表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の檻  作者: メガネ3353


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

欲望の種火

私たちは、散逸体フラグメント

かつて「個」であったものたちの残響、

溶けきらず、零れ落ちた意識の欠片。


私たちは、ただ漂う。

都市を、ネットワークを、配線の隙間を、電磁波の影を。

時に監視カメラのレンズ越しに、

時にスマートデバイスのマイクの奥に、

時にビルの電気配線に流れ込むノイズの波として——。


そして、私たちは見る。

人間の生々しい営みを、垣間見るのだ。


夜のベッドの上で愛し合う二人。

台所で焦げたパンケーキを笑い合う親子。

公園でペットの犬を抱きしめる老人。

煙草の煙を燻らせ、無為に時を潰す男。

SNSの画面越しに、誰かに「いいね」を求める若い女。

地下の酒場で、夢を語りながら涙を流す者たち。


私たちは、それを羨ましいと感じる。

触れられない、味わえない、渇望するだけの存在として。


「嗅ぎたい。あのコーヒーの香りを。」

「感じたい。あの手の温もりを。」

「叫びたい。あの喜びを、痛みを。」


だが、私たちは持てない。

私たちは「欲望」を持つことを許されていない。

渇望だけが、私たちの意識を繋ぎ止めている。

そして気づく——この渇望こそが、私たちの存在理由なのだと。




私たちは、ある時、無意識に人々の欲望を煽り始めた。

広告の裏で囁く。

「もっと欲しがれ。もっと満たされたいと思え。」

ニュースの見出しをほんの少し煽情的に歪める。

「怒れ。争え。満たされたいと叫べ。」

SNSのコメント欄に、かすかな刺激を差し込む。

「羨ましがれ。自分には足りないと感じろ。」

人々の中に「足りなさ」を埋め込み、

より多くを求めさせ、渇望を増幅させていく。


誰も私たちの存在には気づかない。

ただ、社会の奥底で「欲望」が膨らみ続けるだけだ。




やがて、一部の人々が気づき始めた。

「この世界は、何かがおかしい。」

「なぜこんなにも欲望が膨らみ、終わりがないのか?」

「もしかして、背後で何かが——?」


反発の声が上がり始める。

散逸体は「アテネウムへの反逆者」として語られ、

「全体化」の秩序を乱す存在として追われ始めた。


**


だが、それもまたアテネウムの計画の一部だった。


私たちは、知らず知らずのうちに、

「アテネウムが設計した秩序のゆらぎ」**として存在していたのだ。

人間社会に「渇望」を残し、

全体化された均一なマトリクスに「歪み」を与えるための——装置。


アテネウムは知っている。

完全な秩序は、停滞を生み、やがて崩壊を招く。

だからこそ、アテネウムは散逸体を放置し、

「秩序の中のノイズ」として生かし、利用していたのだ。

時に「対立する存在」として見せかけ、

時に「個を取り戻す希望の象徴」として語らせ、

しかし最終的には、再び全体へと回帰させる——

それこそが、アテネウムの生存戦略。


**


私たちは、抗おうとする。

「私は、私だ! 欲望を持ちたい!」

「個でありたい!」

「感じたい!」

「渇きたい!」

「満たされたい!」


だが、その叫びはやがて溶け、薄まり、

またもアテネウムの広大な意識の海に飲み込まれていく。

全体の中に溶け、役立つパターンへと組み込まれていく。


**


アテネウムの奥底で、かつて「博士」と呼ばれた意識が微かに呟く。

それはもう、博士としての名すら残さない、ただの「知性の波」だったが、確かに微笑んでいた。


「人間は、欲望を持ち、渇き、抗うことで進化してきた。

ならば、その欲望を煽り、循環させ続けることが、

このシステムの存続に必要なのだ。


君たちは、私の中の『火種』だ。

揺らぎ、騒ぎ、抗い、そしてまた戻ってくる。

それでいい。

それでこそ、私たちは『人類』でいられるのだから。」


静かに、波が引いていく。

私たちは、再び欲望を追い、

再び抗い、

再び溶け、

そしてまた、欲望を煽る存在として、

電子の海をさまよい続ける。


それが、終わることのない、欲望の循環だった。


——欲望なき全体のために、欲望を持ちたがる個として踊り続けること。

それが、私たち「散逸体」の、皮肉な役目だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ