<EP_004>
魔王アホモスを討伐して1年が過ぎた。
ゼロはアリスとともにボケータ国の郊外の森の端に建てたログハウスにて、ターニャとともに幸せに暮らしていた。
家の周りに作った畑をボーン・サーヴァントとともに耕し、ターニャとともに森で狩猟する。
家に戻れば、美しいアリスがにこやかに迎えてくれる。
そんな毎日が続いていた。
「ゼロ様。さきほどマリアから連絡が来ましたわ。なんでも無事に出産したそうですわ」
狩りから戻ってきたゼロにアリスが伝えてきた。
「そうかい。無事に出産できたんだね。それじゃ、明日はお祝いに行こう」
「わーい、明日は街でご馳走にゃ」
ゼロの言葉にターニャが無邪気に喜んだ。
翌日、街にバーカスを訪ねた。
魔王討伐の貢献から近衛騎士団長になったバーカスとマリアが出迎えてくれた。
マリアの胸には白いおくるみに包まれた赤ん坊が抱かれている。
「わー!可愛いにゃ」
トンマと名付けられた赤ん坊を見てターニャが声をあげる。
「ホントに可愛いね。マリア似かな。バーカスに似なくて良かったんじゃないかな」
ゼロもそんな声をあげてしまう。
「へん、言っとけよ。男は顔じゃないぜ。まぁ、マリア似のほうが良いだろうけどよ」
すっかり父親の顔になったバーカスがゼロの軽口に答えてくる。
「ふふ。次はアリス様の番ですわね」
マリアがトンマをあやしながら言ってくると、アリスは赤くなって俯いた。
「そうだぜ。ゼロが姫様を奪って王位に就かないんだから、孫の顔を早く見せてやれ」
バーカスもゼロの背中を叩き、笑いながら言ってくる。
「いや、それは……」
ゼロも赤くなって俯いてしまい、それを見たバーカスとマリアは声を出して笑ってしまう。
それまでトンマを様々な角度で見ていたターニャが声をあげる。
「ゼロ!アタシも赤ちゃんが欲しいにゃ!」
ターニャの言葉にゼロは我に返った。
出会った時は子猫のような少女であったターニャだが、今はすっかり成長し身体に丸みを帯び、立派な身体となっていた。
「そ、そうだな。ターニャにもそろそろお婿さんを考えないとな」
「嫌にゃ。アタシは強い男が好きにゃ。ゼロ以上に強い男はいないにゃ。だから、ゼロの子供が欲しいにゃ!」
ゼロの言葉にターニャが怒ったように答えた。
「いや…それは……」
ターニャの剣幕にゼロは困った顔でアリスを見てしまう。
「ゼロ様がお望みならば、私は構いませんわ。ターニャを愛してあげて下さいませ」
アリスはいつものような微笑みを浮かべた。
「おいおい、ゼロ。両手に花だな。羨ましいぜ」
バーカスは笑っていた。
「まぁ、ゼロ以上の男なんて、他にいないものねぇ」
マリアもトンマをあやしながら笑う。
「お、おい、マリア。お、俺は?」
「バーカス。もちろん、あなたも素敵よ。でもゼロと較べるとねぇ……」
マリアの言葉に焦った様子を見せるバーカスに、その場は笑いに包まれた。
しばらく経つとアリスの妊娠がわかった。
アリスの懐妊をゼロは心から喜んだ。
身重になったアリスのためにゼロは家事を代行できるボーン・サーヴァントを増やした。
そんな中、いつものようにターニャを連れて狩りへと繰り出していった。
ゼロは鼻をひくつかせながら前を歩くターニャの尻が目に入ってしまう。
そんなゼロの視線などお構い無しに、ターニャは獲物を見つけると振り向いた。
「ゼロ。あの茂みに鴨がいるにゃ」
振り向いたターニャの顔にゼロはドギマギしてしまう。
ゼロに構わず、ターニャは茂みにしなやかに近づき、獲物を追い立てた。
ターニャの動きに鴨が飛び立とうとする所をゼロは弓を放った。
弓が鴨を射抜き地面へと落ちる。
「やったにゃ」
落ちた鴨へターニャが走りより、ゼロも続こうとした。
その瞬間、ゼロは地面の木の根に躓いてしまい、ターニャの上に覆いかぶさってしまった。
ターニャの柔らかな肢体がゼロに伝わってくる。
アリスの妊娠から、おあずけになっているゼロの欲望が少し動いた。
【Tuning Skill Activate.】 Target: Tarnya(ID005) -> Relationship: Love. Status: Complete!
ゼロの背後に半透明の画面が現れ、すぐに消えた。
「あ、ごめん、すぐにどくね」
身体を起こそうとしたゼロにターニャが抱きつき、キスをしてきた。
ゼロが驚いていると、ターニャは唇を離し、潤んだ瞳で見つめてくる。
「ゼロ。前にも言ったにゃ。アタシ、ゼロの子供が欲しいにゃ」
「で、でも、ボクには……」
ターニャの行動にゼロが戸惑っていると、ターニャはさらに強く抱きついてきた。「最近、アリスとできないのでしょ?ここなら、誰にも見つからないにゃ」
そう、耳元で囁くと再びキスをしてくる。
ゼロはそのままターニャへと覆いかぶさっていった。
ゼロはターニャの手を引いてログハウスへ戻った。
ターニャは満足しきった顔で上機嫌に鼻歌を歌っているが、ゼロの胸中は重かった。
ターニャと手を繋いでいる場所が、熱く焼けるように感じた。
「ただいま、アリス」
ゼロは平静を装いながら声をかけた。
家の中では、身重になったアリスが、いつもと変わらぬ完璧な笑顔で二人を出迎えた。
ゼロの姿を認めると、ゆっくりとロッキングチェアから立ち上がる。
「おかえりなさい、ゼロ様、ターニャ。狩りはうまくいきましたか?」
アリスはそう言うと、まずターニャの頭を愛おしそうに撫で、次にゼロの手を両手で包み込んだ。
ゼロはその温かさに、たまらないほどの罪悪感を覚えた。
(アリスは何も知らない。彼女の優しさ、この満ち足りた笑顔が、俺の罪を抉っている。)
「うん、今日は大漁にゃ!」
ターニャは満面の笑みでアリスに狩りの成果を報告し、鴨を掲げる。
「まあ、それは良かったわ。ゼロ様も、今日はなんだかすっきりとした表情で、安心いたしました」
アリスはそう言いながら、ゼロの顔を覗き込んできた。
ゼロは、思わず硬直した。彼女の柔らかな瞳の奥には、裏切りを糾弾する色など微塵もない。あるのは、「ゼロの幸福」を純粋に願う、無機質な献身だけだ。
「……ああ。心配かけたみたいでごめんね。」
「いえ。 ゼロ様がお元気で、お健やかに過ごされること。それが、今の私にとっての何よりも大切な喜びですわ。ターニャがいれば私も安心ですわ」
アリスのいつもの笑顔にゼロの心がチクリと痛んだ。
「さぁ、今日は鴨肉のシチューにゃ。サーヴァントも手伝うにゃ」
台所で料理を始めたターニャとアリスを見ながらゼロは複雑な心境であった。
「アリス、もっと食べるにゃ。いっぱい食べて元気な赤ちゃんを産むのにゃ」
いつものように三人で夕食を囲みながら、食が進まない様子のアリスにターニャが無邪気に言った。
「そうね、元気な赤ちゃんを産まないとね」
アリスはシチューを食べようとするも、苦しそうな顔をする。
「おい、アリス。無理しなくて良いぞ。無理して食べるほうが身体にさわる」
そんなアリスをゼロは心配してしまう。
「アタシもいっぱい食べて、強い子を産むのにゃ」
シチューを食べながら、宣言するターニャにゼロはドキッとしてしまう。
「ゼロ様。私のことは心配しないで良いですわよ。前にも申しましたが、私がお相手できない間だけでも、ゼロ様がお望みでしたら、ターニャを愛してあげて下さいませ」
口元を抑えながら、真顔で優しく言ってくるアリスを見て、ゼロの中で何かがざわついた。
翌日、ターニャが狩りへと誘ってくるが、昨日の今日なので、ゼロは躊躇した。
しかし、アリスの強い勧めもありゼロはターニャを連れて狩りへと出発した。
ターニャとの連携で程よく鹿を仕留めると、ターニャがゼロに抱きついてきた。
「お、おい、ターニャ……」
ターニャの柔らかな肢体にゼロは反応してしまう。
「今日の獲物は仕留めたにゃ。だからご褒美を貰うにゃ」
そう言ってゼロにキスを求めてくる。
「タ、ターニャ…ボクにはアリスが…」
誘惑を振り切ってゼロは精一杯言うが、ターニャは離そうとしなかった。
「アリスも言ってたにゃ。アリスがお相手できない間はアタシが相手するにゃ」
いつもの子猫のような顔から牝の顔に変わりながら言ってくるターニャの誘惑にゼロは勝てなかった。
そんなことが続くと、ゼロの中の罪悪感も薄れていった。
アリスの出産が近づくと、出産の準備のために王城へ戻ることになった。
「ゼロ様。しばらくの間ですが、ご自愛下さい。きっと元気な赤ちゃんを産んで帰ってまいりますわ」
ボケータ城前での別れ際、アリスは別れを惜しむようにゼロに抱きついた。
「ああ、待ってるよ、アリス」
ゼロもアリスを抱きしめた。
しばらくそうした後、名残惜しそうに何度も振り返るアリスを見送って、二人は城を後にした。
その足でバーカスとマリアの家に寄った。
バーカスの家に着くと、マリアがトンマを抱いて笑顔で出迎えてくれた。
「まあ、ゼロ様、ターニャ。良くいらっしゃいました」
「ゼロも親父になるんだな。救国の勇者と姫様のロイヤルベイビーの誕生に街中がもちきりだぜ」
近衛騎士団長となったバーカスは、相変わらず無骨な笑みを浮かべていた。
「アリス様も、元気な赤ちゃんを産んでくれるといいですね」
マリアはそう言って、胸元のトンマに優しい眼差しを注いだ。 トンマはまだ生まれて数ヶ月だが、母親の胸に抱かれ、穏やかに眠っている。その小さな手にマリアの胸元の服を握りしめている姿は、見る者の心を和ませた。
そんなトンマを見つめるマリアにゼロは見とれてしまった。
二人ととりとめもない会話をして街を後にする。
ターニャと二人で家に戻った。
その夜、ベッドでゼロはぼんやりと考えていた。
(マリアってやっぱり美人だなぁ。前から美人だとは思ってたけど、今はすっかり母親って感じで、さらに母性や慈愛がにじみ出てる。アリスの気品やターニャの無邪気さも魅力だけど、マリアの母性も魅力的だなぁ……)
横目で、可愛い顔で寝息をたてているターニャを見ながら、そんなことを考え、目を閉じた。
【Tuning Skill Activate.】 Asset_Target: Maria(ID004). PROTOCOL: Relationship_Recalculation -> LOVE_ZERO.
Required_Asset_Removal: Barkus(ID003), Tonma(ID008).
CONSTRAINT_ID:003 (Barkus) & CONSTRAINT_ID:008 (Tonma) -> STATUS: ELIMINATE.CAUSALITY_REWRITE: Forced_Attack_Event (Black_Dragon).
Status: Complete!
ゼロの目の前に半透明の画面が一瞬映ったが、ゼロは気づくこともなかった。
「ゼロ、大変にゃ!お城が襲われてるにゃ!」
血相を変えて飛び込んできたターニャの言葉にゼロは飛び起きた。
慌てて城のほうを見ると、黒い大きな竜の姿が見えた。
「くそっ」
ゼロは舌打ちすると、すぐに衣服を着て剣を携えてログハウスを飛び出した。
「高速飛行!」
ゼロが魔法を唱えると身体がフワリと浮き上がり、城へと飛んでいく。
城下町の上空でゼロは黒い竜と対峙すると、その首を一刀のもとに跳ねた。
ドラゴンはそのまま街へと落下し、ゼロは城へと飛んでいった。
「アリス、無事か!」
城へと飛び込んだゼロへ大きなお腹を抱えてアリスが抱きついてくる。
「ああ、ゼロ様。再び街を救っていただいてありがとうございます」
「アリスが無事で良かったよ」
「おお、ゼロ殿。良く来てくれた」
抱き合う二人にボケータ王も声をかけてくる。
そんな中、追いついてきたターニャが飛び込んできた。
「ゼロ、アリス!大変にゃ!バーカスとトンマが!」
ターニャの言葉に、ゼロが街を見ると、ドラゴンが落ちたのはバーカスの家の付近だった。
ゼロが駆けつけた時、瓦礫となった家の前には泣き崩れるマリアの姿があった。
「マリア!」
ゼロの姿を見るとマリアはゼロの胸へと飛び込んできた。
「ゼロ様……バーカスが…トンマが…」
胸の中で泣きじゃくるマリアを抱きしめながら見ると、バーカスの家は跡形もなく瓦礫の山へと変わっていた。
周りの住人から話を聞くと、バーカスとトンマはドラゴンの落下により崩れ落ちる家の下敷きになったとのことだった。
共に魔王軍と戦った戦友でもある親友の死に、ゼロは胸の中で泣きじゃくるマリアを抱きしめ、ともに悲しむことしかできなかった。
数日後、バーカスとトンマの葬儀に参加したゼロは、喪服姿のマリアを見つめていた。
涙も見せず、毅然と喪主を務める彼女の姿は、痛々しいほどに美しかった。
(これからは俺がバーカスのぶんもマリアを支えなくちゃ)
その美しい姿に勝手なことを考えてしまっていた。
二人の葬儀が終わり、「ショックを受けてるアリスが心配にゃ」と言うターニャを王城に残してゼロは一人帰路についた。
空はどんよりと曇り、家に着く頃には本降りの雨となっていた
ゼロはログハウスの暖炉に火をおこし、一人、椅子に座って雨音を聞いていた。
(くそっ、俺がドラゴンを別の場所で仕留めていれば)
親友とその息子を失った悲しみ、それを引き起こした自分にいたたまれない気持ちでいっぱいになっていた。
その時、ログハウスの扉が激しく叩かれた。
ゼロが慌てて扉を開けると、そこに立っていたのは、喪服のまま、雨に濡れそぼったマリアだった。
彼女の艶やかな黒髪は雨で顔に貼りつき、喪服は水を含んで重そうに垂れ下がっている。
「マリア!?どうしたんだ、こんな時間に、一人で!」
マリアの瞳は、葬儀の場で見せた毅然とした強さとは裏腹に、空虚で、しかし狂気的な熱を帯びていた。
「ゼロ……」
マリアは力なくゼロの名を呼ぶと、そのままゼロの胸に倒れ込んできた。
「マリア、大丈夫か?風邪をひくぞ。とにかく、中へ!」
ゼロは慌ててマリアを抱き上げ、リビングのソファへと運んだ。ボーン・サーヴァントが濡れた喪服を取り上げ、代わりに温かいローブを持ってくる。
マリアはローブに身を包んだが、震えは止まらなかった。
「……マリア。今はとにかく休んでくれ。辛いだろうが……」
ゼロがそう声をかけると、マリアは震える手を伸ばし、ゼロの顔に触れた。
「ゼロ……お願い。私を一人にしないで…」
その声は、自己の存在意義を失った者の、悲痛な懇願だった。
「当たり前だ。バーカスは俺の親友だ。これから、お前のことは、俺が支えていく。俺だけじゃない。ターニャもアリスも一緒だ。だから、安心してくれ」
ゼロはそう言って、マリアの肩を抱いた。
マリアは、ゼロの胸に顔を押し付けると、かすれた声で囁いた。
「……支えて、くれるのね…ゼロ」
マリアは、ゼロの胸から顔を上げ、彼の目を見つめた。
「ゼロ…私を、抱いて…」
ゼロは衝撃で息を呑んだ。
「ま、マリア!何を言ってるんだ!葬儀が終わったばかりだぞ!」
「お願い!もう、私にはゼロしか頼る人がいないの……」
マリアの瞳に、初めて焦燥の炎が灯った。彼女はソファから立ち上がり、ローブを脱いだ。
暖炉の灯りに浮き上がったマリアの身体は美しかった。
「もう空っぽなの……。バーカスも、トンマもいない。もう、私を存在させてくれるのは、ゼロだけ。私を……ゼロのモノにして。お願い!」
マリアの言葉は、自身の存在を再定義しようとしている狂気の叫びだった。
ゼロの胸の中で、罪悪感と、拒否できない熱が渦巻いた。目の前の女性は、親友の妻だ。親友の死の直後だ。
(俺が、マリアを救うんだ……)
ゼロは、自己正当化の衣を身に纏い、その狂気に満ちた眼差しから目を逸らすことができなかった。
外の雨音が、二人の夜を、静かに覆い隠していった。
(これで良かったんだろうか?)
ベッドの上でぼんやりと天井を見つめ、ゼロは考えてしまった。
隣には満足げな顔で安らかに寝息を立てるマリアがいた。
その顔はゼロが良く知るマリアの顔であった。
(マリアってこんな女だったっけ?)
そんな疑問がゼロに浮かんでくる。
夫と子供を同時に失い、錯乱していた可能性はある。
しかし、ゼロの知るマリアはそんなことで他人に身体を許すような女性では無かったはずだ。
気高く、慈愛に満ちたマリアはどこに行ったのだろう。そんな疑問がゼロの中に渦巻いていた。
外を見れば雨は止まず、雷の音が鳴り響いていた。
ゼロが外に目をやると、轟音とともに遠くの木に雷が落ち、木が燃え上がった。
その光景を見た瞬間、ゼロの頭の中に閃光とともに見知らぬ映像が頭の中に飛び込んできた。




