3 夕麗 Lost In Logic (1)
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次の日、有坂が言った言葉の意味を長谷川はずっと考えていた。
目撃者は亮月――。
授業の合間などには、長谷川なりに話をまとめてみたりもしたが、どうにもしっくりとこない。
亮月に直接訊いてみれば良さそうなものだが、なんとなく尋ねづらい。
実際、今日一度だけ会話をするチャンスはあったのだが、昨日のテレビ番組がどうだ、などというどうでもいい雑談で時間を費やしてしまった。
不自然にもほどがあるが、亮月の方も特に昨日の話題に触れようとはしなかった。
放課後になり、長谷川は部室に向かう。
亮月を誘っていこうかと彼女の姿を探すが、友達となにやら話しているようだったので、一人で部室の扉を開ける。
室内に有坂は居ない。鍵が開いていたところを見ると、お手洗いにでも行っているのかもしれない。そう考えていると、まもなくその有坂が入ってくる。彼女は長谷川の姿を認め、簡単に挨拶をした後いつもの席に着く。
そのあと、亮月もすぐに部室に来た。彼女は言葉少なく長谷川の対面の席に座って、うつぶせになり居眠りを始めた。
その結果、長谷川は話を切り出す機会を失う。
――何故、みんな昨日の話をしないのだろう。
長谷川はそう思いながら、部室の丸い掛け時計を見る。
――三時三十二分。
部室の中は不思議な静寂に包まれている。
その中で秒針がカチカチと音を立てる。
早くもなく、遅くもなく――ただ正確に一秒一秒を刻みながら、針は着実に円軌道を描いていく。
その度に、この空間内の時間が失われていくような――そんな感覚を覚える。
ちょうど秒針が十二の文字を指し示したとき、有坂の本をめくる音が聞こえた。
そして、針はまた六十の運動を繰り返す。
――黙っていても仕方が無い。
「あの、昨日の――」
と言ったところで、亮月が顔を伏せながら手を上げる。
「ごめん、その話待って。五分だけ――」
そうして、亮月は心地良さそうに居眠りを始める。
否応も無い。
何もすることが無いので、長谷川は窓辺に立って外を眺める。
――憂鬱な天気だ。
暗い雲が空一面を覆って校庭に雨を散らし、点在している水溜りには波紋がとめどなく描かれていく。
誰もいない校庭はなんだか物悲しい。
雨のせいか気持ちのせいか、窓から見える街も、全て色の無いモノクロの世界に写る。
ふと視線を下に移す。雨のお陰で休みになった部活があるからか、いつもより多い生徒が家路についていた。
校門から出て行くカラフルな傘が、唯一この世界を彩っている。
パラリ。また、静かな部室に本をめくる音がする。
長谷川は、一つため息をついて、時計を見る。
――三時――三十四分。
そうして、また――時間が流れる。
ぐるぐると延々回る時計の針を見ていた長谷川の意識が、すっかり別の時空へトリップしていた頃である。
だん、と机に両手をついて亮月が跳ね起きる。
「よし、はじめるか!」
――唐突過ぎる。
現実の世界に意識を叩き戻された長谷川は、瞼をこすりながらむくりと顔を上げる。
時計の針は四時七分を指している。――五分どころではない。
亮月が何を始めるのかと、長谷川は黙って彼女のほうを見ていたが、彼女も黙って長谷川の方を見ている。
少しの間その時間が続き、薄々ながらも肌で感じていた無言の意思表示の存在を認めざるを得なくなる。
――お前が始めろ、と言うことか。
「さて――」
と仕方なく言った瞬間、長谷川は「妙な始め方をしてしまった」と後悔する。
「えーと、昨日の話なんですが」
締まらない言葉を繋げて、有坂を向く。彼女は珍しく本を置いて、長谷川を見た。
「昨日の?」
「はい、昨日有坂さんが言っていた、えーと、亮月が昨日――いや、一昨日の神隠しを見たという件ですね」
「うん」
有坂が先を促す。
「なんで、そうなるのか教えてください」
ぐだぐだである。
その流れに乗ったわけでもなかろうが、有坂も――うーん、という気乗りのしない返事をする。
――やってしまった、という後悔が長谷川を襲い、同時に物凄いスピードで長谷川の論理回路が動作を始める。そしてその回路に現在のありとあらゆる状態が全てインプットされたとき、長谷川は解答を導き出す。
――有坂の時間を無駄にするのは申し訳がない。
これは論理的思考によるアウトプットと言うよりも、長谷川の消極的な性格が発露した結果の賜物でしかないのだが、本人は妥当な結論だと信じている。むしろ心情に流されることなく現段階での最適解を導き出せたと考えている。
「あ――じゃあ、いいです。また今度にでも――」
その論理的で飛躍した結論を聞いて、亮月が狼狽する。
「え? ちょっとちょっと、なんでそんな弱気なんだよ。おかしいよ」
亮月は続ける。
「私は確かに神隠しが一昨日起こったことを話したよ。そんで、土師さんを連れてきて、五年前の神隠しについて語ってもらった。実際現場に行って張り込みもした。でもそれで、何で私が一昨日の事件の目撃者ってことになるんだ」
結局、彼女の剛腕によって本路線へと強引に引戻されることになりそうだ。
長谷川は特に抵抗せず、そのまま流されることに決める。
「確かに亮月は一昨日の神隠しについては、何も話していない」
「何も知らないからな」
それを聞いて、有坂が頷く。
「それ」
「それ?」
有坂が、小さく――うん、と頷く。
――意味がわからない。
彼女は耳にかかったしなやかな黒髪を触りつつ、少し考えるように上を見ながら黙っていた。
しばらくして「少し長くなるかもしれないけど」とつぶやき、そしてその言葉に対する長谷川たちの反応を確認した上で、有坂はようやく話し始めた。




