第21話 商品開発1:おにぎり革命
「うーん...」
深夜の店内で、私は売上帳簿を見つめながら唸っていた。
夜営業を始めて一ヶ月。店は完全に村の夜の一部として定着している。売上も好調だ。
でも、何かが引っかかっている。
「朝の時間帯の売上が思ったより伸びないのよね」
私は指で売上表をトントンと叩きながら考え込む。
「夜勤明けの人たちや、出勤前の人たちをもっと取り込めるはずなんだけど...」
「あの、リリアーナ様?」
ミアが心配そうに声をかけてくる。
「確かに朝は駆け足のお客様が多いですね。買い物にかける時間も短いというか...」
「そうなのよ。時間がないけど、何か軽くて栄養があるものが欲しい。現在のおにぎりは美味しいけど、まだ改良の余地がある」
前世のコンビニ経験が脳裏に蘇る。朝の通勤ラッシュ時、客は皆急いでいた。そんな時にヒットしたのは...
「おにぎりよ!」
私が手をパンと叩く。
「え?でももうおにぎりは作ってますよね?」
ミアが首をかしげる。
「いえいえ、今のおにぎりはまだまだ改良できる。より美味しく、より保存が利いて、より満足感のあるおにぎりを開発するのよ!」
私の目がキラキラと輝いている。商品開発モードに入った時の私の表情だ。
「うおー!なんかすげー楽しそうっす!」
奥で棚整理をしていたロウが振り返る。
『よし、スタッフも乗り気ね』
「ロウ、あなたにとって完璧なおにぎりってどんなものかしら?」
「えーっと...」
ロウが真剣に考え込む。
「大きくて、お腹いっぱいになって、美味しくて...あ、あと冒険者時代を思い出す味がいいっす!」
「冒険者時代の味...なるほど。保存食とは違う、でも懐かしい味ね」
私がメモを取り始める。
「ミアはどう?」
「私は...村のお祭りの時に食べる、特別な味が好きです!」
「特別な味...」
私の脳内で前世の知識と異世界の食材が融合し始める。
『梅干し、鮭、肉味噌...この世界の食材でどう再現するか』
◇◇◇
翌朝、私は村の市場を練り歩いていた。
「おじさん、この赤い実って何ていう名前?」
果物屋の店主に声をかける。
「ああ、それはルビーベリーだよ。酸っぱくて塩漬けにすると保存が利くんだ」
『塩漬け...これ、梅干しの代わりになるかも』
私の目がピカリと光る。
前世の記憶で梅干しおにぎりの味を思い出す。あの絶妙な酸味と塩味、そして疲労回復効果。
「ちょっと分けてもらえるかしら?」
「王女様がそんな酸っぱいもの食べるのかい?」
おじさんが驚く。
「えぇ、研究用よ」
次に魚屋へ向かう。
「川魚の燻製って作れる?」
「燻製かい?まあ、時間をかければできるけど...」
「鮭の燻製みたいなものを作りたいの。塩漬けにしてから燻製に」
魚屋のおじいさんが首をひねる。
「変わった注文だねえ。でも面白そうだ。やってみるよ」
続いて肉屋。
「イノシシ肉で肉味噌って作れるかしら?」
「肉味噌?」
「肉をミンチにして、味噌と一緒に煮込んだもの。おにぎりの具にするの」
「おにぎりに肉を...斬新だねえ」
肉屋のおじさんが興味深そうに頷く。
「でも面白そうだ。やってみよう」
『みんな協力的で助かる』
◇◇◇
食材を仕入れて店に戻った私は、早速実験開始。
「よし、まずはルビーベリーの塩漬けから」
赤い実を塩でもみ込み、樽に漬け込む。
「うわ、すげー酸っぱそうな匂いっす」
ロウが鼻をひくつかせる。
「そうね。でも塩漬けにすることで酸味がまろやかになって、旨味が増すのよ」
「へー、そうなんですか!」
ミアが興味深そうに覗き込む。
次に川魚の下処理。
「まず塩をたっぷり振って、一日寝かせる。それから燻製にするのよ」
「燻製って、煙でいぶすやつっすよね?」
「そう。木の種類によって香りが変わるの。今回はオークチップを使ってみましょう」
私が手際よく魚を処理していく。
「リリアーナ様、すごく慣れてますね。まるで前からやってたみたい」
「あ、えーっと...本で読んだことがあるのよ」
慌てて言い訳する私。前世の知識とは言えない。
『危ない危ない』
そして肉味噌の仕込み。
「イノシシ肉をミンチにして...この世界の味噌と...」
味見をしてみる。
「うーん、ちょっと塩辛いかな。甘めの調味料を加えて...」
砂糖の代わりにハチミツを投入。
「おお、いい香りっす!」
ロウが鼻をひくつかせる。
「肉味噌って初めて聞きました。どんな味なんでしょう?」
ミアが楽しそうに見つめる。
「しっとりとした食感で、甘辛い味よ。ご飯との相性が抜群なの」
『前世でも人気商品だったからね』
◇◇◇
三日後。ついに試作品が完成した。
「よーし、第一回試食会を開催するわよ!」
私が意気込む。テーブルには三種類のおにぎりが並んでいる。
「うわー、どれも美味しそうっす!」
ロウが目を輝かせる。
「見た目からして普通のおにぎりと違いますね」
ミアも興味津々だ。
「まずはルビーベリーの塩漬けおにぎりから」
私が手に取る。
「ほう...」
一口食べて、表情が変わる。
「どうですか?」
ミアが身を乗り出す。
「...これは革命ね」
私の口元に笑みが浮かぶ。
「塩漬けの酸味が効いてて、でも塩辛すぎない。疲労回復にも良さそう」
「俺にも食べさせてくださいっす!」
ロウが手を伸ばす。
「あむっ...もぐもぐ...うっめー!これ、冒険で疲れた時に食べたい味っす!」
ロウの表情がみるみる変わっていく。
「次は川魚の燻製おにぎりよ」
今度はミアが手に取る。
「あ、燻製の香りがすごく良いです...あむ」
「...うん!これ、すごく上品な味!」
ミアが感動している。
「燻製の香りと塩気が絶妙で、でも魚臭くない。これなら魚が苦手な人でも食べられそう」
「最後は肉味噌おにぎり」
私が慎重に手に取る。
「見た目が一番インパクトあるっすね」
ロウが言う。
確かに、茶色い肉味噌が入ったおにぎりは見慣れない。
「あむ...」
私が一口食べて、目を見開く。
「...これは、ヤバイわよ」
「ヤバイって、美味しくないんですか?」
ミアが心配そうに聞く。
「逆よ。美味しすぎるの」
私がもう一口食べる。
「甘辛い肉味噌とご飯の組み合わせが完璧。これは...お腹が空いてる時に食べたら、確実に病みつきになる」
「うわ、俺も食べたいっす!」
ロウが手を伸ばす。
「あむあむ...うわああああ!これ、肉!肉の味がするっす!でもおにぎりっす!最高っす!」
ロウが感動で叫ぶ。
ミアも恐る恐る手に取る。
「えいっ...あむ」
「あ...」
ミアが硬直する。
「ミア?どうしたの?」
私が心配になる。
「これ...これは...」
ミアの目に涙が浮かんでいる。
「お祭りの時に食べた、特別な味よりもっと特別です!」
『よし!』
私が拳を握る。
「全部合格ね。これで新おにぎりシリーズの完成よ!」
◇◇◇
しかし、ここで問題が発生した。
「でも、海苔がないのよね...」
私が困った顔をする。前世のおにぎりには海苔が欠かせなかった。
「海苔って何ですか?」
ミアが聞く。
「海の藻を乾燥させたもので、おにぎりを包むのよ。でもここは内陸だから海苔は手に入らない」
「うーん...」
三人で考え込む。
「あ!」
ミアが手を叩く。
「山菜の葉っぱはどうでしょう?」
「葉っぱ?」
「はい。村の奥山にシソみたいな葉っぱが生えてるんです。お祭りの時に料理を包むのに使うんですよ」
「シソの葉...それは良いアイデアね」
私の目がキラリと光る。
「早速取りに行きましょう」
◇◇◇
村の奥山で、緑の大きな葉っぱを収穫する三人。
「これですね」
ミアが葉っぱを手に取る。
「形も大きさも丁度いいじゃない」
私が感心する。
「でも生の葉っぱをそのまま使っても大丈夫っすか?」
ロウが心配する。
「塩もみして水分を抜いて、軽く乾燥させれば使えるはずよ」
店に戻って早速実験。
「葉っぱを塩もみして...」
「うわ、いい香りがするっす」
「シソ科の植物みたいね。爽やかな香りがする」
軽く乾燥させた葉っぱでおにぎりを包んでみる。
「どう?」
「見た目も綺麗ですし、香りも良いです」
ミアが評価する。
「これなら海苔の代わりになりそうっすね」
「よし、これで包装問題も解決!」
『異世界らしい工夫ね』
◇◇◇
そして保存性のテスト。
「おにぎりの敵は時間よ。どれだけ美味しさを保てるかが勝負」
私が真剣な顔で説明する。
「常温で何時間もつか実験しましょう」
同じおにぎりを3時間ごとに試食して、味の変化を記録していく。
「3時間経過...味は変わらず美味しいっす」
「6時間経過...まだ大丈夫ね」
「9時間経過...少し塩味が強くなったけど、まだ食べられる」
「12時間経過...」
私が慎重に一口食べる。
「...ギリギリ大丈夫ね。でも15時間は危険かも」
「つまり12時間が限界ってことっすね」
「そういうこと。作り置きは12時間以内に消費するのが原則よ」
『前世の知識通りね』
◇◇◇
握り方の研究も重要だった。
「握り加減が難しいのよね。緩すぎると崩れるし、強すぎるとご飯が潰れる」
私が実演しながら説明する。
「手に水をつけて、塩をほんの少し...」
「あ、塩をつけるんですね」
ミアが観察する。
「そう。手に塩をつけることで、おにぎりに自然な塩味がついて、保存性も向上するのよ」
「なるほどっす」
「握り方は...こう、優しく包み込むように」
私の手つきが前世の経験を思い出させる。何百個と握ったおにぎりの感覚が蘇る。
「最後に形を整えて...完成」
「うわー、すげー綺麗な三角っす」
ロウが感心する。
「コツは愛情を込めることよ」
私がウインクする。
「愛情ですか?」
「そう。食べる人のことを想って握る。それが一番大切な秘訣よ」
『これは前世でも教わったことね』
◇◇◇
ついに新おにぎりシリーズの投入日がやってきた。
朝の6時。夜勤明けの衛兵と、出勤前の村人たちがちらほらと来店し始める。
「おはようございます。今日は新商品があるんです」
ミアが嬉しそうに説明する。
「新商品?」
ハンスが興味を示す。
「はい。新しいおにぎりシリーズです」
陳列棚には三種類のおにぎりが並んでいる。
「ほう...見た目からして違うな」
「こちらはルビーベリーの塩漬けおにぎり。疲労回復効果があります」
「疲労回復...夜勤明けにはぴったりだ」
ハンスが手に取る。
「こちらは川魚の燻製おにぎり。上品な味で食べやすいです」
「燻製か...贅沢だな」
「そしてこちらが肉味噌おにぎり。ボリューム満点です」
「肉味噌...聞いたことないな」
ベルトが興味深そうに見つめる。
「全部試してみるか」
ハンスが三種類購入する。
「ありがとうございます!」
『初回の反応は上々ね』
◇◇◇
30分後、ハンスが戻ってきた。
「おい、あのおにぎり...」
「はい、どうでしたか?」
ミアが緊張する。
「...革命だ」
ハンスが興奮している。
「特にルビーベリーのやつ。夜勤の疲れが一発で取れた」
「本当ですか!」
「ああ。それに川魚のも上品で美味い。肉味噌のはボリューム満点だ」
「良かった...」
ミアがホッとする。
「おい、ベルト!あのおにぎり食ったか?」
「食った。特に肉味噌のがヤバイ」
ベルトも興奮している。
「あれは反則だ。美味すぎる」
『お客さんの反応が最高ね』
◇◇◇
口コミは瞬く間に広がった。
「朝の新おにぎりが凄いらしい」
「疲労回復効果があるって本当か?」
「肉味噌おにぎりが絶品だって聞いた」
昼間の来客数が明らかに増えている。
「すみません、朝の新おにぎりありますか?」
出勤前の村人が次々と来店する。
「申し訳ございません、完売でして...」
ミアが謝る。
「えー、そんな」
「明日の朝なら確実にございます」
「じゃあ明日必ず来るよ」
『完売続出は嬉しい悲鳴ね』
◇◇◇
夜営業の時間。私が売上を確認している。
「朝の売上が...3倍?」
「はい。新おにぎりの効果です」
ミアが報告する。
「特に肉味噌おにぎりの人気が凄いっす」
ロウが補足する。
「そうね...想定以上の反響だわ」
私が嬉しそうに微笑む。
「これで一日中売れる商品が完成したわね」
「はい。朝は新おにぎり、夜は温かいスープと従来のおにぎり。完璧な棲み分けです」
「ミア、あなたの観察力のおかげよ。朝の客層をよく見てたからこその成功ね」
「えへへ...」
ミアが照れる。
「ロウも試食で的確なアドバイスをくれたし」
「俺はただ食べただけっすよ」
「食べる人の気持ちが分かるのは大切な才能よ」
『本当に良いチームになったわね』
◇◇◇
その夜、一人になった私は考えていた。
前世のコンビニ知識と、この世界の食材を組み合わせれば、まだまだ革新的な商品が作れる。
地図を眺めながら、次なる野望を抱く。
でも、まずはこの村でしっかりと根を張ること。急がば回れ、よね。
窓の外を見ると、早朝の村に活気が戻り始めている。新おにぎり効果で朝の売上が伸びたことで、村の経済にも小さながら貢献できている。
『商品開発って楽しいなあ。次は何を作ろうかしら』
私の頭の中で、また新しいアイデアが湧き始めていた。
肉まん...そうよ、次は肉まんを完璧にしましょう。
夜営業の灯りが、また一つ、新しい可能性を照らし出していた。
『おにぎり革命、大成功ね』