ハーウッド村殺人事件⁈
俺は心の空隙に胸を痛め、さらに重い足取りだったが、無理して丘越えを強行した。
幸いヴェールの悪魔対策に回復系のアイテムは十分用意したし、モンスターレベルもアザラス地方とさして変わらなかった。
「はあ……」
自然とため息が出てくる。
あの悪魔のせいで頭は混乱し、今後の見通しはその存在すらあやふやな、一振りの剣の伝説に頼るしかないような状況だ。
そんな中、期待していないところから小さな光が灯った。
「まさかエリザがな……。やっぱり勿体無いことしたかな?」
現世では芸能人でもなけりゃ、お目にかかれないような美形で質素な村娘なのだ。条件としては申し分ない。しかも、向こうから惚れてきたのだから、敢えて断る必要はなかったのかもしれない。
しかしーーーー責任も取れないのに、その場限りの関係を持つのは相手に悪いしなあ。
それに引っかかるのがシーラーの判定だ。システム内の恋愛を、どう判定するつもりなのか。普通なら異世界転生における最大の醍醐味の一つなんだが…………。
俺が引きこもり童貞ニートとかだったら、あるいは恋愛することもプラスになったかもしれないが、35歳で妻子有りじゃな。
「お?村が見えてきたな」
情報通り丘のふもとに、始まりの村よりは少し大きな村が見えてきた。まあそっち関係は今は考えないようにするか。
ーーーーーーーーーー
「リュウはやはり真面目な男ですな。元々心に闇を抱えた人間しか召喚しないというのに、あの誘惑に打ち勝つとは……」
「それが彼に差す光だということだろう。やはりあの時バグが起きたのも、その影響があったからだと思うのだが……」
「これまで似たようなタイプがいなかったかと言えば、そういうわけではないですからな」
「というよりは似たタイプだから、私の召喚に選定されているのだ。だから不安なのだよ。今のところリュウに可能性が見出せるのは、バグが起きたことと異常な成長スピード、それにこちらの思惑通りに動いてくれている事だけだからな」
それでも十分ではあるが、ラストチャンスかもしれないと思うとまだ不安が大きい。
「まあ所詮は人間ですからな。大抵はどこかで暴走してしまうもの。リュウがこの先更に力をつけ、この世界に飽きてきた時には彼の闇が暴走するかもしれません」
「ギャンブル依存か……。確かに一番厄介な部分がまだ眠っているのだったな。それがリュウにとって最大の試練になるのは仕方がない。彼の闇の根源なのだから」
シーラーが選定し、このシステムに召喚したもので、闇の根源に対する試練で暴走しなかったものはいない。一年という期限の中で必ず一度は闇の部分が顔を出す。もちろん、そういう人間ばかりを選んでいるのだからそれは当選の事だ。だからこれまでゼウスからGOODの判定を受けたものがいないのである。
シーラーの判定はそこまで厳格ではないが、ゼウスの場合は更にそれだけではない。
「最大の試練に打ち勝つだけではなく、あの力をも得なければならないのですからな。千年というのはやはり短すぎます。ゼウス様も何故このような無理難題を……」
「それは言うな。私に責任があるのは分かっている」
「も、申し訳ございません。そういうつもりでは……」
「いいさ、リュウがそうであったなら、私もお前も解放されるはずだからな。それに期待するしかないさ」
これ以上の干渉は危険がリスクが高い。ならば見守るしかない。それしか今のシーラーにできる事はなかった。
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「ここは何て村なんだ?」
俺は入り口にいた少年に尋ねた。始まりの村以外ではようやくまともな村に来たという感じだ。トレドールは入れなかったし、サガンは老人しかいなかったからな。
「ここはハーウッドの村だよ。今日はお祭りがあるんだ!」
少年は目を輝かせてそう教えてくれた。
「祭か。丁度いいや、多少は気がまぎれそうだし、人が集まれば情報も聞き出しやすい」
ここまでくるのに大分日も傾いてきたし、少し経てば祭が始まるに違いない。
俺は宿屋を探した。この世界は宿屋の一階が必ず食堂になっている。そこで、軽食を取りながら時間が過ぎるのを待つ事にした。
しばらくすると周囲がざわめき始め、周りにいた住人がどんどんと外に出て行き、最後には俺一人になってしまった。
「もう祭が始まるのかな?」
店主に尋ねると、かるく頷き外へ出るよう促された。
いくらなんでも早すぎる気がするが……
「…………‼︎…………」
俺は目の前の光景に言葉を失った。ほんのわずかな時間で、完全に風景が一変していたのだ。
「これは、驚いたな……。こいつは確かに祭だ」
夜店が並び、ライトアップされた中央には何かの像が立っている。こいつを祀って豊穣祈願でもしているのだろう。周りには農作物が備えられ、像を囲むように村人たちが輪を作り踊っている。
それほど大きな村ではないから、甘く見ていたが立派なものだ。
「しかし、こんなに人がいるんだな。朝になったら会えない住人なんかもいるかもしれないぞ」
伝説の情報を聞き出そうと、俺は手当たり次第話しかけた。しかし返ってくるのはどうでもいい事ばかりで、収穫は得られない。一人がC.V.Sストアの在り処を教えてくれたが、後は挨拶や、祭の話ばかりだ。
「まあ、いきなりは流石に甘すぎたか。なにかミッションが起きるわけでもな……ん?」
フランクフルトのような物をかじりながら歩いていると、民家の間に数人の男が駆け込んで行くのが見えた。
「慌ただしいな。これだけ人が出てきているんだ。何かあるぞ、これは」
人さらいか、強盗か?どれにしろ住人じゃない奴が混ざっていたな?村の大きさに対して人が多すぎるとは思ったんだ。
俺は男たちを追いかけ、路地の入り口まで来て立ち止まった。そしてそっと顔を覗かせ様子を伺ってみた。
路地の奥から押し問答が聞こえてくるが、内容は聞き取れない。男は四人いて、路地は狭くその奥にいるであろう人物は確認出来ない。
仕方ない、行ってみるか。
「何をしているんだ?」
後ろから声がかかるとは思っていなかったのか、四人の男たちはまるでコントのように飛び上がって驚いた。
「な、何だてめえは⁉︎」
しかしわかりやすい悪役像だな。次のセリフも大方予想がつくというものだ。
「ぶっ殺されたくはない、ぜ?」
「……⁈……」
言おうとしたセリフの答えを先に言われ、男は言葉に詰まったようだ。
だが、これで俺を只者ではないと感じたのか、周りの三人に合図を送り武器を抜いた。
おやおや、気が短いこと。だが、俺はこんな時は彼らに付き合ってやるのが人情だと、この流れにピッタリのセリフを口にした。
「それを出しちまったからには、もう命のやり取りだぜ?」
そう言って俺も腰からスラリと抜刀し、いつでも動ける構えを取る。
だが何も起こらない。
相手も何も言わず、動きはない。
「なるほどね……」
俺はすぐにこの状況を理解した。エンカウントが起こらないってことは、彼らはモンスター扱いされていないということだ。
ということは並みの住人レベルのステータスしか持ち合わせていないだろう。
ここは俺が圧倒して見せ、且つ殺すのもまずいパターンだ。おそらくシナリオとしてそう組み込まれているのだろう。
「それなら……」
俺はツカツカと男たちの方へ無造作に近づき、間合いに入った瞬間ーーーー。
キン、キン、キン、キン‼︎
自分の持てる最大限のスピードで、彼らの剣を叩き落とした。住人レベルなどおそらく1、2レベルぐらいのものだ。彼らは一歩も動くことができず、次々に悲鳴をあげ手首を抑えた。
「まだやるのか?」
俺は真ん中の男の喉元に剣を突きつけ、お決まりのセリフを再び口にした。
「ひ!引き上げだ!」
男たちはそれぞれ律儀にも剣を拾い、俺の横をすり抜けるように逃げていった。
俺はこれも絶対に言うだろうな、と逃げて行く男たちに向かって叫んだ。
「覚えておく自信はないぞ!」
「……グッ⁈……」
真ん中にいたリーダーらしき男が、丁度こちらを振り向いていたが、何も言えず目が少し恐怖に怯えていた。
「はは、心を読まれてるとでも思っただろうな」
ベースはインプットされたシナリオ通りに行動しているようだが、こちらの出方によってまるで感情があるかのように対応が変化していく。
「さて……」
俺は誰が襲われていたか確認しようと、路地の奥に視線を戻した。
ーーーー‼︎
俺の視線の先には大量の血を流して横たわる、若い女性の姿が見えた。
「ええ!間に合わなかったのか?」
嘘だろ⁉︎強制フラグだよな?
死んでいなければポーションで何とかなるかもしれんが、どうみても生きているようには見えない。
パターン的に先の展開は読めていたが、それでも人として放ってはおけず、生死を確かめるため脈を取ってみた。
ーーーーその瞬間。
「き、貴様!そこで何をしている⁉︎」
あー、やっぱりな。絶対こうなると思ったよ。俺はゆっくり立ち上がり、抵抗するつもりがないことを示すため両手を上げた。