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第44話 王宮の視線


「リリアーナ様、これ...王宮からの文書です」


朝一番、ミアが震え声で手紙を差し出してきた。封蝋には王室の紋章。間違いなく正式な文書ね。


「王宮から?」


封を切って中身を確認すると、格調高い文字で書かれているのは...


『宮内省より リリアーナ・フィオーレ様へ

つきましては、重要なご相談がございます。

至急王宮までお越しください。

宮内省次官 エドワード・ランバート』


「召喚状ね」


やっぱり。昨日の王都新聞の記事で、王室も注目したということかしら。


「で、でも、王宮って...」


ミアが不安そうにしている。確かに、一般人にとって王宮は雲の上の存在よね。


「大丈夫よ。私、元王女だから慣れてるの」


そう言いながらも、内心は複雑。久しぶりの王宮ね。あの屈辱的な追放から半年...随分と状況が変わったものだわ。


「一緒に行きましょうか?」


ロウが心配そうに提案する。


「いえ、これは私一人で行くべきでしょう。王室との交渉は、責任者が直接対応しないと」


◇◇◇


王宮への道中、馬車の中で心の準備をしている。


半年前は追放される身だったのに、今度は正式に召喚される。人生って分からないものね。


でも、今の私は以前の私とは違う。単なる王女ではなく、自分の力で成功を掴んだ経営者。対等に交渉する資格がある。


「久しぶりの王宮かぁ...」


見えてきた白亜の宮殿は、相変わらず荘厳で美しい。でも、以前のような憧れや萎縮は感じない。むしろ、客観的に「立派な建物だな」という程度。


門番も、私の顔を見て驚いている。


「リ、リリアーナ様!?」


「お久しぶりです。宮内省に用事があります」


「は、はい!すぐにご案内いたします!」


慌てふためく門番を見ていると、少し面白い。半年前は「追放者」として扱われていたのに、今は「重要な来客」として迎えられている。


◇◇◇


宮内省の応接室に通されて待っていると、立派な中年男性が現れた。


「リリアーナ様、お忙しい中ありがとうございます。宮内省次官のエドワード・ランバートです」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


エドワード次官は、いかにも宮廷官僚という感じの人物。頭が良さそうで、計算高そうでもある。


「早速ですが、本題に入らせていただきます」


「はい」


「あなたの夜営業事業について、王室として正式に評価したいと考えております」


「評価、ですか?」


「具体的には、王室御用達商人としてお迎えしたいのです」


王室御用達!それは商人にとって最高の栄誉よね。でも、何か裏がありそう...


「光栄なお話ですが、具体的にはどのような内容でしょうか?」


「王宮の夜勤職員への食事提供をお願いしたいのです。警備兵、清掃員、夜番の職員など、かなりの人数になります」


なるほど、それは確かに大きな契約ね。安定した収入源になる。


「条件はいかがでしょうか?」


「月額300金貨の固定契約です。それに加えて、王室御用達の称号をお渡しします」


300金貨!それは破格の条件ね。村での月商を上回る金額。


「素晴らしい条件ですね」


でも、ちょっと待って。何か引っかかるものがある。


「一つお聞きしたいことが」


「はい、何でしょう?」


「この契約は、独占契約でしょうか?」


エドワード次官の表情が微妙に変わった。


「と、申しますと?」


「つまり、王室御用達になったら、一般の夜勤労働者への販売は制限されるのでしょうか?」


「...その通りです。王室の威信もありますので、他での営業は控えていただくことになります」


やっぱり!これは巧妙な封じ込め策ね。


高額な契約で私を王室に囲い込み、一般向けの夜営業を停止させる。表向きは栄誉ある契約だけど、実質的には夜営業の普及を阻止する策略。


「申し訳ございませんが、その条件では承諾できません」


「え?」


エドワード次官が驚いている。300金貨の契約を断る商人なんて、普通はいないでしょうからね。


「理由をお聞かせください」


「私の夜営業は、困っている人を助けるために始めたものです。王室だけでなく、すべての夜勤労働者に平等にサービスを提供したいのです」


「しかし、300金貨という条件は破格ですよ?」


「お金の問題ではありません」


◇◇◇


「お金の問題ではない、とは?」


エドワード次官が困惑している。宮廷官僚には理解しにくい価値観なのでしょう。


「私は民のための商売をしています。特定の階層だけを優遇するのは、理念に反します」


「理念...ですか」


「はい。夜勤で働く方々への配慮を条件に加えていただけませんか?」


「夜勤の方々への配慮?」


「王室御用達になっても、一般の夜勤労働者への販売は継続する。むしろ、王室が率先して夜勤労働者の福利厚生を支援するという形にしていただきたいのです」


エドワード次官の顔が困惑を深めていく。


「そのような条件は...前例がありません」


「前例がないなら、新しく作ればいいじゃありませんか」


「そう簡単にはいきません。王室の慣例というものがあります」


「慣例も大切ですが、時代に合わせて変化することも必要でしょう」


エドワード次官は黙り込んだ。多分、想定外の展開に困っているのでしょう。


「私は、王室が民を思いやる心を示す絶好の機会だと思います」


「民を思いやる心?」


「そうです。夜勤労働者は社会の陰の立役者。その人たちを王室が支援するという姿勢を示せば、民衆からの支持も高まるでしょう」


これは政治的な提案でもある。王室のイメージアップにもつながる話。


「なるほど...」


エドワード次官が考え込んでいる。


「しかし、そのような条件は私の一存では決められません」


「もちろんです。上司の方々とご相談ください」


「分かりました。少々お待ちください」


◇◇◇


エドワード次官が席を外している間、一人で応接室にいると、昔のことを思い出す。


以前は、この王宮で「無能な王女」として扱われていた。誰も私の意見など聞こうとしなかった。


でも今は違う。王室の次官が私の提案を真剣に検討している。これが成長というものなのね。


「お待たせいたしました」


エドワード次官が戻ってきた。表情からして、上層部との協議は難航したようね。


「上司の方々とご相談した結果...」


「はい」


「条件付きで、あなたの提案を受け入れることになりました」


おお!通ったのね!


「ただし、いくつか条件があります」


「どのような?」


「第一に、王宮での営業を優先していただくこと。第二に、王室御用達の名に恥じない品質を維持すること。第三に、定期的に王室への報告をしていただくこと」


「承諾いたします」


「それから...」


エドワード次官が少し困ったような顔をする。


「あなたの理念は理解いたしました。確かに、王室が率先して労働者を支援する姿勢は重要でしょう」


「ありがとうございます」


「ただし、これは異例中の異例であることをご理解ください」


「もちろんです」


実際、王室を相手に対等な交渉ができたなんて、半年前の私には想像もできなかった。


「それでは、正式な契約書を作成いたします。明日にでも調印式を行いましょう」


「ありがとうございます」


◇◇◇


王宮を後にして馬車に乗りながら、今日の成果を振り返る。


王室御用達の契約を獲得しただけでなく、自分の理念も貫くことができた。しかも、王室に新しい価値観を受け入れさせることまでできた。


「これは大きな一歩ね」


王室が夜勤労働者の支援を公式に表明することになれば、社会全体の意識も変わるかもしれない。夜営業に対する偏見も、一気に解消されるでしょう。


「それにしても...」


王室を相手に対等な交渉ができるようになったなんて、自分でも驚き。半年前は追放された無力な王女だったのに、今では一国の政策に影響を与えられるまでになった。


これこそが、本当の意味での成長よね。


馬車が村に近づくにつれて、心が軽やかになっていく。良いニュースを持って帰れるのは嬉しいものね。


◇◇◇


店に戻ると、ミアとロウが心配そうに待っていた。


「リリアーナ様!お帰りなさい!どうでしたか?」


「大成功よ」


「本当ですか!?」


私は今日の交渉内容を詳しく説明した。王室御用達の契約、そして夜勤労働者への配慮を条件に盛り込んだこと。


「すごいです!王室を相手に対等な交渉なんて!」


ロウが感動している。


「でも、一番大切なのは理念を曲げなかったことよ」


「理念?」


「そう。お金や名誉に目がくらんで、大切な価値観を見失ってはいけない。私たちは民のために商売をしているのだから」


ミアが深く頷いている。


「リリアーナ様は本当にすごいです。普通なら、300金貨の契約に飛びついてしまいそうなのに」


「飛びついても良かったのよ。でも、それでは私たちらしくない」


実際、財政的には非常に魅力的な契約だった。でも、初心を忘れてはいけない。


「これで、夜営業の社会的地位も向上しますね」


ゼルドが嬉しそうに言う。


「王室が支援するとなれば、もう誰も夜営業を軽視できません」


そう、これが一番大きな成果かもしれない。社会的な承認を得ることで、事業拡大もやりやすくなる。


「明日は調印式です。みんなで一緒に行きましょう」


「え!?私たちも王宮に!?」


ミアが驚いている。


「もちろん。この成功は、みんなで掴んだものですから」


◇◇◇


その夜、一人で今日のことを振り返っていると、深い満足感が湧いてくる。


王室との交渉で見せた毅然とした態度。お金よりも理念を優先した判断。そして、相手を説得して新しい価値観を受け入れさせた交渉力。


半年前の私では、絶対にできなかった。


「随分と成長したものね」


でも、これで満足してはいけない。王室御用達は確かに大きな成果だけど、まだ通過点に過ぎない。


本当の目標は、夜営業を社会の当たり前にすること。すべての夜勤労働者が、温かい食事を手軽に取れる世界を作ること。


「まだまだ先は長いわ」


でも、今日の成功で確信した。正しい理念を持って、誠実に努力していれば、必ず道は開ける。


王室すら動かすことができたのだから、これからはもっと大きなことができるはず。


窓の外を見ると、村の夜景が穏やかに広がっている。半年前に始めた小さな店が、ついに王室にまで認められた。


でも、これは始まりに過ぎない。もっと多くの人を幸せにするために、これからも歩み続けよう。


「便利は正義」の理念を胸に、明日もまた頑張ろう。


◇◇◇


翌朝、王宮での調印式に向けて準備をしていると、村中が騒ぎになっていた。


「リリアーナ様が王室御用達になるんですって!」


「すごいじゃない!村の誇りよ!」


「私たちの村から王室御用達が出るなんて!」


村人たちが口々に祝福の言葉をかけてくれる。


「おめでとうございます!」


ガレオ村長も満面の笑みで祝福してくれた。


「あなたのおかげで、スノーベル村の名前が王都に知れ渡りました」


「村長さんの推薦状のおかげです」


「いえいえ、あなたの実力ですよ」


こうして村全体に祝福されながら王宮に向かうのは、本当に気持ちがいい。


調印式では、正装した宮廷官たちの前で、堂々と契約書にサインした。


「王室御用達商人、リリアーナ・フィオーレ。夜勤労働者支援事業の発展を期待しております」


宮内大臣の言葉に、深く頭を下げる。


でも、心の中では違うことを考えていた。


「これで、本格的な王都進出の準備が整ったわね」


王室の後ろ盾を得た今、ヴェルナー商会といえども、そう簡単には手出しできないでしょう。


政治的な駆け引きを制し、信念を貫いた交渉の勝利。これぞ、真の成長の証明よ。

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