↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/91

082 自分が幸せになること

 新緑が芽吹き初夏も感じさせる6月の初頭、蓮を除く魂狼のメンバーと詩帆は、都内にあるゲストハウスの待合室にいた。メンバー4人は皆フォーマルなブラックスーツ姿で髪もおしゃれにセットしていて、それはそれはレベルの高いモデル集団のようだった。そしてそんな中紅一点の詩帆もやはりしっかりとドレスアップをしていて、加えてメイクもヘアセットも完璧に整え、少なくともメンバーたちが詩帆と出会ってからは過去1おしゃれに仕上がっていた。


「詩帆さん、改めて見てもほんとに綺麗だねッ!!」(新)

「うんうん、なかなか普段目にしないから、最初誰だか分からなかったよね。」(優)

「僕、こういうのなんて言うか知ってる!『馬子にも衣装!』でしょ!」(稑)

「おー稑、勉強頑張ってるじゃないかぁ。」(優)

「は?マゴにも?なんだそれ。」(勇)

「あ、勇は帰国子女だもんね。」(新)

「えっと、『馬子にも衣装』って言うのはぁ、」(稑)

「オマエラ…、イイカゲン…、ダマレ。」


 何とかここまで平静を保っていた詩帆だったがいよいよ堪忍袋も限界が来たようで、かっぴらいた瞳の黒目はいつもよりも心なしか小さく、まるで正気が消え去ったゾンビのような顔になっていた。


「やばいッ!まずいッ!これは危険な状況だ!!」(優)

「そうだよもしこんなところで流血沙汰にでもなったら、蓮は絶対に悲しむよッ!」(新)

「ムッキーーーーッ!!!」


 リーダー蓮が不在、そしてここまで一緒に来た章とあゆみも今は席を外していて、黙っていれば美男美女でおさまっているはずの彼らがいるその一角は、"やんちゃ三人衆+天然"に猛獣化された詩帆でもはや動物園と化していた。

 何とか落ち着きを取り戻すと、再び新が切り出した。


「ふーぅ。でも蓮てさぁ、誓いの言葉とかちゃんと言えるのかなぁ。」(新)

「確かに。」(優)

「案外無言のまま眼力で押し通すかもな。」(勇)

「はははッ。それかいつもの『グッジョブッ』だけで押し通すかも!」(優)

「いや、それか『もうとっくに誓ってます』とか、いつものツーンな感じで言っちゃいそう!!」(新)

「言わねーよ、んなこと。」


 その言葉と同時に新は突然頭に脳天チョップを食らった。


「痛ッ!」


 振り向くとそこには蓮がいた。蓮は純白のタキシード姿で、普段からオーラはあったがこの日は一際輝いていた。


「蓮ッ!!!」



 この日、ここで蓮と美琴の結婚式が執り行われる。結婚式といっても、極々限られた人たちだけが招かれ彼らの前で誓いを立てるいわゆる人前式だ。公に交際を発表しプロポーズしたのは先月になるが、2人は1年以上前に魂狼のドームツアーが決定した段階ですでに結婚を決め、水面下では着々と準備を進めていた。そしてどうしても6月にジューンブライトとして式を挙げたいと切望していた美琴の願いは、今日こうして無事叶えられた。

 ひと足先にリハーサルを終えた蓮は、列席者に挨拶をするため待合室へとやって来たのだった。


「うわぁ…、蓮…、めっちゃカッコいい…。」(新)

「ほんと…、なんか蓮が、遠い存在に感じる…。」(優)

「何だよさっきからもぉ!何も変わんねぇよ!」


 そう言う蓮は三人衆に絡み怒りながらも珍しく照れ笑いしていて、メンバーたちはそんな蓮を眩しそうに見つめていた。そんな中稑は、もう言葉にならないと言わんばかりの表情で、目にはうっすら涙を浮かべていた。


「なんで稑が泣くんだよ…!」

「だって…ッ。」


 蓮は言葉が続かない稑をしばらく見つめていたが、やがてそんな稑に無言のまま正面から片腕で思い切りハグをした。そしてバシバシと背中を2回叩いて言った。


「今日は1日よろしくな。」

「…うんッ。」


 稑はまるで自分のことのように幸せを噛み締めながら頷いた。そしてそこへ先ほどまでリングボーイ&ベールガールを務める光と明のリハーサルに付き添っていた章とあゆみも合流した。


「いよいよだな。」

「はい。」

「しっかり楽しみなさいよ〜!!」

「はいッ。」



 詩帆は親しい友人も兄弟もいないため、結婚式に参列するのは9年前の章とあゆみの結婚式以来だった。その頃にはすでにそれまでの結婚式とは異なり、こういったゲストハウスを貸切にして親しい友人だけを招いたアットホームでこじんまりとしたスタイルが主流になっていた。ウェディング業界も需要やニーズに応え差別化を図るべく鎬を削っているようだが、このゲストハウスは特に音楽に対する要望を柔軟に対応してくれるところのようで、詩帆たちがすでに待機している大聖堂では弦楽四重奏が新郎新婦入場までの時間をもてなしていた。   

 その大聖堂は東洋とも西洋とも言い難い四角く開けたシンプルな空間なのだが、天井は高く奥行きもあって、側面は床から天井までがガラス張りになっていた。そのすぐ外には決して威圧感はないもののまるで森の中にいるような新緑が豊かに茂っており、それらからは溢れんばかりの生命力が感じられた。このゲストハウスは都内のど真ん中にあるというのに、そこに着いた時点で一体誰がここにこの異空間を想像できただろうか、それほどまでにそこには非日常的な空間が完成していた。


(永遠に添い遂げることを誓うって、どんな気持ちなんだろう。どういうタイミングでそんなふうに決められるんだろう。)


 章たちはずっとそばで見てきたからその時はそんなことは思いもしなかったが、改めて詩帆は今まさに蓮たちが執り行おうとしている契りの意味を自身に置き換えて考えてみた。しかし到底想像ができなかった。


(私には、先の分からない未来を誓うだなんて…、無理だな。)


 

 気が付くと前奏はフェイドアウトしていて、いよいよ式が始まろうとしていた。四重奏の新たな美しい調べの中最初に入場してきたのは蓮だった。蓮は普段と何も変わりなく、と言いたいところだったがやはり緊張しているのが伝わって来た。しかしまっすぐと前を見つめゆっくりと歩みを進める姿はとても堂々としていた。そんな蓮を目の当たりにしたやんちゃ三人衆は、先ほど目に涙を浮かべていた稑の気持ちが少し分かったような気がして、その蓮の姿に吸い込まれるように見入っていた。続いて父親がエスコートする形で美琴が入ってきた。


(うわぁ…、きれい…。)


 凛とした佇まいの中瞼をやや伏せ、リードする父親と歩幅を合わせ歩く美琴は、やはり東洋に降臨した女神のようだった。さすがにざわつくことはなかったが、ここにいるすべての人がそう思ったと断言できる。しかしその美しさは、今日は蓮のためだけに作り上げられたものだと詩帆は思った。



 式は予定されていたすべての行程を無事に終えた。先月に8歳を迎えた光と明も、さすが章とあゆみの子だけありあれだけ張り詰めた緊張感が漂う中全く動じることなく美琴に続いて入場し、あの蓮と美琴と互角に終始落ち着いた振る舞いでバッチリと大役を務め上げた。

 蓮と美琴は和装はすでに前撮りで済ませいたのでその時の様子はラウンジに写真だけ飾られ、その日は2人揃って純白のタキシードとウエディングドレスに身を包んでいた。親族との記念撮影のため、2人がまだ大聖堂の中に留まっている頃、参列者は各々にオープンテラスで時を過ごしながら2人が出てくるのを今か今かと待ちわびていた。


「詩帆さん、ほんとにきれいだからね。」


 気が付くと隣りに立っていた稑が、これまた唐突にそう呟いた。


「あ、ありがとう。」


 その時やんちゃ三人衆はラウンジで用意された飲み物を物色していた。


(あの挙式の、あの美琴さんを見た後に言うセリフか…?!いや、そもそも聞き間違いか?!)

「しかし美琴さんには敵わないわ。」


 一瞬混乱しつつも冷静に答えた詩帆だったが、相変わらずストレートな上に天然な稑の発言に、詩帆はいろいろな意味で気恥ずかしくなっていた。


「うん。美琴さんも、蓮も、ほんとにキラキラ輝いてたね。」


 それは本当にそうだった。これまで2人が紡いできた時間の中で、間違いなく一番輝いていただろう。そんな瞬間に立ち会えたことを、詩帆はとても感慨深く思えた。一方で稑は、かつてまだ章の家に来たばかりの頃、滝本家親子3代の団欒を目の当たりにした時に家族への淡い憧れを描いた自分を思い出していた。


"自分にもいつかあんな家族ができるのだろうか。"


 でもそれはもうはっきりと、今自分のすぐ隣りに立っている詩帆に対してその思いが芽生えていることを稑は自覚していた。



 それからどれほどの時間が経っただろうか。その場に居合わせた者の半分くらいはそう思い始めた頃、ようやく2人が大聖堂から出てくることを会場のスタッフが参列者に知らせて歩いた。ゲストたちは、皆スマホを手元に用意するとその扉の前を少し開け、自然と弧を描くように連なった。やがて大聖堂の扉が開き、蓮と美琴が中から出てきた。2人は祝福する列席者に幸せいっぱいの笑顔を向けた。


「うわ、うゎ…、う、うわぁーーーーー!!!」


 蓮のその貴重なショットを逃すまいと、新はカメラマンさながらの意気込みで2人を写真に納めまくった。そんな新のスマホに向かって、蓮は片方の手のひらを思い切りガッとまるで狼が襲うような仕草をして突き出し、冗談半分に新のスマホのレンズを塞いだ。


「わぁーもぉ蓮ーーッ!!」


 するとそんなやり取りにクスクスッとゲストの中で笑いが起こり、その場はさらに和んだ。


 しばらくして、蓮と美琴のアテンドスタッフが次に行われるセレモニーとしてブーケトスを案内をした。すると途端に女性たちは連れ同士顔を見合わせそわそわとし始めた。詩帆も女性であるのだが、魂狼のメンバーに紛れていた詩帆はそんな彼女たちの様子を遠目から優しい眼差しで微笑ましく眺めていた。しかしそんな詩帆に向かって、美琴と蓮はまっすぐに歩みを進めて来た。そして詩帆の目の前まで来るとピタッと止まった。


「…え。」


 詩帆は状況がよく分からなかったが、自分をまっすぐに見つめる美琴の目から視線を逸らすことができなかった。


「詩帆さん。」


 そう言うと美琴は持っているブーケを詩帆の前に差し出した。美琴のように凛とした存在感のある白いカラーをメインに、バラ、そして若草色のアジサイが施され優しく洗練されたジューンブライドにふさわしいブーケだった。


「え…。」


 詩帆は尚も困惑していた。そんな詩帆を、蓮も美琴の隣りから優しい眼差しで見つめていた。


「え…、あぁ、そっか。この中で年功序列で言ったら、私が一番先頭だもんね、ははは。」


 周りの視線に、つい自虐的な発言をした詩帆だったが、それに対しては誰も何も言わなかった。すると美琴はやはり詩帆の目をまっすぐに見つめたまま言った。


「自分が幸せになることに、蓋をしないで。」

「え…。」


 美琴と詩帆の間では、専属のカメラマンが今か今かと床に屈み受け渡す瞬間をとらえようと待ち構えていた。詩帆はどうにも仕方なく…っといった面持ちでそのブーケを受け取った。すると周りからささやかな拍手が湧いた。


「私は今も…、充分幸せだよ…?」


 すると蓮は言った。


「それはみんなが幸せだからってことだろ?でもま、こういうのはタイミングだからさ、自分が今だって思う時が来たら、迷わず進みなよ。」

(いや…、だからそのタイミングが分からないんだって…。)


 詩帆はもう黙り込み、年下のくせにさらりとそう言ってのける蓮を顔を伏せたまま目線だけ見上げるようにして見つめ返した。すると突然、詩帆の右肩に後ろから誰かの手が乗っかった。そして次の瞬間そのまま身体を左側の方へ引き寄せられた。詩帆は全く予期せぬ出来事だったため思わずよろめき、無抵抗のままその人の身体にピタリと引き寄せられてしまった。一瞬その場がどよめいた。詩帆はびっくりしてその人の顔を見上げると、それは稑の反対隣りにいた誠だった。


「タイミングって大事だよなぁ、蓮。さすが永遠の愛を手に入れた者の言うことには説得力がある。参考にするよ。」


 にこやかに言った誠だったが、蓮は笑っていなかった。その瞬間、唯一今日この場に相応しくない不穏な空気が漂った。


「それでは新郎新婦は披露宴の準備がございますので、一旦この場を退室させていただきます。ご友人、ご家族の皆様におかれましては、今しばらくこちらでご歓談をお楽しみくださいませ。」


 機転を効かせたアテンドスタッフの呼び掛けが、その空気を鮮やかに払拭した。スマートに先導され、蓮と美琴はその場を後にした。


「行こ?詩帆ちゃん。」


 誠は全く怯むことなく己の意思を遂行した。詩帆は誠を見上げ、もうお手上げだと言わんばかりに何も抵抗しなかった。誠は、詩帆のすぐ隣りにいる稑には一切見向きもせず、詩帆の肩に手を添えたままテラスの奥のガーデニングスポットの方へと歩いて行った。稑は放心状態となりその場に立ち尽くし、自分から離れていく2人を見つめていた。すると誠はそんな稑にさらに追い打ちを掛けるように、右肩にあった手をそのまま詩帆の腰へと移した。


「はッ?!なんかもぉ誠さん大人気ないんだけどッ!!」(新)

「でも相変わらずすっごいカッコよかった。」(優)

「炎上だ。俺の中では大炎上だ。」(勇)


 勇はまるで稑の気持ちを代弁するかのように呟いた。しかし稑はもう炎上どころかすでに燃え尽きていて、今稑の身体に手を触れたら一気に崩れ落ち風に吹かれて消えてしまいそうな灰と化していた。


「稑ぅ…。」


 2人をただ目で追うことしか出来ないでいる稑を、新は心配そうに見つめていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。