いざ小さな森へ
この世界の人間はよく眠る。夜が長いというのもあるんだろうけど、地球よりも一日が長い分、疲れてしまって眠るんだろうか? 日本であくせく働いていた私には、毎日充分な睡眠をとれることが幸せだ。
人々は夜明けと共に目が覚め、そして一日の生活を始める。
「おはようございます」
リビングへ向かい、みんなに朝の挨拶をし、昨夜の残り物をいただきながら今日の予定の確認をする。
「森には危険な動物がいるの?」
「いや、町のすぐ近くであれば滅多に出ないよ」
滅多に、ということは、たまには出るのね……。だけどそれを聞いたじいやたちが反応する。
「念の為に武器を持って行ったほうが良いですな」
「獣か……」
「久しく狩ってないな……」
じいや、ヒイラギ、タデは獣狩りをしたいのか、その顔はハンターの顔つきになっている。
「丸一日森に行くわけではないのだろう? みんなで行ってくるといい。スイレン君はここで勉強だ」
ブルーノさんが笑顔でそう言う。勉強と聞いたスイレンは嬉しそうに微笑む。双子なのに、私たちは顔以外あまり似ていない。勉強が楽しいというのは、私にはやっぱり理解できない。
身支度を整えた私たちは、スイレンを残し町の入り口へと向かう。
町の人たちは、私たちを見ると気さくに挨拶したり、話しかけてくる。歩きながらこちらも挨拶を返しているうちに、町の入り口へと着いた。今日もペーターさんは椅子に座り、町の門番をしている。
「ペーターさんおはようございます」
私たちの挨拶に気付き、ペーターさんは振り返った。そして私たちをジーッと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「帰るにしては軽装だし……何かあったのか?」
「近くの森へ植物採取に行こうと思いましてな」
じいやの話を聞いたペーターさんは、楽しそうだから案内も兼ねて自分も行くと言い出してしまった。
さらには「どうせならたくさん持って帰れるように」と荷車まで持ち出し、念の為にとその荷車に槍まで積み込む。……刺激がほしいのね、と私たちは心の中で思いつつも口には出せず、苦笑いでリトールの町を出た。
みんなで談笑しながらのんびりと街道を歩いていると、前方から慌てた様子の人々が走ってきた。
「あぁ! ペーターさん!」
「どうした!?」
血相を変えたその人たちは、どうやらリトールの町の農業をやっている人のようだ。
「畑に向かっていたらベーアが出て……!」
「こんなに町の近くにか!? なんてことだ!」
会話をしているペーターさんと町の人は慌てふためきパニックになっている。
そのベーアと呼ばれる獣が何なのか分からない私は、その人たちの様子を見て只事ではないことを察知した。
不安になりそっとじいやの服の裾を掴み、その顔を見上げると……ニヤリと、それはもう黒い笑みをこぼしている。タデとヒイラギの顔も確認すると、こちらも悪役顔負けの黒い笑みだ。
「失礼、ベーアはどちらに向かいましたかな? あと刃物を持っていたら貸してくだされ」
「え……えぇと私の畑の隣の森に入って行きましたけど……こんな刃物で倒せるのですか……?」
緊急事態だと思われるのに、ニコニコと笑うじいやに困惑した様子の町人は、小刀のような物をじいやに手渡す。
「いやいや、血抜きに使うのですよ。肉は鮮度が大事ですからな!」
はっはっは! と、悪代官のように笑うじいや、タデ、ヒイラギを見て、私とリトールの町の人たちはドン引きだ。
ペーターさんは町の人たちに家に戻るように言い、私たちはそのベーアという獣を探しに森へ向かう。
街道を進むと畑と林が点在していて、森を全部は拓かず、少し残しながら畑を作っているようだった。
「も……もうすぐ森に到着するが、この辺りで一番大きな森だ……。……大丈夫……なのかな?」
途中までは怯え震え声で話していたペーターさんだったけど、ニコニコ顔のじいやたちを見て最後は拍子抜けしたようだった。
「ははは。私たちからしたら小さな森ですな。問題ありません」
「私も仕留めたいが、ベンジャミン様がいらっしゃるしな」
「久しぶりにベンジャミン様の技を見たいからな〜。私たちは追い立て役に回るか」
あんなに町の人たちが怯えていた『ベーア』に微塵も恐怖を感じていないらしく、三人は楽しくて仕方がないといった様子だ。
そのまま畑と森の境界線まで来ると、じいやは「少し借りますぞ」と荷車にあった槍を手にし、何があっても動かないように私とペーターさんに言った。『ベーア』を知らない私と、知っているペーターさんは怯え、抱き合いながらウンウンと頷く。
「いい木だ。ではまた後で」
森の大木を見上げそう言ったタデはスルスルと木に登り、弓矢を片手に太い枝から枝へと走り抜けて行く。少し遅れてヒイラギも同じように木に登り森の奥へと消えて行った。
誰も声を出さず、聞こえるのは風が揺らす木々の音だけだ。しばしその音に集中していると、森の奥から獣の咆哮が聞こえてきた。私とペーターさんの抱き合う腕に力が入る。
だんだんと獣の咆哮と、タデたちの追い立てる声が近付いて来る。恐怖で私とペーターさんは震える。動くなと言われたけど、恐怖で動けない。
「そろそろですな。腕が鈍ってなければ良いですが」
ほほほ、と笑うじいやは、槍を持つ手に力を込め一歩前へと出た。
ガサガサガサ! と、何かが薮の中を走りながらこちらに向かって来るのが分かる。生前イノシシに追われた私には、軽くトラウマな音だ。
「ガアァァァァ!!」
突然薮から現れ、立ち上がり威嚇するその獣は熊のようだった。ツキノワグマよりも大きく、ヒグマよりは小さい。全身が黒に近い焦げ茶の毛に覆われ、鋭い爪でじいやを狙っている。
だけどじいやはベーアが立ち上がった瞬間に腰を落とし、槍を持つ手を体の後方に持って行き、体をバネのようにしならせ、突きの要領で槍をベーアの心臓に突き刺していた。
「ガァァァッ……!!」
ベーアが最後の抵抗を見せる前に、じいやはさらに力を込め、穂先を全部突き刺した後にすぐに抜き、目にも止まらぬ速さでベーアの背後に回り込んだ。
片手で首を締め上げながら、借りた小刀で首の頸動脈を切り、いとも簡単に倒してしまった。私とペーターさんは目の前の出来事に頭が追いつかず、呆然としてしまう。
そんな私たちを気にすることなく、タデとヒイラギはベーアを追い立てながら取ってきた、丈夫な植物のツルで足を縛り、木にぶら下げ血抜きをする。
「本来でしたらこのまま解体をするのですが、町はすぐそこですし、せっかくですから町で解体しましょうか?」
笑顔でそう言うじいやに対し、未だに頭が追いつかないペーターさんは「はい」と答えるのが精一杯だった。
どう見ても、体重は軽く百キロは超えているであろうそれを「どっこいしょ」と荷車に載せるじいやに、私とペーターさんは呆気にとられる。
そして未だに腰が抜けて動けない私とペーターさんは、ベーアの横にちょこんと座らされ、私たちは一旦町へと戻った。
私はベーアを凝視しないよう空を見上げ、脳内でドナドナの歌を歌っていた。




