第41話 母親と対峙
日曜日の午前中。
俺は悠香の父親との約束通り家に来ていた。
もう迷いも躊躇いもなく、心の準備も覚悟も万全。
「……よし」
こうしてモニターホンを鳴らすのは何度目だろう。
しばらく待っているとドアが開いて悠香の母親が現れた。
「いい加減にして。次に来たら警察を——」
剣幕な表情で言い掛けた時だった。
「私が呼んだんだ」
「え……?」
疑問の声を漏らす母親の後ろには父親の姿があった。
「あなたが呼んだって……どういうこと?」
「詳しくは中で話そう。凛久君もどうぞ」
「はい。失礼します」
軽く会釈をしてから家にお邪魔する。
リビングに通されると、ソファーに座っている悠香の姿があった。
父親に促されて悠香の隣に腰を掛けると、向かいに父親と母親が並んで座る。母親は聞かされていなかったらしく困惑した様子で父親と悠香を見つめていた。
「あなた……どういうことか説明して」
「今日は彼に頼まれて話し合いの場を設けたんだ」
「頼まれたって……話すことなんてないわ」
「そう言わずに聞いてやってくれないか?」
「お母さん……私からもお願い」
母親は二人から頼まれて口を噤む。
それは渋々だけど受け入れてくれた証拠だろう。
俺はソファーから立ち上がり床に膝をついて頭を下げた。
「先日の件、本当に申し訳ありませんでした」
現代社会において土下座をされて喜ぶ人なんていない。
むしろ許しを強要するという意味で暴力よりもたちが悪い。
それでも今の自分の気持ちを表現する上でこれ以上の術がない。
「お母さんが怒るのは当然です。子供の頃から悠香の病気を知ってた俺が、倒れるまで無理をさせたんですから。許してもらえるまで何度でも謝ります……ですから、どうか悠香が猫まみれの再建活動に参加するのを許可してもらえませんか?」
「あなた、また悠香が倒れてもいいって言うの!?」
母親は怒りのあまり声を震わせる。
「今回だけじゃない……今も昔も、あなたが傍にいるせいで悠香が辛い思いをする。あなたが傍にいると悠香は無理をするって、高校生にもなってまだわからないの!?」
俺は母親の問いに対して首を横に振った。
「わかってます……いえ、ようやくわかりました」
悠香だけじゃなく、夏鈴も莉乃さんもそう。
みんな俺が言い出した再建という目的のために無理をしてくれる。
なんの計画性もない、子供の思いつきのような夢を応援してくれる。
悠香はテスト期間中も一人で片付けをしてくれて、夏鈴は勉強を疎かにしてまで付き合ってくれて、莉乃さんは両親に掛け合ってまで再建の許可をもらってくれた。
だからこそ、俺はみんなの想いに責任を負わなくちゃいけない。
あの日、取れなかった責任を今度こそ取りたい。
「今後は無理はさせません。猫まみれで作業をする日は必ずお母さんに報告しますし、お母さんが休ませたいと思う時は不参加で構いません。必要なら俺が送り迎えだってします。作業をさせるのが心配なら、なにもせず傍にいてくれるだけでいい」
自分にできることを思いつくだけ口にする。
「それでもダメなら、どうすれば許可してもらえるか教えてください。悠香と一緒にいられるなら、どんな条件でもクリアしてみせます。お母さんに安心して悠香を預けてもらえるよう、俺にできることならなんでもします!」
「凛久……」
ひとしきり訴えた後、改めて頭を下げる。
「俺たちにとって、悠香は大切な仲間なんです!」
どうか、お願いします——言葉に精一杯の誠意を込める。
悠香もソファーから降り、俺の隣で頭を下げた。
「お母さん、お願い。再建活動の参加を許可してほしい」
「悠香までどうして……あなたのことを思って言ってるのよ」
母親は悲痛な面持ちで声を震わせる。
「お母さんの気持ちは嬉しい。子供の頃から私のことを第一に考えてくれて、体調を崩した時は寝ずに看病してくれて、やりたいことも我慢して傍にいてくれたこと……感謝しない日なんてなかった。今こうして元気でいられるのはお母さんのおかげ」
鼻をすする音がリビングに響く。
「でも、これだけは諦められないの」
「悠香……」
「今まで体調を理由に諦めなくちゃいけないことばかりで、私には人並みの青春なんて送れないんだって思ってた。でも……そんな私にも一緒に夢を見てくれる仲間ができた。初めて私を必要だって言ってくれる友達ができたの。私自身のためだけじゃない……みんなのためにも、これだけは絶対に諦めたくない!」
悠香の瞳に揺るぎない意思がこもる。
その決意の固さは誰の目からも明らかだった。
「できることなら、お母さんにも応援してほしいと思ってる」
悠香の想いを目の当たりにして言葉を失くす俺たち。
「「「…………」」」
五分か十分か、それとも三十分か——。
しばし無言の時間が流れた後だった。




