第19話 模倣の芽
ロウが加わって1ヶ月が経った、ある朝のこと。
ミアちゃんが慌てた様子で店にやってきた。
「リリアーナ様、大変です!」
「どうしたの?そんなに慌てて」
「隣村でも夜営業の店ができたって聞きました!」
私は手を止めて振り返った。
『ついに来たか...』
実は、この展開は予想していた。
成功した商売には必ず模倣者が現れる。前世のコンビニ業界でも、同じことが繰り返されていた。
「詳しく教えて」
「市場で聞いた話なんですが...」
ミアちゃんが息を整えて説明し始める。
「レッドクリフ村で、夜営業の店が開店したそうです」
「レッドクリフ村...隣の村ね」
「はい。『スノーベル村の成功を真似した』って、堂々と言ってるらしくて」
『模倣店の登場』
私は複雑な気持ちだった。
◇◇◇
「それで、その店はどんな感じなの?」
「まだ詳しくは分からないんですが...」
ミアちゃんが心配そうに続ける。
「値段がうちより安いって噂です」
『価格競争を仕掛けてきたのね』
これも予想の範囲内だった。
模倣店の常套手段は、オリジナルより安い価格で客を奪うこと。
「どれくらい安いの?」
「おにぎりが12銅貨、スープが15銅貨だそうです」
うちの価格は、おにぎり15銅貨、スープ20銅貨。
確かに2割から3割安い設定だ。
「リリアーナ様、どうしましょう?」
ミアちゃんが不安そうに聞く。
「うちも値下げしますか?」
「いえ」私は即座に答えた。
「価格競争はしません」
◇◇◇
午後、ロウにも状況を説明した。
「模倣店ですか...」
ロウが真剣な表情になる。
「冒険者の世界でも、成功したパーティーの真似をする人たちがいました」
「そうなの?」
「はい。でも、真似だけでは本当の成功は得られないんです」
ロウの言葉に説得力があった。
「僕たちにしかできないことってありますか?」
「もちろんよ」私は自信を持って答えた。
「温かい接客と、お客様一人一人を大切にすること」
「それに」私は続ける。
「商品の品質、サービスの充実、そして何より信頼関係」
『これらは一朝一夕では真似できない』
◇◇◇
その夜の営業時間。
予想通り、客の一人がその話題を持ち出した。
「リリアーナさん、隣村の店のこと聞いた?」
常連の冒険者ディランが質問してくる。
「はい、聞いています」
「向こうの方が安いよ?大丈夫?」
他の客たちも心配そうに見ている。
『価格圧力の始まり』
でも、私は動じなかった。
「ディランさん、値段だけでお店を選びますか?」
「いや...それは...」
「美味しさ、接客、雰囲気、信頼...総合的に判断するでしょう?」
ディランが頷く。
「確かにそうだな」
◇◇◇
「それに」私は続けた。
「安易な値下げは、結局誰も幸せにしません」
「どういうこと?」ベルトが質問する。
「価格を下げれば、品質を下げるか、働く人の給料を下げるか、どちらかになります」
「なるほど...」
「それよりも、価格に見合う価値を提供することが大切です」
客たちが納得したような表情を見せる。
「だから、うちは値下げではなく、サービス向上で対応します」
『差別化戦略の説明』
◇◇◇
翌日から、差別化戦略を本格的に実行し始めた。
「まず、季節商品の充実」
私はスタッフに方針を説明した。
「秋の味覚を活かした限定メニューを開発しましょう」
「いいですね!」ミアちゃんが興奮する。
「栗おにぎり、かぼちゃスープ、さつまいものお菓子...」
季節感のある商品なら、模倣店にはすぐには真似できない。
「それから、予約サービスの拡充」
「予約サービス?」ロウが首をかしげる。
「大口注文の予約だけでなく、個人のお客様の要望にも対応するの」
「例えば?」
「『明日の夜勤用に、いつものセットを準備しておいて』とか」
『パーソナライズドサービス』
◇◇◇
さらに、接客品質の向上にも取り組んだ。
「お客様の好みを、もっと詳しく覚えましょう」
私はスタッフ研修を強化した。
「ハンスさんは塩分控えめが好み」
「ベルトさんは甘いものを後半に欲しがる」
「ディランさんは保存の利くものを選ぶ傾向がある」
ミアちゃんとロウが真剣にメモを取っている。
「ここまで細かく覚えてもらえるなんて...」
研修を見学していたハンスが感動している。
「他の店では絶対にないサービスだ」
『これが差別化の核心』
◇◇◇
1週間後、模倣店の影響が少し見え始めた。
「今夜は客数が少し減りましたね」
アンナが売上を確認している。
「でも、常連のお客様は変わらず来てくれています」
「そうね。一見の客は価格に釣られるかもしれないけれど...」
私は冷静に分析していた。
『本当に大切なのは常連客の維持』
その時、常連のベルトが声をかけてきた。
「リリアーナさん、隣村の店も見に行ってみたよ」
「そうなんですか?どうでした?」
「確かに安いけど...」ベルトが苦笑いする。
「やっぱりここが一番だな」
「どうしてそう思われるんですか?」
「味も違うし、何より...ここには君たちがいる」
ベルトの言葉が嬉しかった。
◇◇◇
その夜、他の常連客からも似たような話を聞いた。
「向こうも行ってみたけど、なんか違うんだよな」
「安いのは確かだけど、味が...」
「それに、接客が機械的で」
『やっぱり差別化できてる』
価格だけでは表現できない価値があることを、お客様も理解してくれている。
「ミアちゃんやロウくんの笑顔が恋しくなった」
そんな声も聞こえてきた。
『人間的な触れ合いの価値』
◇◇◇
2週間後、模倣店について詳しい情報が入ってきた。
「あまり客足が伸びてないらしいです」
ゼルドが商隊の情報として教えてくれた。
「最初は安さに惹かれて客が来たけど、リピーターが少ないとか」
「そうなんですか」
「値段だけじゃダメなのね、って店主が嘆いてるって話です」
『予想通りの展開』
価格競争だけでは、持続的な成功は得られない。
「むしろ、安すぎて品質を維持できなくなってるとか」
「それは厳しいですね」
私は模倣店に同情すら感じていた。
◇◇◇
その夜、ロウが質問してきた。
「リリアーナさん、模倣店のことを悪く言わないんですね」
「どうして?」
「普通なら、競合相手を批判したくなるものじゃないですか?」
ロウの素朴な疑問だった。
「確かにそうかもしれないわね」
私は考えながら答えた。
「でも、批判しても何も生まれないし...」
「それに」私は続ける。
「真似されるということは、それだけ価値があるということでしょう?」
ロウが目を丸くする。
「そんな風に考えるんですか?」
「ええ。むしろ誇らしいことよ」
『前向きな解釈』
◇◇◇
実際、模倣店の登場は良い刺激になっていた。
「競合がいると、自分たちも向上心が湧きますね」
ミアちゃんが成長を実感している。
「お客様により良いサービスを提供したくなります」
「そうね。競争は成長の機会よ」
私も同感だった。
「ライバルがいることで、自分たちの強みも再確認できるし」
「強み?」ロウが質問する。
「信頼関係、商品の質、サービスのきめ細かさ...」
「なるほど!」
『競合の存在が自分たちの価値を明確にする』
◇◇◇
1ヶ月後、状況は完全に安定していた。
「売上も元の水準に戻りましたね」
アンナが月次報告をしてくれる。
「むしろ、常連客との結びつきが強くなった気がします」
確かに、競合の登場で一度は迷った客も、最終的にはうちを選んでくれた。
「差別化戦略が功を奏したということですね」
「ええ。価格競争に巻き込まれずに済んだのが良かった」
『正しい判断だった』
◇◇◇
その夜、常連のディランが興味深い話をしてくれた。
「実は、隣村の店主と話したことがあるんだ」
「そうなんですか?」
「『スノーベル村の店を真似したけど、全然うまくいかない』って嘆いてた」
「それで?」
「『値段を安くすれば客が来ると思ったけど、甘かった』と」
ディランが続ける。
「『商売って、そんなに簡単じゃないんですね』って」
『やはり、簡単には真似できないのね』
◇◇◇
翌日、驚くべき来客があった。
「すみません...」
扉を開けて入ってきたのは、見知らぬ中年男性だった。
「私、レッドクリフ村で夜営業をしている者です」
『模倣店の店主!』
私は驚いたが、冷静に対応した。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
「実は...教えていただきたいことがあって」
彼が恥ずかしそうに言う。
「真似をして店を始めたのですが、全然うまくいかなくて」
「そうですか...」
「値段を安くすれば成功すると思ったのですが...」
彼の表情には後悔が滲んでいた。
◇◇◇
「どうすれば、お客様に愛される店になれるのでしょうか?」
彼の質問は切実だった。
私は少し考えてから答えた。
「まず、お客様のことを本当に理解することです」
「理解?」
「何を求めているのか、どんな時に困っているのか、どうすれば喜んでもらえるのか」
彼が真剣にメモを取っている。
「それから、価格ではなく価値で勝負することです」
「価値...」
「お客様が『ここでしか得られない』と感じるサービスを提供する」
『競合相手にアドバイス』
普通なら教えたくないことかもしれないが、私は包み隠さず話した。
◇◇◇
「なぜ、競合相手の私に教えてくれるんですか?」
彼が不思議そうに聞く。
「お互いが向上すれば、業界全体が発展します」
「業界全体?」
「夜営業という新しい商売が根付けば、もっと多くの人が便利になる」
私は大きな視点で説明した。
「そのためには、質の悪い店ばかりだと業界全体の信用を失います」
「なるほど...」
「だから、みんなが良い店を作ることが大切なんです」
彼が深く頷いた。
「ありがとうございます。勉強になりました」
『Win-Winの関係』
◇◇◇
彼が帰った後、スタッフが感想を述べた。
「リリアーナさんって、本当に優しいですね」
ミアちゃんが感心している。
「競合相手にまでアドバイスするなんて」
「でも、正しい判断だと思います」
ロウが言う。
「お互いが切磋琢磨すれば、みんな成長できますから」
『この子たちも成長してる』
競合の登場が、スタッフの視野も広げてくれた。
◇◇◇
その夜の営業終了後、今回の件を総括した。
「模倣店の登場から1ヶ月半」
「結果的に、うちの価値が再確認できました」
アンナが分析結果を報告する。
「常連客との関係がより深まりました」
「サービス品質も向上しました」
ミアちゃんが追加する。
「競合への対応も学べました」
ロウも成長を実感している。
「ピンチがチャンスになった好例ね」
私は満足していた。
『競合の登場を成長機会として活用』
◇◇◇
翌月、レッドクリフ村の店から嬉しい報告があった。
「おかげさまで、少しずつ客足が戻ってきました」
例の店主が挨拶に来てくれた。
「アドバイス通り、サービス向上に力を入れたら...」
「それは良かったです」
「まだまだですが、お客様から『ありがとう』と言ってもらえるようになりました」
彼の表情が明るくなっていた。
「これからもお互い頑張りましょう」
「はい!ライバルとして、切磋琢磨していきましょう」
『健全な競争関係の確立』
模倣店との関係も、敵対から協力へと変化していた。
競合の登場は、最初は脅威に見えたが、結果的には成長の機会となった。
価格競争ではなく価値競争を選んだことで、より強固な経営基盤を築くことができた。
そして、業界全体の発展にも貢献できた。
『真似されるほどの価値を作り上げた』
追放された王女は、競合との向き合い方も学んだのだった。
模倣されることを誇りとし、競争を成長の糧とする。
それこそが、真のリーダーの姿勢なのかもしれない。