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<EP_008>

自宅へと帰ると、豪邸へと入っていく。

ターニャとマリアがリビングから飛び出してきた。

「おかえり、ゼロ。アリスはどうだったにゃ?」

ジェイムズは無表情のまま答えた。

「ああ、無事に生まれたよ。男女の双子で、名前はサイとサリスにしたよ」

ジェイムズの言葉にターニャとマリアは目を輝かせた。

「まぁ、双子!これでゼロも立派なお父さんね」

「一気に二人も家族が増えるにゃ。この家も楽しくなるにゃ」

そう言って喜び合う二人を見ても、ジェイムズには何の感情も湧かなかった。

「ターニャ、マリア。アリスが帰ってきたら、サイとサリスも含めて、よろしく頼む。俺はログハウスに住むよ」

「え?一緒に住まにゃいのか?」

ジェイムズの言葉にターニャが目を丸くした。

「そうよ、家族は一緒に住んだほうが良いわ」

マリアも心配そうな顔で見てくるが、ジェイムズは何も言わず豪邸を出て、一人でログハウスへと戻っていった。


ログハウスに戻ったジェイムズはリビングに一人座ると、テーブルに両肘を立て顔の前で指を組むと虚空を睨みつけた。

(この世界を俺は許さない。絶対に…絶対にだ…)

ジェイムズは、虚空をひたすらに睨みつけていった。


(さて、どうするか……あの超硬チタン合金の壁を破らなければ、この世界は壊せない。では、どうやって…)

ジェイムズは考えてみる。

ゼロの力を使って攻撃したとしても超硬チタン合金は壊せないだろう。

ゼロの力はスクリプトで制御されているわけだし、あくまで自然現象の一部を再現することが多いので超硬チタン合金を破るだけの威力を出せるわけがないのだ。

超硬チタン合金を破壊できる武器と言えば光子魚雷だが、あれは反物質弾頭を積んでいる兵器なので、反物質がなければ作ることができない。

(反物質か……どうやって手にいれる?)

ジェイムズは考え込む。

反物質はブラックホールの周辺や、高エネルギーの物体同士の衝突で生まれるのだが、どうやって反物質が生まれるだけのエネルギーを作り出すかが問題であった。

(ザイリチウム結晶があれば反物質も作れるんだろうけど、核融合自体を起こせないからなぁ…)

思いつきはしたものの、ザイリチウム自体が入手できないのであれば絵に書いた餅でしかなかった。

そんな時、ログハウスの入口がノックされ、マリアが入ってきた。

「ゼロ、ちょっといいかしら」

「なに?」

入ってきたマリアは、いつものように美しかったがジェイムズには何の感慨も湧かなかった。

「あのね…今度、アリスが戻って来るでしょ?その、赤ちゃんのためにいろいろと揃えたいのだけど…その…お金が…」

「ああ、そうか。ちょっと待ってて」

マリアの言葉を受けてジェイムズは森へ入って、手頃な石を何個か拾ってくると、黄金錬成(クリエイト・ゴールド)の魔法を使って金に変えた。

(こんな簡単に手に入る金にどれだけの価値があるというんだ。金の価値が暴落するはずだぞ)

手の中に生まれた金塊を見てジェイムズはそう思ってしまう。

しかし、この世界で金の価値が暴落したという話を聞いたことがない。

(…所詮は偽りの世界か。炭素が金に変わる。まるで原子が融合してるみたいだ…ん?原子融合?……これだ!)

それを思いつくと、ジェイムズはログハウスに戻り、金塊をマリアに渡すと、ログハウスへと飛び込んでいった。


黄金錬成(クリエイト・ゴールド)の魔法で作られた黄金は、核融合と同じような状態が起こっているはずで、ならばその中にザイリチウムが少しは生成されているはずだ)

この考えにジェイムズは飛びついた。

そこから、自身の記憶を掘り起こしていく。

(黄金の中のザイリチウムをどうやって抽出する?普段なら、核融合で生み出した物質を更に超磁場の中で核融合させてザイリチウムを抽出するんだが、超磁場なんて作れないし、黄金錬成(クリエイト・ゴールド)から、さらに錬成する魔法なんて無い。どうすれば……)

この世界におけるザイリチウムの在り処はわかったが、抽出できなければ反物質は作れない。

ジェイムズはさらに考えを深めていく。

(そうだ…アイザック法だ…)

アイザック法とはアイザック・クラーク博士が唱えた方法であった。

物質に超重力場を打ち込むことにより原子核の崩壊を起こさせ、飛び出した陽子と電子がプラズマ化することでモノポールが形成される。

その磁力により物質は分解されるのだが、ザイリチウムは磁性が極めて低いので、残ったザイリチウムがお互いに結びついて結晶化するというものだった。

このアイザック法には「原子核を崩壊させるほどの超重力場を作ることは不可能」ということで「理論的には可能だが、実際には無理」と否定されていたものだった。

(しかし、この虚構の世界でなら話は別だ)

ジェイムズは思考の海へと潜り続けた。

(ゼロなら、極大消滅破(バニシング・ホール)の魔法で小型ブラックホールを作り出すことができるはずだ。ここで反物質は生成されない。実際のブラックホールならば目に見えるレベルの大きさですら世界は崩壊するはずだからな。しかし、崩壊しないということは反物質は生成されていないはず。しかし、その重力場は本物だ。)

そこまで思いつけば、後は簡単だった。

極大消滅破(バニシング・ホール)の魔法を込めた魔法石を黄金錬成(クリエイト・ゴールド)で作った巨大な金塊の中に打ち込めば、ザイリチウム結晶が作れるはずなのだ。


(ザイリチウム結晶に再び極大消滅破(バニシング・ホール)を打ち込めば、ホーキング放射が起こり、反物質が生成されるはずだ。問題は、それをどうやって閉じ込めるかだ。)

反物質は物質に触れれば即座に消滅してしまう。

それを防ぐには磁場を使って触れないようにしなければならないのだが、磁場自体が作れないのでは無理な話だった。

(磁場か……無いなら作ってやれば良い)

ジェイムズは虚空を睨みつけニヤリと笑う。

(アシモフ法を使えば良いはずだ)

アシモフ法はアシモフ・ハインライン博士によって提唱された磁場作成方法だった、

高密度の物体を超高速回転させることにより、内部に磁場を発生させる方法である。

その磁場を使って反物質を閉じ込めてしまえば良いのだ。

これもまた、超高速回転による遠心力でリング自体が崩壊することから「理論上は可能だが、実践は無理」とされてきた方法であった。

しかし、物理法則が違うこの世界でならば、どれだけ高速回転させても物体は壊れないのだ。

ゼロが小石を超音速で投げつけても小石自体は自身が生み出す衝撃波で崩壊したりはしない。

そんな世界なのだ。

(ザイリチウム結晶を取り出す時に、膨大な金が生まれるはずだ。なら、そいつを「物質変化(モルフェウス)」の魔法で輪に変化してやれば良い。それを大量に作って、「浮遊(レビテーション)」で浮かせた上で、「高速移動(アクセル・ムーブ)」を使って超高速回転させてやれば、内部に超磁場が生まれるはずさ)

方法を思いつき、ジェイムズは興奮してくる。

(ダイリチウム結晶に極大消滅破(バニシング・ホール)を撃ち込んで、原子核の崩壊が始まる前に超磁場を形成してやれば反物質で満たされた空間ができるはずさ。その空間を「空間凍結(スペース・コフィン)」の魔法で閉じ込めて取り出してやれば、後は内部で反水素が生成される。あとはそいつを、あのクソッタレな超硬チタン合金の壁にぶつけてやるだけだ)

ジェイムズは笑いが止まらなかった。

この虚構の世界の虚構の力で現実の超兵器を作り出せるかもしれないのだ。

ジェイムズは、大量の紙を用意し、必要な量を計算しはじめた。


それ以降、ジェイムズはログハウスに籠もって計算しつづけた。

高性能な演算機器など無い世界である。

計算をするには手で実際に計算するしかなかった。

そして、ジェイムズは焦っていた。

もう少しすればアリスがサイとサリスを連れて戻って来る。

この研究は最愛の妻と子どもたちの存在を否定するための研究である。

アリスとサイ、サリスの顔を見て決意が揺らぐことがジェイムズは怖かった。

その恐怖を振り払うために、ひたすら計算へと没頭した。

街に行き大量の紙を買い付け、戻っては計算する日々。

時折、ターニャやマリアが様子を見に来たがジェイムズは彼女らを無視し続けた。

びっしりと計算式が書かれた紙の中で力尽きて眠ってしまった時、ログハウスのドアが開けられた。

それに気づき、ジェイムズが目を覚ますと、そこにはマリアが立っていた。

「ゼロ、もう止めて。何を研究しているかはわからないけど、お願い、少しは休んで。このままじゃ、あなたが壊れてしまうわ」

マリアの目には涙が浮かび、顔にはジェイムズを心配する気持ちだけが浮かんでいた。

「うるさい。この淫売。夫が死んだ翌日に友人に股を開くような偽りの聖女め。俺は騙されないぞ。この偽りの世界を壊してやるんだ」

そんなマリアに苛立ち、ジェイムズは罵声を浴びせる。

その目は寝不足から血走り、狂気に満ちていた。

「…ええ、そうかもしれません。私はゼロを愛してる。たとえあなたが、私をどんな言葉で罵っても、あなたを心配する気持ちは変わらない。どうか、体を休めて」

ジェイムズの罵声を浴びても、マリアは祈るように跪き、慈愛の目でジェイムズを見つめてきた。

その目に射抜かれ、完全にマリアを壊してしまったという事実を突きつけられたようで、ジェイムズは天を仰ぎ、瞑目した。

「わかったよ、マリア。少し休むさ。だから、今は一人にしてくれ」

ジェイムズの言葉にマリアは納得したのか、夕食用のパンとシチューを置いてログハウスを出ていった。

マリアが出ていき、しばらくして、ジェイムズはパンとシチューに手を伸ばす。

そのパンとシチューはとても塩辛かった。


そして、ついに計算が終わった。

夜明けと共に目覚めると、ジェイムズは着替えて、外へ出た。

空には朝焼けが広がっていた。

(朝焼け…スペクトル分解……ラフォーン中尉……)

朝焼けの空を見ながら、ぼんやりとジェイムズはラフォーン中尉の言葉を思い出す。


「ジェイムズ。この世はスクリプトなんかじゃ動いてないぜ」


(そうだ…スクリプトで動く世界は世界じゃない。今日、決着をつけてやる)

深呼吸するとジェイムズは飛び立とうとした。

そこへターニャが声をかけた。

「ゼロ、どこへ行くにゃ。今日はアリスとサイ、サリスが戻って来る日にゃ。ゼロがいなかったら3人が悲しむにゃ」

その言葉に、ジェイムズは瞑目し口を一文字に食いしばる。

(あぁ、この世界はどこまでを俺を縛り付けようとしやがる……)

ジェイムズは奥歯を噛み締め、精一杯の優しい顔をした。

「ターニャ。マリアと一緒にアリスとサイ、サリスを頼む」

ジェイムズはそう言うと、一気に飛び立った。

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