第14話 仕入れ遅延を創作で救う
朝から空模様が怪しかった。
重い雲が空を覆い、時折雷鳴が響いている。
「これは...物流が止まりそうね」
私は窓の外を見ながら、経営者の勘が働くのを感じていた。
前世のコンビニでも、悪天候は最大の敵だった。配送が止まれば、商品が入荷しない。商品がなければ、営業ができない。
「リリアーナ様、すごい雨になってきました」
アンナが心配そうに報告してくれる。
外では本格的な豪雨が始まっていた。
『やっぱり来たわね』
こういう日は、必ず何かトラブルが起こる。
「今日の仕入れ予定を確認しましょう」
私は帳簿を開いて、今日の配送予定をチェックした。
おにぎり用の米、肉まん用の小麦粉、スープ用の野菜...
夜営業に必要な食材の大部分が、午後の配送予定に入っている。
『これが来ないと、今夜の営業が成り立たない』
◇◇◇
午後2時頃、予想通りの連絡が入った。
「リリアーナさん、申し訳ありません」
仕入れ業者のゼルドが、伝令札で連絡してきた。
「豪雨で街道が使えません。今日の配送は不可能です」
『やっぱり』
私は覚悟していたが、実際に言われるとショックは大きい。
「明日の朝一番には必ず配送しますが...」
「分かりました。仕方ありませんね」
私は冷静に対応したが、内心は焦っていた。
『今夜の営業、どうしよう...』
在庫を確認してみると、絶望的だった。
おにぎり用の米:残り3合
肉まん用の小麦粉:残りわずか
スープ用の野菜:ほとんどなし
これでは、いつもの半分の客も対応できない。
◇◇◇
「どうしましょう?」ミアちゃんが心配そうに聞く。
「今夜の営業、休んだ方がいいでしょうか?」
「休業?」
その選択肢も頭をよぎった。でも...
『常連のお客さんが困るわ』
ハンスやベルト、ディランたち...みんな今夜の営業を楽しみにしている。
「休業は最後の手段よ。まずは、何とかして営業する方法を考えましょう」
私は在庫の材料を改めて確認した。
「お米3合、野菜の切れ端、調味料各種...」
絶望的に少ない材料だが、何か作れるものはないだろうか。
『前世の知識を総動員して...』
そのとき、ひらめいた。
「炊き込み粥を作ってみよう!」
◇◇◇
「炊き込み粥?」ミアちゃんが首をかしげる。
「そう。お米を多めの水で炊いて、野菜と一緒に煮込むの」
私は前世の記憶を頼りに、レシピを組み立てていく。
「お粥なら少ない米でもたくさん作れるし、野菜の切れ端も有効活用できる」
「なるほど!」
「それに、体も温まるから夜勤の人にはぴったりよ」
私は早速、試作に取り掛かった。
米を洗って、いつもの倍の水で炊き始める。
野菜の切れ端を細かく刻んで、調味料で味付け。
「香りがいいですね」アンナが感心している。
「出汁の代わりに、野菜の旨味を活かすの」
前世で食べた中華粥の記憶を頼りに、味を調整していく。
「塩加減、野菜の食感、米の柔らかさ...」
すべてのバランスを取るのが難しいが、徐々に理想の味に近づいていく。
◇◇◇
1時間後、試作品が完成した。
「できました!」
湯気の立つ炊き込み粥を、みんなで試食してみる。
「これ、美味しい!」ミアちゃんが驚く。
「体も温まるし、満腹感もある」
アンナも絶賛してくれる。
「普通のお粥とは全然違いますね」
「野菜の甘みとお米の旨味が絶妙に合ってる」
『成功よ!』
私も一口食べて、手応えを感じた。
これなら、メイン商品として十分通用する。
「新メニューですね!わくわくします!」
ミアちゃんが興奮している。
「ピンチがチャンスに変わったかも」
『そうね。災い転じて福となす』
緊急事態が、新商品開発のきっかけになった。
◇◇◇
夜営業の準備を進めながら、新メニューの詳細を詰めていく。
「炊き込み粥、何杯分作れるかしら?」
材料を計算してみると、20杯分は作れそうだ。
「価格設定は?」
「普通のスープと同じ20銅貨でいいでしょう」
「量的にも、栄養的にも、十分な価値があるわ」
それ以外にも、残り少ない材料で何品か作れるものを準備した。
簡単なおにぎり、野菜スティック、お茶...
品数は少ないが、質では負けない自信があった。
「お客さんの反応が楽しみですね」
ミアちゃんがわくわくしている。
「そうね。でも、事情の説明はしっかりとしないと」
豪雨で仕入れが遅れたこと、代替メニューであることを正直に話そう。
◇◇◇
午前0時、いつものように開店。
常連のハンスが一番乗りだった。
「よう、今夜もよろしく」
「いらっしゃいませ。今日は特別メニューがあります」
「特別メニュー?」
ハンスが興味深そうに聞く。
「実は、豪雨で仕入れが遅れまして...」
事情を正直に説明すると、ハンスが理解を示してくれた。
「そりゃあ仕方ないな。で、特別メニューって?」
「炊き込み粥です。手持ちの材料で心を込めて作りました」
湯気の立つ炊き込み粥を見せると、ハンスの目が輝いた。
「おお、これは美味そうだ」
「試してみますか?」
「ぜひ頼む」
ハンスが一口食べて...
「なんじゃこりゃ、美味い!」
予想以上の反応だった。
◇◇◇
「このお粥、普通のスープより満足感があるな」
ハンスが感動している。
「野菜の甘みが米に染み込んで、深い味になってる」
「ありがとうございます」
「これ、レギュラーメニューにしてくれよ」
『レギュラーメニュー!?』
緊急対応で作ったものが、そこまで評価されるとは。
続いてベルトが来店。
「今夜もお疲れ様」
「特別メニューがあるって聞いたが?」
ハンスが興奮して説明してくれる。
「この炊き込み粥が絶品なんだ」
「そんなに?じゃあ俺も試してみる」
ベルトも一口食べて驚愕。
「これは...体の芯から温まる」
「夜勤にはぴったりだな」
二人とも大満足してくれた。
◇◇◇
午前1時頃、冒険者のディランも来店。
「今夜は何か違うな。いい匂いがする」
「特別メニューの炊き込み粥です」
事情を説明すると、ディランも理解してくれた。
「ピンチをチャンスに変えたのか。さすがだな」
一口食べて...
「これは...冒険中の野営飯とは雲泥の差だ」
「こんなに美味しいお粥があるなんて」
ディランも絶賛してくれる。
「明日、仲間に自慢してやろう」
『口コミ効果も期待できそう』
緊急事態が、逆に宣伝機会になった。
「それにしても」ディランが続ける。
「君たちの創造力には脱帽だ」
「限られた材料で、これだけの料理を作るなんて」
『創造力...確かにそうかも』
前世の知識と、この世界の材料を組み合わせた結果だ。
◇◇◇
その夜、炊き込み粥は20杯すべて完売した。
「すごい人気でしたね」ミアちゃんが興奮している。
「想像以上の反響だったわ」
実際、お客さんの満足度は普段以上だった。
「新しい味に感動したって声がたくさん」
「体が温まるって喜んでもらえて」
緊急対応のつもりだったが、結果的に大成功だった。
「明日も作ってください」
「レギュラーメニューにしてください」
そんな要望もたくさんいただいた。
『これは新定番メニューになりそうね』
営業終了後、今夜の結果を振り返った。
「売上も、普段と変わらなかった」
「商品数は少なかったのに、単価が高かったからですね」
炊き込み粥の満足度が高くて、お客さんがより多く購入してくれた。
『ピンチが本当にチャンスになった』
◇◇◇
翌朝、ゼルドが謝罪に来てくれた。
「昨夜は申し訳ありませんでした」
「いえいえ、自然災害ですから仕方ありません」
「営業は大丈夫でしたか?」
「実は、特別メニューを作って対応しました」
炊き込み粥の話をすると、ゼルドが感心した。
「素晴らしい対応ですね」
「ピンチをチャンスに変えるとは」
「おかげで新しいメニューが生まれました」
私は前向きに捉えていた。
「実は」ゼルドが続ける。
「他の店主たちが興味を持っています」
「他の店主?」
「『あの店はどんな困難も乗り越える』って評判になってるんです」
『評判?』
思わぬ副次効果だった。
◇◇◇
午後、常連のハンスが昼間にも関わらず来店した。
「あの炊き込み粥、今夜もあるか?」
「はい、今夜もご用意します」
「よかった。実は同僚に話したら、みんな食べたがってるんだ」
「そうなんですか?」
「『夜勤にぴったりの料理がある』って」
ハンスが興奮して説明してくれる。
「衛兵詰所で話題沸騰だよ」
『衛兵詰所で話題!』
これは予想以上の拡散効果だ。
「今夜は混雑しそうですね」
ミアちゃんが嬉しそうに言う。
「そうね。たくさん準備しましょう」
『新名物の誕生ね』
◇◇◇
夕方、冒険者の宿『銀の狼』のウォルターがやってきた。
「リリアーナさん、すごい評判ですね」
「ウォルターさん、どういうことですか?」
「昨夜泊まった冒険者が、『あの店の粥は絶品だ』って大絶賛してまして」
「そうなんですか」
「それで、今夜宿泊の冒険者たちも『ぜひ食べに行きたい』と」
ウォルターが続ける。
「冒険者酒場でも話題になってるそうです」
『冒険者酒場で話題!』
口コミがどんどん広がっている。
「『スノーベル村に行ったら、必ず食べるべき料理がある』って」
「ありがたいことです」
緊急対応で作った料理が、こんなに評価されるとは。
『創作料理の成功よ』
◇◇◇
その夜の営業は、予想以上の盛況だった。
常連客に加えて、初回客が何人も来店。
「噂の炊き込み粥を食べに来ました」
「冒険者仲間に勧められて」
「衛兵詰所で話題だったので」
口コミ効果で、新規客が次々と来店してくれる。
「今夜は30杯分準備しましたが、足りるでしょうか?」
ミアちゃんが心配している。
「大丈夫よ。お客さんの反応を見ながら調整しましょう」
結果的に、30杯すべて完売。
しかも、炊き込み粥だけでなく、他の商品の売上も上がった。
「新メニュー効果で、店全体への注目度が上がったのね」
『相乗効果を実感』
◇◇◇
営業終了後、今回の成功要因を分析した。
「なぜこんなに評価されたと思う?」
「美味しかったからでしょうか?」ミアちゃん。
「それもあるけれど、他にも理由があると思う」
私は考えをまとめる。
「限られた材料で創意工夫した点」
「ピンチをチャンスに変えた前向きさ」
「お客さんに正直に事情を説明した誠実さ」
「そして何より、諦めずに営業を続けた責任感」
これらすべてが評価されたのだと思う。
「なるほど」アンナが納得している。
「料理の技術だけでなく、姿勢も評価されたんですね」
「そういうことよ」
『これが商売の本質かもしれない』
困難な状況での対応こそが、真の実力を示すチャンス。
◇◇◇
翌日、ガレオ村長が祝福に来てくれた。
「素晴らしい対応でしたね」
「ありがとうございます」
「豪雨という災害を、新商品開発の機会に変えるとは」
村長が感心してくれる。
「しかも、その料理が村の新名物になりつつある」
「おかげさまで、予想以上の反響をいただいています」
「これで、スノーベル村の知名度も上がるでしょう」
村長が嬉しそうに言う。
「『美味しい炊き込み粥がある村』として有名になるかもしれません」
『村の知名度向上にも貢献』
個人の商売が、地域全体の発展につながっている。
「これからも、村のために頑張ってください」
「はい、必ず」
私は新たな決意を抱いた。
追放された王女は、今回の経験でまた一つ成長した。
困難を乗り越える創造力、柔軟性、そして諦めない心。
これらすべてが、成功の要因だったのだ。
そして、炊き込み粥という新メニューは、店の新定番として定着していくことになる。
ピンチをチャンスに変える発想力こそが、商売の真髄なのかもしれない。