飢えたる村の分配
忙しいのはいいけど腰椎と肋が折れるのは聞いてない・・・。
夫人革命逃亡記第二話
処刑台から逃げ出した女は、普通なら泣くか、震えるか、祈るか、黙って息を潜めるものなのだろう。だがアデルは、夜明け前の冷えた街道を歩きながら、何度目か分からないほど髪に触れ、指先で崩れた薔薇飾りの位置を直していた。泥は裾を重くし、白いレースは灰と埃で薄く濁り、赤いサテンの奥には破れた箇所もある。前面の深紅のコルセットは泥で薄汚れていたが、腰回りの大きな薔薇飾りはまだ形状を保っていた。胸元に残した王家の象徴である青い宝石は、薄い朝の光を拾い、汚れた衣装の中で一つだけ宮廷の色を保っていた。それでも彼女は、どこか舞踏会の廊下を抜けてきた直後のような顔で、頬に残る熱を隠そうともしなかった。
レイモンは、その横を黙って歩いていた。背後には、首都脱出の際にレイモンが衝動的に救い出し、アデルが『利用価値のある荷物』として同行を許した下級女官(または未亡人)とその子供たちがいる。子供たちは声を漏らさず泥濘の上に足を運んだ。誰もが、泣けば見つかる、遅れる、逃げた意味が落ちるという事実を、沈黙の行動で示していた。
「今、それを気にするのか」
レイモンの声は低かった。責めているというより、理解できないものを見た時の声だった。アデルは彼を見る。処刑場で向けられた時とは違う、少し疲れた目だった。レイモンは視線を路面の泥へと落とす動作を見せた。だが、それでも彼は自分を見ていた。そのことが、アデルの胸の奥に小さな火を置いた。
「死刑を免れた女が、次に気にするのは自分の見栄えでしょう。まさか、助かったからといって、泥人形として余生を送れとでも?」
「余生を語るには早い」
「では、未来と言い換えますわ。あなた、昔から言葉尻に厳しいのね」
レイモンは答えなかった。アデルは少し笑った。処刑を免れた。死なずに済んだ。あの刃の下に首を置かずに済んだ。そして何より、かつて自分を愛し、自分が訴え、自分を処刑するはずだった男が、今はまた同じ道を歩いている。状況は最低だった。靴は泥に沈み、足は痛み、眠気で頭の芯が鈍っている。けれど、最低の底に落ちた女の心に、どうしようもなく浮ついた泡が立っていた。
彼女はその泡を、恋の名で扱うつもりはなかった。そんな安いものにすると、途端に腹立たしい。これは生き延びた者の熱であり、死を騙した者の笑いであり、自分を殺すはずだった男をまだ隣に置いているという勝利の小さな証だった。だからアデルは、背筋を伸ばした。胸元に残した青い宝石が薄い朝の光を拾い、汚れた衣装の中で一つだけ、まだ宮廷の色を保っていた。
街道を外れた先に、小さな村があった。畑はあるが、土は疲れ、水路の縁には割れた桶が捨てられている。家々の扉は閉じられ、人の気配はあるのに声がない。革命軍が通った村は、どこも似た沈黙を持つ。奪われた直後の沈黙ではない。次に何を奪われるか分からない者たちが、息を節約している時の沈黙だった。
村の端、崩れかけた石塀の陰に、子供が二人いた。兄の方は七つか八つほどで、妹はまだ五つにも届かないように見えた。兄は膝の上に妹の頭を乗せ、乾いた掌で彼女の髪を撫でている。妹の唇は白く、腹は空腹でへこんでいた。兄の方も同じ顔をしているのに、手に持った黒パンの欠片を自分の口へ運ばず、妹の口元へ押し当てていた。
アデルの表情から笑みが消えた。浮つきも、からかいも、レイモンの横顔に向けていた余分な熱も、すべて一度引いた。彼女は近づき、膝をついて妹の呼吸を見た。指先を頬に当て、目の開き方を見て、兄の手元にあるパンの固さと量を見る。
「このままなら、妹は明日までもたないわ。兄の方も、二日か三日。水が汚ければ今夜でも終わる」
兄はアデルを見上げた。美しい女を見た顔ではなかった。助けを求める顔でもない。奪われるのではないかと怯える顔だった。アデルはその怯えを見て、わずかに眉を動かした。
レイモンが背負い袋へ手を伸ばした。保存食は多くない。逃亡者が持てる食料など、最初から限られている。それでも彼は、ほとんど考えずに袋を開けようとした。
「駄目」
アデルの声が飛んだ。レイモンの手が止まる。
「子供が死にかけている」
「分かっていますわ」
「なら」
「それを渡せば、この子たちは今日だけ助かる。明日は? 明後日は? あなたの優しさは、いつも手元にあるものから切るのね。昔からそう。刃物を持っていない時でも、あなたは自分を切る」
レイモンは彼女を見た。アデルは兄妹から目を離さず、村の奥へ視線を動かした。煙突は三つ。煙は細い。家畜の声はない。だが畑の端の土が一箇所だけ不自然に踏まれている。井戸の周りに人が集まった跡もある。飢えている村にしては、まだ完全には崩れていない。
「村長を呼んで。粉屋も。教会があるなら倉庫番。畑を持っている者は全員。あと、子供の親族が残っているなら連れてきなさい」
「命令できる立場ではない」
「死刑囚だった女に立場を求めるの? ではお願いにしましょうか。レイモン、呼んできて」
その言い方は、恋人に甘えるものではなかった。かつて部屋の奥から召使いを動かしていた女の声だった。レイモンは一瞬だけ何かを言いかけ、結局言わずに村の奥へ向かった。アデルは兄妹の前に座り直し、兄の持っていた黒パンを受け取る。兄は抵抗しようとしたが、アデルの目を見て手を止めた。
「これは妹に与え続けなさい。ただし、一度に多く入れては駄目。水を含ませて、少しずつ。あなたが倒れれば妹も終わる。兄をするなら、まず自分の口にも入れなさい」
兄は返事をしなかった。だが、パンを水で湿らせ、自分の口にほんの少し入れた。その後で妹へ戻す。アデルはそれを見届け、ようやく立ち上がった。
しばらくして、村長が来た。粉屋も来た。教会の倉庫番は来ないと言い張ったが、レイモンが何も言わず戸口に立っただけで出てきた。村人たちはアデルの姿を見るなり、眉をひそめた。明らかに逃亡中の女だ。しかも、ただの女ではない。壊れたとはいえ、布の質も、宝石の色も、立ち方も、この村で生まれた人間のものではない。
「食料はない」
村長が先に言った。言い訳ではなく、拒絶の声だった。
「でしょうね。表向きは」
村長の顔が動いた。アデルは畑の方を指した。
「畑の端、三番目の石積みの下。人がよく歩く場所ではないのに土が締まっている。井戸の周りには昨夜か一昨日に複数人が集まった跡。教会の倉庫番は私を見る前から目を伏せている。粉屋は手に粉が少ない。仕事をしていないのではなく、仕事をしていないことにしたいのでしょう。革命軍の徴発を恐れて、隠したわね」
村長は黙った。粉屋は唇を噛んだ。倉庫番は胸元で十字を切ろうとして、途中で手を止めた。
レイモンはアデルを見ていた。彼女の声に慈悲はなかった。だが、残酷でもない。隠したことを罪として吊るす声ではなく、隠したものをどう使うか計算している声だった。
「責めませんわ。生き残るために隠したのでしょう。立派です。徴発されるために正直になる人間から死にますもの」
村人たちは、そこで初めて彼女を見る目を変えた。責められると思っていた。奪われると思っていた。だが彼女は、隠したことを当然のように扱った。
「けれど、隠したものを腐らせて子供を死なせるなら、あなた方は革命軍より間抜けです。今出しなさい。全部ではなく、必要量だけ。動ける者、動けない者、乳飲み子、老人、明日畑に立てる者。分け方はこちらで決めます」
「なぜ、あんたが」
村長が低く言った。
アデルは微笑んだ。朝方にレイモンへ向けたものとは違う、薄い笑みだった。
「今この場で、一番飢えていない顔をしているからですわ」
その言葉はひどく傲慢だった。だが、誰も反論しなかった。飢えた者同士では分け前を決められない。隣人の皿を見てしまう。泣く子を優先し、老人を後回しにし、働ける者を責め、働けない者を恨む。アデルはその恨みの外に立っていた。だから彼女は冷たく分けられた。冷たいからこそ、村人は従った。
石積みの下から袋が出た。教会の床下から豆が出た。粉屋の奥から、徴発帳簿には記されていない麦粉が出た。アデルは量を見て、人数を聞き、火を焚かせた。妹には薄い粥を作らせ、兄には少し固いパンと豆を与えた。働ける男たちには多めに配り、明日水路を直すよう命じた。老人には柔らかく煮たものを回し、母親たちには鍋の順番を決めさせた。
「あなた、本当に政治に関わったことがないのか」
レイモンが低く言った。
アデルは粥の濃さを見ながら、心外そうに顔を上げた。
「ありませんわ。私はただ、食べ物のない家がどう壊れるかを知っているだけです」
「宮廷で?」
「宮廷だからよ」
返しは早かった。だが、その後の口は閉じた。レイモンは追わなかった。彼の優しさは、問い詰める形をしていない。アデルはそれが少し不満で、少し嬉しかった。彼が怒れば、昔のように口喧嘩ができる。黙れば、昔のように甘えたくなる。どちらも腹立たしく、どちらも退屈しない。
粥が兄妹の手に渡る直前、村の入口で馬の蹄が鳴った。村人たちの動きが止まる。鍋の湯気だけが上がり、誰も息をしないような静けさが落ちた。
革命軍の徴発部隊だった。人数は六人。多くはない。だが銃を持ち、命令書を持ち、飢えた村から最後の袋を奪うには十分だった。先頭に立つ若い兵士は、まだ頬に少年の丸みを残していた。彼は村の広場に入ると、鍋と袋と集められた村人を見て、眉を寄せた。
「余剰食料の隠匿があると報告を受けた」
村長の膝が震えた。粉屋は後ろへ下がろうとした。倉庫番は何か祈りかけたが、声にならなかった。アデルは粥の椀を兄の手へ押し戻し、立ち上がった。楽しげな色は、もう顔にない。
レイモンが彼女より先に前へ出た。
若い兵士の目が、レイモンの顔で止まった。レイモンもまた、その顔を見て動きを止めた。レイモンが処刑人として放つ「死の秩序の象徴」としての圧倒的な残影が、若い兵士の「色彩を欠いた瞳」を捉えた瞬間、兵士の手が握る命令書の端が、恐怖と緊張で小さく破れた。二人の間に、村人には分からない沈黙ができた。アデルはそれを横から見ていた.兵士の手が命令書を握り締める。レイモンの右手は剣にも銃にも触れない。ただ、指先だけがわずかに硬くなっていた。
「……あなたは」
兵士が言った。
レイモンは答えなかった。だが兵士は、その沈黙で十分だったらしい。彼の顔から血の気が引き、それから別のものが戻ってきた。恐怖ではない。憎悪でもない。もっと扱いにくい、過去を見つけた者の顔だった。
「俺は、死刑になるはずだった」
兵士の後ろにいた部下が怪訝そうに彼を見た。兵士は続けなかった。だがアデルは、そこで理解した。レイモンの過去が、この村の入口に立っている。処刑した過去ではない。処刑しなかった過去が。
若い兵士は命令書を開いた。紙は乾いていて、端が少し折れている。彼は村を見る。鍋を見る。粥を抱えた妹を見る。兄の痩せた手を見る。最後に、レイモンを見る。
「この村には、徴発可能な余剰はない」
部下の一人が口を開きかけた。
「だが」
「ない」
兵士は短く言った。今度は命令ではなく、切断だった。彼は命令書を閉じ、馬の方へ戻った。
「水路が壊れている。次に来る部隊は、それを理由に労働力を取るかもしれない。直せるなら、今日中に直しておけ」
それだけ言って、徴発部隊は村を出た。馬の音が遠ざかるまで、誰も動かなかった。やがて村長が崩れるように座り込み、粉屋が顔を覆った。倉庫番は今度こそ十字を切った。兄妹は何が起きたか分からないまま、椀の粥を見ていた。
レイモンは広場の中央で立ち尽くしていた。兵士が去った方を見ている。そこにはもう誰もいない。過去だけが残っていた。
アデルは彼の隣へ歩いた。すぐには声をかけなかった。彼の横顔には、処刑台で見たものとは違う揺れがあった。殺した者の記憶に刺されている顔ではない。助かった者に触れられた顔だった。それは彼にとって、痛みよりも理解しにくいものらしかった。
「ほら」
アデルは言った。
レイモンは彼女を見ない。
「あなたの過去にも、たまには利子がつくのね」
ひどい言い方だった。自分でもそう思った。だが、ひどくなければ言えなかった。優しい言葉をかけるには、彼の妻が近すぎる。慰めるには、かつての恋が邪魔をする。何よりアデルは、優しく抱き締めるより、皮肉で横に立つ方が似合う女だった。
レイモンは長く黙り、それから低く言った。
「覚えていない」
「え?」
「あの兵士の顔を、俺は覚えていない。死刑から外したことも、今言われるまで思い出さなかった」
「それで?」
「向こうは覚えていた」
アデルは少しだけ目を細めた。レイモンの声は怒っていない。苦しんでもいない。ただ、どう扱えばいいか分からないものを、掌に乗せられたような声だった。
「あなたが覚えていなくても、向こうは生きていた。それで十分でしょう」
「俺は、忘れた」
「助かった側が覚えているなら、帳簿としては成立していますわ」
「人を帳簿にするな」
その返しは早かった。アデルは一瞬だけ嬉しそうに笑った。レイモンがまだ返してくる。怒る力がある。切り返すだけの熱が残っている。それだけで、彼女の胸の中の浮ついた泡はまた小さく弾けた。
夕方まで、村は動いた。隠していた食料はすべて出さず、必要な分だけを配った。水路は男たちが直し、女たちは豆を煮て、子供たちは薪を集めた。アデルは誰に何をさせるかを決め、レイモンは黙って力仕事を手伝った。女官は子供たちを見守りながら、兄妹の妹に水を飲ませていた。アデルはその姿を横目で見た。胸の奥に、少し面白くない棘が刺さる。だがその棘は、今抜くべきものではない。今抜けば、自分が痛い女になる。アデルは痛い女ではあっても、痛いだけの女になるつもりはなかった。
夜になり、村人たちは逃亡者たちに粗末な夕食を出した。豆の粥、薄いパン、酸味の強い葡萄酒。宮廷なら犬にも出さないと言われたかもしれない食事を、アデルは当然のように受け取った。器の縁は欠けていたが、彼女は文句を言わなかった。代わりに、座る場所だけは焚き火の光が顔に当たる位置を選んだ。
「そこに座る必要があるのか」
レイモンが言った。
「ええ。顔色が悪く見える場所には座りません」
「逃亡中だぞ」
「逃亡中だからよ。死に損なった女がみすぼらしく座っていたら、死神に負けたみたいでしょう」
レイモンは呆れた顔をした。アデルはそれを見て、また少し機嫌が良くなった。焚き火の向こうでは、兄妹が粥を食べている。妹はまだ弱っていたが、椀を両手で持てていた。兄は妹が食べるのを確認してから、自分の分に口をつけた。村人たちはその様子を見て、誰も大きな声を出さなかった。ただ、空気が少しだけほどけていた。
アデルは葡萄酒を一口飲み、レイモンへ視線を向けた。
「助けた気分はいかが?」
「分からない」
「便利な答えね」
「本当に分からない。一人助けた程度で、何も変わらない」
「一人で国を救うつもりだったの? 相変わらず欲張りな人」
レイモンは火を見ていた。炎の奥に何を見ているのか、アデルには分からない。処刑台か、死んだ少女か、今日去っていった兵士か、それとも粥を食べる兄妹か。全部かもしれない。彼の中は、いつも墓地のように広すぎる。
「俺は、殺した顔ばかり覚えている」
しばらくして、彼が言った。
アデルは黙った。
「助けた顔は、覚えていなかった。あの兵士もそうだ。助けたつもりがなかったのかもしれない。ただ手続きとして、間違いを正しただけだった」
「それでも、彼は生きていたわ」
「……そうだな」
「そして今日、あの子たちも生きた」
レイモンは兄妹を見た。妹は粥を食べ終え、兄の袖を掴んだまま眠りかけていた。兄は椀を抱えたまま、火の近くで舟を漕いでいる。何でもない光景だった。宮廷画家なら描かない。新聞なら載せない。革命家なら演説に使い、役人なら人数に直し、軍なら配給量で測る。その程度の、ただの子供の食後だった。
だがレイモンは、その光景から目を離せなかった。
アデルはそれを見て、満足した。死ななかった。レイモンに会えた。彼はまだ怒り、呆れ、返事をし、そして今日、助かった子供から目を逸らさなかった。処刑台から始まった逃亡にしては、悪くない初日だった。
「ねえ、レイモン」
「何だ」
「私、政治になんて関わったことはありませんの」
「急に何の話だ」
「ただ、今日の村を見て思いました。人間は、飢えるとあっという間に品性を失う。けれど、少し食べさせて、少し役目を与えて、少しだけ明日の形を見せれば、思ったより簡単に立ち上がる。民衆というのは不思議ね。放っておけば暴れるのに、並べ方を決めると働くのですもの」
レイモンは彼女を見た。
「政治に関わったことはないんじゃなかったのか」
アデルは葡萄酒を飲み、笑った。火の明かりが青い宝石に映り、汚れたドレスの上で小さく光った。
「ありませんわ。私はただ、食卓の席順には少しうるさいだけ」
その顔は、村を救った女の顔ではなかった。死刑を免れ、元恋人の隣で葡萄酒を飲み、まだ自分の中に王座へ続く階段が残っていることを隠しきれていない女の顔だった。レイモンは何かを言いかけたが、言わなかった。優しい男は、相手を壊す言葉を選べる時ほど黙る。アデルはその沈黙を知っていた。知っているから、少しだけ腹が立った。少しだけ、愛おしかった。
夜風が村を抜けた。遠くで馬の音がした気がしたが、すぐに消えた。革命はまだ近くにいる。処刑台も、裁判所も、彼らを追う者たちも、すべて消えたわけではない。それでもこの夜だけは、粥を食べた子供が眠り、村人が水路を直し、レイモンの中に助かった者の顔が一つ増えた。
アデルは器を置き、汚れた裾を軽く払った。泥は落ちなかった。彼女はそれを見て、少し笑った。
「最悪ね」
「何が」
「落ちないの」
「泥か」
「ええ」
レイモンは火を見たまま言った。
「生きている証拠だろう」
アデルは一瞬、言葉を失った。彼が慰めようとして言ったのではないことは分かった。ただ事実として言ったのだ。その不器用さが、昔と変わらなかった。アデルは顔を背け、髪飾りに触れた。
「本当に、あなたは時々つまらないことを綺麗に言うのね」
「綺麗に言ったつもりはない」
「でしょうね。そこが腹立たしいのよ」
彼女は笑った。今度の笑みは、村人には見せなかった。処刑人にも、裁判官にも、民衆にも見せなかった。かつて恋人だった男の前でだけ、ほんのわずかにほどける笑みだった。逃亡は始まったばかりで、何一つ片付いていない。けれどアデルは、その夜、明日も歩く気になっていた。死ななかったからではない。死ななかった上に、隣に退屈しない男がいたからだった。




