第42話 母親の想い
「……わかってはいたの」
ぽつりと言葉を零したのは母親だった。
「私が悠香の体調を心配するせいで、色々なことを我慢させているって。普通の子供たちのように過ごさせてあげたくて治療を頑張ったのに、治ったら治ったで、今度は万が一にも倒れたりしないように我慢を強いてしまっていた……」
母親は膝の上に置く手をきつく握りしめる。
「悪いのは彼じゃない……元気に産んであげられなかった私。そうわかっていたのに、誰かのせいにせずにはいられなかったの……本当にごめんなさい」
もしかしたら母親を非難する人もいるかもしれない。
人のせいにしておいて、なにを今さらと思う人もいるだろう。
でも、俺はそうは思わない——お腹を痛めて産んだ娘が病気を抱えていたら自分を責めて当然だし、誰かのせいにしなければ耐えられない気持ちも理解できる。
誰しも嫌なことを人のせいにした経験の一度や二度はあるはずだから。
なにより母親が俺に向けていた怒りは悠香を愛していればこそ。
そんな母親を責める気になんてなれなかった。
「二人を信じてみないか?」
「あなた……」
しばらく黙って見守っていた父親が母親の肩を支える。
「もう悠香も高校生。この先、私たちの目の届かないところで活動することも増えるだろう。そう遠くない未来、私たちのもとを旅立つ日も来る。いつまでも親が面倒を見てあげられるわけじゃない。いずれ訪れる自立の第一歩と思えば悪くない」
「…………」
「なにも一から十まで手を差し伸べてあげるだけが愛情とは限らない。時には子供のことを信じ、黙って見守やることも愛情だ。それに悠香は一人じゃない。一緒に活動する仲間がいて、なにより悠香の事情を知る彼が傍にいてくれる」
父親はそう言って俺を見つめる。
その視線を追うように母親も俺に目を向けた。
「きっと彼が悠香のブレーキになってくれるはず」
「もちろんです」
父親は俺の返事を聞いて満足そうに頷いた。
「お母さん、改めて約束します」
母親はハンカチで目元を押えながら顔を上げる。
「二度と同じようなことは起こしません。俺が傍にいる限り悠香が無理をしないよう常に見守ります。悠香の今後の人生に責任を取るので一緒にいさせてください!」
誠心誠意、言葉に想いを込めて訴える。
だけど、しばらく頭を下げ続けても返事はない。
「…………?」
なんだか妙な空気を感じて顔を上げると両親が驚いた顔をしていた。
隣の悠香は茹でダコみたいに顔を赤くしながらもにょもにょしている。
「えっと……」
なんだろう。
なにやら認識の齟齬を感じる。
「一つ聞いてもいいかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「もう二人は付き合っているのかい?」
つ、付き合う——!?
「いえ、そんな、付き合ってるなんて——」
突然すぎる話の飛躍に慌てて否定する俺。
「いきなりプロポーズみたいな台詞を言い出したからさ」
「…………プロポーズ?」
首を傾げなら自分の言った言葉を脳内プレイバック。
——二度と今回のようなことは起こしません。
——俺が傍にいる限り、悠香が無理をしないよう常に見守ります。
——悠香の今後の人生に責任を取るので一緒にいさせてください!
「今後の人生に責任を取るので……?」
父親と母親が揃って頷く。
「いや、これはプロポーズという意味じゃなくて——」
瞬間、全身からぶわっと汗が噴き出した。
自分の顔どころか耳の先まで赤くなるのを自覚する。
「悠香が無理なく活動を続けられるように見守るというか、普通の青春を送れるように支えるとか、自分自身への約束というか誓いというか―—そういう意味であって、決して悠香のことをやましい目で見てるわけじゃなくて——」
人生トップレベルの誤解を与えてしまい必死に言い訳しまくる俺。
袖を引っ張られて振り向くと、悠香が羞恥のあまり半泣きになっていた。
「凛久、お願いだからもう黙って……」
「……はい」
……どうしようこの空気。
さっきまでの重い空気が嘘みたいに甘ったるい。
「なにもやましいことではないから気にしなくて大丈夫。とはいえ二人はまだ高校生、そのあたりは節度を持って続けてもらえばいいんじゃないかな?」
父親は理解を示してくれるんだけど理解の方向性が違う気がする。
たぶん俺と悠香が付き合ってはいないまでも良好な関係で、俺が照れ隠しで否定していると思っているんだろう。その証拠に微笑ましそうに俺たちを見つめていた。
……理解がすぎるのも場合によっては困りものだよな。
「これからも、悠香のことをお願いします」
そう言う父親と一緒に母親も頭を下げる。
「はい。任せてください」
なにはともあれ無事に両親の理解を得た俺たち。
こうして悠香の再建メンバー復帰が決まった。




