第42話 祭りの頂上決戦
「リリアーナ様!大変です!」
朝一番、ガレオ村長が血相を変えて店に駆け込んできた。いつもの落ち着いた村長がこんなに慌てているなんて、一体何が起こったの?
「どうされたんですか?そんなに慌てて」
「年に一度の大収穫祭の件なんですが...今年は王都からも屋台が来ることになりました」
「王都から?それは珍しいですね」
例年は村内の商店と近隣村の業者だけで開催される、のんびりとした祭りだったはず。王都から参加なんて、今まで聞いたことがない。
「それが...ヴェルナー商会の屋台らしいんです」
え!?あのヴェルナー商会が、わざわざこんな小さな村の祭りに?
「明らかに君を狙い撃ちです。直接対決を仕掛けてきたということでしょう」
やっぱり。価格操作や風評被害で効果が出ないから、今度は正面衝突で勝負をつけようということね。
「分かりました。受けて立ちましょう」
「でも大丈夫ですか?相手は王都の大手商会...資金力も人員も桁違いです」
確かに資金力では勝負にならない。でも、私たちには別の武器がある。
「ご心配ありがとうございます。でも、負ける気はしません」
◇◇◇
祭りの3日前、村の広場を見に行くと、既に設営が始まっていた。
「うわぁ...これはすごいわね」
ヴェルナー商会の屋台は、村の他の屋台とは比べ物にならないほど大きくて豪華。立派な看板に、整然と並んだ商品、制服を着た店員たち。まるで王都の一等地にある店舗みたい。
「リリアーナさん、あれを見てください」
ロウが指差した先には、『特別価格!通常の半額で提供!』という大きな看板。
「半額!?それは...」
明らかに赤字覚悟の価格設定ね。利益度外視で、私たちを潰しにかかってきている。
「どうしましょう?私たちも価格を下げますか?」
ミアが心配そうに聞く。でも、価格競争に巻き込まれたら負けは確実。資金力で勝てるわけがない。
「いえ、価格では勝負しないわ」
「じゃあ、どうやって?」
「回転率よ」
私は商会の屋台をじっくり観察した。確かに立派だけど、オペレーションを考えると問題がありそう。
「見て。商品の配置、レジの位置、スタッフの動線...効率を考えて設計されてないわ」
見た目の豪華さを重視して、実用性を軽視している。これは付け入る隙がある。
「私たちは、流れるような接客で勝負しましょう」
◇◇◇
祭り当日の朝、最終準備に余念がない。
「ミア、商品の配置は完璧?」
「はい!お客さんの流れを考えて、人気商品を手前に、セット商品を分かりやすく並べました」
「ロウ、補充のタイミングは?」
「バックヤードに待機して、商品が少なくなったらすぐに補充します。品切れは絶対に起こさせません」
「ゼルド、予備の食材は?」
「十分に用意しました。予想の3倍の売上でも対応できます」
よし、準備は完璧ね。後は実戦での連携だけ。
「みんな、今日は本当の勝負よ。でも、いつも通りにやれば必ず勝てる」
「はい!」「頑張ります!」「任せてください!」
3人の返事に迷いはない。この半年間で培ったチームワークが、今日こそ真価を発揮する時。
午前10時、祭りの開始と同時に、両方の屋台に人が集まり始めた。
最初は、やはり商会の屋台に人が多い。
「やっぱり安いから、みんなあっちに行くのね」
「でも、見てください」
ロウが商会の屋台を指差す。
「行列が全然進んでませんよ」
確かに、商会の屋台前には長い行列ができているけれど、なかなか進まない。一人のお客さんに時間がかかりすぎている。
「オペレーションが甘いのね」
価格設定ばかりに気を取られて、効率的な接客システムを構築していない。これはチャンスよ。
◇◇◇
午前11時、私たちの屋台にも客足が向かい始めた。
「いらっしゃいませ!何にしましょうか?」
ミアの元気な声が響く。
「肉まんセットください」
「はい!肉まん2個とスープですね!ロウさん、肉まんセット1つ!」
「了解!」
ロウが素早く商品を準備し、私がお会計。3人の連携は完璧で、一人のお客さんにかかる時間は30秒以下。
「早いねぇ!」
「こっちの方が断然スムーズだ」
お客さんからも好評の声。
一方、商会の屋台は相変わらず混雑している。
「何でこんなに時間がかかるんだ?」
「早くしてくれよ」
お客さんからは不満の声が聞こえてくる。
「見てください」
ゼルドが商会の屋台を分析している。
「レジが一つしかないから、会計で渋滞してます。それに、商品の場所が分からなくて、店員が探し回ってる」
なるほど、見た目は立派だけど、実用性を全く考えてないのね。
「よし、ここからが勝負よ!」
◇◇◇
正午になると、祭りの人出はピークに。
「うわぁ、すごい人ですね!」
ミアが興奮している。でも、私たちの動きに乱れはない。
「次の方、どうぞ!」
「肉まんとおにぎり」
「スープセット」
「甘いお菓子を少し」
次から次へとお客さんを捌いていく。まるでコンベアベルトのような流れるような接客。
「すげぇ、あっちの店は全然待たなくていいぞ!」
「こっちの方が早いじゃないか!」
商会の屋台で待っていたお客さんが、続々とこちらに流れてくる。
「品切れ大丈夫?」
「全然問題ありません!」
ロウの補充は完璧なタイミング。商品が少なくなる前に、新しい商品がどんどん補充されていく。
一方、商会の屋台では...
「すみません、肉まんが品切れです」
「え!?じゃあ何があるの?」
「えーっと...ちょっと確認します」
完全に混乱状態。補充システムが機能していないのね。
「リリアーナ様、見てください!」
ミアが指差した先には、商会の屋台責任者らしき男性が、慌てふためいている姿。
「なぜこんなことに...」
困惑した表情で、こちらの屋台を見ている。理解できないのでしょうね、なぜこれほど差がついたのか。
◇◇◇
午後2時、勝負は完全に決していた。
商会の屋台前には、まばらな人影。一方、私たちの屋台は相変わらずの大盛況。
「やっぱりあっちの方がいいな」
「早いし、美味しいし、店員さんも感じがいい」
「値段は少し高いけど、待たなくていいから結果的にお得よね」
お客さんの評価は明確。価格の安さだけでは、総合的な満足度で勝てないということが証明された。
「リリアーナさん、売上の計算ができました」
ゼルドが興奮気味に報告する。
「なんと、商会の屋台の3倍の売上です!」
3倍!?それはすごいわね。
「価格は半額でも、売上が3分の1なら、利益は完全に赤字ですね」
「しかも、あちらは人件費もこちらの倍以上かかってるから、損失は相当なものでしょう」
資金力で勝負を挑んできたけれど、効率の悪さで自滅したということね。
「技術の差が歴然ですね」
そう、これが半年間で培ったオペレーション技術の威力。一朝一夕では身につかないノウハウの蓄積が、圧倒的な差を生んだのよ。
◇◇◇
午後4時、祭りの終了時間が近づく頃、商会の屋台責任者が私たちの屋台にやってきた。
「あの...お疲れ様でした」
中年の男性で、一日中慌てふためいていた人。今は疲れ切った表情をしている。
「お疲れ様でした」
私は丁寧に挨拶を返す。勝者の余裕というやつね。
「正直に言います。完敗でした」
「そうですか」
「なぜ、こんなに差がついたのか...教えていただけませんか?」
素直に敗北を認める姿勢は評価できるわね。プライドを捨てて、学ぼうとする気持ちがある人なら、答えてあげてもいいかも。
「秘密はありません。基本に忠実にやっただけです」
「基本?」
「お客様を待たせない、品切れを起こさない、笑顔で接客する。当たり前のことを当たり前にやっただけです」
「でも、それだけで3倍の差が...」
「その『当たり前』を実現するために、半年間かけてシステムを作り上げました。商品配置、動線設計、補充タイミング、スタッフ連携...全て計算し尽くしたオペレーションです」
男性は感心したように頷いている。
「見た目の豪華さや価格の安さでは、本当の競争力は身につかないということですね」
「そういうことです」
◇◇◇
祭りが終了し、片付けをしていると、村の人たちが続々とお礼を言いに来てくれた。
「今年の祭りは特に盛り上がったよ!」
「あの屋台対決、見てて面白かった!」
「やっぱり地元の店が勝ってくれて嬉しいわ」
みんなの喜ぶ顔を見ていると、勝利の喜びがじわじわと湧いてくる。
「ミア、ロウ、ゼルド、本当にお疲れ様でした」
「リリアーナ様こそ、お疲れ様でした!」
「今日は最高でした!チームワークが完璧でしたね!」
「あの連携は、半年間の成果ですね」
そう、今日の勝利は偶然じゃない。毎日の積み重ねが生んだ、必然的な結果。
「でも、これで終わりじゃないわよ」
「え?」
「ヴェルナー商会は、今度はもっと本格的に攻撃してくるでしょう。今日の敗北で、プライドを相当傷つけられたはず」
実際、商会の屋台責任者の顔は真っ青だった。本社に帰って、どんな報告をするのかしら。
「でも、怖くないです」
ミアが力強く言う。
「今日証明されました。私たちの方が技術的に上だって」
「そうですね。正面から勝負しても、負ける気がしません」
ロウも自信に満ちている。
この自信は、今日の勝利が与えてくれた貴重な財産。どんな困難が待っていても、きっと乗り越えられるという確信。
◇◇◇
夜、店に戻って一人で振り返っていると、今日の意味がより深く理解できた。
これは単なる商売の勝負じゃなかった。旧来のやり方と新しいやり方の対決。権力と技術の対決。そして、私たちの新しいやり方が勝ったのよ。
「技術は正直ね」
どんなに資金をかけても、どんなに権威があっても、技術的に劣っていれば負ける。これが商売の真理。
明日からも、きっと色々な攻撃が続くでしょう。でも、今日の勝利で確信した。正しいやり方を続けていれば、必ず勝てる。
「次はどんな手で来るかしら?」
むしろ楽しみになってきた。どんな攻撃でも、技術と誠実さで跳ね返してやる。
窓の外を見ると、祭りの後片付けが続いている。今日という日は、きっと村の歴史に残るでしょう。小さな村の店が、王都の大手商会に正面から勝利した日として。
「便利は正義」の理念が、また一つ証明された。お客様にとって本当に価値のあるサービスを提供していれば、必ず支持される。
明日からも、この道を歩み続けよう。