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【完結】鳥籠の華は皇后選定を乗り切りたいっ! ──呪われた皇帝を救いましょう──  作者: 山咲莉亜
番外編

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地獄もきっと、楽園になる

 皇后が暮らし、妃の宮で唯一皇帝の部屋も存在する『四季の宮』。

 月明かりが眩しいその夜、蓮華の夫である華黒曜は、久方ぶりにこの部屋へやってきた。


 というのも、皇后選定の結果のお披露目からはまだそれほど時間が経っていないが、皇后選定はもっと前に終わっているのだ。あれ以来、黒曜は今まで以上に仕事に追われていたようで、今日ようやく一段落付いたのだと言っていた。


「──それでね、黒曜様。そういうことなら四夫人の皆様と『誰が最も陛下の魅力を語れるか』という勝負をしましょうと持ちかけたのです。すると皆様は何とおっしゃったと思います?」


 皇后陛下に敵うはずがありませんでしょう、ですって。


 呆れたように言う彼女たちを思い出して微笑み、蓮華の隣で横になって話を聞いていた黒曜に視線を向ければ、その瞼が閉じていることに気付いた。

 眩しく美しく輝く月をも遮断する、静かな天蓋の中。あら、と呟いた蓮華の声はやけに大きく聞こえた。


 ほんの数分前までは相槌を打っていたのに、急に眠りについてしまった。それだけ疲れていたのだろうと、いかに激務か分かって心配になる。

 皇后となった蓮華や四夫人たちも多忙だったけれど、彼は恐らくその比ではない。


 ──瑞朱華国の皇后は『皇后選定』で勝ち抜いた妃となるので、皇帝の代理として外交等を行なったりできるくらいに権力があるのだ。皇帝が崩御した際は、皇帝代理として全権を持ち、皇太子指名だってできる。そうなると当然、皇帝と同じ物を見て同じように仕事ができなければならない。


「少しでも早く、わたくしが黒曜様の仕事を分担できるようにならなければ……」


 そう意気込んで、寝転んだまま頬杖を付く。

 隣で眠る黒曜の寝顔を引き続き眺めながら、『仕事は慣れるしかないとしても、今すぐにお役に立てることはないかしら』と考えを巡らせた。


 蓮華は生まれ……つまり、『瑞家直系の女性』として強力な異能を持つ以外、突出した才がない。皇后として国や皇帝の役に立てそうなのは芸事よりも異能かもしれないけれど、蓮華のように特殊すぎても安易に使えなくて困るのだ。

 それでも今すぐに何かできるとすれば、それは異能関係くらいしかないと思う。


「……あっ」


 そうだわ、と隣で眠る黒曜の顔を凝視した。


 皇帝、華黒曜が持つ異能は『豊穣』。今のところ瑞朱華国では直系皇族にしか発現したことがなく、さらに黒曜の場合はかなり強力なので、皇帝ではなく黒曜個人としても国を支えてくれていることになる。

 ただ、これはどう足掻いても戦闘には使えない異能。いくら黒曜の剣術の腕が一流とは言っても。それこそ護衛をほとんど付けずに過ごすほどの腕前と言えども、持っている異能が戦闘に向かないのは些か危険ではないだろうか?


 つい最近まで異能を利用した『呪い』だって掛けられていたのだ。用心するに越したことはない。


「わたくしが剥奪した異能なら……」


 蓮華の異能の中に、いくつかは戦闘特化のものがあったはず。


 常人は蓮華と違って複数の異能に耐えられる体を持っていないけれど、黒曜は強大な呪いに耐え、あの芙蓉に引かれるほどに体が頑丈なのだ。だからきっと、使える異能が増えても大丈夫だと思う。


 さて、どれを譲渡しようか。単純に外傷を与えるもの、呪いのような類ではないけれど内側からじわじわと衰弱させていくもの。そのような攻撃性を持つ異能でもいいけれど、もう少し捻りがほしい。


「例えばそう……黒曜様は剣術の腕がとても良くていらっしゃるから、その才を邪魔しないものがいいかしら……?」


 そうは言っても、中々に悩ましい。誰であろうと原則ひとつしか持たないとされている異能だが、蓮華が扱えるのは二十種類前後である。戦闘に向く異能はその半分ほどだ。


 手元に並べられた複数の札を見渡すように、ひとつずつ扱える異能を思い出す。

 黒曜の才を邪魔せず、強力で、負担や制限が少ないもの。


 うーん、と首を傾げていた蓮華は、やがて何かを思い出したかのようにゆっくりと目を見開いた。


「……反射」


 そうだ、『反射』が良いのではないだろうか?

 この異能はあまり護衛を連れ歩かない蓮華が重宝していた物だけれど、だからこそその効力は保証する。他にも自分の身を守る手段や攻撃手段があるので、譲渡してもほんの少し不便なくらいだろう。


 ──もしも誰かに攻撃を仕掛けられたとして。

 この異能は、術者に防御壁を張ると同時にすべての攻撃を敵に返す。


 防御壁も攻撃反射も、効果範囲が非常に狭く術者本人しか恩恵を受けられないという制限付きだけれど、その欠点を補っても余りある有用な力だ。


「防御も攻撃もできるのだから……」


 皇帝が持つに相応しいでしょう、と呟きながら異能を発動するべく、黒曜の顔をそっと覆うようにして片手をかざした。


「何をしている!」

「──ッ!?」


 異能を発動しようとした瞬間。眠っていたはずの黒曜は、蓮華の手を振り払って飛び起きた。同じ寝台の上ではあるものの、すぐさま距離を取った黒曜を見て『やらかした』ことを悟る。

 黒曜は妃に呪いを掛けられたことがあるのだ。また何かされるかもしれないと警戒したのだろう。


 眉を寄せ、厳しい視線を向けてくる黒曜に、蓮華は慌てて弁明するべく口を開く。


「驚かせてしまって申し訳ありません、黒曜様。誓って、あなたに危害を加えようとしたわけではないのです。ただ、わたくしの異能を譲渡しようとしただけで……」


 事前に許可を取るべきでした、と反省の意を示すべく頭を下げる。ややあって、本気で疲れているような大きなため息が降ってきて、蓮華はより身を縮める。


「……顔を上げろ。そんなことだろうと思った。元より蓮華に命を狙われる心配などしていない」


 蓮華への信用を示す言葉にホッと息を吐けば、そのタイミングを見計らったように『だが』と再び冷たい声が響く。


「『異能を譲渡しようとした()()』と言ったか? その『だけ』が、なぜ許されると思う? それはお前の命を削る異能だと前に言っていたはずだが」

「ですが……たった一年、わたくしの寿命が縮むだけですよ? わたくしが黒曜様に譲渡しようとした異能は『反射』というもので、もしも誰かに危害を加えられそうになった時、術者に防御壁を張ると同時にすべての攻撃を敵に返します。尊きお方の御身を守るのに、これ以上のものは中々ないでしょう。わたくしの一年(それ)だけで黒曜様の御身がより安全になるのなら、おつりが出るくらいだと思いますが……」


 皇后になったのだから、蓮華の体はもう蓮華ひとりの物ではない。それに異能で寿命を削り、結果的にまた黒曜の家族を奪ってしまうようなことはしたくないと言った記憶がある。けれど、たったの一年だ。あってもなくても、然程変わらないと思う。


 なぜ黒曜に怒られているのか分からず、どのように説得すればいいのかと困ってしまって、首を傾げながら僅かに眉を下げた。


 そんな蓮華の様子に苛立ちが増したのか。それとも呆れてしまったのか、頭が痛いと言うように額を押さえる黒曜。


「蓮華。お前は今まで一体何度自分の寿命を削った? ……いや、皇后選定の折に言っていたな。覚えているだけでも剥奪した数は二十、うち十は生きている者から奪ったために最低でも十年は寿命が縮んでいる……だったか」

「…………」


 そうだ、黒曜には寿命が一年縮んでしまう『剥奪・譲渡』の異能を使ったおおよその数を言ってしまったのだ。それに加え、皇后選定中に黒曜の呪いを消すため、追加で六年分の未来を失った。


「ハッキリ言うが、蓮華は自分の命を軽視しすぎている。未来の命にあまり実感がないのかもしれないが……」

「ですが、たったの一年──」

「蓮華は私を愛していると言っていたな? ならばもし、私がお前と同じような運命を抱えていればどう思う。…………忘れるな、正常な感覚を失うな。『たったの』一年が積み重なった結果、すでに最低でも十六年だ。十六年もあれば、一体どれほどのことができる? 一年長く生きるだけで、何度幸福を感じられると思う? 私はお前を皇后に選んだ時、この世で誰よりも幸せにすると誓ったのだが」


 さすがの蓮華も正論だ、と素直に思った。

 怒っていたはずの黒曜は次第に悲しみを堪えるように眉を寄せていく。シーツを握りしめるその手は、極僅かだけ震えているように見える。


 ────蓮華は、黒曜を悲しませたのだ。


 それを理解した途端、ドクンと心臓が嫌な音を立て、顔が強張るのを感じた。


「……申し訳、ございません」


 かろうじて謝罪の言葉だけ絞り出せば、その声でさえも情けなく震えている。


「別に謝罪を求めているわけではない。とはいえ、お前の場合は自分の命の価値は理解しているつもりでできていないのだろうな。……ああ、そうだ。これから何度でも言ってやる。自分の命を大切にしろと」


 自分の命を、大切に。


 それはどうするのが正解なのか、もっと具体的に教えてもらえないだろうか。だって蓮華は、最初から自分の命を杜撰(ずさん)に扱っているつもりはない。


 戸惑う蓮華に気付いているのか否か、黒曜はさらに言葉を続けた。


「蓮華。お前が死ぬ時は、必ず私も一緒だ。事故でも病でも、寿命であろうと。分かったな?」


 いつの間にかこちらへ近付いていた黒曜は、軽く俯いていた蓮華の顔をそっと持ち上げ、正面から視線を合わせようとする。その目があまりにも真摯で愛に満ちていたから、今の言葉が本気であることが嫌でも分かってしまったのだ。

 つまり黒曜は、蓮華が自分の命を削れば黒曜の寿命も縮まってしまうのだと……きっと、そう言いたいのだろう。




 それから蓮華は黒曜の言う通り『反射』の異能を譲渡することを諦めた。けれど、『本当に必要だと判断すれば、問答無用で譲渡する』と宣言しておいたので、今後はもっと身の安全に気を遣ってくれると嬉しい。


 やがてピリピリとした空気が消えた頃、再び自身の隣で寝転び、すっかり目が覚めたと言うように蓮華の顔を眺める黒曜に問うた。


「それにしても黒曜様、先ほどは眠っておられたのでは? それに……黒曜様がわたくしと一緒に死ぬ必要などないと思うのですが……」

「まだ言うか。……元より熟睡はしていなかった。夢と現実の狭間にいた頃、不穏な気配を感じたんだ。生死を共にすると言ったことに関しては本気だぞ。……私はお前が思っているよりずっと、蓮華を愛している。もう蓮華のいない世界では生きられないんだ」


 ああ……何でもないような声色で、けれど情熱的な瞳で、なぜこれほど心臓に悪いことを言えるのか。

 黒曜は平然としているけれど、いつだって蓮華は全力で心を乱されている。蓮華だって黒曜のことが大好きなのに、蓮華ばかりドキドキさせられるのでは不公平ではないか。


 ただ、今はまだ黒曜に勝てる気がしない。ならばせめて、今伝えるべきことだけでも言ってしまおう。


「それではわたくしは、黒曜様に少しでも長生きしていただくため……黒曜様より一分、一秒でも長く生きてみせますわ。皇后選定の結果のお披露目の晩、『黒曜様の家族を奪いたくない』とお伝えしたのは本心ですもの!」


 そうして執務の引き継ぎや家族への根回し等をすべて終わらせたら、蓮華も黒曜の後を追うのだ。きっと止められるから秘密にしておくけれど、すぐに黒曜の元へ追い付いてみせる。『死』ですらも蓮華と黒曜を引き裂くことはできないし、させないのだ。そうして、地獄でもどこへでもお供しよう。


 壮大な決意を胸に微笑めば、何かに驚いたように目を瞠っていた黒曜もまた、つられるようにして優しく笑った。

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