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 ----可愛いな……


 ふと、テレジアに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。


 『へーバレイに戻ったら、お見合いをするのですって。』


 ----この子なら……きっとすぐに良い相手が見つかるだろう。


 マクセインはアデリーからスッと視線を外した。袋を膝の上に置き、そこに行き場のない視線を落とす。こうして呼び出し、わざわざプレゼントを用意してくれた意味が分からないほど鈍感ではない。それでも今の自分には、何も気付いていない振りをし続けることしかできなかった。


 「……嘘です……」


 ポツリ、と震える声にハッとして、マクセインは視線を上げた。視線の先ではアデリーが大きな瞳を潤ませ、必死に涙を堪えている。頬の赤みは耳にまで広がり、両手をギュッと握り締めていた。


 「ごめんなさい……私、ほ、本当は、まだ……マクセインさんが好きで……諦められなくて……」

 「……。」

 「あなたに断られて……もうこういうことしちゃいけないって……迷惑かけちゃいけないって……思ってたんですけど……」

 「……。」

 「でも、やっぱりあなたが好きで……なのに他の人と結婚なんて……」

 「アデリー嬢、私は……」

 「分かっています!これは私の我儘なんです!その……この先もずっと、あなたと共に……あなたの側にいたいという……私の……」

 「!」


 ----俺と……共に?


 刹那、胸の中を涼やかな風が通り抜けた感覚がした。物心ついた幼い頃から心の奥深くに溜まり続けていたドロドロとした澱が一瞬で消え去ったような気分だった。


 「ずっと……夢だったんです。幸せな時も辛い時も、共に歩みたいと思える人に出会えることが……。それがあなたでした……」


 ----共に歩みたい……


 自分と共に人生を歩む相手。それはマクセインにとって最も不幸にしてしまう相手だと思っていた。身を立てる野心も出世欲もなく、文武にも商才にも長けていない自分の元にーーーどこの誰であれーーー嫁がせるぐらいなら、生涯独身でいようとすら思っていた。それなのに。


 ----そうか俺は……この子だから惹かれたんだ……


 アデリーに苦労させたくないという気持ちは変わらない。

 テレジアの言う『苦労させてもなんとも思わない女』を妻に選ぼうと思っていたわけではない。


 どんなに苦労の多い人生になろうとも、アデリーと手を取り合い、共に乗り越えていきたい。

 ささやかな幸せを喜び合うその時に、側にあるのがアデリーの笑顔であってほしい。

 辛い時、悲しい時に肩を寄せ合いたいのは……


 「ごめんなさ……」

 「アデリー嬢。」

 「え?」

 「女性であるあなたにここまでさせてしまった私を、どうかお許しください。」

 「え?」


 マクセインはハンカチを取り出し、アデリーの濡れた頬にそっとあてた。真っ赤な頬はさらに赤みを増していくが、パチクリと開いた瞳からは涙がピタリと止まっている。その表情があまりに愛らしくて、マクセインは思わず目を細めた。


 「あ、あの、マクセインさん?」

 「そうですね……まずは自己紹介からさせていただきます。」

 「自己紹介?」


 アデリーはすっかり乾いた瞳を瞬かせ、首を傾げた。自己紹介など初対面の日に済ませているし、その後の猪突猛進アプローチである程度の情報はマクセイン本人から引き出している。それなのに今さら自己紹介とはどういうことだ、という思いが表情にそのまま表れていたのか、マクセインは困ったように笑顔を浮かべてから真剣な表情に切り替えた。


 「私はスタンレー伯爵家の三男、マクセイン・スタンレーと申します。」

 「へ?……え?マクセインさんってネムソン伯爵家のお方だと……って、え!?ちょっと待って、スタンレーって確か……!」


 ----()()()()()って……それ、テレジアのお母上様のご実家じゃないの!


 「はい。私の父とテレジアのお母上が兄妹なんです。つまり私とテレジアは従兄妹同士なんですよ。仕事の都合上、私がフォーカー侯爵様の甥であることは隠しておきたかったので、遠い親戚の姓を借りました。」

 「えぇぇッ!?」

 「黙っていてすみません。」


 アデリーは目を見開き、申し訳なさそうに目を伏せるマクセインを見つめた。しかしアデリーが驚いたのはそこではない。二人が従兄妹同士であることを黙っていたことについては明日にでもテレジアに詰め寄るとして、問題はマクセインの実家がスタンレー伯爵家だということだった。


 スタンレー伯爵家。その歴史は古く、政界にも軍部にも婦人サロンにもその名を知らない者はいない。特にスタンレー伯爵家は娘が生まれればーーー年頃さえ合えばーーー必ずといっていいほど王族の妻候補や乳母候補にあげられるほど由緒正しい家門で、アデリーの実家であるキートン伯爵家など比べ物にならないほど格上の貴族だった。マクセインはそのスタンレー伯爵家の子息だというのだ。


 ----ど、どうしよう、そうとは知らずにまた告白しちゃった!


 一度めの告白が親にバレた時は顔を真っ赤にして怒られたが、相手が名門スタンレー伯爵家の子息だったことと性懲りも無く二度めの告白をしたことがバレたら今度は顔を真っ青にして怒られるに違いない(それはそれで見てみたい)。そもそも何事にも慎重なテレジアが告白しろと背中を押してきた時点でおかしいと気付くべきだったのだ。


 …………。


 とにもかくにも、言ってしまったものはしょうがない。アデリーはどこか腹を括った気分で深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。


 ----さすがに諦めるしか……


 「アデリー嬢。」

 「はい。」

 「後日、私からキートン伯爵様宛に手紙を送ります。」

 「父にですか?」

 「はい。正式にあなたとの婚約を申し込みたいと思います。」

 「え……え!?ちょっ……」

 「そうすることをお許しいただけますか?」


 至近距離の懇願顔と予想の斜め上をいく言葉がアデリーから思考回路を奪っていく。自分を振った相手から突然出た『婚約』という言葉に固まっていると、マクセインは持っていた袋をテーブルに置き、背筋を伸ばしてアデリーに向き直った。


 「いや……許可を得るより謝る方が先ですね。」

 「え?謝る?」

 「はい。私が不甲斐ないばかりに、あなたに二度も恥をかかせてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。」

 「……。」

 「本当は私も、こんなにあなたに惹かれているのに……」

 「え……?」

 「どうか、私からもきちんと伝えさせてください。」


 マクセインは立ち上がり、テーブルを回ってアデリーの前で片脚をついた。周囲からは、何が始まるのか、おいおいまさか今ここでアレが始まるのかと、男の背中に好奇の視線が向けられている。しかしマクセインはそんな視線など意にも介さず(というより周囲の様子はアデリーにしか見えない)手を差し出し、そこに乗せられたアデリーの手をそっと両手で包んだ。


 「アデリー嬢」

 「は…い」

 「あなたが好きです。一度郷に帰らなければなりませんが、必ず、すぐに迎えに行きます。約束します。」

 「……。」

 「だから、それまで待っていてくれませんか?」


 ----どうしよう、全然頭が追いつかない……でも……


 アデリーはふと、握られた手に視線を落とした。

 小さな手を包む大きな手が小刻みに震えている。


 視線を元に戻せばマクセインの真剣な瞳。

 失恋で終わると思っていたのに、こんなことになるなんて。


 「アデリー嬢、私と結婚してください。」


 ----これ、夢じゃないよね……?


 アデリーはマクセインの青い瞳をじっと見つめた。

 もしこれが夢ならばこんな風に優しい手の温もりを感じることはできないだろう。

 その温もりから彼の誠意が伝わってくるのが夢ではないことの何よりの証だ。


 アデリーは目の前が徐々に滲んでいくのを感じながら、マクセインに向けてニコリと微笑んだ。

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