3 夕麗 Lost In Logic (15)
「帰る? なんでですか」
亮月は、要を得ないといった顔をする。
「だってなにも、見えないし。懐中電灯もないよ。危ない」
確固とした理由はないのだろう。徐々に声のトーンが下がっていく。
「なんか勿体ない気がします」
亮月はあっさりとその提案を否定し、
「有坂さんポケットの中に何か入ってないの」
と逆に問う。
有坂は「ポケット?」と不意をつかれたような顔をしたが、ほどなく上着のポケットの中を探り始める。何かがカチカチと触れ合う音がする。どうやら、以前亮月から聞いたとおり、有坂のポケットには様々なものがごっちゃになって入っているらしい。
――何が入っているのか把握出来ているのだろうか、と長谷川は思う。案の定、有坂自身でも何が入っているのかわからなくなったらしく、床に中のものをぽつぽつと置き始める。
「毎回思うんですケド、なんで変な物たくさん入ってるの。――これなんだっけ」
「シーリングスタンプ」
有坂が答える。
――なるほど、これが封蝋に使うやつか、と思いながら長谷川はしげしげと眺める。封筒に垂らした蝋の上からペタンと判を捺すだけのものなので物自体は単純だが、高級感のある黒い持ち手と造型が中世のロマンを感じさせた。
「ペンライトとか、ライターとかないんですか?」
中世の香りに興味を示さない亮月は現代の利器を求める。
有坂はなおもしばらく探っていたが、遂には諦めたようにポケットから手を取り出す。
「役に立つものはなさそう。ま、いずれにしても一回帰ろ。もう外とか暗くなってくると思うし、冒険ごっこはまた次でもいいでしょ」
現実的な提案だった。
洞窟はかなり奥行きがありそうだ。もしこの中を歩き回るとすれば、ある程度の装備は必要になるだろう。日を改め、準備をしっかり整えた上で再調査というのが無難だと長谷川は思う。少なくとも、学校の制服姿と通学用のバッグという出で立ちなどでこの洞窟に挑んでは、心有る冒険家から「最近の若い者は」と嘆かれ小一時間ほど愚痴られること請け合いであろう。
――いや、ひとりだけジャージがいるが。
その精一杯冒険家たらんとしたジャージ姿の若者は、ふぅと息を吐き、未練気に洞窟を見渡す。
「なんか悔しいな。明日来たら入れなくなっちゃってるかも知れないぜ」
それも尤もかも知れないと長谷川は少し思ったが、ここは大人の判断で諌める。
「仕方ないよ、明かりが無いんだから。亮月は役に立たないし」
「どういうこと? あ、ちょっと待った。こんなのどうだ」
亮月はパッと顔を輝かせて、バッグから何やら取り出す。
「携帯電話?」
彼女は嬉しそうに頷き、そのクラムシェル型の端末を開く。その瞬間、ディスプレイの明かりがパッと辺りに広がった。
「ほら、けっこー明るいぜ」
自慢げにいう。確かに懐中電灯の比ではなかったが、相当の光量がある。壁に産すコケもその光を受けて、鮮やかな緑を発色する。
しかし、有坂は不満げだった。
「危ないことにはかわりない」
「大丈夫! ほんとに危なさそうだったら戻ればいーから」
亮月は脳天気にそう答える。合理的といえば合理的かも知れない。
「長谷川くん? ここは退くでしょ普通」
有坂は長谷川に助けを求める。長谷川は
「ううん、興味があることは興味はあるけど、危ないってと危ないですよね」
と大人の返事を返したつもりだったが、有坂は絶望的な呆れ顔をして溜息をついた。
そして、気を取り直すようにして亮月に向き直る。
「亮月、ひとつだけ約束できる?」
「はい」
「なにか有ったら、すぐに逃げること」
亮月は大きく頷く。そして、
「そんなときは、一目散に逃げちゃいましょう。なんだったら、私をおいてっちゃってもいいし」
と言って、歯を見せてニコリと笑った。
一方の有坂は、「それは――もちろん、そのつもりだよ」と微笑もせずに言う。
亮月は長谷川の方を見て苦笑いするが、最後には有坂に視線を戻して明るい口調でこう言った。
「後で骨ぐらいは拾いにきてね」




