ブルーノさん宅
じいやといろんな話をしているうちに、空は茜色に染まってきた。なので、私たちは暗くなる前にブルーノさんの家へと戻ることにした。
玄関からそ〜っと中を覗くと、数学の勉強会は無事に終わったようで、スイレンたちはブルーノさんとそのお弟子さんたちと談笑をしていた。
「ただいま戻りました。改めましてお邪魔いたします」
じいやがそう言いながら中に入って行くので、私も頭を下げながらその後を着いて行く。
「あ! カレン! じいや! 僕ね、今日頑張ったんだよ!」
私とじいやに気がついたスイレンは、タタタっとこちらに走って来る。勉強がとても楽しかったようで、見たことがないほどの満面の笑みだ。
「私たちも道具を使ったのは久しぶりだからね。感覚がようやく戻ってきたよ」
ヒイラギとタデも建築技術の感覚が戻ってきたようで、ヒーズル王国を出てから一番の笑顔を見せた。
私たちのやり取りを聞いていたブルーノさんは、暗くなる前に食事にしようと、私たちをテーブル席へと案内する。お弟子さんたちは「また明日」と、それぞれ自宅に戻って行った。
ブルーノさんは「簡単な物しかないが」と前置きしたけど、出てきた物はブイヨンスープに固めのパン、そして生野菜や果物が出てきた。
「男の料理ですまないなぁ。以前、製図や設計に没頭してた時があってね、その時に妻に捨てられてしまったんだよ。もう五十年も前の話だ」
そう言ってブルーノさんは笑うけど、私たちは笑っていいものか悩み、無理やり話題を変えた。
「ねぇブルーノさん。どうしてこの町の人たちは、こんなに私たちを歓迎してくれるの?」
なんとなく振った話題だったけど、ブルーノさんは笑顔から真剣な顔つきに変わった。
「よく聞いてくれたね。この町の人たちは、シャイアーク国王に良い感情を持っていないんだ。君たちが先祖代々大切にしてきた森を奪い、草木も生えていないという土地に、無理やり君たちを追いやっただろう? そしてここ数年は、元コウセーン国の人たちに酷いことをしていると耳にしてね。人としてどうかと思っているんだ」
国境警備隊の人たちと同じことを言っている。シャイアーク国王は元コウセーン国に新たに城を建てようとしているらしく、森の民が住んでいた森は資材調達の為に木を切り倒され、どんどんと切り拓かれているとブルーノさんは言った。
「だからこそ、森の民であるあなたたちが生きていて、私たちリトールの町の者たちは嬉しかったんだ」
森が無くなってしまったことになのか、それともブルーノさんの言葉に感動しているのか、大人たちは涙ぐんでいる。
その大人たちの表情と、それを心配そうに見つめるスイレンに心が痛み、私は元気づけようと口を開いた。
「私がその森に負けない森を作るから、みんな元気出して? ねぇブルーノさん、私たちはいくらかの木の苗が欲しいの」
「苗かい? だったら明日、その辺の森や林に生えているものを、いくらでも持って行くといい。誰の物でもないからね」
どうやら明確な土地の所有権という物がないらしく、自然の物は好きに使って良いらしい。私が目を輝かせると、じいやは「明日行ってみましょうか」と、提案してくれた。
その後もたくさん話をしているうちに、気付けば外は暗くなってきていた。ブルーノさんは慣れた手付きで松明に火を着けると、壁のトーチホルダーにそれを挿す。
温かい光が室内を照らし、私はそのゆらゆらと燃える炎に釘付けになる。ヒーズル王国には燃やす物がないので、照明になる物もない為に、暗くなると必然的に寝るしかないからだ。
「あれはマッツという植物と、その樹脂を使っているのですよ」
私があまりにも見つめているからか、じいやがそっと説明をしてくれた。マッツって、もしかしたら松のことなのかな?
「じゃあ明日は、そのマッツの苗も探しましょう」
じいやの方を向いてそう言うと、眠気に負けてウトウトとしているスイレンの姿が目に入った。
「おやおや、スイレン君は眠いのかな? では体を清めてから寝るといい」
ブルーノさんはそうスイレンに声をかけ、浴室へと案内してくれた。スイレンはかなり眠そうなので、危険がないように私が付き添った。
ちなみにこの世界では、お湯に浸かるという文化はないらしく、水を絞ったタオルなどで体を拭いて終わりだ。……いつか絶対にお風呂も作ってやるわ! そして湯船の素晴らしさを広めてやるわ!
「ねぇブルーノさん。この町はどうやって水の調達をしているの?」
「この近くには沼や湿原が多くてね。地面を掘れば水がすぐ湧き出すんだよ。町のあちこちに井戸があるよ。うちは裏庭にあるけどね」
かなり水が豊富な土地なのねぇ……。ん? 今、湿原と言った?
「……ブルーノさん、湿原の土や泥ももらってもいいのかしら?」
「何かに使えるのかい? 気にせず持って行きなさい」
私とブルーノさんが話しているうちに、眠気まなこだったスイレンはいつの間にか体を拭き終わり、そして器用にも立ったまま寝ている。私とブルーノさんはそれを見て笑い、スイレンの手を引いて寝床へと案内してもらった。
スイレンを寝台に寝かし、『今日一番頑張ったのはスイレンだね』と、思いながら頭を撫でているうちに、私も眠気に襲われそのままスイレンの隣で眠ってしまった。
慣れない旅に、ほとんど初めての外の世界。私も疲れていたんだな……。




