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しあわせ おむすび  作者: はやはや
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茄子の辛子漬け

 とある昼、月原ゆかりのスマホにメッセージが届いた。高校時代の友人の濱野那湖はまのなこからだった。

【今度の週末って予定ある?】

 那湖とは社会人になってからの方が、仲が深まった。共に仕事を第一にしてきたからだろう。数年前までは夏休みを合わせて旅行にも行っていた。

 最近は会う機会が減っていた。だから連絡をもらえて、ゆかりは嬉しかった。

 日曜日は拓実との約束があったけれど、土曜日は予定がない。

【土曜日なら大丈夫だよ】

 というメッセージと〝久しぶり〟と言葉を掲げたくまのスタンプを送る。

 十分程して、再びスマホが鳴った。

【土曜日、遊びに行っていい?】

 うさぎが体をくねらせながら頭を下げるスタンプもあった。たぶん、遊びに行かせて!お願い! というのが那湖の正しい気持ちだろう。

【いいよ】

 ゆかりはすぐ返信した。


◇◆◇


 土曜日の昼前、那湖はゆかりの部屋へやって来た。那湖は隣の市に住んでいる。

 電車では二駅違うだけ。なので、会おうと思えばすぐ会える距離でもある。

 久しぶりに会う那湖は疲れて見えた。仕事が忙しいのだろうか。

 お昼何か食べにいこっかとゆかりは那湖を連れ出した。ゆかりのマンションの周辺には、カフェやベーカリーが点在している。どこがいいかな? と考えていた時、ゆかりは一つの店を思い出した。


 そう、おむすびや。

「新しくできたおむすびやさんがあるんだけど、おむすび買って公園で食べない?」

 ゆかりか言うと

「うん。いいよ」と那湖は言った。その声は、やっぱり元気がなかった。


◇◆◇


 おむすびやさんは、いつもと変わりなくオープンしていた。先客はいない。ドアは開いていたので、そのまま中に入る。

 BGMも流れていない店内は静かだ。すると、前に一度聞いた太い声が聞こえた。

「いらっしゃい」


 奥の厨房からは例のおばちゃんがのぞいている。今日の三角巾はドット柄。白い割烹着はこの前と同じだ。

 那湖はおばちゃんを凝視している。店の雰囲気とおばちゃんのギャップに驚いているのだろうなと、ゆかりは思った。

 おばちゃんは那湖を見ている。

「茄子の辛子漬け」

 宣言するようにおばちゃんが言った。

「は?」那湖は事態を理解できず、思わず声を漏らす。

「泣きたいことがあるでしょう。アンタ」

 目を細めておばちゃんが言う。那湖は俯いた。

 そんな那湖を見て、ゆかりは今日はとことん付き合おうと決めた。


◇◆◇


 おむすびを買って二人は公園に場所を移した。

 公園といってもブランコと滑り台、ベンチが一つずつあるだけだ。二人並んでベンチに座る。

「あのおばちゃんに見破られたなぁ」那湖はおむすびを両手に包むようにして、呟いた。

 那湖の話が続きそうだったので、ゆかりは黙っていた。

「彼氏だと思っていたのになぁ……」


 ゆかりは那湖の彼氏を知っていた。と言っても、直接会ったわけではなく、写真を見せてもらっただけだったけれど。

 快活そうな人だった。自然に友達が集まってきそうな。写真の中で那湖と彼は、仲良さそうに寄り添いあっていた。

 付き合って半年経つくらいではなかっただろうか。


「私、セフレだったんだ」

 その言葉にゆかりは驚いた。那湖はぽつぽつ話し始めた。

 彼とは互いに何となく側にいるようになったこと。先月末に

突然、「好きな子の誕生日がもうすぐなんだけど、何を贈ったら重くない?」と訊かれて心臓が止まるかと思ったこと。

 二人はすでに体の関係も持っていたので、那湖は「私は一体どういう立場なの⁈」ときつく問いただしたという。


「どういう立場って……友達?」

「アンタは女友達とも寝るの⁈」

「その時の流れによっては……」

「それってセフレってこと⁈」

「……そういうことになるかなぁ……」


 そのやりとりを最後に那湖は彼の側を飛び出し、連絡先も削除したらしい。当然だ。

 那湖にそんな辛いことがあったなんて……ゆかりは言葉を失った。


◇◆◇


 那湖は、手に持っていたおむすびのパッケージを開け、一口かぶった。ご飯はほんのり塩味がした。

 二口、三口とかぶると茄子の辛子漬けが口に入った。

 辛子が鼻につんと抜ける。茄子には程よい甘味があった。その時、目から涙が溢れた。一度溢れた涙は後から後から溢れてくる。

 彼との突然の別れの日から泣いていなかった。泣きたいのに泣けなかった。

――泣きたいことがあるでしょう。アンタ

 おむすびやでおばちゃんに言われた言葉を思い出す。

「うぅ……」と声に出しながら、那湖は泣いた。隣にいるゆかりが、そっと背中をさすってくれる。


 ぱくっぱくっと残りのおむすびを口に運ぶ。泣きながら食べたので、味はよくわからない。

 でも、おむすびはもう一つある。二つ目は涙が止まったら、味わって食べよう。那湖はそう思った。


◇◆◇


――明日二時にいつものとこでいい?


 拓実からメッセージが届いていた。


――うん いいよ

 OKという文字の入ったスタンプも送る。


 拓実と再会して四ヶ月。先月から付き合い始めた。

 はちみつ漬け梅干しのおにぎりを食べてから、二人の関係は、とんとん拍子に進んだ。

 あのお店のおむすびは、何か力があるのかもしれない。

 那湖にも新しい出会いが、近々あるはず。ゆかりは思った。

 スマホが震える。


――また明日

 あざらしが眠っているスタンプが届いた。

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