第十二話 決戦の処刑場(Ⅴ)~究極の選択【★挿絵有】
シェリーディアは、敵が分散するのを見逃さず、すかさず次弾を放つ。
先程の、ボルトの連続射出を可能にした多機能クロスボウ“魔熱風”の仕掛けは――。
まずシェリーディアの着用するジャケット内部に、鋼糸で連結された無数のボルトが吊り下げられ――これを本体右スロットにセット。本体後方に位置する回転式レバーを左手で高速回転するだけで、ギア機構によりボルトを一本ずつ本体内に取り込み、弦を引き、セットし、射出するという4つのアクションを連続して行うものだ。
回転式レバーを極めて高速で回せば、あたかも10人の人間が一斉にボルトを射出するがごとく、間隙なく連続射出が可能であるという訳だ。
もちろんこれを実現するには、途轍もない腕力はもちろん、一本でも重いボルト射出の連続的反動に耐える強靭極まりない足腰、暴れまわるクロスボウ自体の挙動を身体に覚え込ませる熟練度等、超人的な能力が必要である。
まさに、統括副将の名に恥じない怪物ぶり、であるといえたが――。
彼女の能力はこれだけではなかった。
一瞬、目を閉じ集中する様子を見せ、カッと目を見開きレバーを操作し放たれた数本のボルトには――なんと炎が纏われていた!
接近しようとしていたレエテとルーミスがこれを躱すと――地面に着弾したボルトは、半径1mほどの小爆発を起こした!
すでに距離をとっていたナユタは完全に外したものの、同様に着弾時に爆発し、付近の矢や金属片を巻き上げた。
ナユタの背中に金属片がしたたかに当たり、顔をしかめる彼女。
「ぐっ……! 何て奴だ。あんだけの兵器を操る技に加えて、魔導も使う、だって……?
想像以上の化物だが、あんたらに頼るしかない。必ず生きて帰ってくれよ、レエテ、ルーミス!」
そしてナユタは、街路から脇の通路に入り込み、完全にシェリーディアの視界と射程から逃れることに成功した。
それを確認すると、レエテはシェリーディアに近づくべく、ついに建物内部へ侵入した。
少し間をおいて、ルーミスも同様に建物に入った。
シェリーディアはそれを視認し、即座に戦法を遠距離射撃から白兵戦へ切り替える準備に入る。
「ハッ! 狙撃手は近づきさえすりゃ敵じゃない、て思ってんだろうが……。
そんな常識は、ことこのシェリーディアに限っては通用しねえ……むしろ、さらなる強敵となることを思い知ることになるぜえ!」
*
やがて、建物の階段を駆け上がり、屋上へと出たレエテと、ルーミス。
彼女らの思惑通り、屋上にて標的シェリーディアを挟み撃ちにすることに成功した。
じり、じりと距離を詰めるレエテとルーミス。
シェリーディアは、“魔熱風”を降ろし、貌を下に下げて戦闘体勢を解いている。
一見、近づかれて勝ち目はないと、観念したかのように見える。
しかしレエテらも、それを鵜呑みにするほどの馬鹿ではない。
警戒を解かず、その距離を半径2mほどまで詰めた――その時だった。
突如、シェリーディアが左手を上げ、“魔熱風”上部にある撃鉄を一瞬のうちに叩く!
同時に、“魔熱風”先端の丸みを帯びたハンマー部の無数の細い穴から、数百本の針が打ち出される!
レエテらは、近づきすぎて到底それを躱すことができず――。
レエテは、瞬時に上げた右腕と右膝に。
ルーミスは、背けた貌の左側と胸部、腹部に。
したたかに針を突き刺された。
「ハッ! 見事に引っ掛かったなあ……。
今、テメエらが喰らった針は、ちょっとした神経毒付きなのさ。
たぶんもうちょっとしたら、喰らった部分が痺れ動きが鈍り、目も焦点がぶれ始める。
そうなりゃ……テメエらは単なるカカシ。アタシのボルトもぶちこみ放題、てわけさ」
高笑いするシェリーディアの言葉どおり――。
まず急所に喰らったルーミスにすぐ症状が現れた。
目前の女の姿が二重に見え、平衡感覚が失われる。
次に身体が痺れ始め、立っていられず両膝を着く。
それを見極めたシェリーディアの動きは速かった。
瞬時にルーミスに向けて間合いを詰めながら、“魔熱風”の左側のスイッチを押し、ハンマーの先端から刃渡り80cmにおよぶオリハルコン製の刃を出現。
その切っ先を、ルーミスの左下腹部のある一点に向けて正確に、突き刺したのだ!
「ぐあっっ!!!」
「ルーミス!!!」
ルーミスの悲鳴と、レエテの悲鳴が同時に上がる。
ルーミスは、意外にも刺された傷口からほとんど出血はしなかったが――。
代わって、血破点打ちによって強化していた肉体がみるみるうちに萎み始めたのだ。
瞬く間に、筋肉の塊のような屈強な肉体は14歳の少年の相応のものに戻り、浮き上がった血管も収縮した。
「オ……オマエ、なぜ解除の血破点の位置を、知っている……」
ルーミスの問いに高笑いしつつ答えるシェリーディア。
「ハハハッ!! 当然さ。このシェリーディアは、狙撃手の欠点を補うだけでなく、強さを追い求めるため組織6ギルド全てを渡り歩き、その技術を習得した。
“法力”ギルドでは、“背教者”が用いる数百の血破点の位置を学び、全て記憶している。
そして“剣”ギルドでは、組手に参加し、剣術も副将クラスまでに上げてなあ!!」
叫ぶと、右膝を着いたレエテに向けて、オリハルコンの刃を振り上げ殺到する。
レエテは右半身の痺れはあるものの、ルーミスほど毒の影響を受けてはいない。
すぐに立ち上がり、左手の結晶手でシェリーディアの剣撃を受ける。
「ほおお! さすが、被害を最小限に押さえたなあ! レエテ!! だが思うように身体は動かねえだろう!?
そんな状態でもって、この斬撃は受けきれるかあ!!??」
剣撃を受けられた反動を利用し、一旦上方向へ振り上げた刃を――。
その威力を完全に生かしたまま、逆V字に下方向へ振り下ろす!
その速度には反応しきれず、レエテは深々と右肩を切り裂かれる!
「ぐうっ……!」
「どうだ!? 別の大陸で、“燕返し”って呼ばれてる技の応用だ。
――テメエが殺した副将トム・ジオットともアタシは立ち会った。最初のうちこそあいつの剣技の威力に手を焼いたが、あんまりに基礎まんまのバカ正直な剣、すぐ見切ってやった。
むしろアタシは変則的な技を重点的に使う。テメエも“将鬼”ロブ=ハルス様に手も足も出なかった所を見ると、そういうタイプが苦手だろ?
遠慮なく攻めさせてもらうぜ!」
云い放つと同時に、刃での突きを放つシェリーディア。
突き自体は正中線を狙ったオーソドックスなもので、トム・ジオットの突き同様、左結晶手の先端を合わせ、その動きを止めた。
が――。刃の向こうにある、クロスボウの弦には、すでにボルトが装填されていた。
トリガーが引かれ、即座に爆炎をまとったボルトが発射される!
「ぐぬうっ……!!」
脊髄反射での即座の反応を見せ、数ミリ単位でボルトを躱すレエテだったが――。
着弾時の爆発を躱し切ることはできなかった。
建物の屋上に穴を穿ちつつ上がる爆風に、左脚の肉を大きく抉られるレエテ。
しかし負傷しつつも――。超下段での左結晶手の水平斬撃を見舞う!
「うぅわ!!」
すんでのところで、跳躍し斬撃を躱すシェリーディア。
「危っぶねえ……。やっぱりテメエは油断ならねえな、レエテ。より手堅く作戦変更だ」
云うが早いか、シェリーディアは駆け出し、ルーミスの背後に回った。
そして左腕で彼の首を締め上げて立ち上がらせ、右手の刃の先を彼の胸に突き当てた。
「ル、ルーミス!!!」
動揺し、叫ぶレエテ。
それを見て、会心の笑みを浮かべるシェリーディア。
「古典的な方法だが――。効果ありだな。
レエテ。テメエが動けばこの小僧の命はねえ。ひとまずそこを動くな。
……近くでよく見たら、ずいぶんと可愛い貌してるじゃねえか、テメエ。どうだ? アタシのものになる気はねえか? 可愛がってやるぜ?」
「……オレにも……選ぶ権利は……ある。 謹んでお断り……させて、もらう」
「……云うと思った、残念だぜ。
レエテ。小僧の命が惜しければ……そうだな、いきなり自分で首を落とせ、は如何せん実行できねえだろう。
左の手首を、今すぐ切れ。
その出血でテメエが意識を失えばアタシの勝ち。その前にテメエが何らかの勝機を見いだせればアタシの負け。
どうだ? 絶対の無理難題でない、悪くはねえ条件だろう?」
レエテは――。
一瞬、躊躇した。
ここで、云う通りにすれば、敗北は極めて濃厚となる。
彼女には、今閃いた勝機が一つある。
しかしそれには、いずれにしてもルーミスの存在が枷となることに変わりはない。
復讐を優先し、己の命の確保と敵の討伐を果たすのか。
仲間を優先し、己の命をほぼ捨てる道を選ぶか。
どちらも、レエテにとっては極めて重いものだ。
選択には苦渋が伴うが――。
彼女の心は、決まっていた。
レエテは勢い良く、左手首を縦に切り裂いた。
トム・ジオット戦の折のごとく、噴水のように左手首から出血する。
「レエテ!!! ……なん……て、ことを……。 オレに……構わず……こいつを……」
ルーミスが薄れる意識の中、悲痛な声を上げる。
「ハハハッ! よーし、それでいい。
おそらくその出血じゃ、意識を保ってられるのは1分、てとこか? テメエが倒れたら、ありがたくその素っ首落とさせてもらうとするぜ!」
レエテが、徐々にひどくなる悪心と、意識が薄れかかるのを感じながら、無念のあまり目を閉じた――。
その時。
一本の矢が建物の下から放たれ――。
シェリーディアの左肩に深々と突き刺さったのだ!
「う、ぐあああ!! 何だ!? 誰が打ちやがった!」
痛みと筋の反射によって、たまらずルーミスを放すシェリーディア。
それを見たレエテがすかさず叫ぶ!
「ルーミス!!! すぐにそいつから離れて、できるだけ前へ出て!!!!」
その声に、ルーミスは地を這いながらどうにか2mほど前方へ逃げ延びた。
それを確認したレエテは、感覚の戻り始めた右手で、行動に出た。
つい先程、電撃のように閃いた勝機につながる行動に。
先程シェリーディアが放ったボルトの爆炎により、建物には穴が穿たれた。
それは着弾部に留まらず、屋上の広範囲にわたってヒビを形成していた。
そのヒビを狙って――。
レエテは渾身の一撃を放った!
ピシリッ! と鋭い音が響き――。
屋上の石と漆喰は、音をたてて崩れ始めた。
そして一番外側に立つ形となっていたシェリーディアの足元は――完全に瓦解した!
「うっ!!! おおおおおおおーー!!!! テメエ!! レエテェェェーー!!!!!」
瓦礫とともに――。
30m下へ真っ逆さまに垂直落下するシェリーディア。
その姿はさらに崩れ落ちる無数の巨大な瓦礫の下敷きとなり――。
完全に消え、沈黙した。
レエテと、ルーミスの足元も崩れ去ったが――。
彼らの位置は建物の中心であり、1階層下に落下するだけで済んだ。
「レ、レエテ……」
意識が朦朧としながらも、レエテに這い寄り、左手を握って法力を当て始めるルーミス。
「ありがとう、ルーミス。奴は斃した。あなたのおかげよ。
そして――下にいる、“彼”のおかげでも――あるわね」
レエテが見やった先には――。
兵士の弓矢を奪い、矢を放ち彼女らを救った――“ドゥーマ伯”の姿があったのだった。