3 夕麗 Lost In Logic (2)
「――そもそも」
有坂は言う。
「亮月は、どうやって神隠しのことを知ったの?」
有坂の目線は亮月へと移る。
当の亮月は少しの間、きょとんとした表情をしていたが、やがて
「発言を拒否します」
と言い出した。相変わらず意味がわからない。
「なんだよ拒否って」
「だってさ――」
――つまんないじゃん。と亮月は臆面もなく言う。
「普通に考えればさ、いきなり犯人の自白とか無いぜ。こう、なんていうか証拠とか証言とかそういうのを積み重ねていってさ、そんで初めて犯人ってわかるじゃん、普通は。初っぱなから犯人が答え言っちゃったら面白くないよ」
もう――そこまで言ってしまったら、自分が犯人だと自白しているようなものだと思うが、言いたいことはわからないでもない。
亮月は窓際に座る有坂の方へと身を乗り出して言う。
「私、有坂さんがどんな風に答えを出すのか知りたいし」
有坂はその様子を愉快そうに眺めていたが、
「そんなの、訊かれたことに嘘つけばいいんじゃないの? 偽証っていうのかな」
ともっともな案を出す。
しかし亮月は「それもなんかイヤ」と感情のままあっさり否定した上、「だからさ、私抜きで話進めてよ」とこれまた勝手なルールを決めた。犯人のくせにやけに偉そうだ。
さすがの有坂も気分を害したんじゃないかと、ちらりと顔色を覗ってみるが、彼女の様子は至って平静に見えた。
そして亮月の言葉を受けて彼女は言う。
「じゃあ、長谷川君でいいよ」
「はい?」
――どういうことだろうか。長谷川は戸惑う。
「長谷川君が、亮月の代わりに答えを言うの。私は長谷川君に、亮月だと思って質問を出すから、長谷川君は亮月の気持ちになって答えて」
――亮月の行動を類推しろということだろうか? 長谷川の脳裏に彼女の普段の行動が映し出されていく。
猫を探すと言って木に登って――
人にサインを書かせて正体不明の部活を設立して――
神隠しだの騒ぎ出して科学部の部長を引っ張り出して――
張り込みだとか言い出して、暗い夜の森の中に人を連れ出して――
「無理です」
即答した。健全で善良な一市民として当然の行動だと思った。
「なんで?」
「だって亮月だし」
そう言った瞬間、長谷川の机の対面の方から何やら不気味な気配を感じたが、そちらの方は向かないので問題ない。
しかし、有坂ははっきりと
「読めるよ」
と言った。
「筋道立てて考えていけば、きっとわかるから」
彼女は無風の水面のように静かな顔に、少しだけ笑みを浮かべていた。
その表情を見て、長谷川はすっと息を吐く。――こう言われては、断る術なんかないじゃないか。
どこか張り詰めていたような気持ちがすっと抜け、長谷川はなんとなく窓の方へと目をやった。外では雨が降り続いていた。ザアザアという音に紛れて、たまにぽつりぽつりと水滴が落ちる音がする。普段うるさい隣の部屋は今日はやけに静かだ。蛍光灯はさっきからジリジリと神経質に音を立てている。
気づけば、いつの間にか対面の机からの不穏な空気も収まっている。長谷川は気持ちを入れ直して、少し背を伸ばす。
そうして、有坂との推理ゲームは始まった。