第十話 決戦の処刑場(Ⅲ)~相対する宿敵同士
中央広場を臨む、政府出張所の上階に身を潜めるフェビアン・エストラダ。
これまで、実戦で標的を外したことなど一度たりともない、神技の狙撃術を誇る彼女。
レエテ・サタナエルを捉え、いつもどおり正確無比に放ったボルトは、思わぬ邪魔者の手で叩き落とされ獲物を逃した。
しかし――初の失敗を前にしても、フェビアンは完璧に、沈着冷静だった。
表情一つ、眉一つ動かすことなく、神がかった速さでウインドラスレバーを巻き上げ、次弾を装填し終える。
この異常なまでの冷静さも、感情的なシェリーディアに大きく勝る己の武器と認識している彼女。
まだ、己にはもう一つの目的が残っている。
憎き宿敵の女を仕留めねばならない。
先程コンマ01秒自分に先んじて打たせたボルトの軌道で、居場所は特定できている。
建物の窓から、全身ではないが身体の一部を確認している。頭が見えていれば充分だ。
いつもどおり、風を読み、距離を読む。
完璧だ。外しようがない。
(貴様の人生最後の瞬間だ――。死ね、シェリーディア!)
死のボルトが、黒き銃身から万全の状態で放たれる!
数百m先の建物に居る――シェリーディア・ラウンデンフィルの頭部を貫こうとした、その瞬間。
突如シェリーディアの寄りかかる窓枠下10cmほどに、別方向から――先んじて放たれた「炎の弾丸」が命中する!
壁が崩れ、たまらず大きく体勢を崩すシェリーディア。
その頭上数cmを――。
死のボルトが通過し、壁に突き刺さる!
それを驚愕の表情で即座に確認し、何が起きたかを瞬時に理解するシェリーディア。
「フェビアン……。テメエ……本当に、アタシを殺そうと……」
その表情は憤怒に吊り上がり歪み、こめかみに太い血管がビキ……ビキと浮かび上がる。
「テメエ……許さねえぞ!!! 今すぐぶち殺してやらあ!!!!」
怒声を上げ、階段を駆け上がるシェリーディア。
中央広場の周囲は、隙間なく円形に建物が連なっている。城壁のような屋上をつたえば、フェビアンの元まで辿りつける。
自分が命を狙ったことと、居場所がバレた。
シェリーディアは全速力でここへ向ってくる。
まだ冷静ではあったが、自分の中に僅かながら焦りが生じているのをフェビアンは感じていた。
狙撃一筋の彼女だが、緊急時の白兵戦の訓練は最低限積んでいる。
しかし本気で白兵戦に持ち込まれたら、多機能兵器“魔熱風”を操るシェリーディアを相手に勝ち目は全くなく、瞬殺される。
その前に――せめて一人でも敵の首級を上げてから、この場を離脱する必要がある。
すでに次弾を装填したフェビアンの狙う先は、一つだ。
先程宿敵の暗殺を邪魔した、炎の弾丸の発射元――紅い髪の魔導士の女だ。
シェリーディアを狙ったのなら、次はより彼女に近い、他の“投擲”ギルド弓使い二名を狙うはずだ。
そして照準を覗き込んだフェビアンの視界に飛び込んできたのは――。
何と、その照準の真ん中で、右手の人差し指を真っ直ぐ自分に向ける――紅い髪の女魔導士の姿だった!
間髪入れず、その女の指から、炎の弾丸が発射される。
同時に、フェビアンもトリガーを引く。
しかし一瞬速く放たれた炎の弾丸が――クロスボウの照準をやや下側に外れ――。
フェビアンの鎖骨下、右胸部を貫通する!
何か――熱いものが胸の中で弾けたような感覚と――。
大量の血を口から逆流させ、フェビアンはヨロ……ヨロと立ち上がり後ずさる。
「バカ……な、バカ……な。この、私が、敗北、などと……」
ドアに体当たりし、部屋を出た廊下で――。
フェビアンは、音をたてて仰向けに倒れた。
*
一方、中央広場。
すでに、この予期せぬ戦闘状態に恐れをなした市民は、押し合い圧し合いしつつも蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、広場から姿を消そうとしていた。
周囲を取り囲み、数百人におよぶ兵士たちが代わって殺到してきていた。
舞台上の紅い髪の魔導士の女――ナユタ・フェレ-インを狙ったフェビアンのボルトは、明らかに正確性を欠いて、彼女の貌の左数cmを飛んでその髪を払い落とし――。
背後に居る兵士の胸に突き刺さった。
「ふう……どうだい狙撃手さん、あたしの“焔魔弾”の味は?
まあ、正確性はあんたらのボルトには負けるが、速度と貫通力は同等、飛距離では勝る。レーヴァテインみたいな疾い敵でない限り、使い勝手のいい技さ。
身体から離れるほど威力が落ちる『魔導』という技術において、集束しているとはいえその距離まで威力を保てる魔導士は、あたし位のもんだろうねえ。
さて、まず凄腕の二人は片付いた。あとはザコを仕留めるだけだよ!!」
叫ぶと、他の“投擲”ギルドの弓使いの居る位置に向けて、“焔魔弾”を打ち込むべく構えをとる。
*
舞台上の、処刑台の上では、ドゥーマ伯が、何重ものレエテの鎖の鍵を外すのに苦闘していた。
「ドゥーマ……伯? あなたは、一体……?」
状況を理解しかねているレエテが、ドゥーマ伯に話しかける。
ドゥーマ伯は、不敵な笑みを浮かべて、レエテに言葉を返す。
「俺は、ドゥーマ伯ではない。お前とお前の仲間を助けに来た、レエテ。
全ては、ナユタと事前に謀った手筈通りだ。事態が飲み込めないだろうが、後でじっくり話す。
縛めを解いたら、すぐ闘えるな?
ルーミスを助けてやってくれ!」
その話し方から、一人称まで「俺」に変わった――“ドゥーマ伯”の姿をしている別人らしい人物は、最後の最も頑丈な胴体の鎖の鍵をもう少しで解錠できるところだ。
そこへ――。襲いかかる、戦槌を手にした一人の男。
舞台の下に控え、他の兵員に指示を出していた、サタナエル“斧槌”ギルド兵員、レイド・ドノヴァンだ。
「ドゥーマ伯――!! 何を血迷いやがった!? ニセモノなのか、テメエは!!!」
レエテの解放を阻止するべく、“ドゥーマ伯”の身体に戦槌を水平に振り抜こうと襲いかかる。
両手を鍵にかけていた“ドゥーマ伯”の反応は一瞬遅れ――。
躱しきれず、左膝を振り抜かれ破壊された!
「グッ…………!!」
痛みを堪え、“ドゥーマ伯”は腰の鞭を抜き放つと――。
音速を超える風切音とともに、レエテを拘束する鎖の錠前を鞭の先で強打する。
あと少しで外れるところだった錠前は、その衝撃で解錠され、弾け飛んだ!
同時に、最後のオリハルコン製鎖を振り払い――。
ついに、レエテ・サタナエルは自由の身となった。
「あ、あ、あああ……何て、何てことを!!!」
レイドは恐怖に目を見開きながら叫び声を上げた。
彼の脳裏に、目の前のこの女の手により半日前に無残な死を遂げた、副将ガリアンの斬死体の映像がフラッシュバックする。
ついに、自由にしてはならない化物が、解き放たれてしまったのだ。
レエテはユラリ……と立ち上がり、即座に両手を結晶手に変えた。
目はまだ閉じられているが、その身体からは、怖気を震うほどにドス黒い怨念を孕んだ殺気が噴出していた。
「テ、テメエら!!! ドゥーマ兵ども!!! グズグズしてんじゃねえ!!! 早くこいつを取り押さえろぉ!!!」
恐怖に駆られたレイドが一喝すると、怯んでいた兵士数十名が、ジャベリンもしくは長剣を構え、一斉にレエテに襲いかかった。
「私の……邪魔をするなあっ!!!!」
カッとその両眼が見開かれ、レエテが雷刃の如く激烈で疾い攻撃を繰り出す!
両手を縦横無尽に回転させ繰り出す斬撃は、迫ったジャベリンの束を小枝のように斬り落とし――。
さらに近づいた兵の腕を、首を、胴を両断していく!
それでも迫りくる敵を、左足を起点とした城門槌のような大重量の衝撃をもつ回し蹴りで、10人ほどを同時に吹き飛ばす。
そして、スウウウッッ――と上半身を大きく反らせ――。
一気に、人間のもとは思えぬ、あのコロシアムで放ったような大音量の「叫び」を放った!
「破アアアアアアアァァ――――――――!!!!!」
オリハルコンの鎖が飛び跳ねるほど舞台が大きく振動し、近くの兵は耳を塞ぎ、ある者はうずくまり、その場の全員が怯んだ。
その機を逃さず――集団に飛び込んだレエテは両手結晶手を振り抜き、一気に30人の兵士を屠る。
もうナユタはルーミスの加勢に向っており、舞台の上に残ったのは“ドゥーマ伯”、レエテ、そしてレイド・ドノヴァンのみとなった。
「ヒッ……ヒイイイイイイーーー!!!」
恥も外聞もなく、戦槌を放り出して逃走しようとするレイド。
しかしその目論見は、一瞬で潰えた。
瞬時に間合いを詰めたレエテが、結晶手を振り払い、レイドの両足を斬ったのだ。
血飛沫が上がり、前のめりに舞台に倒れ伏すレイド。
身体をどうにか回転し、腰を地につけ、上体を起こして腕だけで後ずさりする。
「お……お、俺を、殺すのか? レエテ。
俺は、お前に何にも恨みはなかった、悪気もなかった!!
『アリア』だって、『ビューネイ』にだって、そうだ……。俺は、ただ組織の命令に従っただけだ。
むしろ、俺はお前らを可哀想だ、て思ってたんだ。ウソじゃない。組織の手前助ける気はなかったけどな。
第一、ガキだったお前らを、俺はまがりなりにも一生懸命、人間として最低限教育したじゃねえか!
そんな一応の恩ある俺を、虫けらみたいに殺すのか? ええ!?
お願いだ、助けて……助けてくれよ!」
レエテは――レイドに歩み寄って肉薄し、鬼神のごとき様相で彼を見下ろした。
その両眼は、憎しみに滾っていた。
「アリアも、ビューネイも、私も――あの『追放』の時、心の底から助けてほしかった。
死にたくなかった。命乞いしたかった。あんな酷い場所でも、皆で生きていたかった。
だが――お前らは!!! そんな私達に猶予も与えなかった!!!
私たちは、『助けて』とも、『見逃して』とも訴える間もなく、お前に死の淵に突き落とされたんだ!!!
今お前が何を云おうが私は覚えてる。あの時、お前は早く片付けたいゴミでもみるような目で私達を見、物を放るように私達を放っていた!!! それこそ、虫けらのようにな!!!
皆固まっていれば助かった子もいたかもしれない。だがお前に効率的にバラバラに突き落とされ、皆――ビューネイと私以外死んだ。アリアも死んだ!!! 無残に喰い殺されてだ!!!
絶対に、許さない――今度は、お前が!!! 死ぬ番だ!!!!!」
「やめ――――」
何かを――云おうとしたレイドの言葉は――。
そこで永遠に、途切れた。
彼の胴はレエテの左手で、首は右手で――いずれも水平に、両断された。
転がる首を前に、レエテはガックリと両膝を着き――貌を天に向けて仰いだ。
「はあっ……はあっ、はあ、アリア、皆、仇はとったよ。皆の無念は晴らした……」
未だ道のり長き復讐の、最初の一つが達成された。
そのカタルシスにより、少しの間、レエテは動くことができなかったのだった。




