<EP_007>
翌日、外に出てみるとログハウスの脇には豪邸が建っていた。
「うわぁ、立派な家が建ったにゃ」
ジェイムズの後ろではターニャがはしゃいでいた。
「これなら、アリスが帰ってきても、ゆっくりできるにゃ」
その光景にジェイムズは驚きもしなかった。
(一夜にして、こんな豪邸が建つなんてありえない。夜通しサーヴァントたちが動いたとしても無理だ。やはり、この世界は……)
豪邸を見てもジェイムズはそんな想いしか抱かなかった。
「ゼロ!さっそく引っ越しにゃ!」
ターニャとサーヴァントに引っ越しを頼むと、ジェイムズは街へと向かった。
街で馬車を用立て、新居に必要な物を買い、荷台へと積んでいく。
それが終わると、マリアを拾って新居へと戻っていった。
「うふふ、私たちの新しい家ができたのね。楽しみだわ」
御者台に並んで座り、マリアは微笑みながらジェイムズの腕に絡んできた。
マリアの体温と柔らかさを感じながらも、ジェイムズの心には悔恨しか無かった。
(マリア、ごめんな)
そんな中、馬車は新居へ到着する。
サーヴァントたちに荷物を運び込ませ、馬車を街に返して、戻って来る頃にはすっかり日も落ちていた。
「おかえりにゃ、ゼロ」
「おかえりなさい、ゼロ」
ジェイムズの帰りを二人は笑顔で出迎えてくれた。
そのまま新居に入り、三人で夕食を摂った。
明るいリビング、暖かい部屋、そして微笑みながら会話をしている美女二人。
そんな夢のような空間にいながらもジェイムズの心は晴れなかった。
(二人を変えてしまったのは俺だ……そして、この世界を狂わせているのも俺だ…)
そんな想いで見る、幸せな風景はどこか空虚で現実味を感じられなかった。
「ねぇ、ゼロ。今夜はどっちとスるにゃ?」
食事が終わり、ターニャが無邪気な言葉にジェイムズは我に返った。
見れば、ターニャもマリアも期待を込めてこちらを見ていた。
「いや、俺は今夜は離れで寝るよ。一人で考えたいことがあるんだ」
「そうなのにゃ……」
ジェイムズの言葉にターニャが悲しそうな顔をした。
「ごめんな、ターニャ。マリアも。二人ともゆっくり休んでくれ。じゃあな」
そう言うと、ジェイムズは一人新居を出て最初の家へと戻っていった。
ジェイムズは何もなくなったログハウスのベッドに横になると天井を見つめた。
(これ以上、この世界を狂わせるわけにはいかない。俺がこの世界の真実を暴いてやる!)
そう心に決め、ジェイムズは天井を睨みつけると、目を閉じた。
翌朝、目が覚めるとジェイムズは「出かけてくる」と書き置きをドアに貼り付け家を出た。
ターニャやマリアに探索の邪魔をされたくなかったからだ。
ジェイムズは飛行の魔法を使って空へと飛び立つ。
雲を突き抜け空へと飛び出すとある程度の場所で上昇できなくなった。
また、雲を突き抜けたということは、高度2,000mを超えていると思われるが、体感の気温が下がった感覚も無かった。
ジェイムズは持ってきた弓で矢を上空に向けて放ってみると、矢は虚空へと飛んでいった。
空間があるようには見えるが、そこに到達する手段が無いということだ。
(ふむ…この高さでは地表全体を見下ろすということは無理そうだな)
そう結論づけると雲の下まで降り、街の方向へ飛んでみた。
街を上から見下ろすと、マリアの家があった区画も既に復興していた。
(やはり、復興速度が早すぎる)
この世界の法則が狂っているということを改めて思い知らされただけだった。
ジェイムズはそのままグノーカス王国があった方面へと飛んでいった。
かつてグノーカス王国があった場所へ向かうと、そこにあるのは何もない平野が広がっているだけであった。
ジェイムズは空中であぐらをかいて考えてしまう。
(おかしい。グノーカス王国が滅んだとしても、王城以外にも人はいたはずだ。その人たちが王都を更地に変えたとしても、そこに生活を始めない理由は無いはずだ。なぜ、更地なんだ?)
ジェイムズはステータス画面からスキルの発動ログを遡ってみた。
【Tuning Skill Activate.】 Target: Repir_City.exe……Complete!
ボケータ国に最初にドラゴンが襲来した後の一つのスクリプトだった。
(なるほど、俺が願ったから街の復興はすぐだったんだ。ならば……)
足元に広がる平野を見てジェイムズは恐ろしい仮説が思いついた。
(俺が「必要ない」と考えたからだ。俺が必要ないと思うからグノーカス王国は平地となり、そこに住む人まで消えたんだ。バーカスやトンマのように、俺が「不必要」と思えば人も街も消える…ならば……)
ジェイムズは思わず、家とボケータ国のほうを見てしまう。
(ダメだ…止めろ、ジェイムズ。考えるな。ここでは、お前の思考が現実になる。考えるな)
そう必死で自分の考えを押し止めた。
そして、自分の手を見つめた。
(全てはこの『調律』スキルのせいだ。なぜ、こんな能力が俺に与えられてる?俺にこんな能力を与えたヤツは誰だ?)
ジェイムズは天を見上げ、睨みつけた。
(ふん、上には限界があるなら、下に進むまでさ。待ってろ、てめぇの元に絶対に辿り着いてやる)
天を睨みつけ、そこにいるかどうかは分からないが、この世界を統べるモノに対してジェイムズは怒りを叩きつけた。
ジェイムズは地上に降りると地面に向かって魔法を放った。
「穴掘り」
たちまち地面に大穴が開いた。
ジェイムズは穴の底に降り立ち、再び魔法を放った。
再び、下に向かって大穴が開いた。
すると、穴の周りから水が吹き出してきて、底に水が溜まっていった。
(ふん、俺を止めたいってわけか)
「石の壁」
ジェイムズが魔法を使うと、穴の壁が石の壁へと変化していき、たちまち水の吹き出してきた箇所を止めていった。
ジェイムズは底に溜まった水面へと降り立ち、次の魔法を唱える。
「竜巻」
ジェイムズの足元から竜巻が起こり、たちまちに溜まった水を上空へと巻き上げて吹き飛ばしていった。
再び露呈した底に降り立つと、再び穴を開ける。
すると、今度はマグマが流れる地層が出てきた。
(ふん、どうしても止めたいってのか?)
ジェイムズは考えてしまう。
マグマは岩石が融解した姿である。流体ではあるが、身体に耐熱魔法を使ったとしても、圧倒的な高密度により潜ることはできないからだ。
(しかし、形は変わっても岩は岩だ)
そう考え、ジェイムズはマグマに向かって「穴掘り」の魔法を放った。
予想どおり、一瞬だけマグマ溜まりに穴が開き底を露出させたが、たちまち周囲のマグマによって覆い隠されてしまった。
(予想通りだ。ならば!)
ジェイムズは「高速飛行」の魔法を使って空へと飛び上がり、魔王城があった場所へと飛んでいく。
魔王城のあった場所は予想どおりの何もない荒野へと変わっていた。
(ここなら周りに人もいないし大丈夫だろう)
そう考え、空に「空間転移扉」の魔法を使っておくと、再び開けた大穴の元へと飛んでいった。
そして、再びマグマ溜まりへ「穴掘り」の魔法で穴を開けると、一瞬だけ見えたマグマ溜りの底に「空間転移扉」の魔法を使って2地点を繋げた。
すると地響きとともマグマは扉に吸い込まれるように落ちていった。
しばらく、マグマが落ちるのを見ていた。
マグマが落ちきったのを見届けると、ジェイムズは底に降り立った。
マグマの圧力が無くなったため、地盤が緩んでいる可能性があったため、穴に繋がる場所を全て「石の壁」で繋げておき、ついでに「硬い壁」の魔法で補強しておいた。
これで穴が崩落で崩れる心配はない。
ジェイムズは再び底に向かって「穴掘り」の魔法を放った。
しかし、穴の深さはかなり浅く、そこに金属のような光沢を放つ壁によって途中で止まってしまった。
(ようやく終わりが見えたぜ)
ジェイムズは金属の底へと降り立つと、手を当てる。
「分析」
分析の魔法を使って金属の正体を探ってみると超硬チタン合金のようであった。
(超硬チタン合金だと!くそっ、コイツは厄介だ)
超硬チタン合金は宇宙船の外装にも使われる強固な合金で、ジェイムズが知る限り最高の装甲材である。
(コイツをぶち破らねぇことには外には出さねぇってことか。面白ぇじゃねぇか)
ジェイムズは舌なめずりをすると、一度、拠点へと戻ることにした。
「ゼロ、大変にゃ!」
ジェイムズが家へと降り立つとターニャとマリアが飛び出してきた。
「どうしたんだ?」
二人と目を合わせないようにしながらジェイムズは聞いた。
「今、お城から連絡があって、アリスの子が生まれそうらしいの」
「え?出産予定日はだいぶ先のはずだろ?」
アリスの出産予定日は2週間以上後のはずだった。
「ゼロは転生者で伝説の勇者にゃ。その子供なんだから、何があっても不思議じゃないにゃ」
「ゼロ、行ってあげて。アリスも待ってるはずよ」
二人にそう言われ、ジェイムズは城へと飛び立った。
王城に入ると待っていた兵士にアリスの元へと案内される。
豪華な寝台の上で寝ていたアリスはジェイムズが入ってくると目を輝かせた。
「ゼロ様、来てくださったのですね」
額に汗を貼り付け、苦しそうな顔ではあるが、いつものような微笑みでアリスはジェイムズに話しかけてくる。
ジェイムズは、ゆっくりと豪華な寝台へと歩み寄った。
額に汗を浮かべ、苦痛に顔を歪ませながらも微笑みかけるアリスの姿は、彼の胸を突き刺すほど美しかった。
アリスは苦しそうな顔でジェイムズへ手を伸ばしてきた。
ジェイムズは両手に罪の意識を感じながらも、その手を伸ばし、優しさの仮面を被ってアリスの汗ばんだ白く美しい手を握った。
「ゼロ様。私、元気な子を産むわ。私、幸せよ。あなたの子が産めるのですもの」
アリスは苦しそうな、でも幸せそうな目でジェイムズを見つめ、精一杯の力で握り返してきた。
「ああ、大丈夫だ、アリス。俺はここにいる。安心しろ」
ジェイムズはそう答えるのが精一杯だった。
産婆に言われジェイムズは部屋から出ていく。部屋から出る時にアリスを見ると目が合い、アリスの目は「大丈夫」と言っているようだった。
部屋から出ると、用意してあった椅子へと腰を降ろし、肘掛けに拳を振り下ろした。
(クソっ!コイツは罠だ。このシステムが俺を世界に繋ぎ止めるために作った罠だ。人の命を何だと思っていやがる!)
システムに対する怒りが湧いてくるが、アリスの顔を思い出すと、自分の妻への再三の裏切りを思い出し罪の意識も湧いてしまった。
ジェイムズが怒りと罪悪感で頭を抱えていると、部屋から赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。
「生まれました」
助産師としてついていたメイドが扉を勢い良く開けて飛び出してきた。
「おめでとうございます。ゼロ様。可愛い双子でございます。男の子と女の子でございます」
「そうか…」
ジェイムズは助産師の言葉に立ち上がると無表情のまま部屋に入っていった。
部屋に入ると寝台には疲れてはいるが、満足感と幸福感に包まれたアリスと、その枕元にはおくるみに包まれた赤ん坊が二人いた。
「ゼロ様。私、頑張りましたわ」
「ああ、お疲れ様」
ジェイムズは無表情のまま唇だけで笑い、アリスを労った。
「ねぇ、ゼロ様。名前はなんといたします?」
その言葉にジェイムズは考えていたことを話した。
「考えていたんだ。男の子ならサイ、女の子ならサリスってね。どうだい?」
「サイとサリス、良い名前ですわ。サイ、サリス…生まれてきてくれてありがとう」
そう言うとアリスの瞼が一気に重くなったようだった。
「アリス。本当にお疲れ様。今はゆっくり休んでくれ」
そう言うと、ジェイムズは部屋を出ていった。
部屋を出て、大広間に出るとボケータ王と城の重臣たちが集まっていた。
「ゼロ殿。生まれたようじゃな。して、男か女か?」
「男女の双子ですよ、ボケータ王」
「そうか。名前は?もう決めたのか?」
「ええ。男子はサイ、女子はサリスと決めました」
「そうか。それはめでたい」
王の言葉に広間は湧きたち「サイ王子、万歳!」「サリス王女、万歳!」とそこかしこで声が挙がった。
口々に祝辞を述べてくる人ごみをかきわけジェイムズは城の外に出た。
城を出た瞬間、ジェイムズの目は吊り上がり口を一文字に結ぶ。
そして、ジェイムズは家の方角へと飛び出していった。




