇
ヨハンさんの農場で、詳しく事情を説明した。
「なるほど、中間業者が取引停止したと」
「はい。でも、これを機に生産者の皆さんと直接お取引したいと思っています」
「それは面白いアイデアだね」
ヨハンさんが興味深そうに聞いている。
「具体的な条件は?」
「市場価格の1.2倍で買い取ります。ただし、品質基準をクリアしていることが条件です」
「1.2倍!?それは破格だね」
「中間マージンがない分、生産者にも還元したいんです」
「Win-Winの関係ということですね」
「その通りです」
ヨハンさんが即座に契約を決めてくれた。
「ぜひお願いします。他の農家にも声をかけてみますよ」
◇◇◇
1日で5軒の農家と契約成立。でも、配送が問題ね。
「個別に取りに行くのは非効率ですね」
ゼルドが指摘する。確かに、5軒の農家を個別に回っていたら、配送コストが膨大になる。
「共同配送はどうかしら?」
「共同配送?」
「そう。複数の農家の商品をまとめて運ぶシステム」
これも前世の記憶にあるアイデア。効率的な物流システムの基本。
「農家の皆さんに集積地点を作ってもらって、そこから一括で運ぶ」
「なるほど、それなら効率的ですね」
「それに、農家同士の連携も深まるでしょう」
◇◇◇
翌日、農家の皆さんを集めて共同配送の提案をした。
「みんなで協力すれば、配送コストを大幅に削減できます」
「具体的には?」
「村の中央に集積所を作り、そこに各農家の商品を集める。私たちが一括で引き取りに行きます」
「それは効率的だね」
「配送コストが下がれば、その分を買取価格に上乗せできます」
農家の皆さんの目がキラキラ輝いている。
「じゃあ、古い倉庫を集積所にしようか」
「配送スケジュールはどうする?」
「週3回、定期便でお願いします」
あっという間に共同配送システムが決まった。
◇◇◇
川沿いの漁師組合にも足を運んだ。
「魚も直接取引できませんか?」
「魚は鮮度が命だからなぁ...」
組合長が難しい顔をする。
「氷の魔道具で鮮度保持します。朝獲れた魚を、その日の夜には店頭に」
「そんなに早く?」
「ゼルドの配送網なら可能です」
ゼルドが自信を持って答える。
「新しいルートを開拓して、最短2時間で配送できます」
「2時間!?それなら鮮度も保てるな」
漁師組合とも契約成立。これで海の幸も確保できた。
◇◇◇
新しい仕入れシステムが稼働して1週間。結果は驚異的だった。
「コスト、なんと25%削減です!」
ゼルドが興奮して報告する。
「中間マージンがなくなった効果ですね」
「それだけじゃないわ。品質も格段に向上している」
確かに、生産者との距離が近くなったことで、より新鮮で良質な食材が手に入るようになった。
「お客さんからも好評です」
ミアが嬉しそうに言う。
「『最近、野菜が特に美味しい』『魚の鮮度が抜群』って」
生産者の顔が見える商品は、やはり品質が違う。
「トーマスさんも喜んでました。『直接取引だと、お客さんの反応が分かって嬉しい』って」
それもWin-Winの効果ね。生産者のモチベーションも上がっている。
◇◇◇
そんな時、元の仕入れ業者の一人が店を訪ねてきた。
「リリアーナさん、お話があります」
元々取引していた業者の一人、マーチンさん。
「どうされました?」
「実は...取引再開をお願いしたくて」
「取引再開?」
「圧力があって仕方なく取引停止したんですが、やはり良いお客さんを失うのは痛くて」
マーチンさんが頭を下げる。
「お気持ちは嬉しいですが...」
「条件は今までより良くします。価格も下げますし、配送も柔軟に対応します」
でも、もう新しいシステムが軌道に乗っているのよね。
「申し訳ありませんが、もう生産者直契約に切り替えました」
「そうですか...」
マーチンさんが残念そうな顔をする。
「でも、新しいシステムの方が、コストも品質も上なんです」
「まさか...そんなに違うものなんですか?」
「25%のコストダウンと、品質の大幅向上を実現しました」
「25%も!?」
マーチンさんが驚愕している。
「中間マージンがないと、こんなに違うものなんですね...」
そう、これが生産者直契約の威力。
◇◇◇
新システムから1ヶ月後、驚くべき変化が起きていた。
「他の店からも相談されてるんです」
ゼルドが報告する。
「共同配送システムを利用したいって」
「本当に?」
「はい。私たちが作った配送網が評判になって、『うちも参加させて』という要望が次々と」
これは予想外の展開ね。
「配送効率を更に上げるチャンスですね」
「そうね。規模が大きくなれば、更にコストダウンできる」
「物流ハブとして機能し始めてるということですね」
そう、単なる仕入れ先変更が、物流革命につながっている。
「ヴェルナー商会の攻撃が、逆に新しいビジネスモデルを生んだということですね」
◇◇◇
その夜、一人で今回の出来事を振り返っていると、深い満足感が湧いてくる。
仕入れ封鎖という危機が、結果的に大きなチャンスになった。コストダウン、品質向上、そして新しい物流システムの構築。
「敵の攻撃で逆に強くなった」
これは逆転の論理ね。相手の攻撃を利用して、より良いシステムを構築する。
「ピンチはチャンス」とはよく言ったものだわ。
でも、これは偶然じゃない。常に改善を考えていたから、危機をチャンスに変えることができた。
「次はどんな攻撃が来るかしら?」
でも、もう怖くない。どんな攻撃でも、それを利用して更に成長してやる。
窓の外を見ると、村の配送トラックが新鮮な食材を運んでいく。新しい物流システムが、もう村の一部として機能している。
ヴェルナー商会は私たちを潰そうとして攻撃してきたけれど、結果的に私たちを強くしてくれた。
「ありがとう、ヴェルナー商会」
皮肉な感謝の気持ちを込めて、夜空にそっとつぶやいた。
◇◇◇
翌週、さらに驚くべき展開が待っていた。
「リリアーナ様、王都新聞の記者が取材に来てます」
「また取材?今度は何について?」
「新しい物流システムについてです」
なるほど、共同配送システムが注目されているのね。
記者との面談で、詳しく事情を説明した。
「仕入れ封鎖をきっかけに、生産者直契約システムを構築したと」
「はい。結果的に大幅なコストダウンと品質向上を実現しました」
「これは画期的ですね。従来の流通システムに一石を投じる革新です」
記者が興奮している。
「他の商店にも影響を与えているとか」
「共同配送システムに参加したいという要望が増えています」
「つまり、新しい物流インフラが生まれつつあると」
「そうですね。より効率的で、生産者にも小売業者にも有利なシステムです」
翌日の新聞記事は、私たちの物流革命を大きく取り上げ、「新時代の流通システム」と評価した。
これで、ヴェルナー商会の攻撃は完全に裏目に出たことになる。彼らが私たちを潰そうとした結果、より強力で革新的なシステムが生まれてしまった。
「まさに『敵の攻撃で逆に強くなった』ですね」
ゼルドが感慨深げに言う。
「そうね。でも、これで終わりじゃない。この新システムを更に発展させていきましょう」
物流革命はまだ始まったばかり。これから更に大きな変化を起こしてやる。
ヴェルナー商会の皆さん、次の攻撃もお待ちしてますよ。どんな攻撃でも、私たちの成長の糧にしてやるから。