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第1話 婚約破棄、辺境送り、そして記憶


 王宮の大広間は、まばゆいばかりのシャンデリアの光に包まれていた。貴族たちのきらびやかなドレスや礼服が、まるで宝石箱をひっくり返したように煌めいている。


 そんな華やかな空間の中央に、私――リリアーナ・フィオーレは立っていた。


 いや、正確には立たされていた。


「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


 金髪をオールバックに撫でつけた王太子ローラン殿下が、いつものような高慢な笑みを浮かべながら壇上に立っている。その隣で、私はまるで展示品のように突っ立っている状況だった。


『何この状況...まさか婚約発表?でも事前に聞いてないんだけど...』


 胸騒ぎがしていた。ローラン殿下の笑顔が、どこか冷たく感じられる。


「実は皆様にご報告があります」


 ローラン殿下の声が、広間に響き渡る。


「リリアーナ・フィオーレとの婚約を、本日をもって破棄いたします」


 会場がざわめく。


 私は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


『え?え??今、婚約破棄って言った?』


「理由を申し上げますと」ローラン殿下は演説を続ける。「リリアーナ嬢は魔法の才能も中途半端、剣の腕前も平凡、家事の能力も王妃として相応しくありません。何一つ秀でたものがない彼女では、王太子妃の器ではないと判断いたします」


 会場の貴族たちがクスクスと笑い始める。


『えぇ...まさかの公開処刑スタイル?』


 私の脳内に冷静なツッコミが響く。なぜか他人事のように感じられた。


「さらに」ローラン殿下は容赦なく続ける。「王室の品格を保つため、リリアーナ嬢には辺境のスノーベル村で静かに暮らしていただくことになりました」


『追放まできたー!ベタすぎる展開にむしろ清々しいわ!』


 なぜだろう。屈辱的なはずなのに、心の奥底で何かが「これでいい」と言っている気がした。


「以上で発表を終わります。新しい王太子妃については、改めてご紹介いたします」


 ローラン殿下が手を差し伸べると、会場の奥から美しいブロンドの女性が現れた。


「セレスティア・ローズウェル嬢です」


 会場から拍手が湧き起こる。


『あー、もう決まってたのね。私は当て馬だったのかしら』


 それにしても、なぜか全然悔しくない。むしろ、心の底から安堵している自分がいた。


◇◇◇


「リリアーナ様...申し訳ございませんでした」


 侍女のアンナが涙ぐんでいる。馬車の中で、私の荷物を整理しながら謝り続けていた。


「アンナ、あなたは悪くないわ。むしろ、ありがとう」


 私は本心から言った。アンナは父の代から我が家に仕えてくれている忠実な侍女だ。最後まで付き添ってくれる彼女には、本当に感謝している。


「でも、リリアーナ様...スノーベル村なんて、王都から三日もかかる辺境ですよ?そんな所で一人で暮らすなんて...」


「大丈夫よ。案外、向いてるかもしれないわ」


『なんで私、こんなにポジティブなのかしら?普通なら泣きわめいて当然の状況よね?』


 馬車はガタガタと揺れながら王都の外れを走っている。窓から見える景色は、だんだんと田舎っぽくなってきた。


「それにしても」私は独り言のように呟く。「魔法も剣も家事も中途半端って...そりゃそうよね。どれも興味なかったもん」


 実際、私は王女としての教育を受けてきたものの、どれも身が入らなかった。魔法の授業では居眠りばかりしていたし、剣術は筋肉痛になるのが嫌で手を抜いていた。家事に至っては、メイドさんがやってくれるものだと思っていたから、まともに覚えようともしなかった。


「リリアーナ様...」アンナが心配そうに見つめている。


「本当に大丈夫よ。むしろ、これで自由になれたと思ってるの」


 それは本心だった。王女として生きるのは、想像以上に窮屈だった。毎日の礼儀作法、複雑な宮廷の人間関係、常に見られている緊張感...正直、息が詰まりそうだった。


『でも、これからどうしよう?辺境の村で一人暮らしなんて、今まで考えたこともないし...』


 不安がよぎった瞬間、馬車が大きく揺れた。


「きゃっ!」


 私は座席に頭をぶつけてしまった。


「リリアーナ様!大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫...って」


 頭を押さえた瞬間、突然脳裏に映像が浮かんだ。


『???』


 見たことのない光景だった。でも、なぜか懐かしい。


 コンクリートの建物、アスファルトの道路、そして...


「コンビニ...?」


 私は思わず声に出していた。


「コンビニとは何ですか?」アンナが首をかしげる。


「わからない...でも、なぜか知ってる...」


 記憶が戻ってくる。いや、記憶というより、別の人生の記憶が蘇ってきた。


 私は確かに別の世界にいた。現代日本という国で、田中さとみという名前で生きていた。そして...


「コンビニ店員...深夜勤務...」


 そうだ。私は前世で、コンビニエンスストアの深夜シフトで働いていたのだ。


『あれ?私、前世でコンビニ店員だった!しかも深夜シフトのプロだった!』


 記憶が鮮明になってくる。毎晩11時から朝7時まで、一人で店を守っていた。レジ打ち、商品陳列、清掃、発注...全部一人でこなしていた。


「深夜のお客さんは大変だったなぁ...夜勤の警備員さん、タクシー運転手さん、看護師さん...みんな疲れてて、でも温かい食べ物があると本当に喜んでくれた」


「リリアーナ様?」


 アンナが心配そうに見ている。私は突然一人で喋り始めたから、変に思われても仕方ない。


「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたの」


 でも頭の中では、前世の記憶がどんどん蘇ってくる。


 コンビニの温かい肉まん、おにぎり、お弁当...そして何より、深夜でも明るく開いている店の安心感。


『そうか...この世界には、夜営業をしている店がないんだ!』


 王都にいた時から気になっていたことがあった。日が暮れると、どの店も一斉に閉まってしまうのだ。夜勤の衛兵や警備の人たちは、冷たい保存食しか食べられない。


『これって...めちゃくちゃ需要があるんじゃない?』


 前世の知識が活性化していく。24時間営業のコンビニがどれだけ重宝されていたか、身をもって知っている。


「アンナ、この世界で夜中に営業している店ってある?」


「え?夜中にですか?...いえ、聞いたことがありませんね。日が暮れたら皆さん家にお帰りになりますし」


「じゃあ、夜勤で働いている人たちは、お腹が空いても我慢するしかないのね?」


「そうですね...干し肉や固いパンを持参して、水で流し込むくらいでしょうか」


『これよ!この隙間市場!』


 前世のマーケティング知識が蘇る。需要があるのに供給がない市場。これは確実にビジネスチャンスだ。


「よし」私は膝を叩いた。「この世界初のコンビニで見返してやる!」


「コンビニ?」


「24時間営業の便利な店よ!夜中でも温かい食べ物が買える、革命的なお店!」


 アンナは首をかしげているが、私の頭の中では既に計画が立ち上がっていた。


『まず立地選び。スノーベル村の状況を把握して、夜勤の人がどれくらいいるか調査。それから商品開発...おにぎりはこの世界の人にも受けるはず。肉まんも絶対に喜ばれる!』


 どんどんアイデアが湧いてくる。前世の経験がすべて活かせそうだ。


「リリアーナ様、なんだか顔が明るくなりましたね」


 アンナが微笑んでいる。


「ええ!だって、これからとても楽しくなりそうなのよ」


 私は窓の外を見た。夕日が美しく、田舎の風景が穏やかに流れていく。


『ローラン殿下には感謝しなくちゃ。おかげで本当にやりたいことが見つかったもの』


 思えば、王女として生きていた時の私は、何の目標もなく、ただ与えられた役割をこなすだけの毎日だった。でも今は違う。


 やりたいことがある。成し遂げたい夢がある。


「スノーベル村かぁ...どんな所なのかしら?」


「小さな村ですが、街道の要所にあって、旅人もよく通るそうです」


「旅人!それもお客様候補ね!」


『街道沿いということは、物流もある程度確保できるかも。仕入れルートも作れそう』


 経営的な視点で考え始めている自分に驚く。前世の経験がここまで役立つとは思わなかった。


「アンナ、村には衛兵とかいるのかしら?」


「はい、小さな詰所があって、街道の警備をする衛兵が数名常駐しているそうです」


「夜警もある?」


「もちろんです。盗賊対策ですから」


『完璧じゃない!夜勤の衛兵さんたちが最初のお客様候補ね!』


 どんどんプランが具体化していく。


 まずは小さく始めて、夜勤の人たちに喜んでもらう。そこから口コミで広げていって、最終的には...


「王都進出も夢じゃないわね」


「え?」


「なんでもないの。ちょっと将来の計画を考えていただけ」


 私は心の中でニヤリと笑った。


『ローラン殿下、覚えてらっしゃい。中途半端だった王女が、この世界を便利にして見せるから』


◇◇◇


 馬車が止まった。どうやらスノーベル村に到着したらしい。


「リリアーナ様、着きました」


 御者が声をかけてくれる。


「ありがとうございます」


 馬車から降りて辺りを見回すと...


「えっと...これ、村?」


 思わず声に出してしまった。


 正直、想像していたより小さい。家が二十軒程度。これは村というより、集落と言った方が正確かもしれない。


『集落の間違いじゃない?』


 でも悪い印象は受けなかった。家々は質素だが手入れが行き届いているし、畑も青々としている。のどかで平和な雰囲気だ。


「リリアーナ様でしょうか?」


 年配の男性が近づいてきた。がっちりとした体格で、人の良さそうな顔をしている。


「はい、そうです」


「私は村長のガレオ・ストーンと申します。王都からお手紙をいただいておりました」


 村長は丁寧にお辞儀をしてくれた。


「よろしくお願いいたします、ガレオ村長」


「こちらこそ。お疲れでしょう、まずはお家をご案内いたします」


 ガレオ村長に案内されて歩いていると、村の人たちがちらちらと私を見ている。当然だろう。突然、元王女がやってきたのだから。


「あのう、村長」私は歩きながら質問した。「この村には夜勤で働いている方はいらっしゃいますか?」


「夜勤?そうですね...衛兵詰所の警備が二名、それから街道の見回りを兼ねて宿屋の夜番が一名でしょうか」


『三名かぁ。まずは小さく始めるには十分な数ね』


「宿屋には旅人もいらっしゃるんですよね?」


「ええ、街道筋ですから冒険者の方々もよくお泊まりになります。でも、なぜそのようなことを?」


「いえ、ちょっと興味があっただけです」


 実は市場調査だったのだが、そんなことは言えない。


「こちらがリリアーナ様のお住まいです」


 村長が指差した先には、こじんまりとした一軒家があった。石造りで屋根は茅葺き。前世の感覚で言えば、田舎の古民家といったところだろうか。


「素敵な家ですね」


「王都からの指示で、できるだけ住みやすいように準備いたしました。家具や生活用品も一通り揃えております」


 家の中を案内してもらうと、確かに生活に必要なものは揃っていた。でも一人で住むには少し広すぎる気もする。


『これなら、一部を店舗にしても大丈夫そうね』


 既に頭の中で改装計画が始まっていた。


「アンナ、荷物の整理をお願いします」


「はい、リリアーナ様」


 アンナが荷物を運んでいる間、私は村長とお茶を飲みながら話をした。


「ガレオ村長、この村の人たちは夜は何時頃にお休みになるんですか?」


「そうですね、日が暮れる頃には皆家に戻って、8時には大体寝てしまいますね。朝は日の出と共に起きる生活です」


「夜中に起きている人は、衛兵の方々だけ?」


「基本的にはそうですね。たまに冒険者の方が遅くまで酒を飲んでいることもありますが」


『やっぱり!夜営業のニーズは確実にある!』


 前世の経験から言えば、夜中に働いている人は必ず温かい食べ物を欲しがる。それも手軽に食べられて、満足感のあるものを。


「ちなみに」私は慎重に切り出した。「もし夜中にお店が開いていたら、便利だと思いませんか?」


「夜中にですか?」ガレオ村長は首をかしげた。「確かに衛兵の皆さんは大変そうです。いつも干し肉をかじっているのを見かけますから」


『やっぱり!絶対に需要があるわ!』


 私は内心でガッツポーズをした。


「でも、夜にお店を開くなんて聞いたことがありませんね。治安は大丈夫でしょうか?」


「治安ですか...」


 確かにそれは重要な問題だ。前世の日本でも、深夜営業のコンビニは防犯対策が重要だった。


『でも、ここは衛兵詰所もあるし、街道筋だから案外安全かも』


「そうですね、確かに安全面は大切ですね」


 私は適当に相槌を打った。まだ具体的な計画を話すのは早すぎる。


「それにしても」ガレオ村長は笑顔で言った。「リリアーナ様がこの村に来てくださって、本当に光栄です」


「こちらこそ、温かく迎えていただいて感謝しています」


 ガレオ村長は本当に良い人だった。王都からの通達で、突然元王女を受け入れることになったのに、嫌な顔一つしない。


『この村の人たちなら、きっと理解してくれるかも』


◇◇◇


 夕方になって、ガレオ村長は帰っていった。アンナも荷物の整理を終えて、一息ついている。


「リリアーナ様、とりあえず住める状態になりました」


「ありがとう、アンナ。本当に助かったわ」


 私は窓から外を眺めた。夕日が美しく、村全体がオレンジ色に染まっている。


 そして気づいた。


「あら?もう店が閉まってる」


 村の商店や宿屋の明かりが、一斉に消え始めていた。時計を見ると、まだ6時半なのに。


「本当に早いのね、この世界の店じまいって」


 アンナも窓の外を見て頷いた。


「王都でも、日が暮れると皆さんお家にお帰りになりますからね」


 私は外に出てみることにした。


「ちょっと村を歩いてみるわ」


「お供いたします」


「いえ、一人で大丈夫よ。アンナは休んでいて」


 夕暮れの村を歩いていると、本当に静かだった。明かりが灯っているのは各家庭の窓くらいで、商店は全て真っ暗だ。


『うわぁ、マジで真っ暗になった』


 これは前世では体験できない光景だ。日本なら、夜中でもコンビニやファミレスが明々と開いていた。


 歩いていると、衛兵詰所の前を通った。中から声が聞こえてくる。


「今夜も長いなぁ...」


「腹減ったけど、また干し肉か」


「たまには温かいもの食いたいよな」


『聞こえちゃった...でもこれは貴重な情報ね』


 私は立ち止まって、もう少し聞いてみることにした。


「でも店やってないからなぁ。宿屋も食事は宿泊客だけだし」


「せめて夜中に何か買える店があれば...」


『あるのよ!まだないけど、これから作るから!』


 心の中で叫んだ。これは確実にニーズがある。


 さらに歩いていると、宿屋の前で冒険者らしき人たちが話をしているのが聞こえた。


「明日の出発前に補給したいんだが...」


「朝まで待つしかないな。店が開くまで」


「深夜に補給できる店があれば便利なんだが」


『またキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


 もう確信した。絶対に需要がある。


 私は急いで家に戻った。


「アンナ!大発見よ!」


「どうなさいました?」


「この村に夜営業の店を作ったら、絶対に喜ばれるわ!」


 私は興奮して説明した。衛兵の会話、冒険者の話、そして夜中に温かい食べ物が手に入らない現状について。


「確かに...言われてみれば不便ですね」


「でしょう?これよ!この隙間市場!」


 私は前世の記憶を頼りに、頭の中で事業計画を立て始めた。


『24時間営業...いや、まずは夜だけでも。午後8時から朝6時くらいの営業で』


 商品ラインナップも考える。おにぎり、肉まん、スープ、お弁当...そして日用品も少し。


『初期投資はできるだけ抑えて、手作りできるものから始めよう』


「リリアーナ様」アンナが心配そうに言った。「でも、お商売なんて経験がございませんし...」


「大丈夫よ」私は自信満々に答えた。「前世...じゃなくて、以前から興味があったの。きっとうまくいくわ」


 本当は前世のコンビニ経験があるから自信があるのだが、それは言えない。


「それに、失敗したって別にいいじゃない。もう王女じゃないんだから、何でも挑戦できるのよ」


 これは本心だった。王女として生きていた時は、失敗することが許されなかった。でも今は違う。


「まずは」私は指を折りながら計画を話した。「店舗の場所を探して、営業許可を取って、商品開発をして...」


 やることがたくさんあるけれど、なぜかワクワクしている。


「あ、そうそう」私は重要なことを思い出した。「アンナもアルバイトしない?」


「アルバイト?」


「一緒に働くってことよ。給料も出すから」


 アンナの目が輝いた。


「本当ですか?私でもお役に立てるでしょうか?」


「もちろんよ!あなたがいてくれたら心強いわ」


 これで第一号のスタッフ確保だ。


 私は窓の外を見た。村は完全に静まり返っている。


 でも、きっと近いうちに、この静かな夜に明るい灯りが一つ、新しく生まれることになる。


『よし、この世界初のコンビニで見返してやる!』


 私は心の中で宣言した。ローラン殿下には感謝している。おかげで、本当にやりたいことが見つかったのだから。


 明日から、新しい人生の始まりだ。


 追放された王女は、今夜から世界初のコンビニ開業を目指すコンビニ店長候補になったのだった。


『便利は正義よ!』

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