第18話 人手が足りない!
夜祭りから1週間。
「リリアーナ様、おにぎり3つ! それから会計をお願いします!」
「待って、今スープを盛ってる! アンナ、棚の補充は!?」
「在庫表と予約票を同時に処理しております!」
「ミアちゃん、肉まんを――」
「お客様をご案内中です!」
チリン、チリン、と会計の鐘が鳴る。
店内には、常に8人から10人。
祭りで店を知った新しいお客様が次々に来てくださり、売上は上向き、棚は空き、私たちの足は床を滑る勢いで動いていた。
祭りの効果、ありすぎ!
嬉しい。ものすごく嬉しい。
ただし、嬉しい悲鳴という言葉が、本当に「ひぃぃ!」と悲鳴を上げる忙しさだとは聞いていない!
「少々お待ちください!」
ミアが会計台のアンナへ釣り銭を渡し、そのまま倉庫へ走ろうとした。
「店内は走らない!」
「はい! でも歩いたら肉まんが間に合いません!」
「気持ちは分かるけど、転んだら肉まんより大惨事よ!」
アンナが会計を離れれば列が止まり、私が炉を離れればスープが止まる。
ミアは案内、補充、清掃、注文札を1人で抱え、見事なくらい目が回っている。
「元王女には、腕を増やす隠し能力がないのですか!?」
「ないわよ! あったら追放初日に使ってる!」
「4本あれば会計と品出しを同時にできます!」
「6本なら、おにぎりまで握れるわね……」
「リリアーナ様。真剣に検討なさらないでくださいませ」
アンナの低い声で、危うく始まりかけた多腕店主計画がスン……と消えた。
お客様は怒鳴らず待ってくれた。
それでも、温かいスープは渡す頃には少し冷め、旅人への商品説明も十分にできなかった。
午前4時に閉店した瞬間、3人とも椅子へ沈み込む。
「3人いるのに、どうして2人で回している気分になるのかしら……」
私が会計台へ頬をつけると、アンナは疲れた手で帳面を開いた。
「1人は厨房、1人は会計。残る1人が案内、補充、清掃、休憩対応を担っています。誰かが休めば、店頭は実質2人です」
ミアは16歳だ。
普段は夕方の仕込みから午前0時まで。混雑が予想される日だけ、父親のロバートさんの同意と翌朝の休みを条件に、午前2時まで残る。
一般営業の後半は、私とアンナの2人になる夜が多い。
「売上は増えました。でも、待ち時間も勤務時間も増えています」
「このままなら、商品か接客か、誰かの身体が壊れるわね」
口にした途端、さっきまで浮かれていた胸がズキリと痛んだ。
せっかく店を知ってくれた人を待たせ、仲間を疲れ切らせる。
忙しさを人気の証拠として自慢している場合ではない。
「人を募集しましょう。腕を生やすより、ずっと現実的に」
「少し残念です」
「ミアちゃん、6本腕を諦めて!?」
◇◇◇
翌朝、私たちは募集札を作った。
「『頼れるアルバイト求む!』でどうかしら」
「アルバイト、とは何でしょう」
アンナの問いで筆が止まる。
「短い時間で働く店員……前世では通じたのに!」
「この村で分かる言葉にしてください」
「はい……」
募集札には『夜間店員1名』と書き直した。
主な仕事は、接客、調理補助、清掃、在庫確認、荷運び。
接客・調理経験者は歓迎するが、未経験でも研修する。
近隣在住、夜間勤務が可能、無理な重量を2人で運べること。
武器を持つ客への安全規則、緊急時の退避訓練、夜間手当、休憩、週の勤務上限、有給の試用期間も記す。
「勤務時間は、午後8時から午前2時の仕込みと前半、または午前0時から午前5時の営業と片づけ。どちらかを事前に決める、と」
「店は午前0時から4時ですから、8時間通しで立たせる必要はありません」
夜勤できる人が欲しいからと、毎回夜を丸ごと差し出せとは言えない。
「『体力に自信のある方』は残しますか?」
ミアが首を傾げる。
「力だけで採用すると、全部その人へ押しつけたくなるわ。『重い物を無理に1人で持たない方』にしましょう」
「力持ちを募集するのに、持たない人を募集するんですか?」
「力持ちほど『これくらい平気』で腰を壊すの。長く働いてもらう方が大事よ」
「なるほど……力自慢禁止ではなく、無茶自慢禁止ですね!」
「それ、分かりやすいわね。札の下へ小さく書きましょう」
募集札は村の掲示板へ貼り、ガレオ村長と冒険者ギルドにも知らせた。
最初の応募者が来たのは、その日の午後だった。
コンコン、と遠慮がちな音がして、背の高い青年が扉から顔を出す。
「あの……店員の募集を見ました。ロウと申します」
18歳ほど。体格はよいが、書類を持つ手が緊張で何度も位置を変えている。
「ご応募ありがとうございます。今日は面接だけです。採用は、仕事と条件をお互いに確認してから決めます」
「はい!」
バァン! と元気な返事が店内へ響いた。
屋根裏で猫が何かへぶつかり、ガタッと音を立てる。
「まず、声を半分くらいにしましょうか」
「……はい」
「今度は小さすぎるわね!?」
緊張したロウの耳が、見る見る赤くなった。
◇◇◇
「これまでの仕事を教えてください」
「最近まで、冒険者をしていました」
冒険者。
体力、夜警、旅人の気持ちが分かる。店との相性はよさそうだ。
だが、期待だけで採用を決めてはいけない。
「辞めた理由を聞いても?」
ロウの視線が膝へ落ちた。
「魔物へ剣を向けると、ためらってしまうからです」
「怖かったのですか」
「それもあります。でも……魔物も生きてるって考えると、手が止まってしまって」
けれど、これは「優しい青年」の一言で終わる話ではない。ロウの握った拳は白くなっていた。
「僕が止まったせいで、仲間が代わりに前へ出ました。腕を怪我させました」
「それで、冒険者を辞めたのですね」
「はい。人助けがしたいって言いながら、戦う覚悟もないまま討伐へ入った。優しいんじゃなくて、準備不足でした」
言葉の最後が、悔しそうに震える。
「怪我をした方へは?」
「謝りました。治療費の一部も払いました。でも、『もう気にするな』とは言ってもらえませんでした。当然です」
ロウは自分の失敗を、美しい優しさへ飾り直さなかった。
「ギルドの相談員と話して、戦闘依頼を受けないと決めました。仲間にも、戦わない仕事へ移ると伝えました」
「何と言われましたか」
「『次の仲間を危険にしないなら、それでいい。優しい奴だったことにして逃げるな』と」
厳しい言葉だ。
ロウは唇を噛み、膝の上で拳を開いた。
「許してもらったとは思ってません。だから、戦えなかった分まで、この店で褒めてもらおうとも思ってません」
「それでも、この店を選んだ理由は?」
「人の役に立ちたい気持ちは、まだ捨てられないからです」
顔を上げた目には、怖さと、どうしても諦めきれない願いが同居していた。
「剣を振る以外にも、荷物を運ぶ、夜に起きている、困っている人へ必要な物を渡す仕事がある。この店を見て、それなら僕にもできるかもしれないと思いました」
「夜警や荷運びは任されていましたか」
「はい。戦闘以外なら、時間を守ることと、荷を数えることは信頼されていました」
心の中で『採用したい』が勢いよく立ち上がる。
でも、座れ。まだ早い。
人手不足の店主は、応募者が光って見える危険な状態なのだ。
「ロウさんの許可をいただけるなら、冒険者ギルドへ勤務照会を出します」
「お願いします」
「返事を確認してから、勤務条件と試用期間をご相談します。今日は即決しません」
一瞬だけ、ロウの顔へ落胆が走った。
「……分かりました」
「疑っているのではありません。あなたを急かして、こちらの都合だけで契約したくないんです」
「はい。待ちます」
ギルドの返答には、戦闘評価は低いが、夜警、時間厳守、荷の管理は信頼できるとあった。
怪我の後始末から逃げず、自ら非戦闘職への変更を申し出たことも確認できた。
◇◇◇
翌日、ロウへ勤務時間、休憩、賃金、夜間手当、試用期間、安全規則、退職方法を説明した。
「試用の1週間も、賃金は同じです」
「できない仕事が多いのに、ですか?」
「教える責任は店にあります。働いた時間まで安くはなりません」
「僕が店に合わなかったら?」
「理由を説明し、契約に従って終了します。ロウさんから辞めることもできます」
「採用されたら、何があっても続けるものだと思ってました」
「逃げたくなった瞬間に放り出すのは困る。でも、合わない仕事から安全に離れる道は、最初から決めておきましょう」
ロウは契約書を最後まで読み、署名した。
「では、有給の試用採用です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
また大声が店内を突き抜ける。
「声、半分!」
「ありがとうございます」
「今度は4分の1! その中間!」
「よ、よろしくお願いします」
「はい。ちょうどいいです!」
横で見ていたミアが、なぜか誇らしげに頷いた。
「私が接客の先輩です。分からないことは何でも聞いてください!」
「ミアさん、お願いします!」
「声!」
「す、すみません!」
先輩の最初の仕事は、音量調整になった。
◇◇◇
研修は、陳列と在庫の確認から始めた。
「新しい商品は奥、期限の近い商品は手前。ただし、見た目ではなく日付を読むこと」
「はい」
「清掃用の布と、調理台の布は色を分けます。混ぜたら?」
「洗い直します」
「正解です!」
ミアが嬉しそうに丸をつける。
ロウは教わったことを、小さな帳面へ1つずつ書いた。
「次は米袋を、こちらへお願いします」
「任せてください!」
ロウは、これまで2人がかりだった袋をヒョイッと肩へ担いだ。
「すごい! 軽そうです!」
「全然平気っす!」
「待って、下ろして!」
私の声に、ロウがきょとんとする。
「持てていますけど?」
「今日持てても、毎日それを続けて腰を痛めたら困るの。膝を曲げ、身体へ近づけて持つ。重すぎる物は2人で運ぶ」
「でも、力仕事のために採用してもらったんじゃ……」
「あなたを使い潰すために採用したのではありません!」
思わず声が強くなった。
ロウの目が丸くなる。
役に立たなければ居場所を失う。そんな焦りを、私はよく知っている。
「無理を隠して倒れる人より、『手を貸してください』と言える人の方が、店では信頼できます」
「……はい。もう1回、持ち方を教えてください」
二人用の運搬棒と台車も試し、速さより安全な手順を覚えてもらった。
次は接客だ。
「いらっしゃいませぇぇぇ!」
ドン! と空気が揺れた。
「冒険者ギルドの点呼じゃないので、もっと柔らかく!」
「いらっしゃいませ……」
「今度は、店が潰れる直前みたいです!」
「難しいっす!」
3度目で、ようやくちょうどよい声になった。
「いらっしゃいませ。夜道、お疲れ様です」
「いいですね! 次は、お客様が何を探しているか聞きます」
「お客様、今日は寒いですね。僕、寒い日は――」
「自分の話が始まってます!」
ミアのツッコミが素早い。
「話したくなっても、まず聞くこと。会計を待つ方がいなければ、短い世間話は構いません」
「はい。話すより、聞く方を多く、っすね」
ロウは帳面へ大きな字で書いた。
◇◇◇
初勤務の夜。
開店前のロウは、会計台の前で背筋を伸ばしすぎて板のようになっていた。
「緊張します。冒険者の初依頼より緊張します」
「魔物は来ないわ。たぶん」
「たぶん!?」
「武器を持った冒険者は来るけれど、お客様よ。困ったら私たちを呼んで」
「はい。勝手に判断しません」
午前0時、扉の鈴がカランと鳴る。
最初のお客様は、常連のハンスだった。
「おや、新しい店員か?」
「はい! ロウです! まだ研修中ですが、よろしくお願いします!」
深く下げた頭が会計台へぶつかりそうになり、寸前で止まった。
「元気な若者だな」
「声は半分にしました!」
「元はどれだけ大きかったんだ?」
ハンスが笑い、ロウの肩から少し力が抜けた。
「いつものスープと、小さな塩むすびを」
「はい。25銅貨です」
「50銅貨で」
ロウは受け取った硬貨を会計台へ置き、指で確かめる。
「50銅貨、お預かりします。お返しは……25銅貨です。お確かめください」
「合ってる。ありがとう」
「ありがとうございました。またお越しください!」
最初の会計を終えた手は、米袋を持った時より震えていた。
「力仕事より疲れるっす……」
「お金と、お客様の時間を預かるからね」
その後、塩の場所を忘れ、包み紙を2枚重ね、天気の話を長く続けて列を1人増やした。
「あっ、すみません! 僕、また喋りすぎました!」
「自分で気づけたなら、次は止められます。後ろを見る癖をつけましょう」
「はい!」
失敗はした。
けれど、分からないことを勝手に決めず、必ず尋ねた。
同じ失敗を繰り返さないよう、空いた時間に帳面へ書く。
不器用でも、前へ進もうとする足音は聞こえた。
◇◇◇
午前2時、ロウは交代休憩へ入った。
「初日は、どうだった?」
「楽しいです。でも、冒険者の夜警より見る物が多いっす」
「人、商品、硬貨、火、時間。全部を1人で見ないために仲間がいるのよ」
「冒険者の時は、自分が戦えないから、1人前じゃないと思ってました」
ロウは湯気の薄くなった茶を見つめる。
「ここでも、できないことばかりです。会計では手が震えるし、塩も見失うし……あんなに目立つ棚なのに。悔しいっす」
「でも、できないと分かったら聞けたでしょう?」
「はい。米袋を運んだら、ミアさんが助かったと言ってくれました」
「店の1人前は、何でも1人でできる人ではないわ。自分でやることと、誰かへ渡すことを判断できる人よ」
「人に任せても、逃げたことにはならないですか」
「責任ごと放り投げたら逃げ。でも、安全な相手へ引き継ぎ、最後を確認したら連携よ」
謁見の間では、私は何でも1人で証明しようとした。
今は、できないことを渡し合う方が、仕事は強くなると知っている。
「焦らなくていいわ。明日も、同じ時間に来られる働き方を覚えましょう」
「はい。明日も来たいっす」
少し照れた笑顔に、私は頷いた。
◇◇◇
1週間後、ロウは陳列、清掃、会計、簡単な温めを担当できるようになった。
私たちは4人の勤務表を作り直した。
ミアは基本的に仕込みと午前0時まで。
本人とロバートさんが希望し、翌朝を休める日に限り、週1回だけ午前2時まで。
午前0時から4時の営業中は、成人の私、アンナ、ロウから2人以上が必ず店内にいる。
準備、営業、片づけを短時間へ分け、誰か1人が毎晩すべてを背負わない。
「これで4人のチームですね!」
ミアが勤務表を見上げる。
「4人になったから、4人分まで仕事を増やすのではないわ。皆が倒れず続けるための1人よ」
「休憩していい時間が、最初から書いてあります」
ロウが自分の欄を指さした。
「その時間になったら、混んでいても引き継ぐの。休憩を取る判断まで仕事です」
実際、待ち時間が短くなり、休憩も予定どおり取れるようになった。
ロウは元冒険者の経験も生かし始める。
「急いで出発するんですが、保存食と水をください」
旅人に日数と、宿で用意済みの食事を尋ねる。
「1日分なら、こちらで足ります。水袋は満杯にすると重いので、途中の水場を地図で確かめてください」
「余分に売らないのか?」
「重すぎる荷物は、それ自体が危険になるっす。足りない分は売ります。でも、使わない重さまで背負わせたくないんで」
少し言葉に詰まりながらも、旅人の足取りを考えた案内だった。
別のお客様が、ギルド管理の密封回復薬を持ち上げる。
「これ、腹痛にも効くのか?」
ロウの口が開きかけ、ピタリと止まった。
「僕は冒険者の時に使いました。でも、同じ症状か分かりません。封の表示を読み、診療所かギルドの治療師へ確認してください」
「今すぐ分からないか?」
「診療所への伝令なら手伝えます。僕の経験で、お客様の身体を決めたくないっす」
お客様は薬を棚へ戻し、診療所への連絡を選んだ。
「よく、途中で止まれたわね」
「『俺は使ったことがある』って言いそうになりました。でも、それで大丈夫とは限らないっすよね」
「ええ。その判断ができれば十分よ」
成長とは、たくさん答えられることだけではない。
言ってはいけない時に、止まれることでもある。
◇◇◇
1か月後。
ロウは、店の戦力としてすっかり定着していた。
会計はミアほど速くない。
商品説明で言葉に詰まることもある。
それでも、重い荷物の危険に先に気づき、疲れたお客様へ休める場所を案内し、店員が無理をしていれば交代を申し出る。
「僕、本当に役に立てていますか」
閉店後、ロウがためらいがちに尋ねた。
「どうして、そう思うの?」
「ミアさんみたいに、顔と好みをすぐ覚えられません。接客も遅いし、言葉も詰まります。冒険者の時みたいに、また足を引っ張ってないかって……」
「ミアちゃんには、顔と好みを覚える得意がある。ロウには、荷の重さと、人が無理をしている顔へ気づける得意があるわ」
「戦えなくても?」
「ここは戦う場所ではないもの。それに、優しいだけで採用したわけでもない」
ロウが少し身を固くする。
「失敗を認めた。照会から逃げなかった。手順を覚え、分からない時は止まった。その全部を見て、今ここにいてほしいと思っているの」
「……はい」
返事は小さかったが、今度は弱々しくなかった。
人を1人増やしたことで、店は多く売れるようになった。
でも、いちばん大きな変化は、誰かが休んでも店と暮らしが壊れなくなったことだ。
「では明日、私は休みます!」
試すように宣言すると、ミアがすぐ頷いた。
「はい。仕込み表は受け取りました!」
「重い荷物は、無理せず2人で運びます」
ロウも胸を張る。
アンナは、すでに私の予定表へ大きく『休日』と書いていた。
「……本当に、休んでいいの?」
「休める店をお作りになったのは、リリアーナ様です」
嬉しい。
頼もしい。
ちょっと寂しい。
そして翌日。
気になって店の前を3度うろついた私は、アンナに見つかり、襟首をつかまれる勢いで家へ連れ戻された。
「様子を見に来ただけよ!」
「1度目も2度目も、そうおっしゃいました」
「3度目は、散歩!」
「同じ場所を往復する散歩はおやめください」
休む技術だけは、店主にも追加研修が必要だった。




