第13話 泥棒、鳴る警報
夜営業開始から10日目の深夜。
いつものように常連客で賑わう店内で、私は売上の計算をしていた。
「今夜も順調ね」
ミアちゃんが最後の客を見送りながら報告してくれる。
「ハンスさんとベルトさんは1時に帰られて、ディランさんは2時に...」
「お疲れ様。もうすぐ閉店時間ね」
時計を見ると午前3時45分。あと15分で営業終了だ。
深夜3時を過ぎると客足はぐっと減る。この時間帯は片付けと翌日の準備の時間だった。
「今夜は何事もなく終わりそうですね」
アンナが安堵の表情を見せる。
『確かに平和な夜だった』
でも、そんな油断した瞬間だった。
『ピー!ピー!ピー!』
突然、けたたましい警報音が店内に響いた。
◇◇◇
「えっ!?」
ミアちゃんが驚いて振り返る。
「泥棒!?」
私も一瞬緊張したが、すぐに冷静さを取り戻した。
『これは警報魔法陣の音』
マーリンじいさんが設置してくれた侵入者感知システムだ。
「ミアちゃん、落ち着いて。お客さんから離れて」
店内にはまだ一人の客がいたが、その人は侵入者ではない。常連の老人客だ。
「大丈夫ですよ」私はその客に声をかけた。
「防犯システムが作動しただけです」
警報音は店の外からの侵入者を感知したことを意味している。
『システム通りに対応しよう』
私は迷わず伝令札を手に取った。
「こちら店舗、侵入者発生。至急対応を要請します」
魔力を込めて伝令札に向かって告げる。
数秒後、衛兵詰所から返信があった。
『了解。すぐに向かう』
グリム隊長の声だった。
◇◇◇
警報音は継続している。
『侵入者はまだその場にいるということね』
私は窓から外の様子を確認してみた。
店の裏手に人影が見える。黒い服を着た人物が、窓の鉄格子を調べているようだ。
「あれが侵入者?」ミアちゃんが小声で聞く。
「そうね。でも慌てる必要はないわ」
私は冷静だった。防犯システムは完璧に機能している。
警報で侵入者を牽制し、衛兵隊に通報済み。物理的な侵入も鉄格子で防いでいる。
『すべて想定内よ』
侵入者は窓の鉄格子に阻まれて、中に入れずにいるようだ。
そして警報音に慌てたのか、逃げようとしているのが見えた。
その時、街道の方から足音が響いてきた。
「衛兵隊の到着ね」
◇◇◇
衛兵隊が到着したのは、通報から5分後だった。
「リリアーナさん、大丈夫ですか!」
グリム隊長が息を切らして店に駆け込んできた。
「はい、問題ありません。侵入者は店の裏手にいます」
「5分で現着とは...さすがです」
私は衛兵隊の迅速な対応に感心した。
「警報が鳴り続けているということは、まだ近くにいるはずです」
「分かりました。すぐに確保します」
グリム隊長が部下に指示を出す。
「ハンス、ベルト、店の周囲を包囲しろ」
「はい!」
二人の衛兵が店の外に散っていく。
そして数分後...
「隊長、確保しました!」
ハンスの声が外から聞こえた。
◇◇◇
侵入者は店の裏で御用となった。
三十代くらいの痩せた男で、明らかに小物の泥棒といった風体だった。
「まだ何も盗んでないのに...」
男が情けない声で呟いている。
「侵入未遂でも立派な犯罪です」
グリム隊長が厳しく言う。
「それに、この店の防犯システムは完璧だった。何も盗めるわけがない」
『防犯システム完璧だった!』
私は内心でガッツポーズした。
警報魔法陣による早期発見、伝令札による迅速な通報、鉄格子による物理的防御...
すべてが設計通りに機能した。
「被害はありませんか?」グリム隊長が確認してくれる。
「はい。侵入すらされていませんから、被害はゼロです」
「素晴らしい」
隊長が感心している。
「君の準備の良さに脱帽だ」
◇◇◇
事件処理が終わると、村人たちが様子を見に集まってきた。
警報音で起きてしまったようだ。
「何があったんですか?」
「泥棒が入ったって聞いたけど...」
心配そうな声が上がる。
「大丈夫です」私は村人たちに説明した。
「防犯システムが正常に機能して、被害はありませんでした」
「本当ですか?」
「はい。侵入者は店に入ることすらできませんでした」
村人たちが安堵の表情を見せる。
「すごいですね、あの店は夜でも安全なのね」
「防犯システムがしっかりしてるから」
「これなら安心して夜営業を利用できるわ」
『信頼度アップにつながった』
むしろ今回の事件で、店の安全性が証明された形になった。
◇◇◇
翌朝、事件の報告書を作成していると、ガレオ村長がやってきた。
「昨夜は大変でしたね」
「おはようございます。ご心配をおかけしました」
「いえいえ、むしろ感心しています」
村長が座り込んで詳しく話を聞いてくれる。
「グリム隊長から報告を受けましたが、防犯システムが完璧に機能したそうですね」
「はい。事前の準備のおかげです」
「素晴らしい。これで村の人たちも、夜営業の安全性を実感できたでしょう」
村長が満足そうに頷く。
「実は」村長が続ける。
「今回の事件で、夜営業への反対意見が完全になくなりました」
「そうなんですか?」
「『あれだけ安全対策がしっかりしているなら安心』という声ばかりです」
『逆に信頼が高まったのね』
事件がかえって良い結果をもたらした。
◇◇◇
昼過ぎ、常連のハンスとベルトが様子を見に来てくれた。
「昨夜は驚いたよ」
「大丈夫だったか?」
二人とも心配してくれている。
「ありがとうございます。お二人のおかげで迅速に解決できました」
「俺たちは当然のことをしただけだ」ハンス。
「でもあの警報システム、すごいな」ベルト。
「瞬時に侵入者を感知して、俺たちに連絡が来た」
「これなら、どんな悪党が来ても大丈夫だ」
二人とも感心している。
「それに」ハンスが続ける。
「あの鉄格子も効果的だった。泥棒は全然侵入できなかった」
「見た目は綺麗だけど、防犯効果は抜群だな」
『オルフさんの職人技ね』
美観と機能を両立させた設計が功を奏した。
◇◇◇
夕方、マーリンじいさんが点検に来てくれた。
「警報魔法陣の調子はいかがでしたか?」
「完璧でした。設計通りに動作してくれて」
「それは良かった」
マーリンが魔法陣を詳しく調べている。
「感知精度、警報音量、持続時間...すべて正常ですね」
「ありがとうございます。おかげで安心して営業できます」
「それに」マーリンが嬉しそうに言う。
「今回の事件で、他の店からも同じシステムの依頼が来ています」
「そうなんですか?」
「『あの店と同じ防犯システムを』と」
『技術の普及にも貢献してるのね』
セキュリティ技術が村全体に広がれば、治安向上にもつながる。
◇◇◇
その夜の営業時間。
いつも以上に多くの客が来店した。
「昨夜の事件、大丈夫だった?」
「防犯システム、すごいって聞いたよ」
「これなら安心して利用できるね」
皆さん、安全性を確認しに来てくれたようだ。
「ありがとうございます。昨夜の事件で、防犯システムの有効性が証明されました」
私は客たちに説明した。
「これからも安心してご利用ください」
「それを聞いて安心した」
「夜でも怖くないな」
「家族にも教えてやろう」
口コミでさらに安全性の評判が広がりそうだ。
◇◇◇
営業終了後、今回の事件を総括した。
「結果的に、すべてが良い方向に向かいましたね」
アンナが感想を述べる。
「はい。被害ゼロで、信頼度は向上」
ミアちゃんも安堵している。
「防犯システムの重要性を実感しました」
「そうね。事前の準備がいかに大切か」
私は改めて防犯対策の価値を確認した。
『これで安心して営業できる』
最大の懸念事項だった治安問題が、完全にクリアされた。
「でも」私は注意を促した。
「油断は禁物よ。今回は小物の泥棒だったけど、もっと巧妙な犯罪者もいるかもしれない」
「はい、気をつけます」
「定期的にシステムの点検も必要ね」
継続的な安全管理の重要性も確認した。
◇◇◇
翌朝、昨夜の客の一人が家族を連れて来店した。
「昨夜お話しした通り、本当に安全な店なんですよ」
妻と子供に説明している。
「防犯システムが完璧で、衛兵隊との連携も万全」
「へぇ、それなら安心ね」
奥さんが感心している。
「今度、夜の買い物も利用してみましょう」
『家族客の獲得』
安全性の評判が、新しい客層の開拓につながっている。
「それに」客が続ける。
「村全体の治安も良くなったような気がします」
「どういうことですか?」
「夜に明るい店があると、街全体が安全に感じられるんです」
『なるほど、そういう効果もあるのね』
店の明かりが、地域全体の安全感向上に貢献している。
◇◇◇
午後、グリム隊長が最終報告に来てくれた。
「犯人の取り調べが終わりました」
「何か分かりましたか?」
「小物の窃盗犯で、たまたま通りかかった旅の泥棒でした」
「計画的な犯行ではなかったんですね」
「はい。『金目のものがありそうだから』という単純な動機でした」
隊長が続ける。
「でも、あなたの防犯システムを見て諦めたそうです」
「諦めた?」
「『こんなに厳重な警備では、プロでも無理』と言っています」
『プロでも無理って...』
意外な評価だった。
「これで、他の犯罪者への抑制効果も期待できますね」
「そうですね。噂が広まれば、最初から狙われなくなるかもしれません」
『予防効果も期待できる』
◇◇◇
夜、いつものように営業を開始すると、常連のディランが声をかけてきた。
「昨夜は大変だったな」
「ご心配をおかけしました」
「でも、あの防犯システムは見事だった」
ディランが感心している。
「俺たち冒険者の宿舎でも、同じシステムを導入したいくらいだ」
「そうですか」
「野営の時とか、夜襲対策に使えそうだ」
『冒険者からの評価も高い』
プロの目から見ても、システムの有効性が認められている。
「それに」ディランが続ける。
「この村の治安レベルが上がった気がする」
「どうしてそう思うんですか?」
「夜に明るい店があって、衛兵の巡回も増えた」
「犯罪者にとって、この村は『やりにくい場所』になったと思う」
『地域全体への波及効果』
店一軒の防犯対策が、村全体の治安向上につながっている。
私は深い満足感を味わっていた。
商売の成功だけでなく、地域社会への貢献も実現できている。
『これこそが理想的な事業よね』
追放された王女は、また一つ大きな成果を手にしたのだった。
そして、安全で便利な夜の世界が、確実に根付いていくのを実感していた。