第18話 人手が足りない!
夜祭りの成功から1週間。
その効果は予想以上に長続きしていた。
「リリアーナ様、今夜も満席状態です」
ミアちゃんが息を切らして報告してくれる。
店内を見回すと、確かに常時8〜10人の客がいる状況が続いている。
「売上は嬉しいけれど...」
私は正直に問題を口にした。
「もう2人じゃ回らない!」
これは嬉しい悲鳴だが、深刻な問題でもあった。
ミアちゃんは接客と会計、私は調理と在庫管理...
役割分担は明確だが、絶対的に人数が足りない。
「お客様をお待たせしてしまうことも増えました」
アンナが心配そうに言う。
「このままでは、サービスの質が下がってしまいます」
『人材確保が急務ね』
◇◇◇
翌朝、私は重い腰を上げて人材募集を決意した。
「頼れるアルバイト求む」
村の掲示板に募集の貼り紙を出す。
条件は以下の通り:
・夜勤勤務可能(午後10時〜午前6時)
・接客または調理経験者優遇
・体力に自信のある方
・村民または近隣在住者
「これで応募者が来てくれるかしら?」
夜勤という条件がネックになりそうだが、やってみるしかない。
◇◇◇
午後になって、早速一人目の応募者がやってきた。
「あのー、アルバイトの件で...」
扉を開けて入ってきたのは、十八歳くらいの青年だった。
背が高くて体格も良い。でも、なぜか人懐っこい雰囲気がある。
「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
「えーっと...ロウと申します」
彼が少し緊張しながら自己紹介する。
「よろしくお願いします。リリアーナです」
私は彼を店内の休憩スペースに案内した。
「まず、簡単な面接をさせていただきますね」
「はい!」
ロウが元気よく答える。なかなか好印象だ。
◇◇◇
「これまでの職歴を教えてください」
「はい。つい最近まで冒険者をやっていました」
『冒険者!』
私は興味を持った。冒険者なら体力も精神力もありそうだ。
「冒険者をやめた理由は?」
「えーっと...」ロウが少し困ったような表情になる。
「人助けがしたくて冒険者になったんですが...でも戦闘は向いてなくて」
「戦闘が向いてない?」
「はい。モンスターと戦うとき、『この子も生きてるんだな』って思っちゃって」
ロウが真面目な顔で説明する。
「それで攻撃が手ぬるくなって、いつもパーティーの足を引っ張ってしまって」
『なんて優しい子なの』
戦闘に向いていないのは冒険者としては致命的だが、人としては素晴らしい。
◇◇◇
「それで、どうして接客業に?」
「人助けがしたいのは変わらないんです」
ロウが目を輝かせる。
「でも戦闘以外の方法で。お店で働いて、お客さんに喜んでもらえたら嬉しいなって」
『この純粋さ...採用決定ね』
私は心の中で決めていた。
「体力には自信がありますか?」
「はい!力仕事なら任せてください!」
ロウが力こぶを作って見せる。確かに筋肉質だ。
「接客経験は?」
「ありません...でも、一生懸命覚えます!」
「夜勤は大丈夫?」
「はい!冒険者の時も夜中の見張りとかやってましたから」
『完璧じゃない』
◇◇◇
「では、採用させていただきます」
「本当ですか!やったー!」
ロウが飛び跳ねて喜んでいる。
「ただし」私は条件を付けた。
「最初は研修期間として、しっかりと仕事を覚えていただきます」
「はい!頑張ります!」
「優しい心の持ち主なら大歓迎です」
「ありがとうございます!」
ロウの笑顔が店内を明るくしている。
『この子なら、きっとお客さんにも愛されるわ』
◇◇◇
早速、ロウの研修を開始した。
「まずは基本的な業務から覚えましょう」
「はい!」
「商品の陳列、在庫の確認、清掃...」
一つ一つ説明していくと、ロウが真剣にメモを取っている。
「重い荷物の運搬もお願いします」
「任せてください!」
実際にやってもらうと...
「うわぁ、すごい!」ミアちゃんが驚いている。
ロウが、これまで二人がかりで運んでいた米袋を一人で軽々と運んでいる。
「重い荷物も楽々運搬じゃない!」
私も感心した。これで力仕事の負担が大幅に軽減される。
◇◇◇
次は接客の研修。
「基本的な挨拶から始めましょう」
「はい!いらっしゃいませー!」
ロウの挨拶は元気すぎるくらい元気だった。
「もう少し落ち着いて」ミアちゃんが指導する。
「いらっしゃいませ」
「そうそう、その調子です」
でも、どこか天然な雰囲気が抜けない。
「お客様、今日は寒いですね」
急に関係ない話を始める。
「えーっと、ロウくん」私が注意する。
「接客では、まず商品のご案内を」
「あ、そうでした!すみません!」
『天然だけど、悪い子じゃない』
◇◇◇
その夜、ロウの初実戦デビュー。
「緊張しますが、頑張ります!」
「大丈夫よ。私たちがついてるから」
最初の客は常連のハンスだった。
「おや、新しいスタッフか?」
「はい!ロウです!よろしくお願いします!」
ロウが深々とお辞儀する。
「元気な子だな」ハンスが微笑む。
「この子、なんか和むわ」
『客ウケも良さそう』
ロウの天然な接客が、逆に客に好評だった。
◇◇◇
「ロウくん、スープの準備お願いします」
「はい!」
ロウが厨房に向かう。
しばらくして...
「あれ?塩はどこだっけ?」
「右の棚です」ミアちゃんが教える。
「ありがとうございます!」
少し手間取るが、一生懸命やっている。
「ロウくん、お客様のお会計お願いします」
「はい!えーっと...25銅貨ですね」
「50銅貨お預かりして...」
「お釣りは...25銅貨です!」
計算は正確だが、なぜか自信なさげ。
「ありがとうございました!また来てくださいね!」
でも、最後の挨拶は心から出ている。
◇◇◇
午前2時頃、客足が落ち着いたタイミングで休憩。
「ロウくん、初日はどうだった?」
「楽しいです!お客さんと話すのって、こんなに楽しいんですね」
ロウが目を輝かせている。
「冒険者の時は、モンスターとしか話さなかったから」
『モンスターと話してたの?』
私は思わずツッコミたくなったが、我慢した。
「でも」ロウが続ける。
「まだまだ覚えることがたくさんありますね」
「そうね。でも焦らず、一つずつ覚えていけば大丈夫」
「はい!頑張ります!」
『この子の前向きさ、見習いたいわ』
◇◇◇
1週間後、ロウもすっかり戦力になっていた。
「シフト制を導入しましょう」
私は労働環境の改善を提案した。
「リリアーナ様とロウくんが前半、私とアンナさんが後半」
ミアちゃんが案を出してくれる。
「それとも、日替わりで組み合わせを変える?」
「まずは固定シフトで慣れてから、フレキシブルにしていきましょう」
これで、一人一人の負担が大幅に軽減される。
「これで余裕を持って営業できるわね」
『3人体制の威力』
◇◇◇
シフト制導入後の初夜。
「今夜は前半組ですね」
ロウが張り切っている。
「はい。よろしくお願いします」
私も気分が軽やかだ。
営業開始から2時間、客の対応もスムーズだった。
「ロウくん、手際が良くなったわね」
「ありがとうございます!毎日少しずつ覚えてます」
彼の成長は目覚ましい。
「特に力仕事は、本当に助かってるわ」
「えへへ、それなら良かったです」
ロウが照れ笑いする。
◇◇◇
客との会話も、だんだんこなれてきた。
「ロウくん、今夜も元気だね」
常連のベルトが話しかける。
「はい!元気が取り柄です!」
「そういえば、元冒険者だって聞いたけど」
「はい。でも戦闘は苦手でした」
ロウが苦笑いする。
「そうなのか。でも、その優しさがここでは活かされてるよ」
「ありがとうございます!」
『客からも認められてる』
◇◇◇
午前4時、後半組にバトンタッチ。
「お疲れ様でした」
ミアちゃんとアンナが引き継ぎに来る。
「お疲れ様。今夜は順調でした」
「ロウくんも慣れてきましたね」
「はい。でも、まだまだ勉強中です」
ロウが謙虚に答える。
「みんなで頑張りましょう!」
私は3人に声をかけた。
『チームワークも良好』
◇◇◇
翌朝、3人体制での効果を確認した。
「効率が大幅に向上しましたね」
アンナが分析結果を報告してくれる。
「お客様の待ち時間も短縮されました」
「スタッフの負担も軽減されて、余裕が生まれました」
ミアちゃんも満足そうだ。
「ロウくんがいてくれると、重い作業が楽になりました」
「それに」私が追加する。
「彼の天然な接客が、意外に客ウケが良いのよ」
「確かに!癒し系ですよね」
ミアちゃんが同意してくれる。
『個性的なスタッフの価値』
◇◇◇
午後、ロウが質問してきた。
「リリアーナさん、僕でも本当に役に立ててますか?」
「もちろんよ。なぜそんなことを?」
「接客が、まだまだ下手で...」
ロウが不安そうに言う。
「ミアちゃんみたいに、スムーズにできなくて」
「ロウくんには、ロウくんの良さがあるのよ」
私は彼を励ました。
「お客さんも『癒される』って言ってくれてるでしょう?」
「そうですかね?」
「ええ。技術だけが接客じゃないの。心がこもっていることが一番大切」
ロウの表情が明るくなった。
「ありがとうございます!もっと頑張ります!」
◇◇◇
その夜、ロウの成長を実感する出来事があった。
「すみません、急いでるんですが...」
慌てた様子の客が来店した。
「はい!何かお急ぎでしょうか?」
ロウが素早く対応する。
「旅立ちの準備で、保存食と水を...」
「かしこまりました!冒険者さんですね?」
ロウが経験を活かして提案する。
「でしたら、こちらのセットがおすすめです」
「おお、ちょうど良い!」
客が満足してくれた。
『経験を活かした接客』
◇◇◇
その後も、ロウならではの接客が続いた。
「このお薬、効きますかね?」
体調不良の客が相談してくる。
「僕も冒険者の時に使ってました。よく効きますよ」
「そうですか、ありがとう」
実体験に基づく説明は説得力がある。
「重い荷物、持ちましょうか?」
高齢の客に自然に手を差し伸べる。
「ありがとう、助かります」
『自然な気遣いができてる』
◇◇◇
1ヶ月後、ロウは完全に戦力として定着していた。
「ロウくん、本当に成長したわね」
「ありがとうございます!でも、まだまだです」
謙虚さも失っていない。
「3人体制になって、本当に良かったです」
ミアちゃんも満足している。
「お客さんからの評判も上々ですしね」
「『あの天然な子、面白いね』って言われます」
ロウが苦笑いする。
「天然は褒め言葉よ」
私は彼を励ました。
『個性を活かした接客』
◇◇◇
営業終了後、3人でのミーティング。
「今月の売上も好調でした」
「人手不足が解消されて、サービスの質も向上しました」
「チームワークも良好ですね」
すべてが順調に進んでいる。
「でも」私は注意を促した。
「油断は禁物よ。常にお客様第一で」
「はい!」
ミアちゃんとロウが同時に答える。
『頼もしいスタッフたち』
人手不足という問題が、チーム拡大という成果につながった。
そして、それぞれの個性を活かした接客で、店の魅力もさらに向上した。
『人材こそが最大の財産』
追放された王女は、人事管理の重要性を学んだのだった。
そして、優秀なスタッフに支えられて、事業はさらなる発展を遂げていく。
ロウという新しい仲間を得て、店は新たな段階に入ったのである。