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帰る空~桜舞う記憶~  作者: 雨宮ぐみ


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13/20

「終戦前夜」


――あの日、私は知らない青年に「帰ってきて」と願った。

十七歳の夏。

家族旅行で訪れた鹿児島・知覧。

そこで私は、一枚の写真に出会った。

写真の中にいたのは、まだ少年の面影を残した十八歳の青年だった。

知らない人のはずなのに、なぜか懐かしい。

初めて見る写真なのに、ずっと昔から知っているような気がする。

そして、その青年が家族に残した一通の手紙を読んだとき、理由も分からないまま涙があふれた。

――帰ってきて。

心の中で、そう願っていた。

その夜、私は不思議な夢を見る。

戦争の時代。

一つの家族。

そして、幼い少女を抱きしめる青年。

少女の名前は、桜子。

青年は、誠司。

けれど私は知らなかった。

その少女が、かつての私自身だったことを。

そして――

この家族が、もう一度私を必要としていることを。

時代を越えて与えられた、小さな命。

見えるのは、人の心。

そして、まだ決まっていない未来。

けれど、未来を変えるということは、誰か一人を救えば終わることではなかった。

父の葛藤。

母の祈り。

兄の恐怖と覚悟。

そして、幼い妹の「生きてほしい」という願い。

戦争によって引き裂かれようとする家族を前に、桜子は何度も未来を見る。

何度も迷い、何度も涙を流す。

それでも――

「みんな一緒に生きてほしい」

その願いだけは、決して手放さなかった。

これは、過去に生きた一つの家族と、未来から戻ってきた一人の少女の物語。

そして、

「もし、あの時代にもう一度戻ることができたなら――」

そんな問いから始まる、家族と平和の物語です。

過去を変えることはできない。

けれど、過去から受け取った想いを、未来へつなぐことはできる。

この物語を読んでくださるあなたの心に、桜子たちの願いが届きますように。

そして、二度と同じ悲しみを繰り返さない未来を、私たち一人ひとりが願い続けられますように。

第十三話 「終戦前夜」


昭和二十年八月十四日。


朝から空が低かった。


夏雲は厚く、西の山々を覆うように広がっている。


蝉は鳴いている。


けれど、その声さえどこか遠く聞こえた。


桜子は縁側で秘密の日記を開く。


白紙だったページへ、ゆっくり文字が浮かぶ。


明日、空が泣く。


「……。」


桜子はそっと指でなぞった。


(十五日。)


(終戦の日。)


令和では当たり前に知っていた日。


でも今、この家には誰も知らない。


父も。


母も。


誠司も。


知覧の森本も。


父の軍服


勝は珍しく、古い軍服を丁寧に畳み直していた。


泥を払い、襟を整え、軍帽を静かに置く。


桜子が隣へ座る。


「お父さん。」


「なんだ。」


「お洋服。」


「大事?」


勝は少し笑った。


「大事だ。」


「長い間、一緒に歩いてきたからな。」


少し黙る。


そして小さく付け加えた。


「だが。」


「一番大事なのは。」


桜子の頭を撫でた。


「帰る場所だ。」


桜子は胸が熱くなった。


(お父さん。)


(もう変わってる。)


知覧の夕暮れ


同じ頃。


知覧飛行場。


森本清志は格納庫の前で工具を片付けていた。


夕焼けが滑走路を赤く染める。


飛行兵たちは黙って空を見ていた。


誰も口にはしない。


けれど皆、何かを感じていた。


教官が静かに言う。


「今日は早く休め。」


それだけだった。


森本は胸ポケットの手紙を取り出す。


誠司の字。


帰るために飛びたい。


何度読んでも、その言葉は温かかった。


「帰ろうな。」


誰へ向けた言葉か、自分でも分からなかった。


幻の青年


夜。


桜子は庭へ出た。


風が止んでいる。


星が近い。


その時。


桜の木の下へ、人影が立った。


軍服姿。


あの青年だった。


知覧で何度も見かけた、不思議な青年。


「桜子。」


「うん。」


今度は怖くなかった。


青年は優しく笑う。


「約束を覚えてる?」


桜子は首を傾げる。


「まだ全部は。」


青年は空を見上げる。


「誠司だけじゃない。」


「守りたかった人がいる。」


「家族。」


「友達。」


「帰れなかった人。」


桜子は涙ぐむ。


「みんな。」


青年は頷いた。


「だから。」


「明日は。」


「泣いていい。」


そう言うと、星明かりへ溶けるように消えた。


八月十五日


朝。


空は曇っていた。


風も弱い。


村の人たちがざわめいている。


「正午に放送があるらしい。」


「大事なお知らせだ。」


誰も内容を知らない。


桜子だけが知っている。


(もうすぐ。)


胸が苦しい。


誠司は縁側へ座る。


「桜子。」


「うん。」


「なんか。」


「今日は静かだな。」


桜子は頷く。


「空。」


「泣く。」


誠司は少し笑った。


「また夢か。」


「うん。」


「夢。」


正午


家族四人。


村の人たち。


皆が集まる。


古いラジオ。


雑音。


「ザー……。」


そして。


天皇の玉音放送が流れ始めた。


難しい言葉。


静かな声。


村中が息を呑む。


勝は直立したまま動かない。


千代美は手を合わせる。


誠司は目を閉じる。


桜子は涙をこらえきれなかった。


(終わった。)


(やっと。)


(でも。)


(ここからなんだ。)


放送が終わる。


誰もすぐには動けなかった。


蝉だけが鳴いていた。


父の涙


勝はゆっくり軍帽を外した。


初めて見た。


父の涙だった。


「終わった。」


たった一言。


その声は震えていた。


誠司が静かに肩へ手を置く。


「父さん。」


勝は頷いた。


「生きよう。」


その言葉は軍人ではなく、一人の父親の言葉だった。


知覧の空


同じ時刻。


知覧飛行場。


滑走路は静まり返っていた。


森本は空を見上げる。


飛行機は飛ばない。


誰も走らない。


ただ風だけが吹いていた。


教官が帽子を外す。


「終わった。」


若い飛行兵たちの中には泣く者もいた。


笑う者もいた。


座り込む者もいた。


森本は胸ポケットの手紙を握る。


「誠司。」


「約束。」


「帰る空が来た。」


日記の最後の約束


夜。


桜子は秘密の日記を開いた。


「明日、空が泣く。」


その文字は消えていた。


代わりに現れた言葉。


約束は終わらない。


その下へ。


初めて、自分の意思で文字を書く。


まだ拙い字。


それでも、ゆっくり。


みんなで生きる。


書き終えた瞬間。


木製飛行機が風もないのに、小さく揺れた。


窓の外。


雲が切れた。


夜空には、満天の星。


桜子は木製飛行機を胸へ抱く。


「お兄ちゃん。」


「うん。」


「これから。」


「帰る飛行機。」


誠司は優しく笑った。


「一緒に作ろう。」


その約束は、もう戦争のためではなかった。


未来のための約束だった。


そして遠い知覧でも、森本清志は同じ星空を見上げながら、小さく呟いていた。


「また会おう。」


今度は、生きたまま。


その願いは、戦争が終わった夜空へ静かに溶けていった。


第十三話 終。



この物語を書き終えて、最後に残ったのは、一つの問いでした。

「命を守るとは、どういうことなのだろう。」

戦争の時代には、多くの人が自分の大切な人を残して、戦地へ向かいました。

そこには、それぞれの覚悟があり、家族への愛があり、そして言葉にできない恐怖もあったのだと思います。

私たちが今、当たり前のように過ごしている日常。

家族と食卓を囲むこと。

「いってらっしゃい」と送り出し、「おかえり」と迎えること。

好きな人と笑うこと。

明日の予定を考えること。

将来の夢を語ること。

それらは決して当たり前のものではありません。

この物語の中で、桜子は過去へ転生し、未来を変えようとします。

けれど、本当に変えたかったのは、一人の人間の運命だけではありません。

「誰かが犠牲にならなければならない」という未来そのものでした。

兄を救うために父が犠牲になる。

父を救うために兄が犠牲になる。

そんな未来ではなく、

父も、母も、兄も、妹も――

家族全員が生きて、笑って、未来を迎える。

桜子が最後まで願ったのは、そんな未来でした。

そして、物語の中で桜子が持つ「人の心が見える力」と「未来を見る力」は、特別な力でありながら、実は私たちにもあるものなのかもしれません。

誰かの悲しみに気づくこと。

誰かの苦しみに寄り添うこと。

大切な人を失いたくないと思うこと。

そして、

「明日は今日より平和であってほしい」

と願うこと。

それもまた、未来を変える小さな力なのだと思います。

知覧で残された写真や手紙は、過去から未来へ届けられた言葉です。

その言葉を受け取った私たちが、何を感じ、何を未来へ残していくのか。

それは、この物語を読んでくださった皆さん一人ひとりに託されているのだと思います。

最後に。

桜子が願った、

「みんな一緒に生きてほしい」

という言葉が、どうか物語の中だけの願いになりませんように。

戦争を知らない世代から、また次の世代へ。

家族を想う気持ちを。

平和を願う心を。

そして、かけがえのない命の大切さを。

この物語が、ほんの少しでも未来へつなぐ橋になれば幸いです。

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