3 夕麗 Lost In Logic (16)
携帯をかざしながら歩く亮月を先頭に、三人は洞窟の内部へと足を踏み入れていく。真っ暗闇の空間では携帯のディスプレイが唯一の光源である。普段の生活では感じられないような光が、この環境では殊更に心強く感じられる。とはいえ、その光が映し出す風景は、なんとかボンヤリと地面の色がわかる程度の彩度でしかないので、自然と歩みはゆっくりと慎重になる。
不足しているのは光だけではない。音もまた洞窟内では欠如している。話し声や車の音はおろか、風の音も水の音も虫の音も、この空間には存在していない。ただひたすらに無の音だけが辺りの空気を締め付けている中で、長谷川たちはザッザッと地面の音を掻き鳴らし前へと進んで行く。
その音はまるでこの無の世界を穢しているかのようだった。
隣で、ふと息が漏れる音が聞こえる。
「なんかさ」
有坂が人の音を奏でる。
「地下鉄のトンネルの中みたいだよね」
――ああ、と長谷川は曖昧な返事をする。
全く違うことを考えていたのか。
隣り合って歩いている有坂と長谷川は、五十センチも離れてはいなかった。だからきっと、有坂も長谷川も同じものを見て同じ音を聞いていたはずだ。それでも――思うことは全く違う。
つまり、これだけ近づいていても、長谷川が持っている世界と彼女が持っている世界は、全く似通わないものなのだ。
少し憂鬱の影が長谷川の心に差し始めるが、気づかないフリをする。そして、有坂の世界を推定し、その世界からこの空間を眺め始めた。
確かに、思った以上に中は広かった。岩盤はトンネルのように半円状に穿たれていて、うねうねと暗闇の中に伸びている。壁面にデコボコが残っていたり、天井が急に低くなったりするのを見ると元々は自然の洞窟だったものを整備したのかもしれない。整備と言っても、かなり不完全なものではある。気を抜いて歩いていると、突然穴に足をとられたり、でっぱりに頭をぶつけそうになったりする。
こんな状態でも先頭を行く亮月は、足取り軽く器用にスイスイと歩いていく。
瞬間的な状況判断能力が高いのかもしれない。こんな狭い場所でも彼女は無人の荒野を行くが如く、のんびりと散歩でもするように歩いている。そんな彼女の後ろ姿は、どことなく格好が良かった。
そう思った途端、
「いって」
と言って亮月が頭を押さえる。
「なんか当たった」
――その格好良いままで行けないのは彼女らしいと言うべきか。有坂がその付近を探って何かを手にとる。
「これは、鈴――かな? 音は鳴らない。完全に錆びちゃってるね。鈴をつないでいる紐もなんとか形状は保ってるけど、ものすごい年季が入ってるみたいな感じ」
長谷川もその物体を後ろから覗き込む。なるほど、ちょうど亮月の頭ぐらいに位置するところに、小さな鈴が十個ほどぶら下がっている。鈴を吊るしているのは、ボロボロになった紐だ。いや、細い木の蔦と言った方が適切だろうか。少し頭をさげるようにして通らなければ当たってしまうような高さに、右から左へと渡されている。蔦の先端を壁面の窪みに差し込んで石で止めるという、かなり原始的な方法で張られているようだ。
二人が鈴を前に思索しているのを、亮月は気味悪そうな顔をして見ている。
「鈴――なんで、そんなもんここにあんの?」
亮月の問いに、有坂は無表情で答える。
「入っちゃまずいってことじゃないの」
そういって有坂は、鈴に向けていた目を亮月に投じる。亮月は視線に押されるようにたじろいだような姿勢をして、
「大丈夫です――。鳴らないような鈴なんてつけてるぐらい――ですから」
と言う。携帯の明かりに照らされた汗が、亮月の首筋をゆっくりと伝っていった。




