名を知らぬ君に短剣を、名を知らぬ花を貴方に4(エンドトラック2)
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最期にとんでもねぇ傷跡を残された事にゲンナリしながら、嫌だと駄々をこねるルーを馬車に押し込んだ。
帰りたくないと、馬車から身を乗り出し「また来るから」と手を振るルーを見送った。
シャラが行かないで一人にしないで、と愁嘆場じみた台詞を吐きながら手を降る姿は、大いにご近所様に誤解を振りまく。
どう考えてもお前より色々と思う所があるはずの、エリカの方が落ち着いているのはどういう事か。
馬車が角を曲がって見えなくなった所で、どっと疲労感が襲いかかってくる。
散々っぱら俺の平穏な日常を引っかき回した挙げ句に満足だけして帰って行った。
ルーはエリカを連れ帰る事叶わず、そして馬鹿は俺を連れ帰る事叶わなかった。
本当にアイツらは何をしに来たのか?
俺は溜息を押し殺しながら頭を掻く。
挙げ句にダリルは、あの馬鹿は最期の最期に俺にこんな事を言いやがった。
「シン、法王には気を付けろ。何かは分からぬが、あやつは怪しい」
そういう大事な事を去り際にコッソリ俺に言いやがった。
何が怪しいんだと俺が問い直したら、何か分からんが動きが怪しいという、実質分からないという答えが返ってきた時は殴ろうかと思った。
もしかしたらエリカの婚約者になっていたかもしれない、と知った時に殴っておけば良かった。
欲望に素直になった俺は容赦なぞせんのだ。
「騒がしい数日でしたね」
エリカが名残惜しそうに、馬車が消えた角を眺めながら言う。
「明日からまた一人でツッコみかぁ」
シャラがエリカに釣られるように言う。思わずお前はいつも相棒《声》がいるのでは? と言いかけるが思いとどまれた。
地雷を自分から踏みに行かない、俺偉い。
「お茶でも飲むか」
独り言に近い調子で呟いて家に戻る為に歩き出す、とにかく疲れを癒やしたい。
「わたくしが煎れますわ」
とエリカが俺を追い越し。
「甘い物とかあります?」
当然のようにシャラが俺を追い越した。
「教会に帰らなくて良いのか?」
シャラはルーが宿を引き払って我が家に無理矢理泊まりだした二日前から教会に帰っていない。
俺も泊まると言い出すダリルを追い出し、師匠とエルザに俺の部屋を奪われたのも、今や過去の話だ。 後はシャラを追い出せば完璧だ。
門から家のドアまでの短い石畳の上で、シャラが足を止め振り返ってくる。何だその顔は?
「追い返すんですか?」
「なんで自信満々の顔なんだよ」
ドヤ顔で俺を見てくる。
「私、お二人のお仲間なので!」
「仲間内でも礼儀が必要だって知ってるか?」
「シンさんに常識的なこと言われた!」
どういう意味だ? 決闘か?
おう? やんのか?
追い返せるものなら追い返してみろと、ドヤ顔をかましてくるシャラと睨み合う。
こいつ帰る気ねぇな? こちとらエリカとの平穏な生活を邪魔され続けてイラ度がマシマシなんだぞ。
教会まで引き摺っていってやろうか?
「あの」
俺がシャラの首根っこをぶん掴む決意した所でエリカが戸惑い気味に声をかけてきた。
彼女の声はどんな時でも美しい天上の鐘の音のようだ。
「シンは今お暇ですか?」
前後が全く繋がらないエリカの問いに、思わずシャラと目を合わせて困惑する。尋ねるまでもなく暇である。
「えっと、今から魔物でも狩りに行くとかですか?」
ドヤ顔を引っ込めたシャラが困惑しながら尋ねるが、エリカが首を横に振って否定する。
エリカが珍しく視線を惑わせ、両手を胸の前で挙げたり下げたり、普段着で良く着る白いシャツの裾を無意味に引っ張ったりと、見たことがないくらいの挙動不審さだ。
俺の隣でシャラが息を飲む。
「このタイミングで?」
謎の言葉を発して回れ右したシャラの襟を掴む。
「帰れって言ってたじゃないですか!?」
今から魔物を狩りに行く可能性もあるからだよ。シャラからの抗議を無視してエリカの言葉を待つ。
「あの、シン?」
帰らせて! 悲鳴を上げるシャラを無視する。
意を決したかのようなエリカの視線が俺の目を射貫く。
よし、今から死ねと言われたらすぐに死のう。
「わたくしは、貴方から沢山の物を貰っています」
思わず否定の声が出そうになる。
俺ばかりが君から貰ってばかりなのだと、喉まで出そうになるが、エリカの言葉が終わっていないと、何となく分かってぐっと我慢する。
「なので、貰った物に対して、足りぬのは重々承知なのですが」
なのですがぁ……。エリカの声が小さくなる。
声が小さくなるのと同時にエリカが目を伏せ、すっと手を伸ばしてくる。
エリカの可愛さに体が硬直する。思わず腕に力が入ってシャラがぐぇ!と呻く。
これは!キス!?
思わずバッチ来いという顔をして目を閉じてしまう。
「殺す気ですか!?死ねと言うのですか!」
シャラが暴れる。俺も離したいのだが、緊張で手から力が抜けないので諦めてくれ。
あの――、困惑気味のエリカの声で――、うん分かってた、そんなワケがないと。
俺は現実に立ち返る。
「そのバッチ来いみたいなお顔が、その、それはそれで凜々しいのですが? 目を開けて頂けますか?」
目を開けると、エリカの手が俺の首筋から離れていく所だった。短い夢だったが、幸せな夢だった。
ふと鼻をくすぐる香りに気が付き視線を下げる。
胸のポケットに花が刺さっている。
「以前に、わたくしの好きな花を訊かれていましたので」
エリカが、はにかみがちな笑みを浮かべる。
俺は薄桃色の花ビラを指先で撫でる。
「好きな花ではあるのですが、そのわたくし、花の名前などには詳しくなくて、好きと言いながら名すらも知らないのですが」
エリカの指が赤毛をクルクルと巻き取る。
「この前、貴方が素敵な“花”を贈ってくださいましたので」
深呼吸する。鼻腔に花の香りが充満する。
「ちょっと時を止める魔法を探しに行ってくる」
「ちょっとで探しに行く魔法じゃないですよ?」
エリカがキョトンとした顔をする。
「だって」
自分の口から思った以上に情けない声が出た。
「枯れるじゃないか」
エリカが好きだと言った花は、季節さえ合えば割と何処にでも生えている花だ。
群生する事が無く、街道ぞいにポツンと咲いていたりする。俺も名前は知らないが、街道を歩いている時に、ふと目に入って和ませてくれる。
大きく見た目も良い花だが、群生しないという性質と相まって人工栽培が難しいらしく、ファルタール王都の花屋でも売られていない。
そして、土から離れるとスンと枯れる。三日ほど経つと、どれだけ工夫をしていても、それまで綺麗に咲いていたとは思えない程にあっけなく枯れる。
つまり俺にはあと三日しか時間がない。
何とかしてこの花の時間を止める魔法を見つけなければならない。我が至宝である。
「枯れたのならば……」
何故かエリカの口から俺以上の決意を感じさせる声が出る。
「また来年、貴方に花を贈りましょう」
「じゃあ、俺も来年また花を贈るよ」
ノータイムで来年の約束を交わす。色々な事に目を瞑る。来年には今の関係は解消されているはずだとか、単に今の関係が終わっても友人としての付き合いが続くのだから、とか。
だがまぁ、現実が追いつくまでは夢しかないのだ。
夢の間は可能性は無限大だ。
エリカがポカンとした顔で俺を見ている。流石に可能性に賭け過ぎたか?
胸の前で右手と左手の指を付けたり離したりしている、言葉を探しているのだろうか?
ここでエリカの口から現実を報されたら自殺一直線だ。夢大事、可能性こそ全てを肯定する。
「次は花の名前を調べておくよ」
俺の軽口に、ありがとう御座います、と消えるようなエリカの声。
「わたくしも、次は知っている花を」
エリカがそう言って俺の胸に刺さった花をすっと撫で、はにかむように笑う。
「あの、すいません、私が悪かったです。帰ります。帰りますから離して下さい」
気が付けばシャラが両手で顔を覆いながら泣いていた。まともに立ててすらいないので、俺の片腕に全体重が掛かっている。
瞬間、手を離したくなる。
「素直に致して下さい、まだその方がマシです」
何を致すと言うのか? シャラの発言に意味が分からなくてエリカと一緒に首を傾げる。
エリカが嗚呼と呟き手を叩く。
「長々と立ち話に付き合わせてしまいましたね。さあ中に入ってお茶でも飲みましょう。お茶菓子も甘いのがありますよ」
エリカがドアを開けて入るので、俺もそれに従おうと足を進めようとする。
「違う!違う!そうじゃ、そうじゃない! 教会帰りたい!」
「エリカがお茶に誘って断るとか無いだろ」
騒々しく騒ぐシャラを引き摺って中に入る。
「二人きりになりたかったんでしょぉ?」
「来年までの確約が出来たんだよ」
可能性の話だけどな。
「時間がたっぷりあるなら、幸せな時間を他人と共有しようというのは常識的な考えだろ」
「それ多分、世の独身が聞いたら刃物持って襲いかかってくる奴ですよ」
なんでだ?
意味が分からなくて、やっぱり首を傾げる。
「全員返り討ちにしてやるよ」
家の奥から俺を呼ぶエリカの声がする。この前買ったクッキーの場所が分からないらしい。
「ほら、美味いクッキーが待ってるぞ」
そう言って手を離す。
「急に塩っぱいお菓子が食べたくなってきました」
「我が儘な奴だなぁ」
シャラがシンさんだけには言われたくないと失礼な事を言う。
おかしい、静かな生活が戻ってきたはずなのにそんな気がしない。
「花に囲まれ静かに暮らしたい」
思わずボヤいたら呆れた目でシャラに見られた。
何だ? 視線で問い返すと溜息まで吐かれた。
「ほら、シンさんの方が我が儘です。どこまで欲深いんですか、今は名前の知っている花が待ってますよ」
そう言ってシャラが俺の背中を押す。
「成る程、上手いこと言う」
「静けさは諦めてください、全部シンさんのせいですから」
俺を追い越しシャラが言う。
理不尽な話だ。うるさいのは俺のせいだと?
奥から再びエリカが俺を呼ぶ声がする、クッキーの場所がまだ分からないらしい。
シャラが先程ぶりのドヤ顔をして振り返る。
「それに、嫌いじゃ無いですよね?騒がしいの」
俺はそれには応えずに、今行くとエリカに応える。
シャラが今日一のドヤ顔を披露して、エリカーとパタパタと歩いて行く。ついさっき帰ると喚いていたのは誰なのか。
だがまぁ真実だ。
名前を知らない奴と殺し合い、名前の知らない花を貰う。
まぁこんな生活してれば静けさとは無縁だろう。
これで静けさが好きとか、確かに呆れられるし、欲深いと笑われるだろう。
素直になったとのたまう癖に、相変わらず嘘つきだ。
何ですかこのクッキー! 砂糖の塊じゃないですか!
シャラの叫び声に、絶対に俺だけのせいじゃないと思いつつ足を進める。
成る程、次はやっぱり名前の知ってる花を贈ろう。花の名前を知っていると、愛おしさがマシマシだ。
名の知らぬ花を一撫でして、俺は愛しき花の元へと足を進めた。
第三章 名前なんて知らなくても 完




