5. 最後のお願い
「そっか……じゃあ最後のお願いきいてくれる?」
「最後のお願い?」
あっさり『最後』と口にされ、あたしは少し動揺した。勝手なもんだ……自分が先に言ったくせに。
うつむくと、視界に大きな革靴の先が見えた……いつの間にか距離が縮まっていた。
「ティアラ、つけてみせてよ」
「え……」
「その鞄の中に入っているんでしょ? ほら出して」
「あ、うん」
テキパキと言われるがままに、あわてて鞄をさぐった。取り出したティアラは伸ばされた手に奪われ、次の瞬間、吐息が……耳にかすめた。
「じっとしてて……そのまま」
頭上にそっと乗せられた何か。あたしには見えないティアラ。そのまま両手がゆっくりと髪を梳いて整えていく。そしていつの間にか頬が包まれ、顔をすくい上げられた。
「……すごく似合ってる」
近づいてくる顔の方がずっと綺麗で、あたしは怖くなって目を閉じた。鼻になにかぶつかり、こすられた。
「これ、魔法の国のあいさつって知ってた?」
目を開けると至近距離に彼の顔があって、冷たい鼻がこすれ合う感触がくすぐったい。あたしはあっけにとられ、されるがままになっていた。
「……で、次は魔法の国での、呪いをとく方法だけど」
「の、呪い?」
「そ。悪い考えにとらわれちゃう呪い。それはね、自信を失って、自分自身を傷つけて苦しめてしまうんだ」
彼の瞳は真剣そのもので、冗談言っている顔じゃなかった。
「過去の自分に振りまわされて、今の自分ばかりか相手も見えなくなっているんだ。真紀ちゃん、そんなの違うと思わない?」
「だ、だって……」
「君はいったい、どこの王子様を期待しているんだろうね。勝手に美化してるみたいだけど……嫌われないよう格好つけて、触れたい気持ちを必死に押さえて、デートすら妹に便乗してこぎつけるような真似してる。カッコわりぃ。本当は全然余裕ない、なさけない男だよ?」
ぶつかる額と鼻がやけに熱くなってきて、心臓がバクバクと破裂しそうだ。
「こんなつまらない呪いはすぐにといてあげないと、お姫様は勘違いしたまま遠くへ行ってしまう……だから」
吐息まで飲みこまれそうな熱いキスが降りてきた。やわらかくて甘くて、唇に全身の感覚が集中していく。角度を変えられて何度も何度も、意識をすべて持っていかれそうになる。立っている足に力が入らず、しゃがみこみそうになると、今度は唇を繋げたまま両手で体を抱きしめられた。
「……ズルイ」
「ずるくないよ」
息継ぎもままならず、あたしは必死に言葉をつなぐ。
「も、わかっ……た、から……やめ」
「ん……もう少し……」
甘いせめぎ合いが、たまらない気持ちになってくる。
「真紀ちゃん……好きだよ」
ようやく唇をはなされて、そこで告白された。
「順番……逆だろ」
そっぽを向いて熱く痺れる唇を抑えるように隠すと、改めて抱きしめられた。
――こいつ……もしかしてあたしの気持ちに気づいてる!?
「あたしの気持ち、いつから気づいてた?」
「わりと前から」
「わりと前!?」
「嘘。ついさっき」
「……どうして?」
「女の子の顔してたから」
ゆったりと抱きしめられ、それから両肩をつかんで体の向きを変えられる。とたんに瞳に映ったのは、輝くばかりにまばゆい地上の星で……たくさんの夢の住人たちが手を振っていた。
「もうパレードが終わる……夢の国ともお別れの時間だ」
「お別れの……」
「そう。でも俺たちは一緒に帰るんだよ。現実の世界にね。だから手をつなごうか……現実の世界はたくさんの人がいて、迷子になりやすいからね。しっかりと手を繋いでおかないと危ないんだよ」
言いたいことはたくさんあるけど、どれも言葉にするのはむずかしそうだから黙って手をつないだ。
「……迷子になんかならねーよ」
(おわり)
最後はひたすら甘くなりました。これで二人の話は完結です。ここまで読んでくださった皆さま、おつきあいくださりありがとうございました!