3 夕麗 Lost In Logic (17)
「お?」と亮月が声を上げたのは、それから少し歩いたところでのことである。
「どうしたの」
長谷川の声に彼女は振り向いて言う。
「いや、なんかさ。広いとこに出たみたい。携帯のライトが壁まで届かない。あ、いや――」
亮月は言葉を飲む。
そして、彼女は黙ったまま手招きをして二人を誘導する。
長谷川は少し不審に思って、有坂と顔を見合わせる。
この辺りは通路の出口にあたる位置らしく、暗闇ながらもこの先に続く空間がかなりの広さを持っているという気配は感じる。亮月は出口を抜けたところにいるようだ。
二人はゆっくりと亮月のいるところに足を踏み入れる。
出口を出た瞬間、いきなり青白い光の帯が目の前に広がる。
そして、その光が映し出した光景を見て二人は言葉を失った。
「すごい……」
通路を抜けたその先は、とてつもない大空洞を望む高台の上だった。
天井の隙間からは、やや青みがかった光の帯が雨のように降り注いでる。
太陽の光だろうか。外は夕焼けだろうに赤の色は感じなかった。
淡く拡散したその光の粒子が照らすのは、大空洞の底辺を構成する大地である。
薄青くそして鈍く光る地平。大地の左端には光を受けてキラキラと輝く地底の川。そして――空洞全体にポツリポツリと点在する古代の家のような建造物。
そこまでを認めて長谷川はすぅと息を吸い込む。――呼吸を忘れていた。青い空気が体の中に入り込み溶け込んでいく。息を吐くと少し落ち着いた。
「階段あるぜ」
亮月が右手の方向を指し示す。下に降りられるようだ。
長谷川は亮月の右手に従って下を覗き込む。階段は壁伝いに弧を描きながら伸びているらしい。
三人は一瞬顔を見合わせたが、どうやら意見は一致しているようだった。
今度は長谷川が先頭に立つ。
理由は有坂曰く「亮月がこけて落ちても、前を行く長谷川君が受け止めれば良いから」とのことだった。――なんだか散々な理由だと思ったが、文句は言えなかった。
地上の明るさに比べると十分な量とは言えなかったが、頭上から降り注ぐ光によって、なんとか足元を確認することは出来そうだ。階段に足をかける。階段と言っても、大きな石をただの斜面に、段状に置いていっただけのようなものなので、安定性は悪い。慎重にコツコツと階段を下っていく。
「なんかさ」
亮月は言う。
「だんだん不気味になってきたよ。ここはいったい何なんだ? 私はさ、普通の洞窟かと思ったんだ。でも壁とか階段とか見てみろよ。すげえ人工的じゃん。しかも何だか知らないけど、大空洞に出た」
それを聞くと、有坂は亮月を射抜くように見る。
「それを言うなら、鳥居の中にエレベーターが完備されてて、そのエレベーターがこの洞窟につながってる時点でおかしいんだよ。何なら戻る?」
厳しい言葉に、亮月は怯むが、
「いえ。うん、先に行きましょうか」
となんとか回答した。
――この二人はこんな感じだったろうか、と長谷川は思う。好き勝手に話す亮月を冷たくあしらう有坂の姿。いつもの風景のようにも見えるし、そうでないようにも見える。
どこか違和感を覚えながら、長谷川は最後の段差に足をかける。
そして注意深く自分の足下を見ていた目を、ゆっくりと上げていく。
――少なくとも、この目の前に広がる風景は、日常のものではなかった。