021 エントリーNo.58 清宮 新
優が胸のうちを話してくれた後、2人は他愛のない話をしながら残りの料理を食べていた。その時詩帆は、視界の端に入るある人物が気になっていた。その男は食べ終えると席を立ち、歩き始めた。詩帆は気になってしようがなく、彼が向かう方へ一緒に視線を移した。すると彼はカウンターに辿り着き、そこにいるスタッフに言った。
「おかわりッ!!」
「ちょぉっとあんたぁッ!!!」
詩帆は思わず突っ込み、食事の途中だったがツカツカと彼に駆け寄った。
「あんたじゃなくて、新です。」
新はあからさまに太々しく言い返した。
「いちいち変な口答えしないッ!!っていうかそれ何杯目よ?!」
「え、3杯目。」
新はケロッと答えた。
「さ、3杯目って、ちょっとは悪びれ(怒)!!もうどんだけ食べてんのよ?!お腹どうなってんの?!」
そう言うと詩帆は新の脇腹を思いっきりつねった。
「いやぁん。」
「あら意外と引き締まってるわね。でもこの後ってダンスの猛特訓だよねぇ?こんなに食べてちゃんと動けるの?!」
「こんなに食べないと動けないの!」
「はぁ?!」
「はいはいはいそこまでそこまで。」
2人の小競り合いを見兼ねたあゆみが奥から出てきて仲裁に入った。
「新はいつもこれくらい食べてるから大丈夫だよ。」
「わぁいあゆみさんのお墨付きもらえたぁ。」
(ぐぬぬッ。)
あゆみにそう言われたら何も言い返せない詩帆だったが、どうにも納得できない様子だ。
「男の子なんてこんなもんよ。それに新はしっかりパフォーマンスに還元してるし。」
それも全くの正論なので、詩帆はやむなくといった様子でこの状況を受け入れざるを得なかった。
「にしても、ほどほどにしなさいよ。」
「だってあゆみさんの料理美味しいんだもん。」
「それは…、確かに。」
「ぷぷぷッ。ほれ!2人とも早く食べて!午後のレッスン始まっちゃうよ!」
がやがやとしたランチルームは一日のピークを迎えていた。
午後、稑をのぞくメンバーは、予定通りダンスの猛特訓を受けていた。個々の能力を高めダンスそのものを極めるのはもちろん、これからは歌いながらとなり、加えてカメラや観客が捉えるアングルも意識した表現力も備えていかなければならない。デビューまでに全員が最低でもレベル5に到達していることが目標だが、もしそれを下回る者がいれば、全員がそのレベルに合わせてお披露目することになる。章が求める2人以上の人間が同じステージでダンスを披露するというのはそういうことだ。つまり連帯責任、これが、"魂がシンクロする究極の運命共同体"だ。しかし言葉にすると堅苦しいが、メンバーたちはもちろんスタッフたちも含め、皆日々和気あいあいと目標に向かって歩んでいる。章がそんな空気を作っている。
15時を過ぎた頃、業務がひと段落しスタジオの中を移動していた詩帆は、ある部屋をドアの小窓から覗いているあゆみに気付いた。
「あゆみちゃん?何見てるの?」
詩帆が近づいていくと、そこはメンバーたちがダンスのレッスンを受けている部屋だった。
「詩帆も見てごらん。」
ご機嫌そうなあゆみにそう言われ、詩帆もドアにある小さな小窓から中の様子を覗いてみた。すると、中に1人とびきりアグレッシブに踊り回るダンサーがいた。
(ん?あれ…?今日って森崎先生の他に誰か来てくれてたっけ??)
詩帆はiPadを取り出しダンススタッフのスケジュールを確認したが、朝のミーティング以降更新された形跡はなかった。
(おかしいなぁ。)
詩帆は気休めに目を擦り、そしてもう一度小窓から覗いてみた。そのダンサーは新だった。
2020年6月7日(日)オンライン面接
「それではまず簡単に自己紹介をお願いします。」
「清宮 新、17才ですッ。東京都出身ですッ。」
「新さん、今日はどうぞよろしくお願いします。」
「よろしくお願いしますッ!」
「ではまず今回このオーディションに応募された動機を聞かせてください。」
「はいッ。えっと、僕はマイケルジャクソンが大好きで、ずっとマイケルジャクソンを目指して生きてきたって言ってもおかしくないくらい本当に大好きで、もちろん僕はマイケルにはなれないけれど、でも僕も、世界で活躍するエンターテイナーになりたくて今回応募してみましたッ。」
"ー 世界 ー"
どこまで本気なのか、しかし目標としているビジョンに出てくるワードとして、章は決して軽くあしらうことはなかった。
2020年7月4日(土)個人面接及び実技審査
体つきはもう大人だが、話すと幼い、それが章の新に対する第一印象だった。
(やはり"世界"は口先だけなのか?)
しかし実技試験でその疑問は払拭される。そこには本当にマイケルがいるかのようだった。しかし決してマイケルのコピーではない、それには収まらない個性が確かにそこにはあった。
新がマイケルジャクソンの存在を知ったのは小学4年生の時だった。ある日学校から帰って来た新は、床に置いてあったDVDをうっかり踏んで破損してしまった。それは母親が大事にしていたあるアーティストのMVのようだったが、母は、自分がこんなところに置いていたのが悪かったから新は気にしないでと言ってくれた。しかしそうは言っても、その母の落ち込み様は尋常ではなかった。それを見るに見かねた新は、自分のお小遣いで弁償しようと兄からスマホを貸してもらい、そのDVDを調べた。それがマイケルジャクソンとの出会いだった。彼のダンスを見て、思わず目が釘付けになった。人生に一度雷が落ちるとしたら、新の場合はこの時だったであろう。その後は狂ったように毎日ダンスに没頭し、いよいよ完コピをマスターすると、母はとても喜んだ。しかし母は言った。
「でも新、そんな人はこの世の中に五万といるよ。」
新はショックを受けた。しかしすぐに母の言う通りだと思った。
(だってあのマイケルだもん。)
それから新は、いつか天国のマイケルに、その五万といるマイケル模写の中から自分を見つけてもらえるようにと、そこから自身もアピールする方向へと転換し、今の新が構築されていった。
2020年8月17日〜 最終選考 集団実技審査
章は新に、彼にしかない輝きを確かに見つけた。しかし集団実技審査に入ると問題が起きた。それはオンライン面接で感じた彼の幼さだった。新はモチベーションの起伏が激しかった。そしてそれはチームに大きく影響を及ぼした。新が乗っている時は、そのチームは敵無しとなり、反対に落ち込んでいると、発表のステージに連れてくることすら困難になる。そのモチベーションはどちらもメンバーに伝染する。そして最も危惧すべきは、その起伏を新自身がコントロールできないことだ。しかし章はこのことを、新だけの問題として取り扱うことはなかった。そういった時、周りはどう対処するのか、そしてそれを新はどう受け入れるのか、そこに期待していた。章は最初から何でもできる完璧な人間など求めてはいなかった。
その後何度かチーム編成を入れ替えては様子を伺っていたが、やがて解決する一つの兆しが見えてきた。それは稑との相性だった。新の起爆剤的な存在に対して稑は安定剤的な存在が光っていた。最年少にも関わらず、持って生まれた気質なのだろう。稑は無意識に新の起伏のコントロールをサポートしていた。一方で、新の短所にも取れる幼さは、良い意味で遠慮がなく、老若男女誰に対しても物怖じせずフランクに接することができ、稑に対しても、彼がまとう対人への壁をひょいっと飛び越え容易に懐へ入ってしまうのだった。ダンスも歌も対照的、でもこの凸凹が上手く噛み合っているようだった。
(お互いを、高め合えたら…。)
そんなのはこちらの願望を押し付けた理想論だ。グループだからこそ生まれるメンバー間の化学反応は、才能の生き死にに匹敵する。そして選ばれた者も、選ばれなかった者も、今後の人生を左右する。吉と出るか、凶と出るか。新に対しては、章が唯一ギリギリまで判断に揺れたメンバーだった。しかし章は思った。
(彼女がいるから大丈夫だ。)
「新はいつもここのご飯美味しそうに食べてくれて、私も作り甲斐があってさぁ。」
あゆみの目は明らかに緩んでいた。
「社長夫人がメンバーの1人に肩入れしちゃっていいの?」
「だぁって、本能が惹かれちゃうんだもん。それはもう仕方のないことでしょ?」
「本能って…。」
あゆみは全く悪びれる様子もなく、むしろ少し挑発するように詩帆を見て言った。
「よ〜し本日後半戦のパワーチャージも完了ーッ!!じゃッ!てるてる迎えに行ってくるわッ!!」
あゆみは足取りもすこぶる軽く、鼻歌まじりに去っていった。
(あんなに褒められて懐かれてるから完全に絆されてるわ…。あいつ、インパクトは本当に申し分ないけど、落ち込む時はとことん落ちるかんなぁ。今後も要注視だわ。)
若干呆れた様子であゆみを見送った詩帆は、章の心配と期待も露知らず、マネージャー魂に燃えていた。すると、ちょうど入れ替わりで稑が向こうから走ってきた。きっと駅からずっと走ってきたのだろう、だいぶ息が上がっていた。
「おぉ!稑ぅ、お疲れー。あんた制服のまま来たの?!」
「うん、だって、今日は、ダンスのレッスンだし!」
稑は息を切らしながら答えた。
「ダンスは、僕が一番、頑張らないと、だから…。じゃ、行ってきますッ。」
そう言うと稑はその勢いのまま部屋に入っていった。
(うんうん、良き良き。)
そんな稑の後ろ姿を追いながら、詩帆はふと自分のピアノを褒めちぎる稑に心が傾く自分を想像してみた。
(うん、ないな。)
即答だった。
(やっぱりあゆみちゃんは絆されてる。ったく、社長夫人である前に人妻なのに!)
推しの一つも見逃せない、妙に律儀なところもあるが、それ以前に乙女心が相当に欠落しているところが詩帆にはあった。
閑話
稑「今日優から差し入れもらったからあげる。」
明「あぁ、あのいつもニコニコしてるひと?」
稑「うん。でこっちは新からだよぉ。」
明「あぁ、あのいつもヘラヘラしてるひと?」
稑「う…うん。」
(言葉の使い分けエグッ。&子どもの洞察力もエグッ。)
明「わぁいやったー。ありがとぉゆうにぃとあたらにぃ。」
稑(あたらにぃ…。)
曇りなき天使に、稑は悶絶した。




