<EP_002>
ターニャの話を半信半疑になりながら聞いていると、ゼロたちは森を抜けた。
遠くには城の先端が見えた。
「あれがボケータ国にゃ」
ターニャが指を差す。
城の大きさがわからないが、突端が見えるということは、ここから10㎞程度の距離にあるであろうことが推測できた。
(あれがボケータ国かぁ……街からあんまり離れても不便だろうし、街に近すぎてもなぁ…この辺りで生活するのが良いのかもなぁ)
ゼロは、誰もいないこの森の中で、誰にも邪魔されない、最も快適な人生の環境を最適化することを決めた。
(とりあえず、雨風を凌げる『快適な家』と、当面の『食料』の確保。それが生活を護るためには必要だな)
ゼロがそう考えた時であった。彼の目の前にステータス画面と同じ、半透明の画面が突然現れた。
【Tuning Skill Activate.】 Target: Best_Comfortable_House.exe……
ASSET_MISSING. ERROR. FIND_SUBSTITUTE. …
そう流れると、ズタ袋が自然と開かれ、中に入っていたコズミックベアの骨が飛び出し地面へと突き刺さっていった。
ASSET_DETECTED: BEAR_BONE(ID:001) TRANSFORMATION_PROTOCOL: BONE_SERVANT…
そのまま、地面に突き刺さった骨は物理法則を無視して、巨大化し、そのまま二足歩行する熊のボーン・サーヴァントへと変化した。
複数のボーン・サーヴァントは森へと入っていくと、自らの腕の骨を斧へと変化させ木を切り出し、手際良く集めてくる。
十分な資材が集まると、そのままログハウスの作成に取り掛かった。
EXECUTING_BUILD_SCRIPT: LOG_HOUSE_SIMPLE…
またたく間にゼロの目の前でゼロとターニャが暮らせるほどの大きさのログハウスが作られていった。
ログハウスが作られると、ボーン・サーヴァントたちは森の中に走っていき、しばらくすると大量のキノコや木の実を持って帰ってきた。
「す、凄いにゃ……」
「ハハ、こりゃ楽ちんだ」
あまりのことにゼロとターニャは目を丸くして驚くばかりだった。
ゼロが作られた家を品定めしていると、突如、街道の奥から女性の悲鳴と馬の嘶きが響いてきた。
ゼロが目を向けると、ガタガタと揺れる豪華な馬車が、森から飛び出してくる。
「きゃああ!誰か、助けて!」
馬車の後方からは、かなりの数のフォレスト・ゴブリンの群れが、けたたましい奇声を上げながら追ってきていた。
ゼロは心底うんざりした顔でため息をついた。
(ふぅ…一難去って、また一難と…)
【Tuning Skill Activate.】TARGET_NOISE_ELIMINATION.
ボーン・サーヴァントは自らの手を巨大な剣に変化させると、ゴブリンの群れに向かって、感情なく突撃していった。
ボーン・サーヴァントたちは凄まじい力で数十体のゴブリンを叩き潰したが、群れの数はあまりに多すぎた。
「チッ、数が多すぎる」
ゼロは、地面に溜まっていた砂を一掴みした。
(馬車を傷つけないようにしないとな…)
ゼロがそう思った瞬間、再び視界の隅に
【Tuning Skill Activate.Target:Luxury_Carriage(ID:002) - DAMAGE_NULLIFICATION】
という画面が流れた。
ゼロは、砂をボーン・サーヴァントの攻撃からすり抜けてきたゴブリンの一団へと投げつけた。
砂がマシンガンかショットガンのように弾け飛びゴブリンの一団へと突き刺さっていく。
凄まじい轟音とともに、砂粒がボーン・サーヴァントと馬車の周りをすり抜け、ゴブリンの頭や胴体だけを一瞬で蜂の巣にした。
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、地面に崩れ落ちていった。
砂が止んだ後、ログハウスの前に止まった馬車は、驚くべきことに、砂粒一粒の傷も付いていなかった。
止まった馬車から一人の女性が降りてきた。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
女性は礼儀正しく頭を下げてくる。
「大丈夫でしたか」
「ええ。あなた様のおかげで、こちらは全くの無傷ですわ」
女性が顔をあげ、笑顔を向けてくると、ゼロは思わず女性に見入ってしまった。
女性は豪華な服に身を包んでいるが、それ以上に美しい顔をしていた。
ブロンドの長い髪をなびかせ、特徴的な大きな目をしており、全身からは高貴で清楚な雰囲気を漂わせつつも、その笑顔にはどこか安心感を与えられる親しみやすさを感じさせた。
女性の顔をしっかりと見たゼロは顔を赤くしてしまった。
「ん?どうしたにゃ、ゼロ?顔が赤いにゃ」
真っ赤な顔で女性に見入ってしまい、硬直しているゼロを見てターニャが声をかけてきた。
「な、なんでもないよ」
ターニャの言葉に我に返ったゼロは女性から目を逸らす。しかし、目の端で女性をチラチラと見てしまう。
「まぁ、ゼロ様とおっしゃいますのね。申し遅れました。私はボケータ国の王女、アリスと申します」
アリスはスカートの裾を掴むと優雅に挨拶をしてくる。
その所作も気品に溢れてはいるものの、嫌味を一切感じさせない完璧なものであった。
「へ〜、ボケータ国の王女様だったんだにゃ。さすがに綺麗にゃ。アタシはターニャにゃ」
「ターニャさん、こんにちは」
アリスは獣人族ということを気にせずにターニャに近づき握手をすると、ゼロの前に移動した。
アリスからは、香しい匂いがして、アリスの所作に見とれていたゼロは我に返った。
ゼロはアリスの前に跪き、頭を下げる。
「失礼しました。アリス様。ゼロ・アブソリュートと申します」
「まぁ、ゼロ様。顔をお上げ下さい」
アリスはかしこまるゼロの手を取り立ち上がるように促すと、ゼロの両手を胸の前で両手で包み込むようにして、ゼロの目を見つめた。
「ゼロ様。今回は本当に助かりましたわ。ありがとうございます」
アリスの大きな瞳で見つめられゼロの顔は真っ赤になったしまう。
「い、いえ、アリス様。当然のことをしたまですよ」
ゼロは真っ赤なまま顔を逸らして言った。
「ゼロ様、私は堅苦しいのは苦手ですの。気軽にアリスと呼んで下さい」
そう言うとアリスはゼロの手を離しニッコリと笑った。
その輝くばかりの笑顔にゼロはまたしても硬直してしまう。
硬直して動けないでいるゼロを見て、ターニャが肘でつついた。
「ア、アリスはどうしてこんなとこにいるんだい?」
ゼロが尋ねるとアリスは顔を曇らせながら答えてきた。
「実は、グノーカス国で救国の勇者が生まれたということを聞きまして、その表敬訪問ということで行った帰りですわ」
アリスの言葉を聞き、ゼロはイシキやグノーカス王のことを思い出し、渋い顔をした。
「でも、イシキ様でしたかしら…あの方が救国の英雄とは到底思えませんわ。何か嫌な方ですもの」
アリスは顔を曇らせ、イシキのことを語っていく。
「なんでも、イシキ様と同時に召喚された方もいたとのことでしたが、そちらの方にもお会いしたかったものですわ」
アリスの言葉にターニャが反応した。
「その召喚された勇者がゼロにゃ。ゼロは凄いんだにゃ。そのイシキってのがどれだけなのかは知らないけど、ゼロには敵わないはずなのにゃ」
「まぁ、そうでしたの。ゼロ様はこれだけの実力の持ち主なのですもの、当然ですわね」
ターニャの言葉にアリスは顔を輝かせた。
「これだけ多くのボーン・サーヴァントを使役し、私の馬車を傷つけずに、あれだけのゴブリンを倒してしまうゼロ様が只者ではないことは当然ですわ」
アリスの手放しの称賛にゼロは照れてしまう。
「そんなことないさ。ボクはただ夢中だっただけさ」
「まぁ、ご謙遜を。そんな偉ぶらないところも、ますます素敵ですわ」
そんなゼロを見て、アリスはますます目を輝かせてくる。
「ゼロ様。助けていただいたお礼もございますので、是非、私の王城へ来て下さい」
アリスはゼロの手を取ると馬車へと乗るように促してきた。
ゼロが躊躇していると、その脇をターニャが駆け抜け馬車に飛び乗った。
「ほら、ゼロ。さっさと乗るにゃ。今夜はお城で豪華なお食事にゃ」
ターニャは馬車の中から満面の笑みで手招きをしてきた。
「ええ。もちろんですわ。さぁ、ゼロ様も遠慮せずに」
そう言われ、ゼロはログハウスの護衛をボーン・サーヴァントに任せ、馬車に乗った。
三人を乗せた馬車は王城へと向かって走り出した。
王城に着くと、ゼロとターニャは少し待たされた後、大広間に通された。
大広間には玉座にボケータ王が厳かに座っていたが、ゼロが入ってくると立ち上がり、ゼロの近くへ歩み寄り、手を握ってきた。
「ゼロ殿。話は聞いた。我が娘アリスを助けてくれたそうじゃな。心より感謝するぞ」
「い、いえ、ボクは当然のことをしたまでです」
ボケータ王直々に感謝を伝えられ、ゼロはかしこまってしまう。
「聞けば、ゼロ殿は召喚された勇者だそうだな。グノーカス王は見抜けなかったようじゃが、ワシにはわかる。そなたこそが伝説の勇者じゃ。少なくともアリスを救ってくれた英雄じゃよ。今宵はゆっくりとしていってくれ」
「わーい、ご馳走にゃ!」
あまりの歓待ぶりに、かしこまって動けないでいるゼロの隣でターニャが飛び跳ねて喜んだ。
翌日、豪華な寝台の上でゼロは目覚めた。
城の内部では慌ただしく兵士が走り回り、遠くからは獣の咆哮が聞こえていた。
「ゼロ!大変にゃ!」
そんな中でターニャが駆け込んできた。
「ん?どうしたの?」
寝ぼけ眼でゼロが答える。
「大変にゃ!ドラゴンが襲ってきたにゃ!」
「何だって!」
ターニャの言葉にさすがにゼロも眠気が吹き飛び、慌てて身支度を整えると城の外へと飛び出した。
見ると、巨大なドラゴンが街の上空を飛んでおり、街のあちこちからは煙が上がっていた。
兵士たちが上空のドラゴンへ矢を射掛けるが、硬い鱗に阻まれ全く効いていないようだった。
ゼロはドラゴンへ走り寄りながら、道端の小石を拾うとドラゴンに向かって無造作に投げた。
ゼロが投げた小石は音速を越え衝撃波を伴ってドラゴンの胴体へと命中し、胴体が大きくへしゃげた。
ギャオォォォン!
痛みを覚えたドラゴンは激昂し、四方八方に火炎のブレスを撒き散らした。
その間にドラゴンの近くに駆けつけたゼロは隣で呆然と立っている兵士から槍を取り上げた。
ゼロが槍を構えると、自分へ傷つけられる者がゼロであると知ったドラゴンは、ゼロに突進しブレスを吐こうと口を大きく開ける。
その瞬間、ゼロは槍をドラゴンに向かって投げつけた。
槍は狙い違わず、ブレスを吐こうとしていたドラゴンの口へと吸い込まれ、喉に突き刺さった。
吐こうとした火炎はそのままドラゴンの内部に留まり、内部から焼き尽くし、全身から煙を吹き出しながらドラゴンは絶命し、墜落した。
凄まじい地響きが鳴り渡り、周囲から歓声の声が上がった。
「す、すごいにゃ…」
巨大なドラゴンを苦も無く倒した光景にターニャは目を見開いて呆然としていた。
「ふぅ…なんとかなったかな」
当のゼロは、何事も無かったかのように息をついた。
「あのドラゴンを倒すなんて…」
「さすがは召喚された勇者だ…」
「ゼロ様、万歳!」
いつの間にか集まってきた人々がゼロへ称賛の言葉を告げ、やがて大きな声へとなり、街全体に響き渡った。
歓声を上げる兵士たちに促され、ゼロは王城へと戻った。
王城に戻り、大広間に通されるとボケータ王とアリスが出迎えてくれた。
「ゼロ様、ご無事でなによりですわ」
駆け寄ってきたアリスがゼロへと抱きついてくる。
アリスの柔らかな肢体と香しい匂いに包まれ、ゼロは顔を赤くしてしまう。
「これ、アリス。はしたないぞ」
「あ、申し訳ありません」
ボケータ王にたしなめられ、アリスは恥ずかしそうに後ろへ下がった。
そのはにかむ姿も愛らしかった。
「うぉっほん。ゼロ殿、ドラゴンを倒して下さり、ありがとうございました」
アリスに見とれているゼロにボケータ王は咳払いをして、改めて礼を述べてきた。
「いえ、当然のことです」
ゼロは慌てて跪き、ボケータ王に応える。
「しかし、なぜ、ドラゴンがこの国に……」
ボケータ王が首を傾げると、ボロボロになった兵士が広間へ飛び込んできた。
「ボケータ王!たった今、グノーカス国が魔王軍によって滅ぼされました」
「なんじゃと!あの国には、最近、救国の英雄が召喚されたとのことではないか!」
「は!しかし、イシキ殿は魔王軍に何の対抗もできずに討ち死。そのままグノーカス王ともども全滅したとのことです」
「なんと……」
ボケータ王は驚きのあまり声が出せなかった。
「当然ですわ。真の救国の英雄はゼロ様ですもの。ゼロ様を追放した報いですわ」
兵士の言葉にアリスはゼロの腕に身体を絡めながら言った。
「そうじゃな。ゼロ殿を追放したグノーカス国の自業自得というヤツじゃな」
ボケータ王も賛同すると、大広間に再びゼロの称賛の声が響き渡った。
「さぁ、ゼロ殿も疲れたであろう。ゼロ殿の竜殺しの式典は明日にして、ゆっくり休んでくだされ」
ボケータ王の言葉とともに大広間から人が立ち去っていき、アリスに導かれ、ゼロは王城の自室へと戻っていった。
自室へと戻ったゼロは豪華な寝台に寝転がって考えてしまう。
「あれだけ街が破壊されたからなぁ…街の人たちも大変だろうなぁ…」
壊された街の様子を思い出し、ゼロはいたたまれなく目を閉じた。
【Tuning Skill Activate.】 Target: Repir_City.exe……Complete!
ゼロの目の前に半透明の画面が現れるが、すぐに消えた。
ゼロはそんなことには気づかず、そのまま眠ってしまった。




