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「ただいま」をもう一度。

拝啓 お母さん様。

相変わらず洗濯物は山で、父のネクタイは毎朝行方不明です。私は元気です。

さて――ご報告があります。

前に話していた「小さい母」、いなくなったと思ったら血まみれで帰ってきました。服も髪もボロボロ、打撲と傷だらけ。どこにいたの?と聞いたら「異世界」の一言。信じられません。

……父は、うん、いつも通りです。

それではまた手紙を書きます。

追伸:その「小さい母」、秒で我が家に馴染んでます。



「大輔、ネクタイ逆だ」

「え? あ、うん」

「弁当」

「ありがと……行ってきます」

「気をつけて」


見送りの声も仕草も、前と同じ。なのに、昨夜あれほど青あざだらけだった小さい母――千尋の肌は、朝にはすっかり元通りになっていた。


「ちょ、待って。傷、どこいったの?」

「寝たら治った」

「そんなわけあるかい!」


私のツッコミをよそに、小さい母は当たり前みたいに洗い物を始める。

(――魔法の力……? あの回復、普通じゃないよね)


そこへ父が押し入れから真珠のネックレスを取り出し、得意げに掲げた。

「ほのか、これ千尋に。前も付けてただろ? 神聖な宝石なら帰り道が――」

「学習しぃや。それ先週、無反応やったやつ」

小さい母は一瞥して首を傾げる。

「何も感じない」

「ですよね!」


「ほのか。大輔のやり方は正しい。前に一度帰れた。なら実例をなぞるのは間違ってない」

「う……まあ、理屈はわかる」

「まぁまぁ、違うアプローチも並行しよ」

(違う方法、か)


三人でリビングのローテーブルを囲んで唸って――



次の日。私たちは奈良・東大寺にいた。

……なぜこうなった。


「やはり大仏様は大きすぎたか……」

「だから違うって!」

「なら通天閣のビリケン。前は頭だった! 次は足の裏を――」

「足も頭も関係ないから!」


私は手すりをコン、と鳴らしてツッコむ。

「まず状況整理しよ。地球に戻る以外で使える魔法、今なんかある?」

「現状、何もない!」(胸を張るな)

「せっかくのチート、使えなかったら意味ないからね!」

私の容赦ない一撃に、小さい母はちょっとしゅん。


「……その、もう一人の虹が何か言ってた? ヒントでも」

「うーん……力は上手に使わないとダメ、って。あと、強い魔力は引き寄せられる、とか」

「上手に、引き寄せる……わからん!」


(テレポ……“移動”だけは発動してる。異世界テレポートが母の固有の可能性――)


私はスマホを出し、「異世界 テレポート 転移」で検索。

「――うわ、怪しいまとめばっか」

スクロール、広告、謎診断……。

そこで一つ、Amazonのレビューが目に止まる。


『異世界ユノリアの歩き方』――“どこか”の国の生活案内。著者は新道ヒカル。

(ユノリア……お母さんが言ってた四つの王国のひとつに似てる。評価は★2……地雷臭)


悩んだ末、ポチる。

母は梅昆布茶、父はテレビ。私だけ現実に取り残されたみたいで、ちょっとだけ胸がきゅっとなる。



翌日。本が届く。カッターで梱包を開け、ページをめくる。

ざらつく紙、かすれたインク。――一行目から、喉が鳴った。


通貨はルク(Luc)。銅・銀・金の三種(パン一個=銅一ルクくらい)。

食はユノリア名物「白うさぎのミートパイ」。冬に旨い。

別れ際の挨拶は「良き風を」。

北の王都から南へ――舟は風を掴み、人は風を待つ。


「……読ませて」

母が肩越しから覗く。

「『良き風を』は向こうで聞いた。国は違うけど。白うさぎのミートパイもある。ルク……は使ったことない」

「お金持ったことないの?」

「貧乏だったからな」


父も椅子を引き、三人で回し読み。ページから市場の呼び声や港の風が立ち上がり、こっちの日常と継ぎ目なく混ざっていく。


最後のページ。著者名――新道ヒカル。

隅にペン書きの走り書き。

《旅は続く。良き風を。》


「新道……ヒカル……?」


空気が微かに揺れた気がしたとき、父が手を挙げる。

「作者、X(旧Twitter)やってるみたいだね」

「どこに書いてるの?」

「ここ」――プロフィールの紹介文。

「なんだそれは?」(SNS未経験の母、首をかしげる)

「今してることや興味あることを呟くやつ」

「??」


父がスマホを操作して、作者名を検索。

四十過ぎの大人が子どもにスマホ操作を教える図、地味にシュール。

「相手に直接手紙(DM)が送れるんだよ」

「なるほど。便利だな」

「――ちょっと待って! DM送ったの? 新道ヒカルに?」

「送ったよ? ダメなのか?」

「いやダメじゃないけど……なんて送ったの」

「『異世界から帰った主婦です。一度お会いしたい』」


そんな怪しいメッセージ、誰が――


ピコン。

父のスマホが鳴る。

「返信きた。新道ヒカルから」

「マジか!?」


画面には短い文と、地図のピン。

『私も会いたいです。明日15:00、京都駅前で。良き風を』


湧く疑問。消えない違和感。

けれど、たしかにこの日を境に――日常は加速した。



次回:第15話「良き風を」/更新:金曜20:30

新道ヒカル‥

胡散臭いですよねー

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