志希、ロマン砲で世界へ
一人のリスナーの書き込みをきっかけに、コメント欄の空気が変わった。
《志希、それ”カード落としちゃった男じゃね?”》
志希は瞬きを繰り返す。
「……え?
カード落としちゃった男……?」
《知らないの?》
別のリスナーが畳みかける。
《その男、ネットで話題になってるんだよ》
志希は首をかしげたまま固まっている。
──10年ほど前、ネットを騒がせた“ある動画”があった。
舞台はバスの中。
青年が手にしていたカードを落とした瞬間、
車内に響き渡るほどの絶叫が上がる。
「うわー!!どうか行かないで……!!」
「あー!落としちゃった……!!」
「ゲームのカード落としちゃった!!!」
周囲の乗客が距離を取るレベルの全力発狂。
そこへ、バスの運転士が恐る恐る声をかけた。
「どうかぁ、しましたか?」
青年は涙目で即答する。
「はい!!ゲームのカードを落としてしまったのですが!!」
──ただそれだけの動画だった。
だが、その異様なテンションと必死さが妙にウケて、
動画は一気に拡散。
いつしかネット民の手によって、
“カードを落とした者の前に現れる謎の男”
という、全く根拠のない都市伝説が作られてしまった。
コメント欄に、そんな噂が次々と流れ込む。
《落としたカードを拾ってくれる謎の男》
《気づいたら目の前に立ってる》
《俺も今度カード落としてみようかな》
志希は目を丸くした。
「えっ……そんな人いるの……?」
もちろん、そのほとんどは創作だ。
──“男がカードゲーマーである”という一点を除いては。
《その人、クロノ・アークの元プレイヤーらしい》
《SNSはやってないけど、今は大会運営に関わってるって噂》
発端は、数年前に匿名プレイヤーがXに書き込んだ情報だった。
クロノ・アークの大会スタッフに、
“カード落としちゃった男”に似た人物がいたというのだ。
画像は添付されていなかったが、年齢的にも辻褄は合う。
《それマジ?》
《本人の可能性は十分にあるな》
志希の目が一気に輝く。
「どうしたら会えるの!?
どこに行けばいいの!?
婚姻届持って行けばいい!?」
弟がため息をつく。
「志希、とりあえず落ち着け」
志希は落ち着けるわけがなかった。
「会えるじゃん!!
大会行けば会えるじゃん!!
私、行く!!
クロノ・アーク始める!!
”恋愛イベント強制発動”ロマン砲デッキ組む!!」
弟は即座に頭を抱えた。
「いや重すぎるだろ!!」
コメント欄が爆発する。
《恋愛の動機でTCG始める女》
《大会でプロポーズする気か》
《志希の構築、重すぎて回らない》
《事故率100%の未来が見える》
志希は拳を握りしめた。
「待っててね……運命の人……
私、絶対見つけるから……!」
そのとき、最初に情報をくれたリスナーがコメントした。
《志希、チャンピオンシップ行けば再会できるかもよ》
「えっ!?
チャンピオンシップって何!?」
《クロノ・アークの世界大会。
“カード落としちゃった男”って、
元々あの界隈で有名な人なんだよ。
世界中の大会に顔出してるらしい》
「世界……!?
世界に行けば……会えるの……?」
志希の目が輝く。
「……行く!!
私、世界に行く!!
彼に会って……結婚する!!」
弟「いや、ルール知らないんだから無理だろ」
「無理じゃない!!
カードが繋いだ運命なんだよ!!」
コメント欄:
《志希、パスポート持ってる?》
志希「持ってない!!」
弟「まずそこからだよ」
そして志希は配信を締める。
「みんな……
私、世界に行くよ……
彼に会うために……
カードが導いてくれたんだよね……
やば……私、国際恋愛ヒロインじゃん……!」
リスナーは悟った。
志希は今日もブレない。




